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野々村くんと響くん

『帰りコンビニ寄って行こうよ』

 響に誘われ、佐藤と三人でコンビニに来ている。

「喉渇いちゃってさあ。どれにしようかな……。野々村の分はオレが奢ってやるな」
 日々、いろいろと世話してやってるお礼のつもりなんだろうけど。
 俺は? と言う佐藤に対して『お前に恩はない』とやけにあっさり。誘っといてそれはどうかと思うぞ?  でも佐藤も響の扱いには慣れてるから気にする風もなく、冷蔵ケースからコーヒー缶を取り出すと一人でレジに向かっていった。
 これからが俺の試練の始まりだ。

 響は綺麗に陳列された色とりどりの缶を前にして悩んでいる。
 俺は、ちょっと前に流行ったグレープフルーツジュースのボトル缶を取り、彼が選ぶ様子を眺めていた。
「あ、オレ、これにする!」
「やめとけよ。あ、こっちの方がいいんじゃないの?」
 これから起こるであろう事を見越して、さりげなく言ってみたりするのだが。
「いいの! これ飲んでみたい」
 あっさり却下された。
 コンビニに来ると、必ずと言っていいほど、交わされる響と俺の会話だ。
「どうせまた飽きるんだろ?」
「ちゃんと飲むし」
 語尾が濁るのは何故なんだ?
 きっとまた『変えて?』って言ってくるはず。俺の予想は百パーセント当たるのだ。予想というより、もはや確信だな。
「変えてやらないぞ。それでもいいんだな」
 躊躇いがちに頷く姿を確認して、レジに持っていった。

 コンビニの前で、嬉しそうにフタを開ける響。 一口飲むと、表情が曇り、缶を見つめた。来る! 思った瞬間、
「マズイ! はい、どうぞ」
 差し出された野菜ジュース缶。しかも『はい、どうぞ』?
「えーと、この手は何かな?」
 業ととぼけてみる。
「じゃあ、佐藤。お前のと変えて?」
 次のターゲットが決まる。すると佐藤はものの十数秒で飲み終えたコーヒー缶を目の前にぶらさげ、くれるんなら飲んでやると笑った。
 早食い、早飲みってこんな時に役にたつんだなあ。獲物を逃がした響のターゲットは、やっぱり俺しかいなくて。
「一口飲んでみてよ。野々村には美味しいかもしれないよ」
 にこにこ笑みを貼り付けて、無理やり手に持たせられた。そして俺の飲みかけグレープフルーツ缶は彼の手に。 仕方が無いので言うとおりに飲んでみる。
「別に不味くはないと思うけど……」
 これはまだイケる方だと思う。前に飲んだのはほんとに不味かった。『物は大切に』精神のさすがの俺も途中で捨てたぐらいだから。 その時は二人してこんなもの売り出すな、とやけに盛り上がったのを覚えている。
 ただ意見が一致する事は少ない。響が美味いと言うものは俺にはそうでもなかったり、その反対であったり。 そして大ヒットの確立も半々ぐらいだから、果たしてどちらの味覚がどうの……というのもはっきりとはしてないわけで。

「よかったねー。野々村には合うんだ。ほら、新しい味に出会えて得した気分?!」
 満足そうに顔を綻ばせて、なんの違和感もなく俺の選んだものを口にする。
 きっと自分一人だったら絶対に新製品には手を出さないだろう。そこが響と違うところ。  この人『新し物好き』なんだよね。新製品に目が無い。だけど片っ端からという訳でもなく、同じジュース類でも手を出さないものもある。 どうやらその基準はパッケージらしい。見るからに『美味しそう』と響の心を打たなければ、その手にとってもらえない。 そして俺はこのロシアンルーレットのような新商品吟味会に毎回付き合わされている。
 でも響みたいなヤツがいないと、大ヒット商品っていうものは生まれないんだろう、とつくづく思うのだ。
「それ前にマズーイって俺に寄越さなかったっけ?」
 もともと俺が手にしたグレープフルーツ缶も、今と同じような経緯の末、選んだわけで。 しかもやはり不味いと一度手放したものなのに、美味そうに飲んでやがる。
「きっと改良されたんだよ。美味しいし」
 いや。不味いものの後に飲むとなんでも美味く感じるんだよ……。そこのところが抜けてるんだな、この人。

「宮前さんと居る時はどうしてるんだよ? あの人、甘いからなあ。ホイホイ変えてくれるんだろ?」
「どんでもない!」
 ぶんぶん首を振ると、
「忍ってば、勝手に決めるんだぞ。オレが飲みたいものなんて無視するんだ。自分で選びたいし。新しいの試したいだろ?」
 さすが、宮前さん。その手があったか……。巻き添えを食うのはゴメンだからな。
 そうは言っても、俺がやったら本気で怒りそう。不満いっぱいの言葉とは裏腹なこの笑顔がその証拠だ。宮前さんのやることなら、全て嬉しいのだろう。
「でも結局、お前の好みのモノを選んでるんだろ?」
「ま、そうだけど。あの人はオレの楽しみを奪ってる」
「…で俺がお前の犠牲になってるってわけだ」
「えーっ、そんな風に思ってるの?」
 ちょっとショック…、と伏目がちになった。あーあ、俺ってほんとに甘いよなあ。 って言うか、なんで響の周りの人ってみんなこの人に甘いのだろうか。
「ホラ、そっち飲まないなら返せよ」
 響の手にあるグレープフルーツ缶を取ろうとすると、飲むよ、と身体をかわされた。 結局、響は俺の選んだものを飲み干し、俺には野菜ジュースが残され、それを味わう。
「一ヶ月後にはヒット商品かもね……」
 果たして俺の味覚が勝つか、響の味覚が勝つか。一ヵ月後に勝負と行こうじゃねえか。
 俺の小さな呟きは、響の『今度は何試そうか?』という楽しそうな声にかき消された。

SS No8(2003/05/20)


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