--top--novel-- |
受験生活も終わり、四月から晴れて大学生となった。 ここまで、なんと長い道のりだったことか……。 実はさ、相川さんの出身校を目指してたんだよね。名の通った私立なんだけど、そこの経済学部。 簡単じゃないっとことはもちろんオレにだってわかっていた。 模試では合格ラインを割っていたし、担任も難しい顔をしてたから。だけど、目標は高く掲げてこそ男っていうもんだろ? 周りからは無謀なことだと言われ、試験受けるのだってタダじゃないんだぞ、なんてからかわれたりしたけれど、相川さんは頑張れって応援してくれた。 だから一日何時間も、それこそ寝る間も惜しんで勉強した。 オレには、あの人の後ろ姿に、いつか追いつくという目標がある。 その為なら、やれる気がしたんだ。 ところが、だ。あえなく撃沈。現実はあっけない。 やっぱり実力勝負なんだよな〜、受験って。もしかして、なんてない。いかに甘いかを痛感してしまったよ……。 それでも第二志望校には受かり、仲間も出来て、毎日が楽しく過ぎる。 今のこの時期って、オレだけじゃなく、みんなも大学生活にやっと慣れてきた時期なのだろう。 よく誘われるようになっていた。 『今、何時だと思ってる!』 やばっ。 まただよ。これでここに来て、三通目のメール。 『もうすぐ帰るから寝てていい』 すばやく返信。 「桐山〜、な〜に、さっきからメールばっか気にしてるんだよぅ」 「なんでもねえよ」 「それよりさ、今日はさ、もっと飲もう! なん〜か、楽しいよね〜。俺、決めた! 今日は、桐山ンち、泊まる!」 「駄目駄目ダメ!!、帰ろう。ほら、な。電車もなくなるから、帰ろう!」 「やだも〜ん。もっと飲むんだもんね〜! おねーちゃん、おかわりちょーだい!!」 それきり、次のメールは、来なかった。 〜 〜 〜 〜 〜 最後の着信から、かれこれ二時間。寝てるだろうと思って静かにドアを開ける。 「ただいま」 ほとんど形だけの呟きで、靴を脱いだ。 リビングが明るいのは、帰って来たときに真っ暗じゃないようにとの配慮だろう。 それにしても、この時間。腕時計に視線を落とす。またしても午前様記録を更新してしまった。小心者のオレはビクビクだ。 怒ってないといいな……。 飲み会続きの罪悪感は、酔っているとはいっても、さすがに感じる。 「はあ……」 苦い溜息が口をついた。 今日も同じ学部の友人達との飲み会に参加していた。今日も……、ということは昨日もということで、実はその前もその前もなわけで。 ここのところ四日連続……。 彼に合わす顔がない。 明日は、真っ直ぐ帰ってこよう。 ご飯の支度して、彼の帰りを待っていよう。 だから許して……。 心の中で懺悔して、許しを請う。 いや、いや。 寝てるよな、もう一時だもん! 朝になれば今日のことなんて忘れてるよな、きっと……。あの人、忙しい人だし。 大きな荷物を引き摺りながら、リビングに通じるドアを開けると、 そんな夢のような都合のいい話はやはり夢と消えたのだった。 「げ!」 思わずあげてしまった声に、ソファにいる相川さんの視線が、新聞からオレにゆっくりと移動する。 しっかり起きている、相川さん。ああ、不機嫌だよ。いや、わかってたけど、そうだろうなーとは思ってたけど。 皮肉っぽい笑みが浮かぶ表情に、背筋に冷たいものが流れた。 「随分な言い草だね。こんな時間に帰ってきて。もう一時過ぎてる」 静かな声に込められた感情は、いつ爆発してもおかしくない感じで。 怒ってる? とは訊けなかった。だって明らかに、怒っているよ。 「しかも、それは何なんだろうね?」 「あー。ただいま。寝ててくれてよかったのに。また明日、早いんだろ?」 「俺の声が聞こえなかったの? それとも、理解できないほど脳が腐ってるのか? その抱えてる荷物、その男は誰なんだ、と聞いてる」 眼がマジだ。 射るような眼差しに、身体が竦む。 その、と顎で指すのは、オレに思いっきり凭れかかり、グースカ平和そうな顔して寝てる奴。 浅井と言ってなんだかんだ一番話しをする友人だった。 入学式の時、初めて声をかけてきたのが浅井で、それからなんとなく意気投合していた。 軽い感じだけど、明るくて、自然と周りに人の輪が出来るような、そんな奴。 気楽に付き合えて、オレはこいつといるのがとても楽しかった。 「浅井……、って言うんだ。で、あの。飲んでたら、いつの間にか終電がなくなってて。帰れないからって、オレんちに泊めてくれって泣き付かれたんだよ。 初めは駄目だって断ってたんだけど、どんどん飲み進んじゃって、そのうち酔いつぶれちゃった……。ほっぽりだすのも可哀相だろ?」 はは、と乾いた声を出してるのはオレか? 一生懸命言い訳じみた言葉を並べている自分を、冷静な自分が眺めていて、そんなことより早く謝っちまえよ、と囁いている。 ああ、そうだ。 謝らなきゃ。 謝らなくちゃ……。 それなのに言葉が出てこない。 簡単な言葉だったはずなのに、謝る言葉ってなんだっけ……。 うぅ、なんだか頭の中がごちゃごちゃだ……。 「連れてきたわけ? ここに?」 「だって、友達だから……」 ずり落ちそうな身体を、よいしょとまた抱えなおす。 「で? どこに寝かせるつもり?」 その高圧的態度はないんじゃないの? 謝ろうと思ったのに。 ごめん、って。 あー、そうか。謝るってごめんなさいだった……。 フイに思い出した言葉だったけれど、でも、なんだか……。 もう、言いたくない感じ。 ……なんだかムッとしてきたぞ。 責めるような視線と、淡々とした声音に自分を抑えることが出来なかった。 「オレの部屋しかないだろ? 客間は相川さんが使ってるんだから。それにここはオ、レ、の、う、ち、なの!」 ああ、言ってみたら、スッキリ。 オレだって言う時は言うんだから! 満足のいったオレに、相川さんが表情を変えずに近づいてきて、思わず後退る。 「な、なんだよ!」 手が伸びて、ビクッとした。 そんなオレの反応にも表情を変えずに、首に回されてる浅井の腕を解く。 そして、オレがしてきたのと同じように奴を引き摺りながら、玄関に向かい、ドアを開けて外に出した。ドア横の壁に凭れかかるように、座らせて……。 その行動を呆然と見ていた。 当の本人は、ムニャムニャと口元を動かしながも、寝ている。ヘラッと笑ったりして。 ……って、それでいいのか?! 「ちょっ、何してんだよ! 風邪でも引いたらどうすんだ! 中に入れろよ!」 外に出ようとしたけれど、相川さんの身体が邪魔をして出られない。 閉められるドア。 掛けられる鍵。 眇められる瞳。 「君は――……。どこまでも無神経だね」 低い声に、耳を疑った。 相川さんはそのまま和室に向かう。 金縛りにあったように、オレはその場から動けない。静まり返った部屋に、彼の言葉だけが反響していた。 SS No25(2004/05/18) |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||