◆桃爆弾◆
梨佳ねえが桃を貰ってきた。で、その前はスイカ。最近の頂き物は果物シリーズみたい。この先はブドウとかりんごかな。 「デカイ……」 箱を開けた瞬間にほわわんと漂う甘い香り。 スーパーで売られているようなものじゃないことはオレにもわかった。 大きさもそうだし、そもそも包装が豪華だったから。白いアミアミに大切に守られてて、すんごく綺麗に並んでいる。 高そう……。 でも梨佳ねえはそんなこと気にする素振りも見せないで、甘いのかしらねえ、と笑っていた。 「ひーちゃん、食べて不味かったら誤魔化さないで言うのよ? こういうことはキッチリ言わないといけないんだから……」 そう言うなり、梨佳ねえは食べもしないでどこかに出かけちゃったけど。 こんなやりとりがニ時間ぐらい前で。 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 ちょうど冷蔵庫に入れておいた梨が食べ頃みたいで、忍がふたつを手にしてソファにいるオレの隣に座った。「どっち切る?」 右と左を差し出して。 「うーん。どっちが重い?」 「知るか」 「じゃあ、どっちが重いかオレが当てるから!」 忍がフッと笑って、オレの手の上に乗せてくれた。 「どっちもどっちかな〜」 両方を交互に持ち上げてみたり、片方ずつ持ってみたけれど、よくわからない。 でも、なんか……。 こっちの桃……。 カチカチカチって、 「変な、」 音が、……。 まるで、 タイマーのような。 「爆発する」 唐突にそう思ったんだ。 「何、馬鹿なこと」 相変わらず微笑みを湛えた口元が、そんなわけない、と言う。 「でもでもでもでもでも!!!! おかしいよっ! こんな言うわけないっ!」 言ってるうちに、自分でも興奮してきてるのがわかる。 危険だと、本能が叫んでいた。 駄目だ! 時間! このままだったら絶対に爆発してしまうっ! 「だって爆弾だ!」 オレの顔がよほど鬼気迫るものがあったのだろう。忍の顔から笑みが消えた。 「よこせ」 「ヤダ!」 「いいから」 「ダメだ! 忍が爆発しちゃう!」 追い詰められたような狂気じみた自分の声が、うわんうわんと反響するみたいに戻ってくる。 「平気だから」 ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!!! 絶対、ダメ! 忍がいなくなったらオレはっ!!! 「響っ!」 「イヤだ、ッ!!」 手にした桃が、お腹のあたりで振動していた。 今にも。 バーンって。 オレは強く目を瞑った。ギュッって。 忍に取られないように、身体を丸めて抱え込む。 「響……。それを」 絶対に放すもんか! そう思うのに。 それなのに、 こんな時に、忍はオレにキスをした。 頬に。 唇の温かさが、優しいほどの触れ方で。 だから。 腕の力が抜けてしまったんだ。 「しーちゃん!」 そして、いとも簡単に奪われた。危険なものなのに。 「ヤダ! 返して!」 カチカチという音が大きくなる。 「危ないっ!!!!」 「危ないのはお前だろう?」 真っ白な世界で、突然、呆れ声が降ってきた。 オレンジ色の光が差し込む、ソファの上。 二度、三度と瞬きをした。 へっ? 覗き込んでくるのは、大好きな。 「大声で危ないって……。しかも泣いてるし。どうした? 怖い夢でも見たのか?」 忍……。 忍だ……。 「しーちゃん……。バーンって。爆発して。ヤだ……っ」 子供がしゃべるみたいに、支離滅裂で。 だけど、忍は抱きしめて背中を撫でてくれた。 「……なんだか気持ち良さそうに寝てたのに、急に唸りだしたと思ったら。驚かせるな……」 胸の鼓動がオレを落ち着かせてくれる。 「……しの」 「うん?」 「怖い夢だった。人生最大の恐怖だった。オレのこれからを左右するぐらい……」 「そう。でも夢だから」 忍の腕の温もりを、もう少し。 肩口に顔を擦りつけた。 「甘ったれ……」 髪を撫でる手が優しいから。 声が甘いから。 「もうちょっとこうしていたい……」 こんな風に寄り添える時間が嬉しいと思ってしまう。 忍がいなくなると考えただけで、背筋が凍った。 ずっと、このままでいたい。 「あ、……桃、食べるか? ちょうど冷えた頃だ」 だいぶドキドキも収まってきた頃、思い出したように言う。 それでオレの気を逸らそうとしたんだろう。 「桃……」 今の今ではちょっと。 だって、生死を分ける事件の後だぞ……? いや、夢だけど。 ……………………。 それにしても、桃爆弾。 非現実なことで真剣にうろたえてたオレって……、夢って恐ろしい。 「明日にする」 「なんだ、お前、今すごく考えてただろう? 珍しい。果物だとすぐに飛びつくのに」 穏やかな瞳が笑っている。 「危険なんだよ」 桃は大好きだけど、もう少し、心が落ち着いてからにしよう。 夢の話も後で教えてあげよう。 こめかみ部分に唇の感触。 そっと、ずらしながら頬骨のあたりを彷徨って、キスが終わった。 一日に何度もそこにキスするのは、キャンプで出来た擦り傷が早く治るように、のおまじないなのかな〜なんて思ったりして。 「わけわかんねえ。まあ、いいけど……。中途半端に寝てるから変なもんに魘されるんだ」 「でも眠かったし。暇だったし」 ボソボソ。 「暢気だねえ……」 忍の、あーあ、という顔が笑える。 へらへら笑ってたら、そんなこと言ってないで勉強しろ、と頭を小突かれた。 ある意味、母さんより厳しい。 でも我慢我慢。これも忍といる為だから。 とりあえずこれでも受験生なわけで。夏休みの間、勉強をみてもらうという条件で一緒に住むことを許してもらった。 キャンプから帰ってきたその日、忍が母さんたちに頼んでくれたんだ。 オレも忍といたかったからすごく嬉しかった。 「いてーよ!」 「おお、まともな反応。さて、とりあえず今は買い物行くか? 夕飯、何にしよう……」 呟いて、ソファから立ち上がる。 「だんだんと所帯じみてきてる、しーちゃん」 「お前がいるからだろーが!」 う。 即答されたよ? そりゃそうだろうけど。 「オレのおかげだよ」 だから忍だってちゃんとした食事が出来るんじゃないか。 オレがいなかったら、何も食べないで過ごしたりするんだから。 「また噛みあってねえぞ」 困ったように首を振る姿なんて、きっと誰も知らないね。 オレだけの……。 ずっと一緒にいようね、しーちゃん。 ソファから勢いをつけて立ち、忍の隣をすり抜けて。 「はいはい。早く行こうよ」 手をひらひらさせて呼んだら。 少し首を傾げて。 小さく、仕方なさそうに、彼が笑った。 |
SS No35(2004/09/07〜09/08)
〜進捗状況にて突発連載〜
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