君の笑顔に逢いたくて
 人の気配に目が覚めて。
「あ。しーちゃん、起きた。梨佳ねえ、忍、起きたよ!」
 響の声?
 弾かれたように起き上がっていた。
「?、響!!」
「何? 珍しいね、しーちゃんが大声で呼ぶなんて」
 部屋の入り口から覗き込むようにして響がいる。
 いつもの……。
 響。
 時計を見た。午後四時。いつの?
 布団を捲り、気づいたのは、俺は服を着ているということ。頭痛がして寝たままの。 風呂上りの格好ではない。
 夢……、だったのか。
 よほど呆然としているように見えたのだろう。ベッドボードに凭れている俺の額に、響が手を当ててくる。
 その心配そうな表情を目で追った。
「頭痛かったの? 薬がおいてあったから……。熱はないようだね。オレが来たとき、すっごく良く寝てたから……」
「いつ、来たんだ?」
「一時間前、ぐらいかな?」
 少し考えてから、言った。
「梨佳ねえがいて、忍は寝てるって。起きてこないのよ〜って。 うなされてたら起こそうと思ったけど、静かだったし。起きるまで待ってたんだ。おかげで、しーちゃんの寝顔、堪能しちゃったよ?」
 手を伸ばすと、しっかりと彼が握りこんでくれる。
 いつも感じる響の体温。
 焦がれていた。
 逢いたかった……。
 戻ってきたんだと改めて、思う。変だよな、夢なのに。そんな風に思うなんて。だけど……。
「夢――、みてたよ……」
「そう? 楽しい夢?」
「ああ……。ぷよぷよで、ぽんぽこで、ほんわか温かい夢……。とても、幸せな感じ」
「何それ。全然わかんないよ〜。ね、オレ、出てきた?」
 ベッドに乗り上げ、覗き込んでくる。
「お前しか出てこなかった」
「よかった! 忍の幸せな夢に出られなかったら悲しいもんな」
 楽しそうな笑顔に幼い響の面影を見つけて、小さく笑った。
「キス、して」
「ん」
 微笑んで、触れるだけのくちづけが落ちてくる。
 五才のお前じゃ手は出せないし、な。
 そんな気分にならなかったのも確かだが……。あれで欲情したら、完全に犯罪者だ。
「今日、何食べたい?」
 カレーとか言うんじゃねえだろうな。
「シチュー。クリームのね。コーンが入ってるのが好き」
 それでもやっぱり液状のものか……。
「材料見にいくか」
 キッチンに向かい冷蔵庫を開けた。肉も入ってるし、野菜も揃ってるから、すぐに作れそうだ。
 人参……。
 人参を手にとり、星にする?
 くっついてきた響に、無言で問いかけてみるが、伝わらない。当然だが。ん?、と見返されるだけ。
 そうだよな。もっともだ。俺がどうかしてるだけだよな。
 なんとなく小物が入っている手前の引き出しを開けた。
「っ!?」
 星型が鎮座していた。
「姉貴! これ、買ったか?」
 リビングにいる姉貴に見えるように、手を伸ばした。
「なあに? そんな声出して? ああ、それね。銀行で貰ったの。いっぱい預金したからかしらね。ハートとか、クマさんとか。いろんな型があるのよ? 今度、クッキーでも焼こうかしら……」
 うふふ、と笑いながら、出来もしないことを言ってやがる。
 と、そんなことは、どうでもいい。
「あ、そ」
 出所がわかって良かった。
 もう気にするのはやめにしよう。こんなことを繰り返してたら、いつかきっと心臓が止まるに違いないから。 とりあえず人参は星型にくり抜いて、シチューを作ることにした。

〜 〜 〜 〜 〜

 風呂に入った後のひと時。
 ソファで、テレビを見ながらくつろいでいた。
 案の定、その日の夕食は大好評で、響は大喜びだった。これからは星型人参の時代だな。スープを作る時も、これを活用することにしよう。
 でも、待てよ?
 あの人参星を喜ぶとしたら、やっぱり小さい響も本物なのか? あの抱き上げた感触はリアルだったしな。
 それなら……。
「響。ちょっと、おにいちゃんって言ってみろ」
 言ってみた。
「はあ?」
 穏やかな表情が一転、驚愕というか、珍しいものを見る目つきに変わる。
「なんで? やだよ。改めてなんて、照れるじゃん」
「早くしろ!」
 ひとつ溜息をついて、意を決したように俺を見つめ……。
「おにいちゃん」
 まだ乾ききっていない髪の隙間から見える耳たぶは真っ赤で。
 ……………………。
 違う。
「もういいや」
 やっぱり、ちっこい響の独特な言い回しには敵わないんだな、本人でも。
 あの感動をもう一度味わえると思ったのが間違いだった。
「なんだよ! 何の意味があんの? ねえ、今の何??」
「しつこい」
「忍が言い出したんだろ! 梨佳ねえ! 訊いてよ」
 姉貴の部屋に一直線。
「おいっ!」
 姉貴に言うつもりか。
 開けたままのドアの向こうから聞こえてきたのは、「そういうプレイなんじゃないの?」、のほほんとした声と 「えー、そんな変態じみたのヤダよ〜」、という嘆きの声。 それに続いて「私だって、そんな変態の弟は嫌よ」、とか。
 ふたりが激しく頷きあってるのが手に取るようにわかる。
 俺をなんだと思ってるんだ?
「あいつら明日から自炊させてやる……」
 それでもこんな騒がしい日々を懐かしく感じてしまうせいか、口元が緩むのを抑えられない。
 やっぱり今が一番いい。
 ソファに凭れて、瞳を閉じた。
 幼い響……。
 たとえ夢だったとしても、考えずにはいられない。
 俺がいない世界でどんな日々を過ごすのだろう。
 高校までの空白の時間を埋められるものなら……。
「それこそ、叶わない夢、だな」
 背伸びをするように、両手を上へ。
「おーい。いつまでそんなとこにいるんだ?」
「だってさあ……」
 ぐずぐずいいながも戻ってきて。隣に座ったところで抱きしめた。 突然の抱擁にも、すぐに背中に回される温かな腕。
「変な忍」
 ふふと笑いを零す唇に、自分のそれを押し当てる。
「黙って」
 耳元に囁くと、口元に笑みを残したまま、瞳を閉じた。
「この存在を確かめたいから……」
 甘い吐息に溺れよう。
「オレはここにいるよ……。忍の傍に……。好き……」
 潤む瞳、熱い身体、溢れる愛の言葉。惜しみなく与えられる温かな愛に満たされて。 心が、歓喜の雄たけびをあげていた。
「俺だけのものだよな?」
「そ、だよ。あ、……んっ」
 沸々と湧き上がる独占欲を抑えられない。
 シャツの下から手を這わせて。仰け反った喉元に、噛み付くようなキスをした。

〜 〜 〜 〜 〜

 こんな不思議な体験は、口に出せばきっと、誤魔化しの言葉で覆い隠されるだろう。
 だから、何も言うまい。
 自分だけの秘密でいい。
 確固たる証は何もないけれど、だからこそ、信じることも容易いのかもしれない。

 ただひとつだけ、君に願うならば。
 響……。

 俺に逢う為だけに、在れ――……。


何があっても動じない忍。
なぜならそこに響がいるから(笑)
最後までお付き合い有難うございました。
ご感想など頂けると嬉しいです(^^)
2004/04/01
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