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付き合い(後)
◇相川博之(会社員)
◇桐山悟(大学一年)

 君は、無神経だね――。

 酔いがさめた。ふわふわするようなホロ酔い気分だったものが一気にさめた。
 どうしよう……。
 ひとり暗闇に置き去りにされたような感覚に、駆り立てられるように和室の前まで来ていた。
 部屋からは、たった今、電源を入れたばかりだとわかるようなPCの起動音がする。
「相川さん……。あのね」
 聞こえないはずはない。それなのに返事がこない。 明らかな拒絶に、この襖を開けることが出来なかった。
「コーヒーでも入れようか?」
 襖を隔てて、問いかける。
「ウイスキーとかは? 氷持ってこようか?」
『何も、いらない』
 普段向けられることのない棘のある声に、オレは動揺した。身体が思うように動かない。 ここから離れることも。中に入ることも。ただ、閉まったままの襖の前にいるだけ。
『そんなことより先に言うことがあるだろう?』
 言うべきことは……。
 遊び呆けていたことを。こんな時間までほっつき歩いてたことを、謝らないと。
「あ、うん。明日から早く帰るから……」
 突然立ち上がったのか、服の擦れる音がして。
 畳みを踏みしめるギシという音が近づき、勢いよく襖が開いた。
 開けてくれたことが嬉しくて彼を見上げて。
 全てが、呼吸さえ、止まったように感じた。

 いつもの相川さんではなかった。
 眉間に皺を寄せた渋い表情でオレを見下ろしてくる。
 苛つきを色濃く滲ませた視線に耐え切れなくて、思わず顔を逸らせてしまった。 それが気に障ったのか、手首を掴まれる。力をこめられて。
 相川さんの手にも筋が浮かぶほどの強さで握られ、指の先からジンジンとした痛みが広がっていく。
「痛い、よ」
「…………どうやら俺は余計なことをしているらしい。確かにここは君の家で俺の家じゃない。 それなら俺も出て行いった方が良さそうだな。そうすれば勝手し放題だ。好きにすればいい」
 怒りの矛先が、見えなかった。
 だけど、言葉だけがやけに鮮明に頭に残って……。
 出て行く?
 いなくなるって、……言ったの? 今。
 ぐるぐる回る。
 身体が震え始めて。情けないと思うも、瞼の裏がじーんと熱くなるのを止められない。見られたくなくて、俯いた。
「ほら、すぐにそんな顔する。いなくなると泣くくせに。俺の服に、どこの誰とも知らない人間の香水がついていても、悲しそうな顔するくせに……。 今、自分がやってることは何? あいつが風邪を引くのが心配だって? 俺の気持ちはわかってくれないの? こんな時間に帰ってきて、友達だからって、同じ部屋で寝かせようとしてる。 恋人がココにいるのに? そんなこと、俺が笑って許すとでも思ったのか!!」
 より力のこもる掌。それがどれだけ激しい怒りなのかを伝えてくる。 強い語気に、ぎゅっと眼を瞑った。
 言葉が途切れて。
 今まで聞こえなかったPCのモーター音が聞こえてきた。
 それからすぐに、すぅ、と息を吸い込み、吐く音。
「君には君の付き合いがあるだろう。それは俺もわかるつもりだ。 友達を増やすのはいいことだし、その為に羽目を外すのも多少は目を瞑ろう。 だけど、ここがどんな空間か……。それを考えてくれないか?」
 少しだけ緩んだ力にそっと見上げると、相変わらず眉間に皺は刻まれていたけれど、視線はオレから外されている。
 考える余裕がうまれた。

「……ここ」
 オレが帰る場所。
 相川さんが、帰ってくる場所……。
「ここは……。オレと相川さんの、大切な家。オレ達と母さん達だけの……」
「そう。君と俺の大事な場所なんだよ」
 幾分優しくなった瞳が、頷いた。
「…………うん」
 そうなんだ……。
 いつの間にか解かれていた手首。その腕で目元をゴシゴシと拭った。 鼻をすする音に、相川さんが小さく笑ったのがわかる。 ダランと下げたままの反対側の手を握りこまれた。大事なものを扱うような優しさに、また涙が滲んだ。
「それなら俺も譲歩しよう。彼、浅井君だっけ……? 君の部屋に寝かせていいよ。 彼が目覚めた時、君が俺の部屋にいたなんて知ったら騒ぎになりかねないからね。だけど二度とゴメンだ。もしものことがあったら困る」
 すっかりいつもの相川さんに戻ってる。
 よかった。
「もしもって……。オレには相川さんしかいないのに」
「たとえ君がそうでも、相手もそうとは限らないんだよ。君は可愛いから、油断は禁物ってね」
 ホント、この人のオレを見る目ってちょっと違うと思うんだけど、それは言わないことにした。
「もう所有者がいるってこと、わかるように印をつけておこう」
 言葉だけじゃ収まりそうもない気配……。
 引き寄せられて腕の中に閉じ込められた。
 それを嬉しいと感じる自分。所有されることに喜びを感じるなんて、オレはどこかおかしいのだろうか……。何かが欠けているのだろうか……。
「うん……。好き」
 キスが落ちてくる。くちゅりと離れた唇を眼で追いかけた。
「素直で、いいコだ」
 相川さんが笑った。
 ああ、綺麗だな……。
 頭の中に靄がかかって、だんだんとボーッとしていく。
 身体が熱くなって。
 欲情してるんだ、オレ。
 次の刺激を待ってる。
「浅井は?」
「気持ち良さそうに寝てたから起きないよ。 しばらくあそこにいてもらう。悟君だって、気が気じゃないだろう?  それとも見られたいかな? あぁ、だけど、見せるのは嫌だな……。友達がこの家にいたんじゃ、声も抑えようとするだろう?  ……君の声を聞きながらイきたいんだよ」
 熱を孕んだ瞳にゾクゾクして。
 囁くような声がキスの音に変わるように、自分から求めた。



 〜おまけ〜翌日

 朝になり、相川さんに会った浅井は、夜中に来たことをしきりに謝っていた。 それに彼も大人の対応で接していて、これからも悟をよろしくなんて、多分上辺だけの、心にもないことを言っていた。
 連続の飲み会。連絡もそこそこで心配させた上に、他人を連れて帰ってきてしまった。それも深夜に。
 つくづく浅はかだったとしかいいようがない。これが逆の立場だったらオレも怒り狂っただろう。 今にして思えば……だけど。
「君達は、今日も講義あるんだろう?」
 一限からあるから、そんなにのんびりとはしていられない。
 時計を見て、浅井があと三十分ぐらいですと答えた。
「トーストぐらいしかないけど、食べていくといい」
 穏やかな声を裏切らない優しげな微笑みは、たとえ女じゃなくても見惚れてしまうだろう。 案の定、浅井もポケッと口をあけて、ほぅ、なんてわけのわからない溜息なんかついてる。
 優雅な動作でキッチンに向かう相川さん。
 その後姿が消えたところで、「おじさん、格好いいな!」 と、無邪気な笑顔で言った。
「誰がだ!」
 頭を殴ると、ゴツンといい音が響いて。大袈裟に痛がる。
「馬鹿か! オジサンじゃない! まだ若いんだからっ」
「痛ってーなあ。親戚の叔父さんって意味だぞ? 年寄り扱いのオジサンじゃなくって」
 あ、そういえば親戚と住んでいるって言ったっけ。
 そっちか……。
 それも違うんだけど、説明のしようがない。
「そか……。でもあの人の前で言うなよ。あの人はイトコのハトコのまたハトコだから」
「とぉいな!? ま、それはわかった。そういえば桐山の声、掠れてるぞ。あ、風邪か? 昨日、ちょっと寒かったもんな。俺もさあ、なんだか身体の節々が痛いんだよ。固まってる感じ?」
 肩をほぐす仕草をしながらの、外してるとはいえ、鋭い指摘に顔が強張る。
 今日一日、風邪ということにしておこう。キビキビした動作を今のオレに求めるな!、ぐらいの状態だし……。はあ。それにしても身体、ダル〜。
 浅井はコンクリの上で寝てたから……。というか、寝かされていたからだろう。
 あの体勢で二時間、いや、三時間?
 部屋に運んだのは、ほとんど新聞屋さんが通る頃と言っていい時間だった。
 それでも寝てたけど。
 脅威の睡眠力だ。
「あー、オレ、ちょっと風邪っぽいんだよな〜。こんな時は早く帰って寝るに限るな」
「そうだな。しばらく遊びは無しにすっか」
 そんな遣り取りをしていると、相川さんがキッチンからコーヒーを持って戻ってきた。
「有難うございまーす」
 礼儀ただしくそれを受け取る浅井。
「どうぞ」
 声のトーンが……、なんとなく違う。
 彼を伺うと、にこっと笑顔を向けてきた。
「誰が、おじさんだって? 悟君?」
 あの営業スマイルを……。
 明日は休み。
 ひっ!
 今日のオレは、かなりピンチかも。あー、今日も、だった……。

SS No26(2004/05/29)

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