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うなぎの日
「う〜な〜ぎ〜!」 リズミカルに節をつけながら、バタバタとリビングに入ってくる足音。 その高二とは思えない行動に、ソファに寝そべって本を読んでいた忍はひとり小さく溜息を吐いた。 「響、煩い。もう少し、静かに入ってこれねえのかよ?」 「忍! うなぎ?」 忍の抗議は響の声に遮られる。 微かな眩暈を感じるのは洋書を読んでいたせいではないだろう。 響の楽しそうな声と晴れやかな表情が彼の機嫌の良さを物語っているが、 それに反比例するように忍の眉間には深い皺が刻まれていった。 「俺はうなぎじゃねえぞ。わかる日本語を話してくれ」 「梨佳ねえから電話貰ったよ? 『今夜はウナギよ〜』って」 梨佳の口真似は得意である。そして相変わらず忍の文句は聞いていない。 「ああ? そうなのか?」 投げやりに答えた。 口うるさく言うも長続きした例は無い。 惚れた弱みというより、言うのが面倒なだけ。忍の小言などサラッと流されるのが常なのだから。 それなら会話がちぐはぐにならない努力をする方が、まだマシに思えた。 ソファにすわり直し、隣をポンポンと叩き座るように促すと、嬉しさを満面に表現し響が隣にポスッと腰を下ろす。 「土用の丑の日だからって」 一方の忍は、ふーん、と大して興味なさそうに再び、本に視線を落とした。 「今、浜名湖に行ってるんだよ、梨佳ねえ」 「ん? だから昨日からいないのか」 梨佳は忍の実の姉である。 「社員旅行だよ。電話で言ってた。明後日帰ってきます」 銀座の高級クラブの女の子達を伴い、浜名湖へ骨休めの旅へと繰り出しているらしい。 浜名湖といえばうなぎ、土用の丑の日といえばやはりうなぎ。 そこで梨佳が忍と響の為に、ウナギを手配してくれた、ということのようだ。 それを嬉々として話す響を見ながら忍は思った。 もしかして、梨佳は自分が弟だということを忘れているのではないだろうか、と。 梨佳のスケジュールは、何故か響の方がよく掴んでいるのだ。 (響の方が可愛いもんな) 何にでも素直に反応する響の方が、話好きの梨佳にとって喋り甲斐があるだろうし、可愛げもあるというものだ。 (まあ、こいつがいるから、あの煩い姉貴の相手をしなくていいっていうのもあるしな) 実際、助かっている部分が大きい忍は、ひそかに感謝していたりする。 「浜名湖のウナギって美味そうだよな。オレ、ウナギ好きなんだよ」 大好きなウナギを夢見て、にたっと笑う響に視線を流し、俺はそうでもねえけど、な。と心の中で忍は思う。 「じゃあ、それまで大人しくしてろ。俺は読書、お前は?」 「いいよ、オレ、ゲームしてよ」 そして忍は再びソファに寝転がり、響がソファから降りてテレビの前に陣取った時、インターフォンが鳴った。 ふたりで顔を見合わせ、 「早すぎねえか? 今何時だよ」 「まだ二時。……ということは昼と間違えたのかな? 夕飯って言ってたけど」 首をかしげるふたり。だが待たせるわけにはいかず、忍が配達を受け取りに腰を上げた。 戻ってきた忍。その手に抱えるものは大きな発泡スチロール。 「まさか……ね?」 はは、と笑う。 笑うことで自分の想像したものを否定したいのだ。これは響の現実逃避のひとつの手段である。 「いや、そのまさか……だ」 げんなりと忍が言う。 宅配便の品名にかいてあるのは紛れも無く「活ウナギ」の文字。しかも持って来る間中、箱の中で動く気配を感じていた。それは紛れも無く活きている証拠といえる。 「あんの、クソババア」 地の底に響くような低音に、さすがの響もこればかりは同意したい気分だった。 「とにかく開けてみる?」 ガサガサと梱包を解き、恐る恐るフタをあける。 ……と、中からは、にゅるっとした大物が五匹。 「うっ!」 固まる。 「お前、さばけ」 この場合、言ったもの勝ちなのか? 「えー、オレ出来るわけないじゃん。忍の方が得意そうだよ、ひとでなしだから」 さり気なく反論したもの勝ちなのか? 片眉があがる。 どうするか……。 うねるウナギを前にして、ただ、それを見詰めること数分。 忍が深々と溜息をついた。 「うーん、さすが違うね!」 焼きたてのウナギを頬張りご満悦の響が、その顔を綻ばせる。 「まあまあだな」 とはいうものの、忍もしっかり白焼きと蒲焼を一人前ずつ箸をつけているわけで。 彼らの目の前に置かれているのは白焼き、蒲焼、肝吸い、響の家から持ってきた漬物類である。 もちろん、忍が調理したわけでも、響が調理したわけでもない。 ネットで『はじめてのウナギのさばき方』なるものを調べたのだが、 さすがにこのぬるぬるした生物を手にすることは出来ずに、結局は近所のウナギ屋へ救いを求めることにしたのだ。 持ち込みウナギは初めての主人も、江戸っ子気質らしく二つ返事で引き受けてくれて、こうして無事食卓に乗っている。 「あのウナギ屋のおじさんも、いいウナギだねー、って褒めてたもんな。梨佳ねえ、見る目があるんだよ」 「別に姉貴が選んだわけじゃねえだろ?」 その言葉を、そうだね、と軽く流し、残り少なくなった蒲焼を大口あけて口に運ぶ。 「でもさ、お土産、送ってくれるのは嬉しいけど、生きてるのは困るよね」 「絶対わかっててやってるな、あれ」 ふたりの困る姿を想像してほくそえんでいる梨佳の姿が目に浮かぶようだ。 「だから嫁に行けねえんだよ」 「ひでぇ……。でも彼氏はいるみたいだよ。この間デートって言ってたから」 「早く片付いてもらいたいもんだな」 「忍、オヤジはいってる」 ジロっと睨むと、肩を竦めて、へへっと笑い、誤魔化すようにごちそうさまと手を合わせた。 忍が後片付けをしている間に、勝手に響が風呂に入り、すっかり自分の家状態でくつろいでいる。 どうやら泊まる気らしいと気づくのはこうなってから、だ。忍としては別にどちらでも構わないから、聞きもしないのが最近の傾向だった。 テレビのチャンネルは、響の好きな歌番組。 曲に合わせて身体でリズムを取り、小さく口ずさんでいる。 風呂から上がった忍が響の隣に座り、再び本を手にすると、響が肩に頭を凭れ掛けてきた。 その頭に自分の頭をコツンとぶつけるように、首を傾げる。 途端に口ずさむ声に、笑顔が混ざって。 そんな恋人の様子に知らず緩む頬。 その温もりが、こんなにも心を暖かくして。 その微笑みを見るたびに、愛しさが溢れて。 「今日は姉貴、帰ってこないんだろ? 明後日まで」 「オレも夏休み」 悪戯っぽい笑みを浮かべて見つめてくる真直ぐな瞳に、ふっと口元を綻ばせることで応えた。 「誰も邪魔するヤツはいないわけだ。それなら……」 身体を抱き寄せて耳朶に甘い息をふきかけ、囁く。 小さく頷いて瞳を閉じた響の頬は、ほのかに色づき、その表情はとても幸せそうだった。 ふたりがひとつに溶け合うぐらい、愛し合おうか――? SS No12(2003/07/25) |
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