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アイノウタ、あげる

 どんな素晴らしい楽器でさえ、君の声には敵わない……



「ねえ、光ちゃん。航に掃除するように言ってくれない? あの子、光ちゃんの言うことなら聞くから……。ということであとはよろしくね〜」
 こっちの家に来た途端、そんな言葉を残して慌しく航ママが出て行った。
 部屋の掃除……。
 確かに航は僕の言うことを聞いてくれるけれど、そういう身の回りの事は一切しないんだよね。 僕にやらせたがる、というか。
 片付けてる姿を見てるのが楽しみ、と言われて以来、強くは言えなくなった。
 僕だって掃除が好きなわけじゃない。だけど、ふたりの空間ぐらい綺麗にしておきたいし、嬉しそうな航の顔を見るのも好きだから、自然と僕の役目になっていた。

〜 〜 〜 〜 〜

「入りま〜す」
 階段を上り、ノックと同時にドアをあけた。
 ベッドの上で寝転がってる航。肘を支えに、雑誌を見ている。耳にイヤホンをつけて。
 それは買ったばかりの音楽プレーヤー、彼の最近のお気に入りらしい。すごい人気で品薄なんだって。 薄型で、どこに行くにも持ち歩いている。 もちろん僕が一緒の時には聴いてないけど、僕を待つ時とか、ひとりでいる時に、よくその姿を目にしていた。
 僕に気づいて、にこりと笑って。また雑誌に視線が戻った。
 掃除したいんだけど……。
 出かかった言葉を、そのまま飲み込む。読みかけの雑誌はもう後半部分で。 読み終わるのも時間の問題だろう。それからでも遅くはないから。
 僕もベッドの上に乗り、航と同じように横になった。
 頬杖をついて隣から覗き込むと、コツンと頭を当ててくる。
 だから同じように、コツンと返して。
 なんだか、これって、挨拶みたい。
 ちょっと笑ってしまう。
 航が読んでいるのは、格闘技系の雑誌だった。わりと真剣。 好きなんだよね、こういうの。生で見たいんじゃないかな。
 だけど僕が血とか大声とか苦手なの知ってるから……。行こうって言わないんだと思う。いや、言えないんだね。きっと。
 でもね、一度ぐらい付き合ってあげてもいいんだ。今度、内緒でチケット取ってみようか。
「何、聴いてるの?」
 ページを捲る彼に訊いた。
 だけど、全然、答えてくれない。
 微妙に身体を揺らして、リズムを刻んでいる。
 目は雑誌に釘付け。一生懸命読んでるのは、レスラーの生い立ち。
「そういうのって、面白い?」
 余程大きなボリュームで聴いてるのだろう。僕の声が聞こえないぐらいに。
「わあ。この人、かっこいいね!」
 心にも無いことを言ってみた。
 妬いてくれるかな……?
 そんな思いもあったけど、反応がない。
 だから諦める。もしも本気にとられて拗れたら悲しいもの。
「でも航の方が、ずっとかっこいいよ」
 表情は変わらない。
「ねえ、好き」
 知らん顔で、次のページを捲った。あ、今度は覆面同士の対談?
 ふぅん、とか、へぇ、とか言ってるよ、航。何か新しい発見でもしたみたいに。
「今度、一緒に見に行く?」
 なんか可笑しい。
 独り言っぽいよね。……というか、まんま、独り言。
「ねえってば」
 そろそろ気づいて欲しくて肩を揺らしてみたら、こっちを向いた。
 ん?、て感じに眉が動いて、口元が綻ぶ。
「なーに、聴いてるの?」
「うん? アイノウタ」
 ちょっとだけイヤホンを浮かせて、教えてくれた。
「アイノウタ?」
「そう。すごく綺麗な声で、詞もいい。心に響くっていうか、胸に染みるっていうか……。俺の中では間違いなくベストだね」
 優しい表情で、それがいかに素晴らしいものかを説く。
 今までどんな曲を聴いても、そんな感想なんて言ったことなんてなかったじゃないか……。
 人を感動させるのがプロの仕事だということはわかっている。
 だけど、だけど、だけど!!
 航にこんな顔させないでほしい。
「誰が歌ってるの?」
「内緒」
 フッ、って笑う。
「教えて」
 どんな人が歌ってるのか、知りたかった。それほど感銘を受ける人の声はどんなものなのか。
 僕は……。どうしてしまったのだろう。笑ってやりすごすことができない。
 うーん、と少し唸って。その後、はい、とイヤホンを僕につけてくれた。
 なんとなく、航、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべてる気がするんですけど?
「あれ?」
 何も聴こえない……。
「終わっちゃったの?」
 笑い出しそうなのを堪えるかのように、ククッと喉の奥が鳴った。
 航?
「ずーーっと前にね。お前が来た時には、終わってた。なんだか、光、泣きそう。大丈夫か?」
 子供にするみたいに頭を撫でられてる。
 騙された……。
 あの感想も嘘だと思ったら、なんだか気が抜けて……。鼻の奥がツンとして。 誤魔化すように、航の袖に顔をゴシゴシと押し付けた。
「うわっ! そんな袖で涙なんか拭くなよな」
 それでも僕の好きなようにさせてくれている。だから落ち着いたところで顔を上げた。大丈夫だと、笑う。
「俺のこと、好きって言ってた? 今度、コレも一緒に行ってくれるんだろう?」
 雑誌をポンポンと叩く。
 すっごく、嬉しそうだよ。
 うまく乗せられた気もするけど……。仕方ないよね。実際、行ってもいいなんて思ってたし。
 航が嬉しいなら、僕も嬉しいもの。
「いいよ。行ってあげる」
「マジで!」
 ぎゅ〜って、抱きしめられた。
「く、苦しいよ、航」
 思いっきりなんだから。
 おまけにこの体勢。隣あってたはずが、いつのまにか、僕の上に航がいて。少し伸びた髪が、大人びた雰囲気を出していた。穏やかな瞳に見つめられ、鼓動が早くなる。
「アイノウタ、聴いてたのはほんと。だってさあ、光の声ってそんな感じだろう? すごく好き。気持ちよくなるっていうか……。癒し系だよな。どんな音楽より、こっちの方がいい」
 指が、僕の唇に触れて。
「そう?」
 良かった……。他の人じゃないんだよね?
「僕は、航の声の方が好きだけど」
 耳元で囁かれるのが好き。
 僕の名前を呼んでくれるから、抱きしめてくれるから、幸せになれるんだよ?
 ――大好き。
「光……」
 掃除は、このあとでいいや……。
 熱を帯びたトーンに、瞳を閉じた。

SS No22(2004/04/03)


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