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忍観察記録 観察者:川上亜紀
ぶるぶる振動している携帯を取り出し、素早く操作する様子を横目で眺めてました。 何が楽しいって、いつもは無表情なその顔の、僅かに動く瞬間を見つけるのが私の趣味。 それに声のトーンとかね。ほんとに微妙なんだけど、ある相手に限ってそれがあらわれるのよ。 しかもその時ってこっちが赤面するほど優しい表情をしたりして。 さてさて今日の相手は誰だったのかしら。 少なくとも響君じゃないわね。彼だったらもっとあからさまに『ニヤッ』ってするはずだから。 そう。 こちらが不気味に思うくらいにね。 その彼が眉を顰めてちょっと、いや、かなり不機嫌そう。 「ねえ、誰からメール?」 「野々村」 声に怒りを含ませて、その顔のまま私に携帯を差し出す。 「野々村君? 響ちゃんの一番の友達ね」 あ、大っぴらに名前を出すときには「ちゃん」付けすることにしたの。 忍君は気にしないみたいだけど、響君は気にするでしょう。だからお姉さんとしての配慮をしてるわけ。 液晶に映る文字に視線を走らせると、そこには。 『響のあられもない姿に鼻血が止まりません』 あられもない姿って……。どんな姿よ? どういう姿にしても彼が不機嫌になるのはわかるわ。きっとにっこりする笑顔だって独り占めしたいんじゃないかな。彼って響君のことしか頭にないもの。 声を押し殺して笑う私に、隣に座ってる日高君と立川君が「なになに?」って覗き込んでくる。 「響ちゃんのあられもない姿ってどんなかしら」 「そりゃあ、うっふんって感じたろ?」 「いや、見えるか見えないかぐらいのチラリズムが萌えるね」 皆さ〜ん。火に油注いでま〜〜す。 「ちょっと、いいすぎ」 忍君、ますますしかめっ面になってるし。睨みつける視線が怖い。 「携帯、返せ」 「やだなあ、宮前。冗談に決まってるだろう。怒んなよ」 苦笑しながら立川君が携帯を彼に渡すと、ピクッて眉が動いて。まったく、大人気ないわよね……。 授業中だというのに携帯とにらめっこの忍君。いいのかしら。 只今、講義の真っ最中。 ちなみに犯罪心理学で、階段状に並んだ席の真ん中辺に、四人並んで座ってるの。 端っこが忍君、隣に私。私の隣に立川君、その横に日高君。 入学当初からの仲間。 響君に逢ったのは私しかいないけど、どんな子かはちゃんと私から伝えてあるのよ。 なんで逢ったかとか詳しい話しは省いてるけど。だってそれ言い始めたら私が忍君のこと好きだったことも言わなくちゃいけないでしょう? すっぱり振られた身としてはそれは辛いのよね。今はいい関係だから壊したくないし。 でもね、私、知ってます。 響君からの着信画面にだけ、響君の写真が出るのよ。この間、ちらっとみちゃったんだもの。 だけど人に言うことでもないから黙ってます。そのうち日高君や立川君も響君に逢うことがあるかもしれないわね。 だからただ忍君には恋人がいて、恋人は男の子、それもかなり可愛い子ということだけ、伝えてあります。 実際、逢ったらきっと私の言ってる意味がわかると思う。 響君の名前を出すと忍君の顔も和らぐし、どれだけの存在かは彼らも気づいてるんじゃないかな。 あら、思い出に耽ってる間に、携帯を受け取った彼がなにやら打ち始めたわ。 「なんて打ったの?」 授業の妨げにならないように小声で。 『何リットル出た?』 これにはさすがに笑いを堪えるのに苦労したわ。リットルも出たら命の危険が……。 送信するとすかさず返信が来たようで、またぶるぶる言ってるし。 あの子、授業中じゃないのかしら? 『二リットル。目の前が霞んできました。風前の灯火です』 その答えを立川君に伝えると彼から日高君に一語一句間違わずに伝えていく。 まるで伝言ゲーム。すぐ隣なのだから聞こえてると思うんですけど。 『わかった。お前はレバーでも食っとけ』 「なんだって?」 日高君が立川君を乗り越えて聞いてくる。だから「レバー食べろですって」 と、送信前にちらっと見た文句をそのまま伝えていく。 それにしても気になるのはその前の文字。 「わかったって何がわかったの?」 「野々村が二リットルの血液を出した、ということ」 「それが何?」 「いや、別にいいだろ。俺と響の問題だから」 そしてニヤリと笑った。 その表情から、察するに……。 もしや、そういうこと? 搾り取られちゃうわけ?、響君。二リットル分。 これから彼に降り注ぐであろう災難を思うと、溜息がでます。 SS No3(2003/04/18) |
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