響くんと梨佳さんと

ヴァン!

 短いクラクションの音に振り向いた。
 目に入ったのは、シルバーの車体。
 ゆっくりと近づいてきて、オレの隣にぴったりとつける。下げられたウィンドウの向こうには、いつも通り華やかな梨佳ねえがいた。
「おかえり〜。これからうちに来るんでしょう? 乗りなさい」
「でも」
「つべこべ言わない」
 言いながら身体を伸ばして、助手席のドアを開けられてしまった。
 乗るのはいいんだけどさあ。
「だってすぐそこじゃん」
 あと100メートルもないと思う。
「いーのいーの。ひーちゃんとドライブしたいんだから」
「ドライブねえ……」
 それから数分とたたずに降りることになるんだけどね。
 ふふ、と笑うから、オレも笑った。

 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 オレは、忍のところに行くところだった。
 ほとんど毎日入りびたり状態。といっても泊まってるわけじゃない。これでも夜はちゃんと帰ってるんだ。泊まりは夏休みで終わったから。
 でも、ずっと一緒にいただろ?
 だから寂しくて。こんなんじゃいけないって思っても、それでもやっぱり寂しくて。
 こんなに堂々巡りなら、顔をみるだけでも毎日行こうって結論に達したのが九月に入ってすぐ。それがもう二ヶ月は続いている。
 今日も帰ってきてからマンションに行く途中で。そこで拾われたんだ、梨佳ねえに。

 部屋に上がり、梨佳ねえの後ろをついていきながら聞いた。
「美容院行ってたの?」
 すぐにわかった。
 美容院の匂いもしたし。しなくてもわかるな。昨日と違うから。
「そう。どう?」
「すっげ、似合ってる」
 梨佳ねえはころころと髪型を変える。ストレートにしたり思いっきりクルクルにしてみたり。 昨日まではストレートだったのが今は髪先だけクルクルっと巻いてあった。品がある感じ。
「もっとクルクルのゴージャスなやつも好きだけどね」
 オレが言うと、
「じゃあ次はそうするわ」
 また、ふふふと笑った。
「響、何か飲む。貴方はココア? 紅茶?」
「ん。オレ、紅茶がいいな。……ってオレがやろうか?」
 いいわよ、手をひらひらとさせ梨佳ねえがキッチンに入る。
 で、オレも忍の部屋をノックしてみた。
 でも返事がない。
 そっと開けてみるけど、部屋の主はそこにはいなかった。
 大学かな。それとも買い物かな。
 車はあったからいると思ったのにがっかりだ。
 仕方がないからリビングに戻り、テレビをつける。
 座り心地満点のソファに座り、ミニテーブルに置いてあった雑誌を手にしてパラパラと捲ってみた。
 梨佳ねえが買ったものだろう。 女性的な雑誌で、お菓子の作り方とか、夕食の献立とかが載っている。そして特集はクリスマスだった。
 もうそんな時期なんだよな〜。
 今年はどうしよう。
 もちろんプレゼントのこと。きっと今年もなんでもいいって言うんだろうな。だからオレが考えなくちゃいけない。
 何かいいものないかな〜。

 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

「はい、どうぞ」
 トレーには紅茶とコーヒー。それと美味しそうなクッキーが乗っている。みるからにサクサクしてそうな……。オレ好み。
「ありがと。ねえ、忍は?」
「朝からいないわね。ずっと帰ってこないんじゃない?」
 悪戯っ子みたいな表情に、思わず頬が緩んでしまう。
「響は忍がいなくなったら泣いちゃうもんね〜」
 そんな風にすぐからかわれるけど、きっとそうだから。
 やっぱり笑って誤魔化していると、梨佳ねえの視線がオレの手元に落ちる。
「ああ、それね。なんとなく買ってみたのよ。ホラ、しーちゃん用に。毎日の献立考えるのも大変でしょう? だから愛の手を差し伸べてあげてるわけ」
 忍用にかよ?
「梨佳ねえ……。梨佳ねえも少し料理した方がいいんじゃない? オレだって目玉焼きぐらい焼けるのにさ〜」
 忍はやらせてくれないけど、これくらいはオレにも出来る。
 なのにこの人ときたら、てっきりだ。ゆで卵だって怪しいぐらいに。
「ここの主婦は忍さんですねえ」
「うぅ、胸が痛いわ……」
 オレの言葉に、突然胸を押さえて呻きだす梨佳ねえ。
 傷ついたっていう仕草がおもしろい。
 でも、その後すぐに立ち直るのもまた梨佳ねえらしくていい。
「いいの。出来る子がやればいいんですもの。それに、料理ぐらい出来なくても生きていけるの。まあ、料理自慢の旦那様を貰えばいいだけのことじゃない?」
「ん〜〜」
 なんとなく頷いてみる。

「あ、そうそう。それってクリスマス特集じゃない? 私、これが欲しいのよ。響、買って?」
 それきりオレが黙ってると唐突に話題が変わった。
「えーーーーっ!! オレ?」
 それゃ買ってあげたいのはやまやまですが、すごいもの強請られそうで思わず顔が引きつるのがわかった。
「そう。これこれこれ!!」
 ページをすごい勢いで捲り始めた梨佳ねえ。止まった場所は香水が並んでいた。
「どれ?」
「これよ!」
 人差し指がさす長方形の薄いピンクのビン。香りはバラって書いてある。
 とそれより気になるのは、値段なわけで。
 二千円。
 うっわ、思ったより全然リーズナブル!
「これな! よし、買ってやる!」
 いろんな客から香水を貰っているのを知っている。きっと何万もするものだろう、って思う。
 でも梨佳ねえは自分で選んだものしか身につけないんだ。
 本当はもっと高価なものをつけてるんだけど、オレにあわせてくれたんだろうってこともわかった。
 優しい梨佳ねえ。
「他にもいいよ?」
「ううん。これがいいのよ。嬉しいわ、響〜〜。好き〜〜」
 って押し倒された。
 ソファと梨佳ねえの間で押し潰された。
 うぐぐぐぐ。
「梨佳ねえ、胸。胸、あたってるからっ!」
 柔らかいのがっ。
 あー、わかってやってるよ、この人!
 うふふって笑ってるし、ぐいぐい押し付けてくるし。
「サービスよ、サービス」
 サービスとか言ってるしー。
「遠慮するって。うっ、髪の毛、口に入るってば!」
 もがけど、もがけど、梨佳ねえは山のように動かず。
 ピンチ、オレ!
 つか、情けないにもほどがあるじゃーーーん。
 で、もがもがもがいてた時、

「随分とお楽しみだな」

 冷ややかな声に、ぴりりと空気が凍った。
 しーん。
 急速冷凍。

 で解凍されたのは、五秒後だ。
「おかえり〜」「おかえンなさい」
 オレたちの声がハモる。
「あらら、忍さんったら。もう帰ってきちゃったの? もう少しゆっくりしてれば良かったのに」
 そんなことを言う前に、オレの上からどいて欲しいんですけど。
「梨佳ねえ、どいて」
「いや」
 ぎょ。
「忍〜」
「ったく」
 あ、呆れてる。
 手を伸ばすとこっちに歩いてきて、オレの手を握ってくれた。
 そして、ひっぱる。

 ずるずるずるずる。

 ソファと梨佳ねえの間から引き抜くように、引っ張られてるし。
 視覚的に可笑しくねえ?
 ちょっとツボに入っちゃって笑いながら引っ張られるオレを、忍も笑いながらひいてるし。梨佳ねえも大笑いだし。
 無事救助された後も、腹を抱えて笑っていた。

 なんかさあ。
 こういうのっていいよな。
 梨佳ねえと忍だけじゃきっと笑わないだろうし、会話だってそんなに多くないだろう。
 クリスマスプレゼントはゆっくりと考えるとして、オレはもっと忍を笑わすべく、今度はそっちに頭を使うのだった。

SS No38(2004/11/20、22)
〜進捗状況にて突発連載〜
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