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ロマンの欠片もない恋人


  天の川の東にそれはそれは豪華な宮殿がありました。
  天を司る天帝のお屋敷ですから立派なのは当たり前です。そこで天帝は娘と暮らしておりました。
  美しく気立ての良い働き者で、名前を織姫といいます。
  身分からしたらお姫様扱いされてもいいのでしょうが、彼女はちゃんと仕事を持っていました。
  綺麗な布を織る仕事です。
  それは天帝の娘は無精者であってはならないという、父の言いつけでもありました。
  目の中に入れても痛くないぐらいの自慢の娘とはいっても甘やかしたりはしません。
  彼女としてもその仕事が好きだったので、来る日も来る日も機織りに精を出していました。
  織姫の織る布はとても素晴らしいもので大好評です。
  その評判を聞くと、また、織姫は嬉しくて布を織り続けるのです。
  しかし年頃なのに遊ぶこともせずなりふり構わない娘を心配した天帝は、ある日、婿をとろうと考えました。
  候補にあがったのが、西に住むこれまた働き者の彦星です。
  こうして結婚した織姫と彦星ですが、今度は、仕事もせずに遊び暮らすようになりました。
  ふたりでいることが、もう楽しくて楽しくて仕方ありません。
  あまりの変わりように腹を立てた天帝はふたりを引き離してしまいます。
  二度と逢ってはならない、と。
  これで働き者に戻ると安堵したのも束の間、織姫は毎日泣き明かすようになりました。
  涙が止まらない日がないくらいに。
  悲しみに暮れる娘の姿に、天帝は年に一日だけ、天の川を渡り恋人に逢うことを許しました。
  それが七月七日の夜なのです。

〜 ★ ★ ★ 〜

「天の川を渡るのにカササギが橋をつくるんだって。知ってた?」
 七夕の夜に航の家のベランダで空を眺めていたふたりである。
 この日は雨になることが多いといわれる。今夜もあいにくの曇りで天の川は見えなかった。 それでも眼を凝らし見上げている光。それに付き合っている航。 織姫と彦星を探しながら航に聞かせていたのが、誰でも一度は耳にしたことがあるだろう、七夕の話だ。
「織姫はよほど軽くないと駄目だな」
「そういうことじゃなくて……」 
 一年に一度の逢瀬というちょっと切ない話しをしているはずなのだが、ズレまくりの着眼点に光が口を尖らせた。 伝説は美しくが基本なのだ。
 それでも、一度、頭に浮かんだ光景はなかなか消せないらしい。今や航の脳内では鳥が横一列で羽を広げて繋がっていた。 声に笑いを含ませて航は続ける。
「ちょっとでも太ったらカササギがつぶれちまう。去年より重くなった、なんて噂になるかも知れないぞ。カササギ同士で」
 そっと耳打ちするカササギ。近所の主婦のごとくまるくなって噂話に話を咲かせるカササギ。
「仕事に疲れてよれよれのカササギ」
「ふんぞり返ってすごく偉そうなカササギ」 光も思い浮かべてみた。少し楽しいかも、と口元を綻ばせる。
「ランドセルしょって手を繋いであるく子供カササギ」
 想像は膨らむ。そのうちエプロン姿や、ちょっと太っちょのビン底メガネをかけた姿まで浮かんできて。 カササギひとつでよくもここまで。そもそもカササギ自体よく知らない。カラスに似た鳥らしいが、見たことないのだから。
 航は、「ありえねぇ」と、光と顔を見合わせて声を出して笑った。
「なんでカササギなんだろう。鳥ならそんな小さいのよりもっとデカイやつがいるだろ? 白鳥とか、その方が頑丈そうだけど」
「意地悪なんじゃないの? ツーンと澄ましてるとか」
「綺麗なものにはトゲがあるっていうしな」
 なんとなく同意してしまう航である。

 ひとしきり盛り上がった後で、
「でもさあ」
 光が微笑みを再び空に向けて、
「一年に一回しか逢えないなんて可愛そうだよね」 静かに言った。
「実際には一年じゃ無理らしいぞ」
 ん? 不思議そうな表情が航の目に映る。次の言葉を待つように小首をかしげて。 大きな瞳に部屋からの灯りが映りこみキラキラと輝いているように見える。 仕入れた知識を披露する時だ、航はニヤっと笑うと口を開いた
「織姫はベガだろ? で彦星がアルタイル。ふたつの星の距離が約十六光年離れている。ということは織姫が彦星の元へ辿り着くまでに十六年かかるということ。 出逢った時が年頃なら次に逢う時はババァだ」
「うわっ、酷いね」
「だろ?」
「だろって……。年を取るのが酷いんじゃなくて。航のロマンの無さに呆れてるんだよ」
 大きな溜息をひとつ。
「なんだよ、知らなかったくせに。ひとつ知識を増やしてやったんじゃないか。ちなみに地球からの距離はベガが二十五光年、アルタイル十七光年。 どちらもそれだけ前の光なわけよ」
「いつ調べたの?」
「昨日」
 光がきっと七夕の話を持ち出すと推測した航である。予想通りの結果に得意満面だ。
「十六年……」
 ふと光が黙り込んだ。何かに思いを馳せている。多分、それは航と同じこと。 それがわかるから、光を腕の中に包み込んだ。
「そう、十六年」
 長いよな、航はしみじみと思う。その年月は沙希が光の中で最初に目覚めて、再び記憶を蘇らせるまでの時間とほぼ一致した。 自分の待った時間はもっと短いけど、あの苦しみを考えると、離れ離れの悲しみ寂しさが胸にしみてくる。 もうあんな思いはしたくない。確かにここに存在する温もり。それを決して失いたくはない。知らず抱きしめる腕に力が入った。
「その間に浮気とかしないのかな?」
 大人しく捕らえられたままの光がポツリと言う。 それは誰への問いかけなのか。もちろんその対象はこの暖かさを与えてくれる人だというのは明らかだった。
 だから航も言い切る。
「しない」
 そう、しなかった。ただひとりだけを想い続けた。光だけを。
「そうだよね」
 ふふっと笑い、航の首に腕を回す。胸に頬を寄せた後、甘えるように航を見上げた。

「知ってるよ。部屋、入ろうか……? でね」
 ゆっくりキスをしようよ。
 貴方の愛を確認するために。この愛を証明するために。
 

SS No10(2003/06/30)


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