バレンタインのふたり(日吉語り)

 バレンタイン、一緒に過ごせるかな……。

 日に日に迫るイベントに溜息が出てしまう。
 イベントを大切にしたいと思うのは女々しいことだろうか。
 でも、そういう日にかこつければ恥ずかしい台詞だって堂々と言えたりしないかな? そういうのがボクには必要だったりするんだ。
 お互いに違う大学に進学して、逢う時間がこれでもかっていうぐらいに減ってしまったのも拘る理由かもしれない。
 普段はなんとか時間をやりくりし、 今月に入ってからの逢った回数なんてたったの二日しかないけど、その分を埋めるように濃密な時間を過ごすボク達。
 それはそれでもう慣れた……、気がする。仕方ないって思えるから。
 だけど特別な日はやっぱり特別であって欲しい。

 クリスマスイブは一緒にはいられなかったから、この日ぐらいは一緒に過ごしたい。 そう思ってはいるけれど、それもどうかわからないのが今の現実だった。
 だって彼はボクのように暇じゃないから。
 サッカーの合宿だったり試合だったりと、それこそ帰ってくるとグッタリするほど忙しいらしい。
 まだ一年なのにレギュラーで、先輩にも可愛がられていて。 スポーツ音痴のボクからすればすごいなぁって誇らしい反面、本音はやっぱり寂しかったりもする。
 先輩の言うことは絶対だという。日曜日だって先輩に呼ばれれば出なければならない。 こうなると約束以前の問題で、ボクとのスケジュールが白紙に戻るだけだった。
 こんな風に、楽しみにしていたイブも部の飲み会で深夜まで、というか次の日までひっぱりまわされていたから、 結局二十六日の数時間だけがボクとの時間だった。 だけどその時、高野がすごく残念がってくれただけでも救われた気がする。寂しい心が少しだけ癒されたことを思い出す。
 今回もきっと駄目だろう。
 諦め半分というより、九十パーセント。
 期待したくないわけじゃない。ただ期待を裏切られるのが辛いだけ。ボクは臆病だから。
 無理は言わない。無理はしない。それが長く付き合う上での最良の方法なのだと、悟っていた。

 十四日は映画にでも出かけようか、それとも図書館にでも篭ろうか。
 チョコレートのCMを見ながらそんなことを考えていると、突然携帯が鳴った。高野からだ。急いで通話ボタンを押して耳に当てる。
『よぅ!』
 ちょうどいろいろと思い出していた時だったから、その第一声になんだか胸がキュッとなる。逢いたい…。
「今帰ったところ?」
 夜の九時。食事でもして帰ったならこのぐらいの時間だろう。
『そ。今日もへばった。吐きそうになるぐらい走らされた』
 はは、と明るい声を聞くと無性に逢いたくなってしまう。ここしばらく顔さえ見ていないから。
「お疲れさま。ねえ、空は元気にしてる?」
『つーか。なんだよソレ。サンタより俺のことを…。 まあいいや。心配なら今から来いよ。明日休みだろ? あ、迎えに行ってやろうか。十分で行くから下まで降りてろよ』
「え、いいよ。ゆっくり休みなよ」
 慌てた。疲れてるのがわかってるのにそんなこと出来るわけがない。確かに逢いたいけど……。
『愛するマコトを抱き枕にして寝たいの』
 そんなことをサラリと言ってくれるから、
「相変わらず馬鹿だね」
 返すボクの声は別人のように明るいと思う。
『ああ? 馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞ!』
 それは子供の喧嘩です。
 思わず笑う。
「長くなりそうだから切るよ。バスがあるからそれで行く。だから来なくていいからね」
 楽しいけど。
 早く逢って、顔をみて、喋りたいから。
『わかった! 待ってるからな』
「うん。じゃあね」
 笑顔のまま、電話を切った。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 ニャン。

 玄関をあけるなりそこに白い塊がいて、一声鳴くと足元に顔を摺り寄せてくる。そのたびにチリンチリンと音をたてる首輪についた小さな鈴は、歓迎の印みたいだと思った。
「ひさしぶり、空」
 抱き上げて鼻をくっつけていると、
「おーい。俺には挨拶なし?」
 大きな手が空をとりあげた。そしてそっと床に下ろす。
 空は長いしっぽを足元に巻きつけるように座ってボクらを見上げ、思い立ったようにグルーミングし始めた。 まるで、自分には構わないでって言ってるみたいに。
「サンタ優先かよ?」
「だって空の方が迎えにきてくれるの早かった」
 ボクの目の前にはすこしムッとした表情があって、
「シャワー浴びてたの。あーあ、俺って不幸。今日はマコト君と過ごそうと思って大好きなココアも、激アマケーキも用意してあるのに。俺はとっても不幸!!」
 嘆いていた。
 相変わらずのこの人が大好き。
「ケーキあるの? ごめんね?」
 まだ濡れている髪を撫でてあげる。
 なんだよ、ケーキに釣られてるのかよ、と少し膨れて見せてからニッと笑う。
「では、仲直りのちゅうを」
「はい」
 目を瞑って唇を突き出すと、フッと笑う気配の後、唇が重ねられたのがわかった。
 何度か啄ばむようなキスをして。最後に下唇をちゅくっ、と吸われて離れていった。
 両頬を彼の手が挟む。
 上向きにされて。
 少し目を細めた高野がボクを覗きこんでくる。
 高校の時より鍛えられてより精悍さを増したと思う。ほどよく焼けた肌。引き締まった体躯。逸らすことを許されない強い眼差し。
 全てに、
 ドキドキした。
 ほのかに香るシャワーソープの匂いも媚薬のように身体を熱くさせる。
「今すぐ抱きたい」
 ストレートな物言い。
 見つめたままで高野が言った。
 もちろんボクは。
 自分の心のままに、彼の首に腕を回してその先を強請る。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

「なあ。もうすぐバレンタインだよな」
 のんびりとした口調がすぐ隣から。
「んー」
 だけど眠くて思うように返せない。
 今の願いはひとつだけ。
 お願い、寝かせて……。
「寝るなー!」
 ペチペチとおでこを叩かれてるのはわかってても目が開かない。
「ムリ…、もうムリ。ていうかキミはなんで、そんなにげんきなわけ? はしって……、はいたくせに」
「吐いてねえよ! 吐きそうだったっていう話だろが。つか、寝言なのかお前のソレは。喋るならちゃんと目開けて、俺を見ながら喋ってくれよ。しかも語尾がむにゃむにゃしてるし」
「起きてま――、……せん」 
「すっげえフェイントかけられてる」
 高野の言葉がなんだか可笑しくて。
「にやけてるぞ」
「ん〜」
 わかってるけど、散々責められた疲れと、肌の温もりとベッドの温かさで眠気はますます酷くなる。声が遠くから聞こえてくるみたいに。
「寝たらまた襲うからな」
 耳元で喋ったのか今度はちゃんと聞こえた。はっきりと。
 身の危険を感じたからかな。
「も、イヤ、ヤダ」
 何も出来ないように高野の方を向くと、身体に腕を回してしがみつく。
 だけどしがみついてると思ったのは気のせいだったようで、 力の入らない身体はあっさりと高野に組み敷かれてしまった。
「ちくしょー、可愛いじゃねえか」
 人差し指が腰からわき腹へかけて触れるか触れないか程度の軽さで、ソロリとなで上げた。
「や――、ああ、あっ――、ァ」
 散々弄られた胸を摘まれる。耳朶を甘く噛まれれば応えるように背中が仰け反ってしまう。
「やめ、無理だ、からっ」
「もうちょっと頑張れるって」
 そんな言葉と一緒に手も唇も動きは激しくなり、
「は……、アッ」
「ホラ、ここ。気持ちいいだろう? 感じてる。またこんなになってる」
 自分の意思とは反対に勝手に昂る身体。それを楽しそうに彼が揶揄する。
「ヤダって言ってる、のにっ、――ああっ」
「ちゃんと責任とってやるからな」
 責任、じゃなくて話をちゃんと聞いてくれよ!
 思っても声にならない。
「あ、あ、あ、イヤ」
「あと一回だけだから。ね」
 彼の昂りも腰に感じて、そしてまた欲望の世界に引き摺りこまれていった。





 起きると高野はいなかった。
 朝というには日が高く昇りすぎている時間。既に昼近い。
 昨日、呼ばれた時はてっきり彼も休みなんだと思っていたから、彼のベッドでひとり目覚めた瞬間、隣に温もりがないことに心がずーんと沈んでしまった。
 休みじゃなかったんだ……。
 何時に寝たのかなんて覚えていない。夜のあの人はとにかく元気だった。ボクの知らないところで精力剤でも飲んだんじゃないかっていうぐらい。
 体力大丈夫なのかな……。
 少し心配になったけれど、ちゃんと起きられたぐらいだから大丈夫なのだろう。そう思うことにした。

 部屋から出ると空が走り寄ってくる。
「空〜、おはよう」
 小さな身体を摺り寄せて抱き上げると喉をごろごろと鳴らしていた。ボクがいて嬉しいんだね。いつもひとりだから。
「ごはんはちゃんと食べた?」
 喉を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めてうっとりと、されるがまま状態で全てを委ねてくる。可愛いんだよ、本当に。癒される瞬間だ。寂しさで萎んでいた心が少し落ち着いていく。
 あ……?
「なんだろう?」
 胸に抱きながらソファに近寄るとテーブルの上にメモが置いてあった。
 空をおろし代わりにメモをとりあげる。合計三枚。重ねてある。
 一枚目は、
 ケーキは冷蔵庫の中。全部食え。
 二枚目は、
 合鍵は玄関の靴箱の上。持っててね。
 三枚目は、

 十四日は空けとけよ

 そう書いてあった。
 ああ、バレンタインは一緒に過ごせるんだ。
 予定は未定。あくまでも未定。潰れる可能性の方が多いかもしれないけれど気に掛けてくれてることが嬉しい。
 嬉しくて、その三枚目のメモを丁寧に畳むと失くさないように財布の中にしまった。

 昨日食べられなかったケーキを食べた。
 それから日の降り注ぐリビングで、空の相手をする。釣りみたいに棒の先に紐がついたおもちゃが空のお気に入りなんだ。 ゆらゆら揺らして遊んであげると、そのうち疲れたのかソファで丸くなって寝てしまった。
 カップとお皿を片付ける。
 その時、フと思いついて彼の書いたメモの下に『美味しかったです』 一言加えて冷蔵庫に貼り付けた。一言あってボクが嬉しかったから……。これを見つけたら彼もきっと嬉しいんじゃないかと思う。
 お昼寝中の空を起こさないように玄関に向かい、見つけた靴箱の上にある鍵。
 さっきと同じようにまたまた『大事に預かります』とメモの端に付け加えて、合鍵が置いてあった場所に置いて外に出た。とても幸せな気分だった。

 その日の夜、高野から電話が来た。
『十四日大丈夫だろう?』
 確認の電話だ。
 そう聞きたいのはボクの方なのにな。
 何も予定は入ってなかったけれど、すぐに返事するのはがっついてるみたいじゃない?
「うーん。平気なんだけどさ」
『なんだよ』
「午前中は…、難しいかも……」
 ちょっとだけ意地悪したくなってしまう。
『えーえーえーえーえー! わかった。じゃあ用事が済んだらうちに来いよ? ふたりでパーティしような』
「うん。なるべく早く行くからね」
『おう!』
「じゃあね」
 電話を切る。頬が緩んでくるのがわかった。
 もちろんボクは朝から彼のうちに行くつもりだった。





「あと三日だ」
 机の上にあるカレンダーを眺めて、ついつい出てしまう独り言でその日を確認する。
『ふたりでパーティーしような』
 その言葉がどれほど嬉しかったと思う?
 カレンダーに印をつけるほど、ボクは舞い上がっている。今まで逢えなかった寂しさなんか全部帳消し。 一気に吹き飛んだ気がした。
 あ、電話してみよ。
 今は七時だからまだみんなといるかもしれない。電話にも出られないかな……。
 電話をするボクの鼓動はいつもドキドキだ。予定が変わりませんように、そう願いをこめて携帯を耳に当てる。
 一回、二回、三回目……。
 出てほしいな……。
 期待をのせて響くコール音。
 カチッと通話開始の小さな響きの後すぐに『はいよー、俺』と元気な声がして口元が緩んでしまう。いつもの高野の声が落ち着かせてくれる。
「今大丈夫?」
『ああ、今から帰るとこ。…ちょうどよかった。電話しようと思ってたんだよ』
 会話の間にも後ろの方でザワザワと騒がしい。掛け直した方がいいかも。
「また掛け直そうか?」
『あ? いい。平気平気。あのさ、十四日だけどお前ちょうど午前中駄目なんだよな? 俺も都合悪くなったからちょうどよかったなって話、あー、ちょっとここ出るよ、みんながちょっかい出してくるから、そのままな…、廊下に出るから』
「え?」
 声が遠くから聞こえる感じがしたのは、高野が携帯を持ちながら移動を始めたせいなのか、それとも言葉をうまく処理しきれなくなっていたのかよくわからない。
『もしもし、聞こえる?』
「うん」
『俺、一時ぐらいには帰れるからな。その前に用事が終わったら家に来てていいから』
「…うん」
『日吉?』
「…………うん。ボクのことなら気にしなくていいよ。次の日もあるし、それが駄目ならお花見とか、海水浴とか……」
 この全部の予定が駄目になったら、どうしよう……。
 次は何?
 ずーーっと先のクリスマス?
 悲しくなってきた……。
『ば〜か。何ひとりでブルーになってるんだよ。突っ走りすぎ。また悪い方に考えてんだろ? クリスマスがあんなだったのは本当に悪かったと思ってる。 だけど今回は大丈夫だから。約束はやぶらねえ。 午前中は抜けられない用事が出来たけど午後は邪魔は入らないから』
 優しく諭すような彼の声に、やっぱり泣きたくなってしまった。
『わかったな?』
「うん。わかった。……一時に行く」
『泊まる用意してこいな。…好きだよ』
 穏やかに笑む顔を思い浮かべる。
「ボクも大好きだよ」
『もっかい言って?』
「やだよ」
『なんだよケチ』
 いつものやり取り。他愛もない会話の端々から愛しい気持ちが溢れていくことを君は気付いてくれる?
 少しだけ素直になったら、もっと好きになってくれるだろうか。
「好き。誰よりも好き。愛してるから」
 ほんのちょっとの間があって『うん、わかってる』と返してくれた。

2005/02/12
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