セクシー?

「はい。悠人仕様のミルクたっぷりコーヒー」
 テレビを前にしてラグの上に座っていた俺に差し出されるマグカップ。
 ほんのり甘くてまろやかな香りがふわりと漂う。颯のいれてくれるコーヒーは美味しくて好き。
「ありがと」
 笑みを浮かべて、自分のカップを持ったまま颯が隣に座った。
 コーヒーから、白い湯気が立ち上っている。
 ほわほわとした、その向こうに颯の穏やかな顔。大好きな優しい笑顔。それだけで心が満たされてくるんだ。
「ラブストーリー? 珍しいな、悠人がこういうの見るの。アクション物が好きなのに」
「つけたらやってたから……。別になんでもいいよ? 颯が好きなの、回して」
「たまにはいいんじゃない。これ見よう」
「そう?」
 画面を見ている彼の横顔を言葉の間だけ見つめて、俺もドラマに視線を戻す。
 電車を待つ女性。
 彼女を追いかけ、もどかしげに自動改札を抜ける男性。
 階段を駆け上がる途中で発車を告げるアナウンスが響いて、コマーシャルに突入した。
 アウトかセーフか……。
 ハッピーエンドのドラマの世界。現実も一時間枠で一気に解決したらどんなに楽かなんて、フと思った。
 きっと世の中の人、みんなそう思ってるよね。
 そしてまた、続きから始まる。

 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

――また、俺のパジャマ着て見せて?

「パジャマ?」
 突然、……ではないけれど。
 ここにたどり着くまでの流れはあってるのだろうけれど。
 俺にしたら”?”な感じの、そんな言葉だった。
「だから、悠人が俺のパジャマを着るんだよ。もちろん上だけ」
 これ以上ないというぐらい、にっこりと笑う。
 テレビからはラストに向けて、場面を盛り上げる音楽が流れていた。涙が似合いそうな静かな曲。今の俺達の会話にはもっとコミカルなものの方が合いそうだ。
 だってパジャマだもん……。
 身に覚えがないわけではなかった。
 ……というか、赤面しそうなほどあるんですけど。
 颯から男の機能に関して告白された時の、風呂上りスタイルだろ?
「そんなのがいいの?」
 確か、テレビに映った有名女優の格好が気に入らない、という話しから、それならどんな格好が男心をそそるか……、になったと思う。
 俺はキャミソールっていうの?
 細い紐の。
 健康的でもあり、セクシーでもあり。
 みーちゃんが夏になるとよく着てて、可愛いと思うから。
 それを言ったんだ。
 そうしたら、颯が、「ぶかぶかシャツがいい!」 って言ったんだよな。
 そして、続く言葉が「また俺のパジャマを着て見せて」 だった。
 えーと。
 流れ的には、合ってる……、のかな?
「あれは今思い出しても衝撃的だったね……。お前、細いだろう? だからこう……、」
 今はドラマそっちのけで、どう見えていたかを実演してくれていた。
 首元を肌蹴るように、シャツを少し引っ張って。
「隙間から鎖骨とか見えるんだよ。そこがまた……。すごく良かった!!!」
 笑うしかないぐらいの、力説。
「あぁ、そ、そうなんだ……」
「だから、ね? 俺の為に……」
 俺の手からまだ中身の残っているマグを取り、テーブルへ置く。カチャンという音を颯の顔を見つめながら聞いた。
 唇が触れそうなほどの至近距離。
 吐息がかかる。
 条件反射のように目を瞑った。
 キスが落ちてきて。
「悠人……。好き」
 颯の声が耳に心地よく響く。
 身体をあわせることは、当たり前に出来る行為だと思っていた。
 事実、心が無くても、刺激されれば勃つものは勃つ。 罪悪感とか、虚しさとか、どう感じるかは別にして。原始からの本能。多分、動物としての機能なのだろう。
 自然の行為だと。そう、思っていた。
 だけどそれは違っていて。
 愛し合うことは当たり前じゃないってわかったのが、あの時だった。
 お互いの心がひとつになって、初めて身体が言うことを聞くっていうか……。そんな感じ。
 相手が彼だからそんなことも考えられたんだよね。
 それが解決して、ひとつ大きな山を乗り越えたと思った。
 だからって……。
 パジャマ。
「今からとは言わないぞ? これから食事だしな……。まあ、気が向いたら……。お願いします」
「気が向いたら?」
「うん」
 うぅぅ。
 期待に満ちてるよ?
 俺、着ないといけないよね?
 あの時は、颯のことで頭がいっぱいだったから、自分の格好なんてどうでもいいと思ってたけど、改めてお願いなんてされると恥ずかしさ倍増だよ。
 頬が火照ってくる。それに気づいた颯が、俺の頭を抱え込むようにして抱きしめてくれた。
「可愛い……。悠人の困った顔、好きかも。もっと困らせたくなる」
「ヤダ。意地悪するなら、俺も意地悪になるから……」
 安心する颯の体温。包みこまれるような安堵感がある。背中に回した手に、力を入れた。強く抱きしめて。
 ……大好き。
「それは困りますねえ」
 おどけた声音に、口元が緩むのがわかった。
「……ねえ」
 ご飯より、もっと他にしたいことが出来たみたい。
 それを伝えようと、彼を見上げる。
「貴方の希望、今、叶えてあげるよ」
「悠人がパジャマの上担当で、俺が下担当な……。ひとつのものをふたつに分ける。何気にペア……。どうよ? これ?」
 そのビジュアルを想像したのか、ニヤリと笑う。
 俺も想像してみたけど。
 そこでどうよ、と言われても、困る。
「う、うん。いいと思う……」
「悠人ぉ〜。ノリが悪いぞ〜。でも可愛いから許す!」
 ぎゅうってされて、背中がしなった。ぐぇ、とか変な声が出ちゃったよ。
 それでも気にしない颯。
 髪に息がかかるのを感じる。
 もぞもぞ動いて少しだけ身体を離して。顔をあげると、熱の篭った瞳があった。
 優しすぎて臆病な、大切な人。
 ゆっくりと近づく唇を見つめていた。
 触れて……。
 すぐに激しさを増すキスの音。
「んっ……」
 息が上がって、頭の中に霞がかった状態のその中で、
「俺ね、第二弾も考えてるんだ……。すんげー、セクシーだと思うんだよな……」
 そんな音を拾った。

SS No28(2004/06/24)

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