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君は、無神経だね――。 酔いがさめた。ふわふわするようなホロ酔い気分だったものが一気にさめた。 どうしよう……。 ひとり暗闇に置き去りにされたような感覚に、駆り立てられるように和室の前まで来ていた。 部屋からは、たった今、電源を入れたばかりだとわかるようなPCの起動音がする。 「相川さん……。あのね」 聞こえないはずはない。それなのに返事がこない。 明らかな拒絶に、この襖を開けることが出来なかった。 「コーヒーでも入れようか?」 襖を隔てて、問いかける。 「ウイスキーとかは? 氷持ってこようか?」 『何も、いらない』 普段向けられることのない棘のある声に、オレは動揺した。身体が思うように動かない。 ここから離れることも。中に入ることも。ただ、閉まったままの襖の前にいるだけ。 『そんなことより先に言うことがあるだろう?』 言うべきことは……。 遊び呆けていたことを。こんな時間までほっつき歩いてたことを、謝らないと。 「あ、うん。明日から早く帰るから……」 突然立ち上がったのか、服の擦れる音がして。 畳みを踏みしめるギシという音が近づき、勢いよく襖が開いた。 開けてくれたことが嬉しくて彼を見上げて。 全てが、呼吸さえ、止まったように感じた。 いつもの相川さんではなかった。 眉間に皺を寄せた渋い表情でオレを見下ろしてくる。 苛つきを色濃く滲ませた視線に耐え切れなくて、思わず顔を逸らせてしまった。 それが気に障ったのか、手首を掴まれる。力をこめられて。 相川さんの手にも筋が浮かぶほどの強さで握られ、指の先からジンジンとした痛みが広がっていく。 「痛い、よ」 「…………どうやら俺は余計なことをしているらしい。確かにここは君の家で俺の家じゃない。 それなら俺も出て行いった方が良さそうだな。そうすれば勝手し放題だ。好きにすればいい」 怒りの矛先が、見えなかった。 だけど、言葉だけがやけに鮮明に頭に残って……。 出て行く? いなくなるって、……言ったの? 今。 ぐるぐる回る。 身体が震え始めて。情けないと思うも、瞼の裏がじーんと熱くなるのを止められない。見られたくなくて、俯いた。 「ほら、すぐにそんな顔する。いなくなると泣くくせに。俺の服に、どこの誰とも知らない人間の香水がついていても、悲しそうな顔するくせに……。 今、自分がやってることは何? あいつが風邪を引くのが心配だって? 俺の気持ちはわかってくれないの? こんな時間に帰ってきて、友達だからって、同じ部屋で寝かせようとしてる。 恋人がココにいるのに? そんなこと、俺が笑って許すとでも思ったのか!!」 より力のこもる掌。それがどれだけ激しい怒りなのかを伝えてくる。 強い語気に、ぎゅっと眼を瞑った。 言葉が途切れて。 今まで聞こえなかったPCのモーター音が聞こえてきた。 それからすぐに、すぅ、と息を吸い込み、吐く音。 「君には君の付き合いがあるだろう。それは俺もわかるつもりだ。 友達を増やすのはいいことだし、その為に羽目を外すのも多少は目を瞑ろう。 だけど、ここがどんな空間か……。それを考えてくれないか?」 少しだけ緩んだ力にそっと見上げると、相変わらず眉間に皺は刻まれていたけれど、視線はオレから外されている。 考える余裕がうまれた。 「……ここ」 オレが帰る場所。 相川さんが、帰ってくる場所……。 「ここは……。オレと相川さんの、大切な家。オレ達と母さん達だけの……」 「そう。君と俺の大事な場所なんだよ」 幾分優しくなった瞳が、頷いた。 「…………うん」 そうなんだ……。 いつの間にか解かれていた手首。その腕で目元をゴシゴシと拭った。 鼻をすする音に、相川さんが小さく笑ったのがわかる。 ダランと下げたままの反対側の手を握りこまれた。大事なものを扱うような優しさに、また涙が滲んだ。 「それなら俺も譲歩しよう。彼、浅井君だっけ……? 君の部屋に寝かせていいよ。 彼が目覚めた時、君が俺の部屋にいたなんて知ったら騒ぎになりかねないからね。だけど二度とゴメンだ。もしものことがあったら困る」 すっかりいつもの相川さんに戻ってる。 よかった。 「もしもって……。オレには相川さんしかいないのに」 「たとえ君がそうでも、相手もそうとは限らないんだよ。君は可愛いから、油断は禁物ってね」 ホント、この人のオレを見る目ってちょっと違うと思うんだけど、それは言わないことにした。 「もう所有者がいるってこと、わかるように印をつけておこう」 言葉だけじゃ収まりそうもない気配……。 引き寄せられて腕の中に閉じ込められた。 それを嬉しいと感じる自分。所有されることに喜びを感じるなんて、オレはどこかおかしいのだろうか……。何かが欠けているのだろうか……。 「うん……。好き」 キスが落ちてくる。くちゅりと離れた唇を眼で追いかけた。 「素直で、いいコだ」 相川さんが笑った。 ああ、綺麗だな……。 頭の中に靄がかかって、だんだんとボーッとしていく。 身体が熱くなって。 欲情してるんだ、オレ。 次の刺激を待ってる。 「浅井は?」 「気持ち良さそうに寝てたから起きないよ。 しばらくあそこにいてもらう。悟君だって、気が気じゃないだろう? それとも見られたいかな? あぁ、だけど、見せるのは嫌だな……。友達がこの家にいたんじゃ、声も抑えようとするだろう? ……君の声を聞きながらイきたいんだよ」 熱を孕んだ瞳にゾクゾクして。 囁くような声がキスの音に変わるように、自分から求めた。 〜おまけ〜翌日 朝になり、相川さんに会った浅井は、夜中に来たことをしきりに謝っていた。 それに彼も大人の対応で接していて、これからも悟をよろしくなんて、多分上辺だけの、心にもないことを言っていた。 連続の飲み会。連絡もそこそこで心配させた上に、他人を連れて帰ってきてしまった。それも深夜に。 つくづく浅はかだったとしかいいようがない。これが逆の立場だったらオレも怒り狂っただろう。 今にして思えば……だけど。 「君達は、今日も講義あるんだろう?」 一限からあるから、そんなにのんびりとはしていられない。 時計を見て、浅井があと三十分ぐらいですと答えた。 「トーストぐらいしかないけど、食べていくといい」 穏やかな声を裏切らない優しげな微笑みは、たとえ女じゃなくても見惚れてしまうだろう。 案の定、浅井もポケッと口をあけて、ほぅ、なんてわけのわからない溜息なんかついてる。 優雅な動作でキッチンに向かう相川さん。 その後姿が消えたところで、「おじさん、格好いいな!」 と、無邪気な笑顔で言った。 「誰がだ!」 頭を殴ると、ゴツンといい音が響いて。大袈裟に痛がる。 「馬鹿か! オジサンじゃない! まだ若いんだからっ」 「痛ってーなあ。親戚の叔父さんって意味だぞ? 年寄り扱いのオジサンじゃなくって」 あ、そういえば親戚と住んでいるって言ったっけ。 そっちか……。 それも違うんだけど、説明のしようがない。 「そか……。でもあの人の前で言うなよ。あの人はイトコのハトコのまたハトコだから」 「とぉいな!? ま、それはわかった。そういえば桐山の声、掠れてるぞ。あ、風邪か? 昨日、ちょっと寒かったもんな。俺もさあ、なんだか身体の節々が痛いんだよ。固まってる感じ?」 肩をほぐす仕草をしながらの、外してるとはいえ、鋭い指摘に顔が強張る。 今日一日、風邪ということにしておこう。キビキビした動作を今のオレに求めるな!、ぐらいの状態だし……。はあ。それにしても身体、ダル〜。 浅井はコンクリの上で寝てたから……。というか、寝かされていたからだろう。 あの体勢で二時間、いや、三時間? 部屋に運んだのは、ほとんど新聞屋さんが通る頃と言っていい時間だった。 それでも寝てたけど。 脅威の睡眠力だ。 「あー、オレ、ちょっと風邪っぽいんだよな〜。こんな時は早く帰って寝るに限るな」 「そうだな。しばらく遊びは無しにすっか」 そんな遣り取りをしていると、相川さんがキッチンからコーヒーを持って戻ってきた。 「有難うございまーす」 礼儀ただしくそれを受け取る浅井。 「どうぞ」 声のトーンが……、なんとなく違う。 彼を伺うと、にこっと笑顔を向けてきた。 「誰が、おじさんだって? 悟君?」 あの営業スマイルを……。 明日は休み。 ひっ! 今日のオレは、かなりピンチかも。あー、今日も、だった……。 SS No26(2004/05/29) |
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