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いちゃいちゃさせて

 ピッ……ピッ……ピッ……

「ん、あ?」
 タイマーの音で目が覚めた。
 朝、六時半。
「あ、そうか」
 昨日は一時過ぎまで電気がついていたから、まだ光は寝てる筈だ。 俺は緩みそうになる頬に渇を入れ、制服に着替えるとそのまま階下に下りていった。

「あら、早いわね?」
「ちょっと光のとこ、行ってくる」
「賭けでもやって負けたの?」
「別に」
「どうせなら、これから交代にしたら? 光ちゃんだって大変でしょう。毎日、起こしにきて、朝食作って」
 話が長くなりそうだ。
「んじゃ」
 逃げるに限る。
 ちょっと! ちゃんと聞きなさい、なんて誰が聞くんだ。一分一秒だって無駄に出来ないんだからさぁ。

 今日の俺の野望。
 それは、光の寝起きを直撃すること。
 たまにはビックリさせるのもいいだろ?
 偶然かも知れないけど、月曜ってうちの親も光の親も割と早目に出かけるんだよな。
 ミーティングがあるとかないとかで、いつもより数本前の電車に乗ることに決めてて。その時間だと殺人的通勤ラッシュを避けられるらしい。
 俺としては毎日早くに出かけてくれてもいいんだけど、身体がついていかないそうだ。年取るとこれだから……。
 ま、そんなわけで月曜は特別な日。
その分、光が俺のところに来るのも早いんだけど、たまには俺の方からでもいいかなぁ、なんて昨日の夜、フと思ったわけ。
 考えてたら眠れなくなったけど、それは内緒にしとこ。

「ふ。なんかすげぇ楽しい」
 秘密の行動ってドキドキするよな。癖になるかも。

〜 〜 〜 〜 〜

 自分専用の藍沢家の鍵で、ドアを開ける。
 コッソリ。
 あぁ、心臓がバクバクしてるよ。泥棒ってこんな心境なのかもしれない。
 静かに靴をぬぎ、リビングに通じるドアを十センチほどあけて、覗き込む。
 うわっ、まだ行ってないんだ。さすがに早すぎたか。
 どうしよう……。
 ええーい、こうなったら堂々と。
「おはようございます」
 でもいつもより少し小声。
「なんだ、航、早いなあ」「あら、ワタ君、おはよう」
「今日は光を起こしに来たんだけど、寝てるよね?」
 光の父さんはコーヒー片手に新聞見てるし、母さんはパン齧ってるし。
 光とよく似ている笑顔が、俺に問いかける。
「何、罰ゲーム?」
 うちの母親と同じ思考なんだな、やっぱり。類は友を呼ぶ、その典型だと思う。
「違うって」
「コーヒー飲む?」
「あとで、光と食べるから」
 こんなところでロスってたら、光が起きちまう。
「じゃあ、いってらっしゃい」
 早口に言ってドアを閉めようとすると、『なんだよ、そんなに追い立てるなよ』 と光の父さんが笑う。そりゃそうなんだけど、早く行ってくれるにこしたことはないのです。

〜 〜 〜 〜 〜

 なるべく音を立てないように、階段を上る。
 ドアの前に立ち、慎重にノブを回し、手前に引く。今までこんなに気を使ってドアを開けたことなんてない。 その必要があるとすれば犯罪の匂いがプンプンだ。そりゃ、ヤバイだろう。
 でも、何かの役に立つかもな。何事も知らないよりは知っていたほうがいい。……とそんなことより。
 急がねば。
 同じように、最大限、気を引き締めて閉めた。
 息を止めていたのを、静かに吐き出す。
 ここまでは完璧だ。

――よく寝てる

 窓際に寄せられたベッドにこんもりと丸いカタマリがある。
 部屋はじゅうたんが敷いてあるから、音は吸収されるハズ。これは調査済み。特に問題なし。
 ベッドに近づいていくと、こっち向きで丸くなっているのがわかった。
 忍び足で近づき膝をついた。目の前に光の頭。
 無事、到着!
 この手際の良さ。自分に驚くね。

 枕の上、横向きで寝てる光。鼻から下が布団の中。柔らかな髪が不規則に広がり、その顔までも隠そうとする。
 そっと座り、しばし堪能。
 どのくらい見つめてたら起きるかな?

――ひかり……?

 呼んでみるけど、ピクリとも動かない。

――顔がみえねぇな

 布団ずらし作戦を決行する。神経質だからな、起きるかも。

 上掛けをゆっくりゆっくり持ち上げて。

 駄目だ。ニヤける……。

 だって、すっげぇーーーー、可愛い!
 まつげ長いし、クチビルがポテッとして、肌なんか滑らかで。無防備な寝顔だよなあ。

――キス…したい

 触れるか触れないかぐらいの距離で、瞼に唇を寄せた。
 いつもの起床時間まであと五分。
 もう、起こしてもいいよな?
 時間だもんな。

 今度は頬にキス。軽く、触れるだけの。

「ん……」
 小さく身動ぎして、ゆっくりと瞼が上がり。ぼんやりとした焦点の中、ふわりと笑う。夢見心地の柔らかな微笑み。 布団の中から、両手を出して、俺の首に交差した。
――まだ眠い?
「ん……」
 首筋に唇を押し当てると、腕に力が入って……。
「なななな、何してんの? 航??!」
 凄い勢いで、突き放された。何すんだよ!
「今、気づいたのか?!」
「夢かと思った。リアルだ、と思ったら本物?」
「お前ねぇ……。ほら、時間だ」 時間通りに、起床アラームが鳴り響く。
 いつもの時間。いつもの日常。夜が明けた。
「はい、静かにして」
「ん、……な、でここにい、るの?」
 キスをする俺の唇をかわしながら、疑問を口にする。
「昨日、閃いたから」
「ヒラメイタ? 何?」
「場所、変えていちゃいちゃするのもいいかなあ、って」
「そんなに変わらないと思うけど?」
「変わるの。だってお前、すっげ暖かいし」
 寝てたままの体温ってすごく気持ちいい。
「キスさせて」

 身体をずらしたベッドの中に滑り込む。
 カーテンを開けて朝の日差しを部屋に満たして。
 さわやかな朝のひと時を味わいましょう。

 抱きしめて、キスして、抱きしめて、キスして。頬を寄せ合って、愛してるって言って。好きって言って。
「今日も幸せです」
 目の前に幸せそうに微笑む人がいる。僕もだよ、と答えてくれる人がいる。
 愛しくて、またキスして。



 夢中になってたら、遅刻した。
「航のバカ!」
 朝食も食い損なった光が真っ赤な顔でプンプン怒るけど、だけど、お互い様だよな。
 たまにはこんな日があってもいいんじゃない?

SS No13(2003/08/20)


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