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蒼い瞳のサンタ〜誤解


「ねえ、キミとボクは親友になれるかなあ?」
 突然の問い掛けに俺は相手を見詰めるばかりで。
 伝わってないと思ったのだろう。彼は同じ言葉を繰り返した。
「聞いてる? 親友になれる?」
 確かに聞いてはいる。だけど何言ってんの、この人?
「聞こえてるけど。意味がわからない」
「だから言葉の通り。キミとボクの関係のことだよ。普通より仲がいいよね?  男同士にしても身体の関係があるからコイビトってことになるんだろ? それならその関係を無しにしたら何になるのかなって思ったわけ」
 どういうこと? 動きを止めそうな思考で無理やりはじき出した答えは、ごく一般的なことだった。
「もしかして俺に抱かれるのが嫌になったとか?」
「嫌じゃないよ。ただ、束縛しすぎるのもね。お互い若いんだし」
 そんな年寄りじみた台詞を平気で言う。微笑みまじりに。しかも猫に向かって。 そう、さっきから気になっていたのは、猫を目の前にぶら下げて喋ってることだ。
「俺に話しかけてるのか、サンタに話しかけてるのかどっちなんだよ。内容的には俺との事なんだろうけどな。 それなら、ちゃんと俺の顔見て言え!」
 サンタを取り上げ、日吉の肩を掴む。瞳をあわせようとしない日吉の頬を挟み、上を向かせた。 もう俺に余裕なんて残ってない。なんでわざわざ平穏な日々をかき回すような事を言うのか。
 日吉がいて、俺がいて、サンタがいて。
 それなりに幸せだっただろ?
「本気でそんなこと言ってるの?」
「本気だよ。だから今日はこれで帰る。時間が欲しい」
 揺らめく瞳で俺を見る。その思いつめたような表情に言い返すことが出来なかった。



 なんで急にあんなことを言い始めたのか。
 俺は今日一日の出来事を思い返してみた。 朝、日吉が家にきたことまでは普段の土曜と変わらない。
「それから俺が飲み物を買いに出て。その間に日吉が掃除してるねって言って……」
 いつの間にかの独り言をサンタが近くで聞いている、風に見えた。
 俺を見上げて『どうしたの?』って顔してる、風に見える。
「なあ、サンタ。俺のいない間に何があった?」
 猫を腕に抱えあげ、その頭を撫でつつ、考えた。
 そういえば帰ってきた時の様子がおかしかったような。
 いつもは掃除のあとはすぐに仕舞う掃除機がそのまま俺の部屋に置いてあったし。 『おかえり』の出迎えも上の空だったし。  何より俺とまともに顔を合せなかった!
 それって、めちゃくちゃ不信じゃねえか。
 なんでその時点で気がつかなかったのだろう。あまりの鈍さに自己嫌悪だ。

 俺の部屋で掃除の間に何かを見つけたのか? 見られて困るようなものがあったっけ。 悩んだところで一向に浮かんでこない。ここは現場検証といくか。
 原因を探るべく、サンタを抱いたまま、自分の部屋に移動した。

「駄目だ、わかんねえ」
 一通り見回しても、いつもの自分の部屋に特に違和感はない。 でも何かあるはず。見落としてるに違いない。
 その時、大人しく抱かれていたサンタが暴れだした。 後ろ足の爪で腕を引っかかれ、落とさないように身体を支えていた腕の力が緩む。 その隙をついて腕の中から飛び出した。
「痛ぇよ。急に暴れるな!」
 言ったところで反省の色はない。当の猫は俺の足元で優雅に毛づくろいを開始してやがる。
 どいつもこいつも勝手なんだから!
 腹立たしさを紛らわす為、パソコンデスクの回転椅子に座り、ぐるぐる回ってみた。
 同じ景色が繰り返される。こざっぱりした部屋。あるのは本棚とベッドと今座っているパソコンデスク。 動いているのはサンタだけ。

 毛づくろいを終えた猫が、本棚に飛び乗った。 まだ本の入れてない十五センチぐらいの空間に身体をいれ、 もぞもぞ動くと綺麗に並べてある文庫本が次から次へと下に落ちていく。
「こら、サンタ。落とすな」
 整頓の仕方に問題があるのかもしれない。前面が揃っていないと嫌なのだ。 だからハードカバーと文庫本を並べてある棚は、文庫本の後ろに隙間ができる。 その隙間に入ろうとした猫によって落下事件がおきたというわけ。
 回りすぎて気持ち悪くなる寸前のふらつく足で本棚までたどり着いた。落とした本五冊を手にとり、再び揃えようとして手が止まる。
 もしかして、原因はコレ?
 落ちた本の後ろ側に手紙の束。
「あ、そうだ。ここに入れたんだっけ……。これじゃ勘違いするよなぁ」
 同じクラスの女子生徒からのものだ。差出人欄には、自分の名前の横にハートマーク。 ノリのいい、さっぱりした性格の子なのだが、日吉は彼女のことを知らない。だからひとり違う方向に突っ走ってるに違いない。
 俺もこの手紙をこんなところ置いた事を後悔した。これじゃまるで隠してるみたいじゃねえか。 深く考えずに、隙間に入れただけなんだけど。
「俺も俺だよな……。くそっ!」
 苦々しい思いで、その束を机に放り出す。宛名欄で、ピンクや青の丸文字で俺の名前が踊っていた。



 俺はすぐに日吉の家に向かった。時間なんてやるもんか。
 インターフォンを鳴らす俺の前に現れたアイツの目は真っ赤で。
 それでも笑おうとする。
『どうしたの?』とただの友達の真似をする。
 自分の顔がどんなことになってるのかなんて思ってもみないのだろう。だから、親友なら家に来てもいいだろ? と。自分でも酷いことを言ったと思う。
 それなのに。
「いいよ」 と明るく答えて。身体をよけて俺を部屋に通してくれた。土曜日だというのに、両親は不在だった。

 立ち尽くす俺に笑いかける。
「コーヒー、入れてくるね」
 その腕を引き寄せ、抱きしめた。その身体を感じたかった。あんな手紙なんかで揺らいで欲しくなかった。
「親友は抱きしめたりしないんだよ?」
「手紙見たんだろ? 本棚の後ろの束」
 小さな声を無視し、耳元に囁くと腕の中の身体がビクンと跳ねた。
「見てない」
「見たのは名前だけ、だな? 中身を読めよ。持ってきたから」
「読みたくない」
「駄目だ、読め」
 嫌だと強情を張る日吉に、俺がとった行動は朗読だ。耳を塞ごうとする手を押さえる為に、後ろから抱え込んだ。
「聞きたくない」
 リアリティを持たせる為になるべき彼女の口調を真似して手紙を読み上げる。
「この間は無理言ってごめんね。でもヒロくんのおかげで佐伯クンと話しが出来てうれしかったよん。もぉ、感謝ですぅ」
「ヒロくんって呼ばれてるんだ」
「そこはサラッと流せ。っつーーか、呼ばれてないし。ワザとに決まってんだろ。黙って聞くこと。わかった?」
 返事がなくても続ける。
 途中からもがく力も弱くなってきた。だってこの内容ときたら、単なる恋愛相談。 サッカー部の後輩を好きになった彼女からの相談と、付き合い始めてからのノロケだ。 何かと橋渡しをしてやった恩のつもりで報告をしてるのだろうが、恩どころか、とんだ災難だ。 あいつら今度いびってやる。
 読んでは投げ捨て、読んでは投げ捨て。それを繰り返すこと六回。 途中からほとんど棒読み。だって馬鹿らしいだろ? 後輩がどんなに優しいか、なんて力説されても俺には関係ないんだし。 最後の『ちょ〜らぶらぶ』を読み終えて、その手紙も床に落とした。
「おしまい! さあ、これを何と勘違いしたのか教えてもらおうか?」
 腕を解き、前を向かせて顔を覗き込んだ。
「だ……だ……だって、キミが隠してるからいけないんだよ! 大事なものだと思うじゃないか!」
 完璧に自分は悪くないモードに入っている。 眉間に皺を寄せて、顎を上げた。そんな赤い目で抗議されたら、弱いって。はいはい、そうですとも。悪いのは俺です。
「別に隠してたわけじゃないんだけどなあ。まあ何も考えずにあんなとこに入れておいたからな。ゴメン」
 腕の中に納まる、なじんだ感触。温かな身体が安らぎをくれる。
「許して?」

 赤い瞳が閉じられていった。瞼にキスを落とすと、ふふっと口元が緩む。 背中に回された腕に力がこもり、溜息のような言葉が零れた。
「……許してあげてもいい」
 誤解も解いたし、あとはただ、その唇を味わうだけ。

SS No6(2003/05/07)


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