Honey 〜後
「のの君、そう怒らない」 「無理。非常に無理。今の俺のはらわたはすごいことになってるから。もうグツグツ煮えたぎってる。だって酷くね? なんか今、そういうことしてるみたいに……」 言ってて恥ずかしくなってきて、言葉尻は非常に情けないことに、小声になっていた。 「君があまりにも可愛いから。つい自慢したくなっちゃうんだよ」 自慢て……。 それに可愛いなんて言われて喜ぶと思うか? 言葉としては好きじゃない。 でも背中から抱きしめられ、耳の後ろで「ごめんね」なんて囁かれるように言われるとどうでもよくなってしまう。俺を宥めるような動きをする手に意識をあわせる。 肩から肘、肘から肩へと上下に擦るのはなんだか雪山遭難で温めようとしてる人みたい。性的な意味を持たない、ただ落ち着かせることだけに集中してる掌。 力を抜いて凭れかかる。受け止めてくれるこの温度が気持ちいい。 フッって笑ったのがわかった。 「こっち向いて。キスさせて」 黙っていた。すると彼が俺の機嫌を伺うように耳元に唇を寄せてくる。 ほんとはもうちょっとこのままの体勢でいたかったんだけど。 「お願いします」 下手に出られると嫌と言えない性分なんだよなー、俺って。 仕方なく振り向いてあげた。 穏やかな瞳が迎えてくれる。大切にされてるのがわかるような優しい顔だ。こういう顔を向けられると自然と気持ちが凪いでいく。 「唇、荒れてる……。さっきから触ってたよね」 「ん。朝から気になってたんだ。なんかプチッって切れそうで」 指先でなぞられた箇所を追うようにペロリと舐めると苦笑された。 「乾燥してるからって舐めるのは駄目だよ…。余計乾きが酷くなるから。挑発するつもりなら成功かもしれないけどね」 「オイオイオイ! またまたご冗談を」 呆れたように首を振ると、やはり呆れたように首を振られた。 「わかってないね」 それはアンタだろっ。 「どこをどうすれば乾燥の悩みから、色気方面に持っていけるのか。その不思議回路を今すぐ開いて見せてみろ!」 ちょっと怒り気味の俺の言葉も、フフと笑って流されて。 「ちょうどハチミツがあるからそれを塗ってあげる。買っといてよかったよ。これも愛の力だろうか……。昨日フと思い立ったんだよね。待ってて。持ってこよう」 「はい? ハチミツって何の話だよ。何繋がり?」 ギュッってもう一度強く抱きしめられて俺の後ろから温もりが消えていく。そして俺は。 どうしてハチミツの話が出てきたんだろう……。 残された疑問に首を傾げながら、張り切ってキッチンに行く後姿を呆然と見送ることしか出来なかった。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「ハチミツは保湿効果が高いらしいから唇のカサカサにはいいんだって」 だって…って誰の受け売りなんだよ? こんなの知ってるのは女だよな。ということは元カノかもしれない。今でも仲が良いから。 「彼女から?」 「彼女って?」 逆に聞き返された。あー、もう鈍い。鈍すぎる。つか、態とか? 態となのか??? ジロッと睨んでも邪気のない笑みが返されるだけ。 「だからそんなこと知ってるのは女だからだろ?!」 「嫉妬?」 ズバリゆーな! 「ううん。残念ながら違いますぅ」 でも俺も成長した。むかつきつつ笑顔で言い返した。 「この辺が駄目だねえ……。ムッとしてる」 お見通しだというように口の端を上げて、俺の眉間を指で押す。 「君のいいところは純粋なところ。嘘がすぐに顔に出る。……これはテレビ情報なんだから。女の子から聞いたわけじゃない。拗ねる君も可愛いと思うけど、どうせなら笑ってくれる方がいい」 ニカッと笑うと、そうそうと嬉しそうに言った。それを見て本気で笑ってしまった俺。不覚……。 「はい、ちゃんとこっち向いて」 指が軽く顎先に触れ、彼を見るように上向きにさせられた。 ハチミツをティースプーンでひとすくいして、人差し指につけると唇に近づけてきて。 甘い香りに頬が緩んでいくのを感じる。ニマニマしてる。 「んっ!」 その触れた指が意外にも冷たくてビクッとなってしまった。 俺の情けない反応に日高さんの口元が緩やかに上がり、擦りこむというより、ただ薄く伸ばすように指先が軽く動く。行って戻って。 「ツヤツヤだ。可愛い……」 ふわりと広がる蕩けそうな笑み。 「俺、このまま何分?」 「どうしよう…キスしたくなっちゃったよ」 唇に感じる彼の視線。なんだか照れる。というか、俺の疑問に対する答えは? 「ねえ何分?」 「……さあ」 首を傾げた。 なんて中途半端な知識なんだろう。 まあそんなにベタベタする感じもないしこのままでもいっか。 「甘そう」 かなり気に入ったみたいだ、この状態。だけど甘そうなのは日高さんの表情の方だと思う。 「そりゃハチミツは甘いだろうね」 「もともとが甘いから。それに輪を掛けて甘くなってる、きっと……」 至近距離で囁く少し低めの声がなんだかセクシーで、早くも鼓動が走り出す。 見つめられると条件反射的に目を閉じてしまう。 額にキスをされて。 頬にキスをされて。 唇……、の横にキスされて。 次は唇に、来るのかと思ったら離れてしまった。 待っても。 待っても。 来ない。 え、終わり? うぅ。 俺の方がたまらなくなって。だから、 「いつもより甘いかどうか……。確認してみればいいじゃん」 自分からは言うもんかと思ったセリフを言っていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ にんまりと笑った日高さん。 「オネダリされるのも悪くないね。また後でちゃんと塗ってあげるから」 この人の声が、悪戯な指の動きが、俺の体温を上げていく。 「アンタがしたいって言った……んっ」 いきなり唇を重ねられて言葉が途切れた。 軽く触れて離れて見た彼の顔。俺のハチミツが移ったようで日高さんの唇も艶っぽかった。キスしたい、その気持ちが今わかった気がする。 彼の下唇をペロリと舐め、ニッと笑う。 「成一郎の方が甘いよ」 俺の言葉にはただ目を細めて微笑むだけで、すぐにまた顔が近づいてくる。 絡み合う舌先はハチミツのせいですごく甘くて。 飢えたように口づけ合う。 深く、熱く。 何度も繰り返して。 まるで素肌をあわせてる時みたいな濃厚なキスに何も考えられなくなっていく。 「んっ、……んぅっ、……ふっ」 自分の甘ったれた声がする。だけどそんなのも気にならないぐらい、もっと求めた。 息切れするほど貪りあった後の彼の目は熱っぽくて、いつもよりも刺激的…だったかもしれない。背筋がゾクゾクした。 俺がこう思うぐらいだから、相手からもそう思われてる可能性もあるかな? なんて瞳に映る自分を見ながら考えてたら、胸にぎゅっと閉じ込められた。痛いほどに。 耳に感じる吐息が熱い。 目を閉じて鼓動を聴く。 小さく息を吐いた。 やっぱり俺、この腕の中が一番心が安らぐ。 脳みそが融けてようと腐ってようと、もういいや。 俺もこの人が世界一なんて思ってるんだから。 「せっかくふたりの時間なんだからさ。ふたりの時しか出来ないこと、しよ」 気持ちを音にするのは難しいことじゃない。ほんの少し素直になればいいだけ。 そうすれば響き以上のものも伝わると思う。 「賛成」 彼が俺の頭の後ろを支え、強く抱きすくめてくる。 背がしなった。 ソファで隣り合う体勢は酷く窮屈で、不安定で、落ちないように彼のシャツをぎゅっと掴むと、それがわかったのかそのまま支えながら身体を倒してくる。 横たわった俺の上には柔らかな笑み。 「いっぱい気持ちよくしてあげる」 愛してる、と甘い声が紡ぐから。 「ん」 頬を両手で挟んで微笑み返した。 幸せだと思う。 川上さん曰く、思わず見惚れるモデル並みのルックスには似合わないほどに切れ者で現実主義者のこの人は、何事にも動じない強い精神の持ち主だという。 そんな人が俺のことになると頭に血が上ってしまうって言うんだから。なんだろう……、照れるよな。 俺の恋人。 日高成一郎。 怒りが頂点に達した時、身動きできないぐらい冷たい目を相手に向けることを知っている。 だけど、俺には……。 「せいいちろ」 「なんでしょう?」 こんなに優しい慈愛に満ちた表情を向けてくれる。いつだって。 ちょっとばかり不思議な人だけど、一緒にいるととても安心できるんだ。 「……好きだよ」 だから。 この人に逢ってからの日々は、 彼を知らなかった以前とは比べ物にならないぐらい幸せなんです。 SS No41(進捗にて 2005/03/06、09) |
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