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寂しい兎たち 4


終わってしまえば、残ったのは体のダルさと奇妙な親近感。
無茶をやった気はするけど、心は妙に軽かった。
だからなんだと思う。俺は自分から男に声をかけて譲ってもらった煙草を吸いながら、さっきから気になっていた事を口にした。

「ところで、あんた一体何者?」

その問いに、返事はなかった。
その代わりのつもりなのか……男は床に転がっていた上着から一枚の名刺を取り出すと、黙って俺に手渡してきた。
渡されたシンプルな白い名刺には名前と連絡先。そして……

「あんた、ホンマ者だったんだ!」

そこには世情に疎い俺でも知っているような、大きな暴力団組織の名が書かれていた。

「そこに厄介になるきっかけをキョウが作った……って言ったら、お前はどうする?」
俺は思ってもいなかった男の言葉に動揺しながらも、表面上は冷静を装い軽く返事をした。
「どうって……別に関係ないじゃん!」
「そうか……」
次は何を言われるのかと身構えた俺に、男はあっさりそう言うと、
「そうだな、俺みたいな半端な男はどう足掻いても、結局はこの世界に入り込んでいたんだろうからな……」
そう言って少し笑った。
まるで独り言のようなその呟きは、俺に聞かせるべくして言った訳ではなかったのかもしれない。
けれど俺は、何故だかその言葉に引っ掛かりを感じた。

「あのさ……」
「ん?」
さっきに比べて格段に和らいだ男の雰囲気に、俺は意を決して口を開いた。

「キョウがさっき言ってた、アノコトって何?」

視線を外し、さりげなく聞いたつもりだったのに、男が一瞬にして身構えたのが気配で解った。
けど言葉にしてしまった以上、もう後には引けないし、引きたくもない。

「キョウさ……さっき言ってたじゃん。罰を受けられないのが辛いとか……あれって何?」
俺は構わず畳み掛けるように質問した。でも、男は相変わらず無言のまま。
「感謝してるとか……」
「聞いてどうする気だ?」
俺の言葉を打ち消すようにやっと返って来た反応に、俺はチラリと男を見た。
怒っているかと思いきや……その表情は何故か辛そうに見えた。

「別に何も……あんたとキョウは知ってて俺だけ知らなかったから、ただ単純に知りたいだけ」
「知らない方が良い事も、世の中にはあるんだぞ」
「でもそれが解んなきゃ、あんた達2人の間には割り込めないだろう?」
もったいぶる男にちょっとイラついて声が大きくなったけど、それは俺の本音だった。
ただの三角関係なら、俺もこんなに突っ込んで聞いたりはしない。
けど俺は、男とキョウの関係がただの恋愛関係じゃないことぐらい分かっていた。
そして……それがキョウを苦しめている本当の原因なのにも俺は気が付いていた。

静まり返った部屋の中、男がついた溜息をやけに重苦しく感じた。
「お前……そんなにキョウが好きなのか?」
「もちろん!」
俺の答えは即答だった。
ついさっきまで……男に会う以前なら、きっと言えなかった言葉なのに……

『こうやって、自分の気持ちを素直に口に出来るようになったことを、男に感謝するべきか?』

そう思ったら、少し笑えた。
でも俺のその笑いは男の次の言葉によって、あっと言う間に凍りつく羽目になった。

「俺とキョウの親父がもみ合いになったとき、止めようとしたあいつは親父が持ち出してきた包丁で……」
途切れた言葉の続きを待ちながら、俺はじっとりと汗ばんだ手の平をシーツで拭った。
聞くべきではなかったのか……そう思った次の瞬間、男の声が俺の想像を肯定した。

「親父を刺した」

「なんで……」
そんな質問、聞いてどうなるものでもなかったけれど、俺は聞かずにはいられなかった。

「親父って言っても、本当の親子じゃない。キョウの母親が引っ張り込んだヒモみたいな奴で、いつも飲んだくれて暴れたりはしていたけど、その日はたまたま……キョウに手を出そうとした」

テヲダソウトシタ?

「俺が17。キョウが11の時の話だ」
「それって……」
俺は、自分の声が震えるのを抑えられなかった。

「刺した瞬間に突き飛ばされたキョウの代わりに、俺がまだ生きていたそいつの止めを刺した。
警察には俺1人がやったことにして、キョウはお咎めなし。それで全て上手く行くはずだった……」
そう言って、男はふいに天井を見上げた。
何もない薄暗い空間。男はまるでそこに殺した奴でもいるかのようにしばらくその闇を睨みつけた後、視線を俺に戻した。

「少年刑務所から戻って、一番先にキョウに会いに行ったよ。そしたら前の家に居なくて。
あちこち探して、施設にいるのを突き止めて会いにいったら……」
「たら?」
「施設は施設でも心の壊れた奴の施設に入っていて、会いにいっても最初は俺だって解らなかった」
「それって……」
「そう……アノコトのせいらしい」
そう男は平坦に、まるで噂話でもするようにあっさりと喋ったけれど、心は裏腹に動揺しているのが何となく俺には分かった。
キョウを守る為に、人殺しまでやってのけたのだ。
そんなことをしてまでも守りたかった奴が、自分のせいで壊れている現実。
でも、患者をまるでモノ扱いする施設にそのまま置いておく事も出来ず、男はキョウを引き取ったらしい。詳しいことは言わなかったけれど、20歳にも満たない男が自分以外にもう1人養うなんて、
容易なことじゃなかっただろう……まして相手は、心の壊れた病人……

「連れて帰ってきてからも一日中空ろな顔して、時々意味も無く怯えて暴れだす他は、まるで人形みたいなキョウを俺はどうすることも出来なくて……」

「抱いたんだ」と言った男の声は、まるで泣いているようだった。

「でも……それから少し、病気の方は良くなったんだろう?」
だって俺と出会った頃のキョウは、クスリとかに手を出していて確かに変だったけれど、病院に入るほどには見えなかった。
「まぁな……抱かれると自分が生きてるって実感できるし、1人ぼっちじゃないって安心するって言ってたな」
まるで他人事のように話す男を見詰めながら、俺は信じられない気持ちになった。

1人ぼっちじゃないって安心できる……そう言ったキョウと、なんでてめぇは一緒にいてやんないんだよ! てめぇが一緒にいて寂しい思いをさせなかったらキョウもクスリに手を出すことはなかったんだろうし、俺に会うことだってなかったんじゃねぇーのか?」
そう思ったら、たまんなかった。

「じゃあ、何でそんなキョウを1人ぼっちにしたんだよ!」
咎めるようにそう言った俺を、男はギロリと睨みつけると低い声を更に低くした。

「俺だってずっと一緒にいてやりたかったよ! だけどな、一緒にいる為には金が要るんだよ。
ムショ上がりの俺が、手っ取り早く金を作れるところっていったら……」
それを聞いて俺は、なんとも言えず嫌な気分になった。
落ちるトコまで落ちるって言うのは、こういうのを言うんだろうか?

「で、組に入ったのかよ……」
俺の問いに、男はただ黙って首を縦に振った。
「結構、性に合ってたみたいで組の生活はそんなに辛くは無かったし、しばらくしたらキョウと2人分の生活費に困ることも無くなった。けどな……逆に色々わずらわしい事も増えて来て……今もちょっと、厄介ごとに巻き込まれてる」
「だからって、キョウを放ったらかしにしていい訳ないじゃん!」
「だな……お前みたいな悪い虫も付くしな」
そう言って男は笑ったけれど、俺は笑えなかった。
そんな俺を見て男は、困ったようにまた少し笑った。

「でもな、ちょっと前までならキョウも全くの1人きりって訳じゃなかったんだ。チビが……露天で買った奴だったけど、兎が1匹いたんだよ」
「兎?」
「脚が悪くて売れ残っていたらしいのを見つけて、欲しいってせがまれてな……死んだ時が厄介だからって反対したんだけど、珍しくしつこく言うんで飼ってやったら、それはそれは大切に可愛がって……」
「でも、結局死んだんだ?」
「あぁ……ちょうど2人で出かけている間にな。もともと脚も悪かったし、弱かったんだっていくら言っても聞かなくて、『寂しいから死んだんだ』って、しばらくは泣き暮らしていたみたいだったな」

『寂しいから……』
その懐かしい言葉に、俺はこっそり溜息を付いた。

 「俺がキョウに1番最初に会った時、あいつ『兎って、寂しいと死ぬんだ』って言っててさ……それを聞いた途端、何故だか無性にあいつのこと抱き締めてやりたくなったんだよ俺」

そう話して……俺はあの時のキョウの顔を思い出して、ちょっと泣きそうになった。
空ろな目をして、怯えるように抱きついてきたキョウ……あいつこそ、寂しい兎だったんだ。

「後からそれをキョウ本人に言ったら、『それはアキも同じ寂しいウサギだからだよ』って言われたけど、キョウにとってはあんたもそうなのかもな……自分の人生、棒に振っても良いくらいにキョウに惚れて……溺れて……あんたも、キョウがいないと寂しくて死んじまいそうなんだろう? なら……ちゃんと抱き締めてやれよ! 一緒にいてやれよ! 大切にしろよ!」

思わず叫んだ俺を尻目に、男は何食わぬ顔で2人の間で寝入ってしまったキョウの髪を撫で始めた。
2人の男に苛まれ、最後は意識を手放すように寝入ったとは思えないほど、幼くあどけない顔。
その顔にかかる髪を、男はしばらくの間愛しげに梳いていたけれど。ふとその手を止め俺を見詰めた。

「お前はこれからもずっと、キョウと一緒にいるつもりなんだろう?」
「そんなの、あたりまえじゃん!」
話をはぐらかされた様でムッと顔をしかめた俺にも構わず、男は話を続けた。
「普通に会話しながら一緒に食事して、抱き合って寝て……これからも、ずっと一緒か……」
そう言った男がやけに寂しそうに見えて、俺は一瞬にして自分の言葉を反省した。

本当はこいつだって、キョウと一緒にいたい筈なんだ。
けど、しがらみの多いあの世界じゃそうもいかなくて辛い思いしてんのに、変なトコだけ馬鹿正直なキョウに俺みたいなのが出来たって報告されて、おまけにそいつに説教めいたことまで言われたんじゃ、割に合わないよな……

「げっ! キョウとずっと一緒にいるってことは、これからはあんたも込みかよ!」
俺は男の気持ちを少しだけも軽くしてやりたくて、冗談ぽくわざと嫌そうに顔をしかめて見せた。
そんな俺を見て、男は初めて普通に笑った。

「大丈夫だ。そんなに長くは一緒にいられないだろうからな」
「なんだよそれ……」
ふと、寂しげな表情を見せた男にそう言ってから、俺はさっき貰った名刺を思い出した。
名前のすぐ右横に書いてあったアレは……多分、男がこの若さで上り詰めるには高すぎる地位。
それを手に入れる為に今まで男がやってきたことを考えれば、自分の命が明日もあるとは言い切れないのだろうか?

「大事にしてやってくれ……」

軽くではあったけどふいに頭を下げられ、俺はなんだか妙な気分になった。
もう会えないと言われた訳でもないのに……会いたい訳でもないのに胸がざわつく。
「あんた……もしかして、キョウにも何か隠し事……」
見詰めた先の男の顔には、もう既に何か吹っ切ったような笑みがあった。

「アキ……お前はキョウの為にも長生きしろよ」

その言葉が、俺と男がその夜交わした最後の言葉だった。
男はその後、素早く身繕いを済ませると携帯を取り出し、何箇所かに連絡を入れ……
そして最後に、眠ったままのキョウの唇に軽くキスをすると、後を振り向きもせずに部屋を出て行った。




俺は男が出て行った後のドアを見詰めながら、しばらくの間ぼんやりとしていた。
知ってしまったキョウの過去と、認めてしまった自分の気持ち。
そして、追い討ちをかけるように託された想い……

目が覚めたらキョウは、俺にあの男の行き先を尋ねるのだろうか?
それとも何事もなかったかのように、いつも通りに振舞うのだろうか?

俺は眠るキョウに視線を戻し、まだあどけなさの残る彼の顔をじっと見詰めた。

『兎って、寂しいと死ぬんだって……』

チビ……確かそんな名前だった兎が死んだ時、キョウは何を想ったのだろう?
俺は彼の心の奥底にある深い哀しみを思い、やりきれない気持ちを溜息として吐き出した。

なぁ……キョウ。兎も人間も、1人ぼっちじゃ寂しくて死にそうになるかもしれない。
けど、仲間がいれば寂しくないんじゃないのか?
例えその仲間が、寂しい兎ばかりだとしても……

俺はキョウの側に体を横たえると彼をそっと抱き締めて、その耳に『アイシテル』と囁いた。
せめて夢の中では、寂しい兎にならないように。




おわり




*** 『ありがとう』の気持ちを込めて♪ ***

Poteko様。自分の踏んだキリ番を押し付けた上、頂いたお題を二転三転させた挙句、大変お待たせしたわりには、いまいちエロく無くて本当に申し訳ありません(うるうる……)
ご期待頂いた程のものに仕上がらず、きっとモニターがPoteko様の血で紅く染まることも無いでしょうね(涙) でも、今の私にはこれが精一杯なんですぅ〜(号泣)
と言う訳で、どうかご笑納下さいますよう、宜しくお願い致します。
それでは5500HITの感謝と、素敵なリクエストを下さったお礼を込めて、この作品を捧げます。
穴を掘って埋めるなり。書き直す(!)なり。どうぞお好きなようにして下さいませ。
そして……末尾になりましたが、Poteko様ご自身の可愛くて素敵なお話を、これからも読ませて頂ける事、楽しみにしております。

2003.6.30 まゆみ 凛


*** ちょっと説明 ***
2003.3.7 5500HITを自爆(OH!) 後日、Poteko様に捧げてリクを頂くものの、『3Pで汁汁。モニターが鼻血で紅く染まるようなモノ』と、想定していなかったお題に管理人共々驚愕!
あらためてリクの難しさを知るものの「書けない〜」とリク内容の変更を強請る。
「じゃあ、三角関係でいちゃいちゃでもいいですよ」とのやさしいお言葉を頂くのだが……結局、凛の趣味と皆さんの熱い声援(?)で当初のお題に(笑)




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