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蒼い瞳のサンタ〜ある日のふたり5
「ちょっとちょっと」 声を潜めて呼ぶ声。洗濯機の前にいるボクに、高野が洗面所のドアから顔を覗かせて、手招きをしている。 「なぁに?」 「サンタがさぁ」 にこにこと楽しそうだ。空がどうかしたのかな? 『ソラ』は、ボクが拾って、高野のマンションで飼ってもらってる白猫。 ちゃんとした名前をボクがつけたのに、高野は『サンタ』なんて白ひげのおじいさんの名前をつけちゃってさ。 ふたりとも、意地っ張りだからどっちも引かなくて、空にはふたつの名前がついてるんだ。 もっとも、『サンタ』にした理由も知ってるから、強く言えないんだよね。 「どうしたの?」 「人間になってる!」 ……はぁ? 最近の暑さは厳しかったから。 多分、今のボクの顔には、憐れみを目一杯つめこんだ表情が浮かんでいると思う。 「それは良かった。ボクも嬉しいよ」 にっこりと返す。 「だからぁ、ちょっと来てみ」 ボクは聞かなかったことにして、そのまま洗濯機に向き合うと、洗剤を入れた。スイッチ、オン。 「今日はいい天気だし、すぐに乾くね」 「あれは、猫じゃねぇ! 早くってば」 成り立たたない会話に焦れた高野に、手をひっぱられ、リビングに連れてこられた。 「ホラ、な?」 目の前には、両手をバンザイして、足を伸ばし、仰向けで転がっている白猫。みごとな直線。 だから、人間か……。 その発想は小学生だよ。 猫は丸まって寝るもの、高野はそう思っている。 暑い日は、こんな風にダランと伸びきって寝ることも珍しくないんだけどね。 それを知らない彼は、初めて見た光景に感動を覚えたらしい。ボクにも見せてやろうと思ったわけだ。空を起こさないように、そっと歩いて、声も潜めて。 「ほんとだね」 感動している高野に話しを合わせることにした。 「すごいだろ? 猫背って嘘だな」 いや、それも違うかと。 「女の子なのに、カッコ悪いよね?」 「それもそうだな。ちょっと恥ずかしいな。お! そうだ!」 ひらめいた、とばかりに自室に戻り、ハサミを持ってきた。片手には、マンガ雑誌。 何するんだろ? 「それ、何?」 「いいもん、作ってやるよ」 楽しそうに鼻歌まじりに、マンガのカラーページに切り込みを入れる。大きめの三角がひとつ、小さい三角がふたつ。 ま……、まさか?! 「これでどう?」 そして、出来た――切っただけの――三角を、股の部分と、胸の部分に置いた。 高野洋志、十八歳、アホである。 悲しいかな、それを確信してしまった。 白猫に合うように、カラーを使ったのだろうけど。 配色とか、一応、考えたみたいなんだけど。 バカらしい……この一言に尽きる。 しかも、ある一点に気づいていないようで。ボクは眩暈を感じた。 「ちょっと、確認の為に、訊いてもいいかな?」 「なんでも訊いて」 「これは、何のつもりなのかな?」 「何ってビキニに決まってんじゃん。夏だよ? 夏と言えば、ビキニだろ?」 胸を張るのは、なんとかなんないのか? 猫の胸付近に置かれた三角は頂点が下に向いていた。本来のビキニなら、上だろ? 「えーと、ビキニだとすると……。こうじゃない?」 頂点を上に置き換える。 「おぉ! そうか! なんか違うなあ、と思ったんだよ。向きが違ったんだな。下向きじゃ、ババアの垂れチチだよなぁ。危ねぇ、危ねぇ」 ふぅ〜、と息を吐き、満面の笑み。 これを考えてた時点で、既に危ないんですけど。 眩暈を通り越して、頭痛がしてきた。 「おっ! もっといいこと、思いついた!」 「今度はナニ?」 そっと立ちあがり、また、部屋に入る。空は、高野曰く、ビキニを身につけたまま、気持ちよさそうに寝ている。 なかなか可愛いかも。 戻ってきた高野の手にはテープ。 「空に貼り付けようって、言うんなら許さないよ?!」 「違うって。まあ、見てな。ちょっと、テープ1センチぐらいに切っといて。二枚ね」 言われて通りに、テープを切って、高野の手の甲に貼り付けた。 ペラペラとページをめくり、気に入ったカラーにまたハサミを入れる。今度は少し小さめの丸。 ジョキ ジョキ ジョキ 「ここを切って、丸くして、テープで」 円の半径に切り込みを入れ、クルッと丸めて、端をテープで止める。仕上がってみれば、円錐形がふたつ。 「これって……」 いまだ目を覚まさない白猫の胸部分から、三角をとり、円錐形を乗せる。 まさか?! まさか?!! まさかー!!! 「すっげー! 立体的! 猫にオッパイがあったらこんな感じか?」 うわっ、やっぱり……。 「なんだよ、そんな痛そうな目で見んなよ」 アンタって…… 「いや、実際、痛いから」 だけど、 「でも、ちょっと面白いよ。ちょっと笑いそうだよ」 「そうだろ?」 変な人だね、やっぱり、キミって。 そして、何を思ったか、またチョキチョキとページを切る。同じような円錐形を作り、テープを底の方につけた。 「さっきテープ取ってきた時のお前、すごく怖い顔してた」 「空に貼ると思ったんだ」 「角、出てたぞ」 額にペタッと貼られた、円錐形。ひとつ。 「ねぇ、ここって、鬼の角じゃないよ? ユニコーンだよ?」 「わざとだよーん」 その方が可愛いから、と笑う。 「ほんっと、恥ずかしい人だね、キミ」 雑誌を避けるガサガサと言う音に目を覚ました空が、伸びをして、体勢を変える。その拍子に置かれた紙が落ちた。 図工の時間、終了。 「ああ、俺の傑作が……」 空を見て、悲しそうに言って、ボクを見る。 「まだ残ってるから、いいや」 「これのこと?」 額を高野の額に押し付けると、クシャっと紙の潰れる音。 「ひっでぇ……。これはキスだけじゃ収まらない」 不満げに、眉を寄せた。そこに宥めるように、キスをする。すぐに和らぐ表情。 収まってるようなんですけど? 気のせいですか? ま、ここは高野の言うことを聞いてあげよう。 「なんでもしてあげる」 ボクの言葉に、ニンマリと笑う恋人。 「でも時間制限アリだよ。洗濯中だからね」 「じゃあ、急がないと」 抱きあげられ、バタバタと走る。あと何分、なんて訊いてるし。ムードも何もないよねえ。 ベッドに放り投げられて、急げ急げって。 「もしかして、俺たちってバカみたい?」 可笑しくて。笑いが止まらない。ふたりで笑い転げて、どんどん時間が過ぎていく。 「早く早く」 抱きしめて、抱きしめられて。服を脱がしあって。キスし合って。 タイムトライアル。 洗濯機が終わりを告げる。 結局、ボクはぐったりして、高野が洗濯物を干してくれた。 めでたし、めでたし? SS No14(2003/09/05) |
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