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包囲網

「宮前〜〜……、ぐあっ!」
 オイオイ……。
 走ってきて、一メートル手前で立ち止まったことは褒めてやる。でもその後がいけなかった。
 覗き込むような体勢はマズイだろう?
 と、注意してやる前に、既に宮前の右手が立川の顔面に見事ヒットしていた。 ちょうど額に掌を当てたような感じなのだが、勢い込んで覗いた分、仰け反り方も大きかった。
 拳じゃなくてよかったな……。
「煩せえ」
「宮前。せめて手を出す前に忠告してやれ……」
 しかし何故懲りない?、立川。
「どっちにしても結果は同じだ」
「ヘタしたら首を痛めるところだぞ?」
「そうそう。病院通いになったらどうしてくれるんだってーの!」
 首をさすりながら、立川が口を尖らせた。
 わざとらしいお前のその仕草は、俺が見ててもむかつくかもしれない。
「それは面倒だな……。中途半端すぎて」
 片眉を上げ、また手元の本へと視線を戻した。
 俺たちがいるのは図書館で、一旦ここで待ち合わせて外に食事に行くことにしていた。 俺と宮前は講義の後、立川は今来たところ。で、別講義の亜紀ちゃんを待っている。
「なあなあなあ、昼は、ソバ屋行こうよ」
 俺天丼が食いたいんだよ、と陽気な男が言う。
「ああ」
 まともに答えてるのが驚きだ。
「お待たせ〜〜。もうみんな揃ってるのね。ねえ、お昼なんだけど、何食べる? 私ね、中華がいいわ〜。あんかけやきそば!! ねえ、いいでしょう、忍君?」
「ああ」
 …………。
 面倒だっただけなんだな、やっぱり。
「え〜! ソバ屋に行くって言ったじゃないか!」
「別にどっちでも構わない」
「じゃあ俺は、スパがいい」
 試しに言ってみる。
 すると少しだけ考えて……。
「それはやめとく」
 断られてしまった。
 ははぁ〜〜ん。
 ピンと来たね。
 今夜はスパか?
 揉めてる三人――といってもほとんど立川と亜紀ちゃんとのやり取りみたいだったが――から少し離れて携帯を取り出し、つい最近仕入れたばかりの番号を押した。
 教えてあげよう、彼に。
「あ、もしもし? 日高です」
『はい? え? 日高さん? どして??』
 どうして君の番号を知ってるかって?
「亜紀ちゃんから聞いたんだよ。で、確認がてら掛けてみたってわけ。連絡網って言うのかな。知ってた方がいいだろう?」
『そうです、よね……。うん。そうだな……。で、何ですか?』
 素直な子だ、相変わらず。
「今日の夕飯ってスパらしいよ?」
 あははは、と電話の向こうで大受けの後、軽やかな声がした。
『忍が言ってるんですか?』
「うん、ていうかね。昼に何食べようかって話になって、それは嫌だとか言うから、きっとそうなんじゃないかなって」
 あ……。
 見つかってしまったようだ。
 残念。タイムアップ。
「お前、誰と話をしてるんだ?」
 そんなに睨むなよ……。
 笑って誤魔化せる雰囲気でもなさそうなので、そのまま電話を渡してみた。
 無言で受け取り、耳に当てる宮前。そして一言、俺、と低く声を響かせる。
 それからは響君が一方的に話をしてるらしく、目線を落としながら聞いていた。
「……迎えに行くから。……。わかった。またな」
 通話が切られる。
 で?、と理由を問う視線が俺に向けられて。
「別にいいだろう? もう掛けないから」
「掛けないなら必要ないな……」
「……仕方ない」
 そのままメモリーから削除される様子を見ていた。一日限りだったか。まあ、惜しくはないが。
 響君の番号、亜紀ちゃんから聞いたというのは正確ではない。
 正しくは、買った。
 そう、この番号取得には一万円という金額がかかっていた。 言うとややこしくなるから言わないけどな。
 つい昨日のことだった。
 講義の合間、ひとりでいた俺は亜紀ちゃんからちょっとちょっとと呼び寄せられた。
 訊けば、欲しいバッグがあるのだけど手持ちが足りないという。しかもカードは限度額いっぱいで使えない、と。
 それなら諦めればいいと俺が口にする前に、店頭にあるのが珍しく、次はいつ入荷するかもわからないの、と瞳を潤まされ……。
 溜息をついた俺にすかさず出されたもの。
 ホラホラと手に握らされたのは、一枚のメモ用紙。悪徳商人よろしく、今ならこれもつけるわよ、と二枚目のメモ用紙もつきつけられて。
 俺は嫌だとは言えなかった。
 そこにあるのは、響君の携帯番号と彼の親友の番号だったから。

「ソバ屋に決まりだぞ!」
 結局、亜紀ちゃんが折れたようだ。いや、あの不機嫌な顔は渋々というところだな。じゃんけんでもして決めたのかもしれない。
「ほら、日高も行くんだろう?」
 立川が宮前に絡みつつ、俺にも声をかけてくる。
「……そういえば腹が減ったな」

 さて、いつこの番号に掛けようか……。
 相手の驚く顔を思い浮かべて小さく笑う。
 悪戯を実行に移す前のソワソワ感に似て、なんだか子供の頃に戻ったような気分だった。

SS No23(2004/04/20)


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