◆桜、舞う丘で◆
もっともっと、ふたりだけの時間が欲しい。 「ああ! もうっ! 航、電源切ってる! 約束したのに……」 何度掛けても、繋がらない携帯。 それを見つめ、光は、この場にいない恋人を探して家を出た。もうすぐ日が暮れる。足早に歩く少年の影が後方に長く伸びていた。 〜 〜 〜 〜 〜 居る場所はわかっている。それは直感だったけれど、確信でもあった。 多分、あそこにいるはずだ……。 目指すは、家の近くにある小高い丘。 石を積み上げただけの細長い階段を見つけたのは偶然で。好奇心を抑えられず、進んだことを思い出す。 下から見る限りでは、常緑樹と落葉樹の混在した単なる林に思えたのだが、 登りきったところは意外にも開けていて小さなベンチなどもあった。 地元のごく限られた人しか知らない穴場スポットなのかもしれない。 爽やかな風が芽吹いたばかりの木々の間を吹き抜ける。 一本だけある枝垂桜が咲いていた。緑の中でよく映えていたピンク色。 ここからふたりの家の屋根が見えた。 遥か遠くに目を凝らせば、うっすらと浮かび上がる山並み。青い空を、気持ちよさそうに鳥達が羽ばたいていた。 その場から動けずにいたのは、一段高いところから見る日常に、不思議な気分がしたからだろうか……。 航は周りの緑に、マイナスイオン効果だな、と笑っていたけれど。その後は光と同じように、言葉もなく景色に見入っていた。 それ以来、ここが、ふたりのお気に入りの風景となる。 今から数年前。ちょうど春の頃、この地に引越ししてきた最初の日の出来事だった。 〜 〜 〜 〜 〜 光は、人一人がやっとの階段を上る。多少急いだせいで息が切れたが、深呼吸で整えた。 傾きかけた陽の中、視界の開けたその奥に、淡い色。既に満開の時期は過ぎているのだろう、僅かばかりの花が残っているだけだ。 それが尚一層、儚げに、幻想的に見せていた。 その幹の向こうに、人影がある。 お気に入りの場所で、見慣れた後姿を視界に映す。 「わーたーる! 探したじゃないか!」 安心した気持ちと、黙っていなくなった少しの苛立ちがごちゃ混ぜで、 「携帯も切ってたよね!」 つい語気が荒くなった。 こんな風に、航に対して、普段の柔らかな口調から強いものに変わるのは珍しいことではない。 そして……。 そんな光に対しては、すぐに宥めようとするのが航という人間だった。 たとえ、彼本人が悪くなくても。ずっとそうやって付き合ってきたのだ。何年も。 呼びかけに応じないというのは、記憶の中を探ってみても、そう多くはない事だった。 近づき、見上げて。 「航? どうしたの?」 表情と声ににじみ出る困惑。我侭ばかりを言う癖に突き放されると、どう接していいのかわからなくなってしまう。 いつもなら、穏やかな笑顔を向けてくれるのに……。 やはり何か怒っているようだ。それはわかるのだが、光には、何故そんなにも怒っているのか理由がわからなかった。 |
2004/04/12
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