◆バレンタインのふたり◆
日吉語り 一時まで時間が空いてしまった。何も一時ぴったりに行かなくても部屋で待ってればいいんだけど、どうせなら何か用意するのもいいかなーって。 高野は甘いものは苦手だから、あんまり甘くないものを探しに駅近くのデパートに入った。 ……でもすぐに出てきた。 なんか場違いだったから。それもちょっとどころじゃなくて、思いっっっっっっきり。女の子ばかりなのは予想してたけれど、有名店のケース前は行列が出来ていてじっくり見る暇もないというか、さすがにその中に入る勇気はなかった。 結局、コンビニでお菓子やパンに紛れ込ませて、なんの包装もないシンプルなチョコを買った。これなら買わなくてもいいとか言われそうだけど……。 ビニール袋をぶらさげて時計を確認する。 十二時半。今からならちょうどいいかもしれない。駅からのバスで十分ぐらいだから。 駅に向かって歩いていた。 大きな交差点を渡れば、すぐそこ。 信号は赤のまま。 何の気なしに視線を巡らせていて、彼を見つけた。 彼も駅に向かっているのはわかった。その周りを取り囲むようにいるのは、色とりどりのコート。 高野! ボクには気づかない。話に花を咲かせているのだろうか。バシバシと肩や背中を叩かれていても、高野は楽しそうに笑顔を返している。 午前中はどうしても抜けられない用事があるから、と言っていた。 あの女の人達の相手がそれだったのかもしれない。いつもの仲間じゃなくて……。 何があったのかは知らない。 一時には帰ると約束した。それがボクにとっての全て。 信じてる。 信じてる。 だけど。 まるで引き止めるように女の人の手が高野のコートの袖を掴んだ瞬間、頭の片隅で何かがブチッと音を立てた。 「高野っ!」 車や人の往来の激しい道路を隔ててそう簡単には声が届かない。 変わらない信号、スピードを上げて目の前を通り過ぎる車。突然声を上げたボクに人々がざわめきだす。それでもそんなものはどうでもよかった。ただ振り向かせたい一心で。 「ヒロ!! ヒロ――ッ!!」 力をこめて、そう叫んでいた。 高野語り 「そのケーキ、恋人と食べるの?」一緒に駅まで帰る途中だった教室仲間のおばさん達に問われた。これからまた質問タイムなのか……。 「まあ…、そうです。甘いの大好きなんで」 「なんて羨ましい!!」 背中をバンバン叩かれる。 おばさんってなんでこうやって人のこと叩くんだろうな。七不思議のひとつだ。 「素直な子ねえ、高野君。ねえ、おばさんちの子にならない?」 うちもうちも、とお決まりの相槌が打たれた時、 ヒロ! 確かに、そう聞こえた。 日吉の声で。目一杯振り絞った、悲鳴のように。 「日吉……?」 交差点の向こうを見ると、日吉が立っている。面をあげて睨みつけるように俺だけを見ている。 だからあの人は気づいていないだろう。 少し離れた場所の女の子たちから指を差されていることを。頭の悪そうな男たちに笑われていることを。周りの注目を一心に浴びていることを。 俺を呼んだ声の主に対しての嘲笑が聞こえてきそうだった。 さりげなく、というよりあからさまに。それこそ言葉が突き刺さっているのではないかというぐらい日吉は皆の興味のど真ん中にいる。 まったく。 そんないっぱいいっぱいの顔してんじゃねえって……。 「知り合い?」 「俺、ここで」 「はいはい。じゃあ、機会があったらまたお会いしましょう」 おばちゃん軍団はこの状況に動じもせず楽しかったわと口々に言い、手を振り、歩き始める。俺も軽く頭を下げて。 早く行ってやらねえとな、なんて思って交差点の向こうを見た時には既に日吉がいなくなっていた。 信号が変わる。 当然、猛ダッシュ。 擦れ違いざま、知らない奴にヒロ〜なんて軽々しく呼ばれ、逃げられてやんのとか、ホモとか、痴話げんかとか、キレそうな声までかかるも今は全部無視。 人の波をかき分け、とにかく走る。 俺の瞬発力を甘くみるなよ。 ほーら、後姿が見えた。 日ごろの鍛え方が違うんだからな。年中、本ばっかり読んでる奴なんかすぐにとっつかまえてやるから。 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 「こら、逃げるな」「離して」 人通りの少ない路地でハアハアと息を切らす日吉の腕を掴んだ。それでも何人かは通り過ぎるから、まったく人の目がゼロというわけではない。 現に今も、胡散臭そうな視線が絡み付いて離れない。睨みつけると慌てたように去っていった。 「目立つ、から」 「お前が逃げなきゃ目立たねえ」 囁くような弱々しげな声に同じように小さな声で返した。 「離して」 再び繰り返された言葉に手を離す。 喧嘩と間違われて通報でもされたら厄介だし。 黙ったまま立ち尽くす人が、掴まれていた腕を擦る。力加減しなかったから痛いかもしれない。 「痛かった、よな? ごめん」 「うん」 「ごめんなさい」 「うん」 下を向いて、はあ、なんて大きく息なんか吐かれちゃって。 こんな時はどうしたらいい? 俺も溜息ひとつ。 そして思い出した。 ああ、そうだ。 日吉がなんでこんなところにいるのか聞かなきゃ。 「何してんの? こんなところで」 「……買い物。バレンタインだから何か買おうと思って……、デパート行って」 「そのわりには袋はコンビニじゃありませんか?」 「か、買えなかったんだよっ!」 「そか」 いつもの日吉にちょっと笑う。 するとまた俯いてしまった。 「俺もお前にプレゼントあるぞ。マコトが大好きなもの」 意識的に名前を呼ぶと、日吉が顔を上げてくる。 「その前に俺からひとつ。どうして逃げた? たぶん大きな誤解をしてるんだろうけど……」 「……あの人たち、誰?」 呟くような問いかけに、やっぱりと心の中で深く溜息を吐く。 そんなことだろうと思った。 もっと綺麗なおねえさんならいざ知らず、おばさん連中じゃいくらなんでも俺が可哀相だとは思わないのだろうか、この人……。 「嫉妬してくれるのは嬉しいけど、ちょっとコレ見て」 嫉妬なんかしてない、と言い返されるのはいつものことなのでサラッと流し、紙袋の中から箱をとりだす。 持ち帰り用にとおばあちゃん先生が用意してくれた箱。その中に納められているのは今日の力作。 丸め方も完璧。クリームの分量も完璧。飾りつけも完璧。なにからなにまで完璧の自信作。チョコロールケーキだ。 蓋を開けた瞬間漂う甘い香りに、 「わあ!」 感嘆の声を上げ、顔を綻ばせる。 「美味しそう」 思い浮かべた通りの満足顔に俺も嬉しくなってしまった。 「だろ? これを作りに行ってたんだよ。あのおばさん達は教室のお仲間というわけです。了解?」 「変なバイトとかじゃないの?」 「はあ?! お前は俺にヒモになれと?!!」 「高野は格好いいからそういうのしたらもてるだろうし」 心配顔で見上げられて、思わず言葉に詰まる。 ふざけるでもなく、からかうでもなく。 素で俺のことを格好いいとか言っちゃうなんて、いつもなら考えらんねえ。 それだけ余裕がないってことか……。 もっとも余裕があったらさっきだって笑って手を振るぐらいは出来ただろうけど。 でもそこがまた可愛いじゃねえの。 ここで押し倒せないことが悔しい。 「兎に角、詳しいことは帰ったら話してやるよ。部長のおばあちゃんにケーキを習うことが罰ゲームだって話」 「部長のおばあちゃん? 罰ゲーム? それと、この美味しそうなケーキの関係?」 首をかしげている。 そのアホ面がなんとも愛らしい。 「いいからいいから。早く帰ろう」 手を取ると「うん」と微笑む。 「ヒロ?」 小さな声に歩き出していた足を止めて振り返った。 「ごめんね。信じてないわけじゃないから……」 「ああ。これからも信じとけ。裏切らないから」 「うん」 肩の荷が下りたように、ほっとした表情を見せる。 もしかしてすごく愛されちゃってる? 冷たい手をぎゅっと握り締めた。 「マコト」 「何?」 「いや、早くケーキ食べさせてやりたいなーって思って」 「ボクも早く食べたい」 「なんか、やらし……」 ボソッと耳元に囁くと真っ赤になった。 「やらしいのはヒロの方だ。そんなこと言うほうがイヤラシイんだよ!」 「はいはい、そうでちゅね〜」 怒ったように手を振り解いて先を進む。その背中をみながら、口元が綻んでくるのを感じる。 俺は慣らすように時々名前を呼んだりしていたけれど、この人からはずっと名字で呼ばれていた。 しつこく名前で呼んでと食い下がれば照れながらも呼んでくれることはあった。でもかなりの確立でのらりくらりとかわされていた。 それがどうだ。今はすごく自然じゃねえ? 違和感ないだろう? このまま名前を呼んでくれるようになるといいな。 そんな思いを込めて……。 「好きだよ、マコト」 少し開いたふたりの距離。 その間を埋めるように言葉が飛んでいく。まっすぐに。愛しい人のもとへ。 振り向いて、ふわりと笑う。笑顔が穏やかな日差しに照らされて、一層、鮮やかさを増した。 今なら誰も聞いていないんだし、ボクもぐらい言えよ。 まったく恥ずかしがりやなんだから。 でもこういう人だから仕方ない、か……。 「はーやーく! 高野〜」 つか、戻ってるし……。 こうまでガックリさせてくれた原因の張本人は、きらきらした笑顔で手招きしていた。 苦労して作った甘いケーキのお返しに、今日ぐらいはずっと名前で呼ばせよう。 甘い唇で、甘い声で。 甘いのが苦手な俺でもこういう激甘は大歓迎。 「決めた〜、決めたっ!」 よし、目標は百回! 何も知らない人は笑みを絶やさずに俺を待っている。 だから、本当にその距離を埋めるべく、彼の隣へと走った。 |
2005/02/14
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