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〜 はじめに 〜
本編『彷徨う心』をご存知ない方に。
高校三年の青山航と藍沢光は幼馴染で、かつ、前世で許婚同士の生まれ変わりです。
慎之介は現在の航、沙希は現在の光となります。

one day 2

―― しっかりしてください!
―― 頼む、泣かないでくれ……。これが運命……。気がかりは…、そなたを残していくことだけ、幸せに、な、れ
―― 慎之介さまっ!! いやです! 置いていかないでください。ずっと一緒にいると、誓ってくれたではありませんか!
―― その、やくそく、守れ、そうも、な……

 何かが頬の上に落ちて、目が覚めた。
「んぁ?」 
 目に入ったのは、見慣れている顔で、そこから落ちていたのが涙だった。
「何、泣いてんだ?」
「死んじゃったんだ……」
 悲しげな響きを伴う小さな呟き。
 ソファの上、光の膝枕で気持ちよく昼寝をしていた俺は、視線を追ってテレビへと目を向けた。
 見ていたのは時代劇スペシャルで、今はちょうどクライマックスシーンのようだ。
 ドラマの中では男が斬られて横たわっている。頭を抱え、泣いて縋っているのは、男の許婚らしい。
「頑張んなきゃ、駄目だよ! 航! 残された子が可哀相じゃないか……」
「航って、お前なあ……」
 鼻をすすりながら光がテレビに向かって話しかけている。
 お前は、おふくろか?
 あ、いや、うちの母親もよくテレビに向かって『そうなのよね〜』 などと相槌をうってるからな。それがうつったのかと思った。
 見始めたきっかけは、単純なもの。
 おやじ達が買い物に出かけて、誰もいないリビングで、留守番をしているとき。 テレビのチャンネルを変えはじめた光の興味を引いたのが、『慎之介さま』 、この一言だった。 その後、興味のない俺はそのまま膝枕で寝入ったわけだが、光はずっと見ていたのだろう。 今じゃすっかり引き込まれている。
 あれから一時間弱。普段、時代劇なんか素通りのはずが、食い入るように見ている。
 そんなに面白かったのか?
 今はエンドロールの最中で、エンディングテーマとともに、俳優の名前がつらつらつらと流れていた。
「面白かったのか?」
「そうでもないよ?」
 なんだよ、それ……。
「そのわりには、真剣に見てたんじゃないの? 泣くぐらいに」
「だって、慎之介、死んじゃうんだもん。最後まで彼女を守って斬られたんだ。ずっと一緒にいるって約束守れなくて、死んじゃうんだよ? 可哀相……」
 思い出したように、また涙。
 この角度で泣かれると、ちょうど落下点にいる俺の顔にポタリポタリと落ちてくる。話し難いったらありゃしねえ。
 渋々、身体を起こして、光の肩を抱き寄せた。
 何もそこまで感情移入しなくても……。
 所詮ドラマの話し、とこれを言ったら元も子もないよな。
「生き返るんじゃねえの? また」
 ありえないこと言ってるよ、俺。
 というか、ドラマだろ、そもそも。
 フィクションだよ……。
「そうかな?」
 え、のってきたの?
「そうそう。慎之介だろう? 俺の前世と同じ名前なら生まれ変われる。それなら来世は仲良し。決まりだな」
「うん。そうだよね。よかった、仲良しだね」
 単純……。
 今泣いたなんとか、って奴だ。もう笑ってる。
「ほんと言うとね、この俳優さん、慎之介に似てた。だから見てたんだ」
 んだと?!
「どこが似てるって言うんだ?! 最後、チラっと見たけど全然似てねえだろう?」
 しかもヅラ着けてたろ? おもいっきりマゲ結ってたろ?
 いったいお前の想定は何時代だっていうんだよ。
 あの頃の俺はそれなりにさっぱりした頭だったはずだ。俺に戦国の世の記憶はないぞ?!
 いや、それを差し引いても、似てない。百歩譲っても、似てない。本人が言うんだから、間違いないのだが、 光は、またドラマに出るかな〜、とのほほんとした声を出し、テレビ欄の俳優の名前を確認していた。
「似てたよ。世の中には三人同じ顔の人がいるっていうけど、ほんとだね?」
 同じ世の中に生まれてねえし……。
 根本的なことが間違っている。
「あのなあ……」
「そっくりだった! 格好よかった!」
 言い切りやがった。
 だからお前の記憶違いだって。
 まあ、黒尽くめの服を着てる奴を見て、『忍者みたい』 と笑うような人だしな。
 光の、人の見分け方っていうのが特徴があって、細かいところを見るというよりは、大体の雰囲気で判断するらしいんだよな。 たとえば、近所の人に挨拶されたとする。 愛想はいいし丁寧だから、にこやかに応対してるけど、 実は、母親だか娘だか判断がついてない、と睨んでる。 記憶力はいいはずなのだが、 光の場合、人の顔に関してだけどこかで神経が止まってるみたいな感じがしてならない。 ここが人体の不思議ってやつだ。
 そんな風だから、慎之介って名前だけで沙希の許婚の慎之介に脳内変換されてても、本人いたって大真面目なわけで。
 ん、待てよ?
 ……ということは、もしも「青山航」という人間がいたら、光がそいつを好きになる可能性も?
 あまりにも、ありふれた名前だよな?
 日本全国、百人ぐらいはいそうだ。
 それはまずい。
 果てしなくまずい。
 ピンチの後にチャンス、とは限らない。
 それなら、先手必勝。
「なあ、光。もしも、藍沢光がもうひとりいて、俺の前に現れたら。俺がそいつを好きになることもあるかもしれないよな?」
 ない、と言い切れる。
 だから言えること。
 それなのに、光が不安気に見上げてくる。
「慎之介という役名だけで、お前はその俳優をチェックしようとしている。気になるよな?  じゃあ、光と同姓同名だったら、俺も気になるかもしれないよな?  気になるってことは好きになる可能性を秘めてないか?」
 少し噛み砕いてみた。
 光が俺以外の人間を好きになる、そんな可能性、芽が出る前から踏み潰してやる。
「それでもいい?」
 悲しそうな瞳。
 だけど、そこまでしないときっとこの人にはわからない。
 黙ったまま、ぎゅっと手を握ってくる。瞳を逸らすことなく、ただ、黙ってみつめてくる。
 だから、このくらいで……。
「嘘。俺には光だけ。最後の最後まで、一緒にいる」
 許してやる。
 薄っすらと浮かび上がった透明なしずくが、微笑んだ拍子に頬に流れた。
 綺麗な涙に、すこしだけ罪の意識。
「……うん。僕も航だけでいい。約束は絶対だよ?  それにね、名前だけで好きになったりしない。身長体重、顔や身体の線、声や温もりが一緒でも。DNAの配列とか全部そっくりでも。それでも、僕は航を選ぶよ」
 それは俺という人間ではないのか……?
 まあいい。
 そのうちクローン技術が発達するかもしれないしな。その時になっても、俺を選ぶという確約はされたわけだ。
「ああ、そうだな」
 背中に回される腕の強さが心地いい。
 この世にひとつだけの、守りたいもの。
 それがあるということは、幸せなことなのだろう。

SS No19(2004/01/08)


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