桃爆弾

 梨佳ねえが桃を貰ってきた。で、その前はスイカ。最近の頂き物は果物シリーズみたい。この先はブドウとかりんごかな。
「デカイ……」
 箱を開けた瞬間にほわわんと漂う甘い香り。
 スーパーで売られているようなものじゃないことはオレにもわかった。
 大きさもそうだし、そもそも包装が豪華だったから。白いアミアミに大切に守られてて、すんごく綺麗に並んでいる。
 高そう……。
 でも梨佳ねえはそんなこと気にする素振りも見せないで、甘いのかしらねえ、と笑っていた。
「ひーちゃん、食べて不味かったら誤魔化さないで言うのよ? こういうことはキッチリ言わないといけないんだから……」
 そう言うなり、梨佳ねえは食べもしないでどこかに出かけちゃったけど。
 こんなやりとりがニ時間ぐらい前で。

 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 ちょうど冷蔵庫に入れておいた梨が食べ頃みたいで、忍がふたつを手にしてソファにいるオレの隣に座った。
「どっち切る?」
 右と左を差し出して。
「うーん。どっちが重い?」
「知るか」
「じゃあ、どっちが重いかオレが当てるから!」
 忍がフッと笑って、オレの手の上に乗せてくれた。
「どっちもどっちかな〜」
 両方を交互に持ち上げてみたり、片方ずつ持ってみたけれど、よくわからない。
 でも、なんか……。
 こっちの桃……。
 カチカチカチって、
「変な、」
 音が、……。
 まるで、
 タイマーのような。
「爆発する」
 唐突にそう思ったんだ。
「何、馬鹿なこと」
 相変わらず微笑みを湛えた口元が、そんなわけない、と言う。
「でもでもでもでもでも!!!! おかしいよっ! こんな言うわけないっ!」
 言ってるうちに、自分でも興奮してきてるのがわかる。
 危険だと、本能が叫んでいた。
 駄目だ!
 時間!
 このままだったら絶対に爆発してしまうっ!
「だって爆弾だ!」
 オレの顔がよほど鬼気迫るものがあったのだろう。忍の顔から笑みが消えた。
「よこせ」
「ヤダ!」
「いいから」
「ダメだ! 忍が爆発しちゃう!」
 追い詰められたような狂気じみた自分の声が、うわんうわんと反響するみたいに戻ってくる。
「平気だから」
 ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!!!
 絶対、ダメ!
 忍がいなくなったらオレはっ!!!
「響っ!」
「イヤだ、ッ!!」
 手にした桃が、お腹のあたりで振動していた。
 今にも。
 バーンって。
 オレは強く目を瞑った。ギュッって。
 忍に取られないように、身体を丸めて抱え込む。
「響……。それを」
 絶対に放すもんか!
 そう思うのに。
 それなのに、
 こんな時に、忍はオレにキスをした。
 頬に。
 唇の温かさが、優しいほどの触れ方で。
 だから。
 腕の力が抜けてしまったんだ。
「しーちゃん!」
 そして、いとも簡単に奪われた。危険なものなのに。
「ヤダ! 返して!」
 カチカチという音が大きくなる。

「危ないっ!!!!」



「危ないのはお前だろう?」
 真っ白な世界で、突然、呆れ声が降ってきた。
 オレンジ色の光が差し込む、ソファの上。
 二度、三度と瞬きをした。
 へっ?
 覗き込んでくるのは、大好きな。
「大声で危ないって……。しかも泣いてるし。どうした? 怖い夢でも見たのか?」
 忍……。
 忍だ……。
「しーちゃん……。バーンって。爆発して。ヤだ……っ」
 子供がしゃべるみたいに、支離滅裂で。
 だけど、忍は抱きしめて背中を撫でてくれた。
「……なんだか気持ち良さそうに寝てたのに、急に唸りだしたと思ったら。驚かせるな……」
 胸の鼓動がオレを落ち着かせてくれる。

「……しの」
「うん?」
「怖い夢だった。人生最大の恐怖だった。オレのこれからを左右するぐらい……」
「そう。でも夢だから」
 忍の腕の温もりを、もう少し。
 肩口に顔を擦りつけた。
「甘ったれ……」
 髪を撫でる手が優しいから。
 声が甘いから。
「もうちょっとこうしていたい……」
 こんな風に寄り添える時間が嬉しいと思ってしまう。
 忍がいなくなると考えただけで、背筋が凍った。
 ずっと、このままでいたい。

「あ、……桃、食べるか? ちょうど冷えた頃だ」
 だいぶドキドキも収まってきた頃、思い出したように言う。
 それでオレの気を逸らそうとしたんだろう。
「桃……」
 今の今ではちょっと。
 だって、生死を分ける事件の後だぞ……?
 いや、夢だけど。
 ……………………。
 それにしても、桃爆弾。
 非現実なことで真剣にうろたえてたオレって……、夢って恐ろしい。
「明日にする」
「なんだ、お前、今すごく考えてただろう? 珍しい。果物だとすぐに飛びつくのに」
 穏やかな瞳が笑っている。
「危険なんだよ」
 桃は大好きだけど、もう少し、心が落ち着いてからにしよう。
 夢の話も後で教えてあげよう。
 こめかみ部分に唇の感触。
 そっと、ずらしながら頬骨のあたりを彷徨って、キスが終わった。
 一日に何度もそこにキスするのは、キャンプで出来た擦り傷が早く治るように、のおまじないなのかな〜なんて思ったりして。
「わけわかんねえ。まあ、いいけど……。中途半端に寝てるから変なもんに魘されるんだ」
「でも眠かったし。暇だったし」
 ボソボソ。
「暢気だねえ……」
 忍の、あーあ、という顔が笑える。
 へらへら笑ってたら、そんなこと言ってないで勉強しろ、と頭を小突かれた。
 ある意味、母さんより厳しい。
 でも我慢我慢。これも忍といる為だから。
 とりあえずこれでも受験生なわけで。夏休みの間、勉強をみてもらうという条件で一緒に住むことを許してもらった。 キャンプから帰ってきたその日、忍が母さんたちに頼んでくれたんだ。
 オレも忍といたかったからすごく嬉しかった。
「いてーよ!」
「おお、まともな反応。さて、とりあえず今は買い物行くか? 夕飯、何にしよう……」
 呟いて、ソファから立ち上がる。
「だんだんと所帯じみてきてる、しーちゃん」
「お前がいるからだろーが!」
 う。
 即答されたよ?
 そりゃそうだろうけど。
「オレのおかげだよ」
 だから忍だってちゃんとした食事が出来るんじゃないか。
 オレがいなかったら、何も食べないで過ごしたりするんだから。
「また噛みあってねえぞ」
 困ったように首を振る姿なんて、きっと誰も知らないね。
 オレだけの……。
 ずっと一緒にいようね、しーちゃん。
 ソファから勢いをつけて立ち、忍の隣をすり抜けて。
「はいはい。早く行こうよ」
 手をひらひらさせて呼んだら。
 少し首を傾げて。
 小さく、仕方なさそうに、彼が笑った。

SS No35(2004/09/07〜09/08)
〜進捗状況にて突発連載〜
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