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付き合い(前)
◇相川博之(会社員)
◇桐山悟(大学一年)

 受験生活も終わり、四月から晴れて大学生となった。
 ここまで、なんと長い道のりだったことか……。 実はさ、相川さんの出身校を目指してたんだよね。名の通った私立なんだけど、そこの経済学部。
 簡単じゃないっとことはもちろんオレにだってわかっていた。
 模試では合格ラインを割っていたし、担任も難しい顔をしてたから。だけど、目標は高く掲げてこそ男っていうもんだろ?
 周りからは無謀なことだと言われ、試験受けるのだってタダじゃないんだぞ、なんてからかわれたりしたけれど、相川さんは頑張れって応援してくれた。 だから一日何時間も、それこそ寝る間も惜しんで勉強した。
 オレには、あの人の後ろ姿に、いつか追いつくという目標がある。 その為なら、やれる気がしたんだ。
 ところが、だ。あえなく撃沈。現実はあっけない。
 やっぱり実力勝負なんだよな〜、受験って。もしかして、なんてない。いかに甘いかを痛感してしまったよ……。
 それでも第二志望校には受かり、仲間も出来て、毎日が楽しく過ぎる。 今のこの時期って、オレだけじゃなく、みんなも大学生活にやっと慣れてきた時期なのだろう。 よく誘われるようになっていた。



『今、何時だと思ってる!』
 やばっ。
 まただよ。これでここに来て、三通目のメール。
『もうすぐ帰るから寝てていい』
 すばやく返信。
「桐山〜、な〜に、さっきからメールばっか気にしてるんだよぅ」
「なんでもねえよ」
「それよりさ、今日はさ、もっと飲もう! なん〜か、楽しいよね〜。俺、決めた! 今日は、桐山ンち、泊まる!」
「駄目駄目ダメ!!、帰ろう。ほら、な。電車もなくなるから、帰ろう!」
「やだも〜ん。もっと飲むんだもんね〜! おねーちゃん、おかわりちょーだい!!」
 それきり、次のメールは、来なかった。

〜 〜 〜 〜 〜

 最後の着信から、かれこれ二時間。
 寝てるだろうと思って静かにドアを開ける。
「ただいま」
 ほとんど形だけの呟きで、靴を脱いだ。
 リビングが明るいのは、帰って来たときに真っ暗じゃないようにとの配慮だろう。
 それにしても、この時間。腕時計に視線を落とす。またしても午前様記録を更新してしまった。小心者のオレはビクビクだ。
 怒ってないといいな……。
 飲み会続きの罪悪感は、酔っているとはいっても、さすがに感じる。
「はあ……」
 苦い溜息が口をついた。
 今日も同じ学部の友人達との飲み会に参加していた。今日も……、ということは昨日もということで、実はその前もその前もなわけで。
 ここのところ四日連続……。
 彼に合わす顔がない。
 明日は、真っ直ぐ帰ってこよう。
 ご飯の支度して、彼の帰りを待っていよう。
 だから許して……。
 心の中で懺悔して、許しを請う。
 いや、いや。
 寝てるよな、もう一時だもん!
 朝になれば今日のことなんて忘れてるよな、きっと……。あの人、忙しい人だし。
 大きな荷物を引き摺りながら、リビングに通じるドアを開けると、 そんな夢のような都合のいい話はやはり夢と消えたのだった。
「げ!」
 思わずあげてしまった声に、ソファにいる相川さんの視線が、新聞からオレにゆっくりと移動する。
 しっかり起きている、相川さん。ああ、不機嫌だよ。いや、わかってたけど、そうだろうなーとは思ってたけど。
 皮肉っぽい笑みが浮かぶ表情に、背筋に冷たいものが流れた。
「随分な言い草だね。こんな時間に帰ってきて。もう一時過ぎてる」
 静かな声に込められた感情は、いつ爆発してもおかしくない感じで。
 怒ってる? とは訊けなかった。だって明らかに、怒っているよ。
「しかも、それは何なんだろうね?」
「あー。ただいま。寝ててくれてよかったのに。また明日、早いんだろ?」
「俺の声が聞こえなかったの? それとも、理解できないほど脳が腐ってるのか? その抱えてる荷物、その男は誰なんだ、と聞いてる」
 眼がマジだ。
 射るような眼差しに、身体が竦む。
 その、と顎で指すのは、オレに思いっきり凭れかかり、グースカ平和そうな顔して寝てる奴。 浅井と言ってなんだかんだ一番話しをする友人だった。
 入学式の時、初めて声をかけてきたのが浅井で、それからなんとなく意気投合していた。 軽い感じだけど、明るくて、自然と周りに人の輪が出来るような、そんな奴。 気楽に付き合えて、オレはこいつといるのがとても楽しかった。
「浅井……、って言うんだ。で、あの。飲んでたら、いつの間にか終電がなくなってて。帰れないからって、オレんちに泊めてくれって泣き付かれたんだよ。 初めは駄目だって断ってたんだけど、どんどん飲み進んじゃって、そのうち酔いつぶれちゃった……。ほっぽりだすのも可哀相だろ?」
 はは、と乾いた声を出してるのはオレか?
 一生懸命言い訳じみた言葉を並べている自分を、冷静な自分が眺めていて、そんなことより早く謝っちまえよ、と囁いている。
 ああ、そうだ。
 謝らなきゃ。
 謝らなくちゃ……。
 それなのに言葉が出てこない。
 簡単な言葉だったはずなのに、謝る言葉ってなんだっけ……。
 うぅ、なんだか頭の中がごちゃごちゃだ……。
「連れてきたわけ? ここに?」
「だって、友達だから……」
 ずり落ちそうな身体を、よいしょとまた抱えなおす。
「で? どこに寝かせるつもり?」
 その高圧的態度はないんじゃないの?
 謝ろうと思ったのに。
 ごめん、って。
 あー、そうか。謝るってごめんなさいだった……。
 フイに思い出した言葉だったけれど、でも、なんだか……。
 もう、言いたくない感じ。
 ……なんだかムッとしてきたぞ。
 責めるような視線と、淡々とした声音に自分を抑えることが出来なかった。
「オレの部屋しかないだろ? 客間は相川さんが使ってるんだから。それにここはオ、レ、の、う、ち、なの!」
 ああ、言ってみたら、スッキリ。
 オレだって言う時は言うんだから!
 満足のいったオレに、相川さんが表情を変えずに近づいてきて、思わず後退る。
「な、なんだよ!」
 手が伸びて、ビクッとした。
 そんなオレの反応にも表情を変えずに、首に回されてる浅井の腕を解く。 そして、オレがしてきたのと同じように奴を引き摺りながら、玄関に向かい、ドアを開けて外に出した。ドア横の壁に凭れかかるように、座らせて……。
 その行動を呆然と見ていた。
 当の本人は、ムニャムニャと口元を動かしながも、寝ている。ヘラッと笑ったりして。
 ……って、それでいいのか?!
「ちょっ、何してんだよ! 風邪でも引いたらどうすんだ! 中に入れろよ!」
 外に出ようとしたけれど、相川さんの身体が邪魔をして出られない。
 閉められるドア。
 掛けられる鍵。
 眇められる瞳。
「君は――……。どこまでも無神経だね」
 低い声に、耳を疑った。
 相川さんはそのまま和室に向かう。
 金縛りにあったように、オレはその場から動けない。静まり返った部屋に、彼の言葉だけが反響していた。

SS No25(2004/05/18)

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