Love night collection ガチャガチャガチャ…。 殺風景な部屋に耳障りな金属音が響く。 フワフワとした羽の先が素肌を撫で回す。くすぐったい。くすぐったいんだけど、その反面、柔らかな感触が微妙な刺激になっていて、 その度に繋がれた先が煩い音を立てていた。 自分を見据える瞳は欲望の色に染まり、その唇が微かに動いている。 でも、何て言ったのか聞き取れなかった。 「しーちゃん、これ、もうやだ。外してっ」 さっきまではもっと穏やかな空気の中にいた気がする。どうしてこんなことになったんだろう。 「忍ってば!」 ガチャガチャガチャ。 手首につながれた手錠。どこから持ってきたのかなんてわからない。買いに行くとは思えないから、ネットででも注文したのかもしれない。 「聞いてんだろ!」 いつもなら嫌だと言うことはすぐにやめてくれた。 なのに今は……。 オレ、何か怒らせるようなことしたっけ? お菓子は食べ散らかしてないし、脱いだものだってそのままにしてないし、洗濯物だってちゃんと畳んでタンスに仕舞ってる。なんだろう、なんだろう。 一個しかなかったアイス、勝手に食べちゃったこと? それともオレが買ってきた賞味期限スレスレのシュークリームにあたっちゃったとか? やー、まさか、 しーちゃんの白シャツをオレの色シャツと一緒に洗ったことが嫌だったとか! ………………。 つか、そんなくだらねえことで怒らねえよな。 他にもっと重要なことは? 何か見落としてることは? 何か。 何か。 何か。 必死に考えるけれど浮かんでこない。なんか、オレ、不当に責められてない? 「なんだってんだよ!」 オレをじっと見たままで、というか、眺めたまま動こうとしない忍に声を荒げると、口の端が上がった。瞳を眇めて、小さく笑う。なんだかちょっと楽しそう。忍はSだからなあ……、 なんてこの不可解な状況も思わず納得してしまうような雰囲気だ。 忍が楽しいならオレも楽しい。 でも、こういうのは互いの同意があってはじめて成立するプレイであって、今のこの状況はおかしいと思う。 気づいたらこうなってたじゃ、洒落になんねーし。とにかく、理解不能。サッパリだ。 「いいかげんにしろよな!」 それに、道具で弄ばれるのには耐えられない。 繋がれた先をガチャガチャ言わせながら対抗するように睨みつけるとまた、唇が動いた。 「つーか、もっと大きな声で言えよ。聞こえねーし!」 「こんなに身体は喜んでるのに?」 はっきりと音になったその声に息をのむ。それから恐ろしいことを認識してしまった。腰に溜まる熱を。 なんで勃ってるんだよ、オレ! わたわたするオレに忍がフッと勝ち誇ったような笑みを洩らした。 「今度はロウソクで遊ぼうか」 続けざまに聞こえた声に、今度こそ血の気がひいた。忍の心が読めなくて恐怖すら感じる。 いつの間にか手にしていた赤いロウソク。噂では聞いたことあるけど目にしたのは初めてで、予想もしなかった展開に身体と唇が震えてしまう。 「っ……や、やめろよっ」 「どうして? 白い肌に似合いそう」 必死になって身体を捩るけれど繋がれていて逃げられない。 「しーちゃん?」 やめてと、助けを求める自分の声が悲しい。 「しーちゃん!」 再び彼の名を呼ぶと、完璧な造形美を持つ容貌が微かに傾げられた。 まるでオレの気持ちなど関係ないとでもいうように。 「泣いてるの……? ……可愛い」 優しい口調だけれど、やはりどこか可笑しそうで。背中に冷たいものが流れる。 「怯えた顔がたまらない……」 心底、嬉しそうに呟く忍。 ああ。 この恋人は壊れてしまったのだと思った。 目を細めてロウソクを持ち上げる。赤い液体がタラリと一滴、腹の上に。 ……響。愛している。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「っ!!!」 ビクッと、身体が跳ねた。 その瞬間、一気に覚醒。 夢だと知った今でも、さっきまでの鮮やかな光景が目の前から消えてくれない。 「ヤバイ、やばすぎる……。まだ心臓がバクバク言ってるし」 暴れまわる心音を落ち着かせるように、手を置いた。 「誰の趣味なんだよ、あれは」 オレの密かな願望? それとも忍の願望がオレに伝わっちゃったのか? いやいやいや、そんなわけねーし。 「とにかく……。今のは、なかったことにしよう」 深呼吸を繰り返してドキドキを収めながら、自分に言い聞かせた。 数秒後、なんとか平常心を取り戻したオレはそっと横向きになる。 すぐ隣にある穏やかな寝顔は、さっき見た危険な笑顔とは間逆の存在だった。 スヤスヤとした寝息をたてる恋人に安堵した。 睫毛なげーな。 「かわいいじゃん」 忍の印象は強い瞳にあると思う。だからそれが隠れているとなんだか少し幼く見えるというか……。 ハッとするぐらい綺麗な顔も、可愛いと思えてしまうんだ。 「それにしても美人だった……」 夢の中の忍も。 いや、本人に違いないからこの人のことなんだけれども……。 ゾッとする美しさというか、生身の人間とは思えないっていうか、超越しちゃってるというか。 触ったら体温なんて感じなくて、きっと氷のように冷たかったんだろうなって。 手を伸ばして人差し指を唇の前に出した。規則正しい吐息が指先に触れる。 この温かさを確認したかった。 頬が緩んでくる。 オレは知らず緊張していたのかもしれない。ふぅと吐き出される息が思いのほか大きかったのは、多分、そのせい。 「しーちゃん……好き」 愛の告白。 忍が嬉しそうに返してくれるから、気づくと口にしてる。オレ達にとって、とても大事な言葉。 「好きだよ……」 「…………知ってる」 見つめる先で、パチッと目があった。 「うわっ!」 思わず仰け反る。 「起きてたの? つーか、起こしちゃった?」 「耳元でごちゃごちゃ言われれば起きるだろが、普通」 起きないのはお前ぐらいだ、と普通の口調で言われ、 「……まあ、……それは否定できない」 とりあえず肯定しておいた。 忍の眠りは浅い。だからすぐに脳も機能するらしい。目を開けてから三十分はボーッとしてるオレからすれば、なんでそんなに朝からしゃっきりできるのか不思議な体質でもあった。 「で?」 「ん?」 「美人って誰?」 ああ、やっぱり。聞いてたんならつっこまれるわな、当然。 「しーちゃんだよ。決まってるじゃん」 あれれ、言葉がない。 疑うような眼差しに、 「だってほんとに綺麗だったんだ、忍が」 夢の話をする羽目になった。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 知らないベッド。手錠。羽。そしてロウソク。このまま進んでいたら、間違いなくムチも出てきたに違いない。 「忍がロウソク持って笑うんだ。赤いロウがオレの肌に似合いそうだって。すっげー嬉しそうに……。その時の顔がなあ、ぞっとするぐらい綺麗だったわけよ」 「しっかしどういう夢、見てるんだろうな、お前は」 「言っとくけどオレの趣味じゃねーし」 ここは断言しとかないとな! なのに。 「監禁に手錠って、お前が夜中に見てた映画に影響されてんじゃねえの?」 呆れた視線に、あ、と思った。 忍が忙しそうだったから暇で。寝るまで待ってようと思ってたんだ。 いつの間にか寝てたんだな、じゃなくて、ソファから運んでくれたんだ、忍。 「あ、運んでくれたんだ。ありがと」 にこっとすると、微妙な顔をされた。 昨夜、たまたま見てた深夜映画は海外もので、マフィア同士の抗争の話だった。 そしてそこに、似たようなシーンがあったことを思い出す。大まかに……だけど。 相手方の情婦が監禁されて、見せしめのように甚振られるシーン。 ベッドに括りつけられる手錠には華奢な手首が繋がれていて、服を切り裂かれる場面があった。 映像としてはそこまでで、羽とかロウソクはなかった。それらはSMプレイにおける、オレの無い知恵を絞った後付アイテムなのだろう。 「まったく」 あ、何よ。その小馬鹿にした笑いは。 「手錠に羽にロウソクねえ……。見抜いてたけどな」 「はあ?」 「今夜、じっくり苛めてやるよ」 この熱い視線はいつの間に? 急に夜モードに変わるのはやめてほしい。 「覚悟するんだな」 低いトーンに、ゾクリと肌があわ立って、走る鼓動を抑えられない。 指先が首先をなぞっていく。ゆっくりと、触れるか触れないかの微妙なタッチは酷く卑猥だ。 超至近距離。 向かい合わせの、同じ高さにある視線。 吸い込まれるような黒い瞳に。この闇に囚われる。思わず乾いた唇を舐めた。 「それとも今が、いい?」 もうすぐ朝だというのに。 あと二時間で起きなきゃいけないのに。今日は一時限から講義があるから。 でも。 でも。 でも。 夢の中で溜め込んでしまったらしい熱が、再び小さく燻り始めている。 ああっ! もうっ! 「今、するっ」 軍配は欲望に。オレってなんて簡単。 忍の上に跨ってキスをした。音を響かせ、貪りあう。 パジャマの下から手を入れて、掌で素肌を感じれば、気持ちと身体が昂っていく。 「ンっ……」 自分の声が自分の声じゃないみたいに、耳に響く。 忍の手は背筋を辿るようにいったりきたりを繰り返していた。その宥めるような動きがもどかしい。 キスの合間にも我慢できずに、催促するように腰を擦りつけた。 なんか、すごい興奮する。 最後に、くちゅりと濡れた音を立てて離れれば、大好きな顔に見つめられていた。 「発情期」 息があがるオレを忍が笑う。嘲るでもなく、とても優しい瞳で。 「涙、出てる……」 くるっと反転させられ、瞼に口づけが落ちてくる。額に、頬に。それからぎゅっと抱きしめてくれた。 こんな風に抱きしめあうのは一週間ぶりだった。なんだかんだで寝る時間に擦れ違いがあったから。 だから映画に影響されてあんな変な夢、見ちゃったんだと思う。ようするに、欲求不満。溜まってたってこと。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 朝の食卓。 梨佳ねえとは基本的に生活リズムが違うから、朝食も夕食も一緒に食べることは滅多にない。 と、それはこっちに置いといて。 あれからだけれど……。 結局、今からするのは身体が辛いし、一回じゃ絶対に収まりつかないだろうからって最後まではしなかった。 ということは、やっぱ夜だよな。 明日は休みだから、今夜はがんばろう。うん。 「なーに、笑ってるんだ?」 トーストを齧りながら忍が不思議そうな顔をする。 「しーちゃん!」 「ん?」 「変な道具はなしでお願いします」 「また唐突だな……」 あ、苦笑い。 「軽く縛ってみるか。実は興奮するんじゃねえの?」 「してねえし!」 夢の中で実は少し興奮してた…なんてことはぜーーーったいに秘密だ。 「オレはノーマルなやつがいい」 トーストを大きく一口、それからサラダを頬張る。もごもごしながら忍を見れば、コーヒーカップの向こうで笑いを噛み殺しているようだった。 「笑ってるし」 なんだか拗ねたような声になったら、 「いや、幸せだなあって思って」 綺麗に微笑んでくれた。 しーちゃん。 こんな風に笑いあえるのってほんと……。 「うん」 ニッと笑った。 今がいい。 冷たい美貌の忍もゾクゾクしたけど、やっぱり夢の中だけでいいや。 穏やかな顔で笑うしーちゃんが好き。 この目の前にいる人が一番、愛しい。 |
おわり
2007/03/13
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