◆君の笑顔に逢いたくて◆
雨が降っていた。 ほんの三十分前から降り始めた雨は、瞬く間に土砂降りへと変わり、激しく窓を叩く。 どす黒い雲に覆われた空の至る所で雷が光っては、落ちる音が響いていた。 そんな天気の予兆だったのだろうか、朝から酷い頭痛に悩まされていた。 割れるように痛くて。市販の薬を飲み、ベッドに潜り込む。 ひんやりとしたシーツの上。 こんな時は響の温もりが恋しかった。 毛布に包まりしばらくすると、だんだんと眠りに引きこまれる温かさになってきて……。 〜 〜 〜 〜 〜 どのくらい眠ったのだろうか。時計を見ると午後三時。あれから、一時間ぐらいか……。 僅かでも寝たのが良かったのだろう、頭痛はなく身体のダルさもとれていた。 テレビをつけるとニュース番組が映る。始まったばかりらしい。 「では最初のニュースです」 読み始めると同時に映像が切り替わり、事故現場が映されたのだが。 そんなことよりも。 俺の注意をひきつけたのは、その人物そのものだ。 滑舌の良さで定評のある落ち着いた感じの人気アナウンサー。 俺の知る限り、その人はもう中堅クラスのはずたった。 それなのに画面の中にいるのは、その溌剌さはどこからくるのか問いたいほどの若さで、 まだ新人って雰囲気の男性。 「どういうことだ?」 ここは俺のマンションで、俺自身、確かに存在している。さっき鏡を見た時も現在の己が知っている姿だったから間違いない。 『しのぶ……』 呼ばれたような気がして首をまわすと、視線の先にスッキリとした青空が見えた。 雨雲が通り過ぎたのか、あれほど凄かった嵐のような雨も止んでいる。 穏やかな天気だと思った。 嘘みたいに。 その時感じた違和感。それは感覚的なもの。 部屋全体のイメージは変わらないはずなのに、何かが……。 何か……。 まるで間違い探しを強いられているよう。 ……? 窓が――、濡れていない。 というか、その形跡すらないのではないか? その一点に気づいた時、慌ててベランダに出ていた。 「な、んだ? これは――?」 全身が粟立つ。 「う、そ」 ……………………。 タイムトリップ。 そんな言葉が浮かんだまま離れない。 付けっ放しのテレビの音。その時、今日の日付が画面の隅に映った。アナウンス台上のサイコロ状のカレンダーに目を凝らす。 「マジかよ……」 決定打だった。 十二年前の同じ日付を示している。 それが全国ネットの悪戯でなければ……、の話しだが。さすがにそんな苦情の殺到しそうなことはしないだろう。 ということは……。 どうやら俺は生活空間とともに、過去まで飛ばされてしまったということになる。 「まずいな」 マズイ。 響に逢えなくなるではないか……。 それは俺にとっての死活問題なのだ。こうしちゃいられない。なんとかしなければ……。 すぐさま、ジャケットを手に部屋を出た。 〜 〜 〜 〜 〜 まず最初にすべきこと。気分転換というより現状把握といったところか。知り合いはいるのかとか、姉貴の車はあるのかとか。調べる為にマンションの外へ。 何よりも響がどうしているのか、それが気になる。 俺がここに越してきたのは姉貴が向こうの大学から戻ってのことだから、今から約八、九年前のことだ。 本来ならば、まだここには建っていないはずの建築物。それなのにここにある。そして車も。 不自然なことこの上ないが現時点ではこれが自然なのだろう。 外の景色は俺が知っているものとはかなり違っていた。これが過去の姿なのか。 響の家に向かって歩いていく。 冷静に考えれば。 あいつはここで生まれて、育って……。だから確実に今もいるはず。 それだけが救いだった。 「しーちゃん!」 訊きなれた呼び名が背中から聞こえて、ビクッとした。 振り返る先。 そこにいるのは、俺の恋人。 大好きな、大切な、俺の宝物。 になる予定の……。 「……響」 予想していたとはいえ、身体から力が抜けた。 「小さすぎ……」 「し〜ちゃ〜〜ん」 ドン、と勢いよく俺の足にぶつかり止まると、両手で右足太ももを抱きこんで見上げてきた。 「ひーちゃんね、今、おかいものにいってきたの」 響の発射地点を見遣ると京子さんが苦笑して立っている。 ………………若い。 「響、駄目よ。忍君、困ってるでしょう?」 今の俺を見ても違和感を感じないのか? 溶け込んでるのか?、俺は。 まあ、それならそれで都合がよさそうだ。 「今日、しーちゃんのおうち、おとまりしたい」 響の子供らしい声に意識をそちらに向けた。 五歳の響。 目線に合わせて屈んでやると、いかにも幼稚園児です、という黒目がちの大きな瞳がふわふわと笑って。 「だめかなあ」 首を傾げる。期待に満ちた眼差しが輝いていた。 「いいぞ」 いいに決まってるだろう? 拒否する理由はあるのか? これっぽっちも見当たらない。 「わぁい! ママぁ、ボク、しーちゃんのうちに、おとまりするね」 身体全体で喜びを表し、首に手を回し纏わりつく子供。可愛い。攫いたい……。 「ひーちゃん! そんなの駄目でしょう?」 だから駄目じゃない。 響は俺のものだから……。 慌てる京子さんに俺としては珍しいであろう、かなり派手めの笑みを見せた。少し頬が引きつる感じがするがこのくらいわからないだろう。 「ちゃんと、面倒みますから」 やはりぎこちなかったか? 京子さんは一瞬固まって。お泊りセットを作りましょう、と息子に告げると、母親らしい微笑みで頭を撫でている。 「俺も行きますよ。ちょうど、暇だったし。迎えに行く手間も省けるし……」 それから響と手を繋ぎ、馴染みの彼の家へと向かった。 |
2004/04/01
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