バレンタインのふたり(高野語り)

「わあ、高野君、力あるのねえ」 
「あらほんと、もうこんなに角が立ってるわ」
「こっちもお願いできないかしら」

 俺が手にしているのは銀色のボウルと泡立て器で、スポンジを作る為の卵を泡立てている。 そしてしゃかしゃかとリズミカルな音が響く周りで、好き勝手に言っているのけばけばしい、といったら怒られそうな、おばさん軍団だ。
 むさくるしい男集団と比べてどっちがいいかと問われたら、……まあどっちもどっちだろう。 慣れてる分、いつもの方がいいかもしれない。

 で、なんで俺がこーんなところで暢気にしゃかしゃかしているのかというと、当然のごとく理由がある。
 三日前の夕方、体力強化の走りこみの前に突然、部長が言い出したんだ。グランド十周のビリから五人は罰ゲームだと。
 初めは罰ゲームなんてとんでもねえと思うだろう? けどその内容を聞いた途端、頭の中で小さな豆電球がピカリンッと光ったんだからビックリ。 一種の閃きみたいなもんかもしれない。
 なぜって、バレンタイン用菓子をつくるからそれに参加してこいということだったから。



『課題はチョコレートケーキ』
 罰ゲーム発表という重苦しい雰囲気の中、笑いひとつ零さず、淡々と部長が告げる。
 料理教室を開いているのは部長のばあちゃんで、年に数回、特別な日の為の講習を開くそうだ。 十四日はそのうちのひとつなのだが、人数が集まらなかったというのが罰ゲーム発案の大きな理由らしかった。
 そんな理由はどうでもいい。重要なのは内容がケーキだということ、ただそれだけ。
 しかもチョコレートケーキ!!
 ケーキを手作りできるなんて、俺の為の企画じゃねえか!、なんて叫びを堪えるのがどんなに大変だったことか。顔の全神経を集中して止めたね、俺は。
 どうしてかというと……。
 俺の大事な可愛い恋人は大の甘いもの好き〜だから。
 周りからはブーイングが起こったけれど、俺には逆に楽しみとなってしまった。
 最近はあんまり逢えなくて寂しい思いをさせてるみたいだし、 ここは一発、『手作りケーキでおもてなし大作戦』で盛り返しをはかるのもいいんじゃないかと、 話を聞きながらその日のスケジュールを頭で組み立ててみたりしていた。

 それでも思いっきりのビリは俺のプライドが許さないので、 次々とゴールする背中を遠くから眺めつつ、さりげな〜くビリから三番目の好位置をキープ。
 先輩達にお前が珍しいな、と突っ込まれても曖昧な笑いで誤魔化して。 いつもならタイム争いでも常にトップ集団にいる俺。みんながぜえぜえしてる中でも実は超余裕――、なんだけど見た目は具合悪そうな振りを装っていた。
 あくまでも「仕方なく」の状況があれば、細かいことを詮索されなくてすむから。
 いろいろと苦労をしつつ、参加権ゲット。
『よーし、ビリの五人集まれ』
 元から行く気満々だから、呼ばれた時も走って一番に部長の前に立った。
『じゃあ十四日は午前十時にさっき話した場所に行くように。それと参加費千円。俺が徴収しとくから帰る前に持ってこい。いいな!』
『えー、参加費とるんすか!?』
 一つ上の先輩が不満げに口にした。
『あったりまえだろうが。ボランティアじゃねえんだぞ! わかったな!』
 千円。
 高いととるか安いととるか、この時の俺はもちろん後者だった。笑顔の代償としては安いもんだろう?
 みんなが渋々頷く中で、またしても一番に部長のところにとんでいき、嬉々として千円を渡していた。



 こんな感じで、今がその菓子作りの時間というわけ。
 男は俺ただひとり。他の仲間や先輩達は金だけ払えばいいんだろ、ということで結局集まることはなかった。
「今日出来たものは恋人に差し上げてくださいね。その為にも美味しく作りましょう」
「はーい」
 そこかしこから声があがる。
 今日のお題はチョコレートロールケーキだ。先輩の言った通り、ケーキで良かった。 三人ずつ四つのグループに分かれてひとり一個ずつ作るらしい。
 いや、おばあちゃん先生ということで密かに和菓子だったらどうしようとか思ってたんだよ、実を言うと。
 これで心置きなく集中できる。
 俺のグループは四十代と五十代の、みのさん風にいうところの「お嬢さん」達。 綺麗に着飾って金が有り余ってる感じ。他を見回してもそのくらいの年代が多いかな。うちの母親ぐらいかそれより上っぽい。暇なんだろうね……。

「高野君は恋人いるの?」
 粉を振るいながらひとりのおばちゃんが話しかけてくる。名前は最初に聞かれて既に覚えられていた。
 こういう時ってどう答えても餌食になりそう。だけど、人の良さそうなにこやかな笑顔に嘘をつくのも気が引ける。
 まあいいや。
 一日限りだし。
「はあ、一応」
「へえ、どんな子なの? 可愛いんでしょうね」
 もうひとりのおばちゃんも乗ってくる。
「可愛いですよ」
 今度は軽く笑顔つきで返した。
「そうよね〜。でもあんまり聞いちゃ悪いからもう聞くのやめとくわ」
 もっと煩くなるかと思ったけど、俺のあっさりした対応が満足させたようだ。良かった。でもフフフとおばちゃん同士、目配せしながら怪しく笑いあってるよ。こえ〜。

 ……と、そんな会話を挟みながら。
 俺の泡立て作業は続く。
 これって意外と力を使う。おかげで俺はグループ内でなぜか担当にさせられていた。 ひとり一個なのに。さすがね、なんて煽てられつつ泡立て三つ分終了。ほかの班より断然早い。
「手際がいいですね。さあ、みなさんも高野君を見習ってがんばりましょう」
「はーい」
 おばあちゃん先生が俺の頑張りを褒めてくれた。
 俺って褒められて伸びるタイプだから。わかっているとはさすが先生!
 頑張って最高のケーキを作るよ!
 競争のようにシャカシャカとボウルの音が響き渡る。
「さあ、こっちのグループは一足先に生地づくりに入れますね」
 先生の掛け声に、粉とココアパウダーを振るったものを泡立てた中に入れ、おばちゃん達の手つきを参考にしながら混ぜた。
 混ぜて〜、混ぜて〜。
 ヘラですくって上から落とすとトロリトロリと帯状に跡ができる。
 おお!
 滑らか!
 菓子づくりってわりと楽しいかも。新たな趣味に目覚めそうな俺。
 日吉も喜ばせることが出来るし。これからもちょっと修行しよっかな。 そうすればもっと愛が深まるよな〜。見直したよ、なんて頬染めるかもしれん。うん。いいかも。
 それにしても……。
 これ日吉の身体に塗ったら楽しそう……。
 ついでにそんな危ない妄想をしながら鉄板に流し入れ、オーブンにいれた。
 その間にチョコを刻んで湯煎で溶かす。
 日吉の好きなチョコクリームを作って、ロールの中に入れるバナナを刻んだ。さすが千円、これがもう少し高かったら苺になってたんだろうと思う。
 ちなみに俺はバナナ派。一日一本は食べてる。

 早く作ってあいつの笑顔が見たい。
 焼きあがった平べったいスポンジにクリームを塗りながら、日吉の嬉しそうな笑顔を思い浮かべた。

2005/02/14
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