迷子のりおうちゃん

 和人と来たのは動物園。
 といっても、子供だましのちっぽけなやつじゃないらしい。 広大な敷地は草食動物エリア、肉食動物エリアに分けられていて、 自然のままの動物の姿が見られるようにと、生息地に近い環境作りをしていることで話題になってたから。
 そのチケットを貰ったんだよな。新聞屋サンから。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 それにしてもあちぃ。
 太陽の気合が感じられる、この天気。
 電車やバスの移動中はクーラーが効いてて極楽だったけれど、降りた途端、来たことを後悔していた。
 だってさ。
 昨日は遅くまで寝かせてもらえない上に、朝早くから起されてるんだから。 こっちの身にもなってくれって。体力残ってないっつーの。
 不機嫌になるなっていう方が無理だろ?
 反対に和人は超がつくほど、ご機嫌だ。
「理央くん、手、繋ごうよ」
 入場してからすぐに言われた。
「ウザー」
 時と場所を選べと何度言ったら聞いてくれるんだろうか。
 チラと見たオレの視界に入ったのは、天を仰ぎ、オーマィガッ、と小さく叫ぶ和人の姿。
 嘆きすぎ。
「えー。だって、はぐれたら困るでしょ?」
「困ンねえ」
「大体、携帯だって忘れてくるから連絡とれなくなっちゃうよ? 広いんだよ? ドコに何があるか、理央くん覚えてないでしょ? 迷子になっても知らないからね」
 方向音痴なんだから……。
 ボソッと言われた言葉が聞こえたけど、無視した。
「携帯は和人が早く早くって焦らすからだろ! 迷子になんてなるか、バカ!」
「じゃあ、絶対、絶対、ぜーーーったい、はぐれないって約束!」
 あー、バカバカしい。
 つーか、目立つんだよ、お前といると。
 ホラ、和人の大声に、みんな笑ってる。
 これでオレが何も言わないと、何か言うまでずっと煩く言われるんだ。
 これ以上煩くなるのも面倒。
「はいはい。約束します」
 小指を和人の目の前に突き出す。それに指を絡め、にこっと笑いながら、『や、く、そ、く』と上下に揺らした。
 笑ってしまったのは、なんだか……。
 可愛いなー、なんて思ってしまったから。
 デカイ犬系?
「オレがいなくなったら、和人のせいだからな」
 嗅覚でオレを探してくれ……。
「うん」
 光を含んで、薄茶の瞳が煌いている。僅かに細められる眼差し。
 見惚れるほどに、綺麗な和人はオレのもの。
 頬が緩んでいる自覚はあった。
 だんだんと綻んでいく、彼の表情。
 こんな顔をする時は、
 きまって、
「理央くん、可愛い〜」
 ガバッって来る時で。
「どこだと思ってんだよ! 大人しくしてたら、後でご褒美をやろう」
 抱きしめられると思ったところで、すり抜けた。
「ホントに! よし。今のところは諦めます。そうと決まったら、デートデート!」
「声がデカイっつってんだろ!」
 オレの渾身の蹴りをかわしながら、嬉しそうに和人が笑う。
 ずっとオレを見ててくれることを知ってるから、だから、はぐれるなんてことあるわけないだろ?

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

「和人〜?」
 あれ?
 どこだ?
 辺りを見回してみたけれど、それらしき人は見つからなかった。
「和人〜。おーい」
 きょろきょろしながら、歩く。
 携帯、と思って、忘れていたことに舌打ちをした。
「オレをひとりにしやがって……」
 バカ和人……。 
 誰もいないじゃねーか。
 オレはシマウマゾーンに来ていた。
 さっきまでは確か、ゾウを見ていたんだ。だけどオレは百獣の王ライオンを見たくて……。 和人に、待ってて、と言われた気がするが、ライオンの表示を見つけたオレはそのまま進んでいて。
 その結果がこれだ。
 シマウマかよ。
 ライオンはどこだよ?!
 じゃなくって、和人のところに戻らないと……。
 探してるよな。
 きっと、すごく探し回ってるよな。
「和人、知らねえか?」
 シマウマがブルッと首を横に振った。

「ねえねえ」
 いつの間に近寄ってきたのか、女の子がオレの服を掴む。小学生ぐらいの。真琴と同じぐらいかな。
「おかあさんがいなくなっちゃったの。迷子センターに行きたいんだけど。どこにあるか知ってますか?」
「迷子センター?」
「そう。おかあさんが、離れちゃったら、迷子センターにいなさいって。放送してくれるから」
 おお、その手があったか。
 和人のことだから、センターに行ってるかもしれない。
 でもさすがにこの年で呼び出されるのは恥ずかしい。呼び出される前に行ってよう。
「よし。連れてってやる」
 女の子が安心したように、頷いていた。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

「おにいちゃん。ここ、さっき通ったと思う。あっちじゃない?」
「え?! そ、だっけ、か」
 オレの手をひっぱり、ぐんぐんと先を進む子供。
 オレよりよっぽどしっかりしてると思う。
 これで迷子なんだから、親がダメダメなんだ、きっと。
「あった! あそこだ!」
 指さす場所には、パンダ――パンダなんてここにいないのによ――の絵が描かれた看板に、 確かに迷子センターと表示されている。
 そして、子供で溢れかえっているのが何よりの証拠で。
「うわ、いっぱいいるな……」
 迷子ってこんなにいるのか?
 その顔の分だけ、泣き声が響いていて。
 早く探してやれよ、と思ってしまう。
 その中で、女の子は泣かなかった。
 ただ、オレの手をぎゅっと握っていた。
「すぐに見つかるから。心配するなよ」
「うん」
 手をひいたまま、受付に行くと紙を渡されて。まず、そこに名前を書いてくれ、と。
 名前、なんていうんだろ。
「名前、何?」
「瀬野りお。八才」
 名前や年、その他の空欄を埋めるように書いてスタッフに渡す。
「りおって言うの?」
「うん。おにいちゃんは?」
 なんとなく、言い淀んでしまった。音にするのは、なんとなく……。
 和人に呼ばれるのは好きだし、友達や家族に呼ばれるのも平気なのに、可愛らしい女の子と同じような名前ということが、口を重くさせる。
「内緒……」
 指を唇にあててそう言うと、りおが子供特有の高い声で笑った。
「あ、そこの貴方。すみません、この子の名前も訊いて貰えます?」
 次々と連れてこられる子供。
 次々とアナウンスされる子供の名前。
 迎えに来る親との感動的な対面。
 その繰り返し。
 てんてこ舞い、という表現がぴったりの小さな部屋は、スタッフの人数も足りていないようだった。 使えるものは使え。そんな感じ。
「え……、と。はい」
 和人早く来ないかな……。
 つーか、呼び出して貰うか?
 今は無理そうだけど、一段落しそうな時を見計らってならいいかもしれない。
 そんなことを考えながら、飾り気のないスチール製の椅子に座り書き取り調査に勤しむことにした。
「名前、教えてくれる?」
 泣き顔で、ヒックヒックと呼吸困難になりそうな子供に問いかける。
 りおはその間もオレの手を離そうとしなくて書き難かったけれど、心細い気持ちもわかるから、 無理に離すことも出来なかった。
 そんな感じで五人ぐらいの書類を作ったころだろうか。
 突然、
「理央くん!」
 声がした。
 遅いっ!
 言葉を飲み込む。
「どんなにっ! どんなに心配したか……」
 背を屈め、オレの首に腕を回し、頭に額を当ててくる。
 離せ。
 いつもはスラスラと出てくる言葉も、言えなかった。
 迷子の子供の名前欄。
 握ったままのボールペンの先が紙に触れ、意味のない線を描いていた。
 和人が、どれだけ探し回っていたのかなんて、姿を見た時からわかっていたから。
 額に浮かぶ汗。
 あちこちに跳ねている髪。
 荒い息づかい。
 必死だったと。
「理央、……。バカ」
 オレの名前は、弱弱しい音で紡がれる。
 泣きそうな顔なのは、オレの心を写してるから……?
「ごめん」
 俯いたオレを強く抱きしめてくれた。

 スタッフの人たちは見てみない振りをしていた。泣いていた子供は一瞬泣きやみ、より大声で泣き始めた。 どうして自分たちのパパやママは来てくれないの?、そんな風に。
「りおちゃん!?」
「おとうさん! おかあさん!」
 握っていた手を離し、りおが走り出す。
 オレの隣にいた女の子の突然の行動に驚いたのだろう。 和人がオレの拘束を解いたから、ちょうど親に抱きつく感動的瞬間を目にすることが出来た。 ボロボロと涙を流す姿も。我慢してたんだなあ、ってほど、ボロ泣きだった。
 手を繋いで、出て行こうとして、くしゃくしゃの顔のままオレの方へと来た。
「おにいちゃん、も、良かったね。迷子、だったんでしょ?」
「うん。そうみたい」
 笑いかけると、鼻をずずっとすすりながら笑う。
「りおうくん、って言うんだね。りおと一緒みたい。バイバイ」
 手を振って、また母親の元へ。
 親がオレに向かって頭を下げた。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 椅子から立ち上がり、和人に向かい合う。
「行こうか?」
「じゃあ、手」
「アホ」
 これじゃ朝と一緒で。
 笑った。
 ここを出たら、手を繋ごう。
「お騒がせしました」
 スタッフの人達にお辞儀をすると、口々に、助かったよ、とか、有難うね、とか。もう迷子になるなよ、なんてふざけた台詞も聞こえて。 苦笑して外に出た。
 大事な人の手を取る。
 驚いた和人の顔。
 なんだかしてやったりの気分。
「ライオン、見てから帰ろうな」
「僕、あの辺り、三周ぐらいしたんだよ? 君が見たいって言ってたから。一体、どこにいたんだろうね、君は」
「シマウマゾーン」
 はあ、と呆れた溜息を吐かれた。
「第一、ジュース買って来るから待っててっていったのに。 人の言うことを聞かないから、迷子になるんだよ!」
「いなくなったら和人のせいだって言っただろ。だから、オレのせいじゃない」
「もう……。でもなんにもなくてよかった。急に消えちゃだめだよ。あんまり心配かけないでね」
 諦めの表情が、心配のそれに変わっていく瞬間を見てしまったら。
「わかってる……」
 照れくさくて、ぶっきらぼうな言葉しか出てこない。
 繋いだ掌を揺らしてみる。
 それでわかってくれるかな。
 本当はすごく感謝してるってこと。
 隣を見上げると、優しい微笑みでオレを見る和人と目が合ってしまい……。
 カーッと頬が熱くなる。
 誤魔化すように手をひっぱり大股で進んだ。

 着いたところには、またしてもシマウマがいて、さっきと同じヤツがブルブルっと首を上下に振っていて。
 吹き出しをつけるとしたら?
『見つかったんだ、よかったね。おめでとう』
 こんなところか?

SS No34(2004/09/01)

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