愛してるって言わせてみせて〜前編
「なあなあ、さっきのアレやってみない?」 次が終われば昼休み。悪戯っ子の笑みを浮かべて響が前の席から身を乗り出し、コソッと耳打ちしてくる。 アレの意味するもの。 大体の想像はついた。 好奇心旺盛な親友は、楽しそうなことを発見するとすぐに自分もやりたくなる性質だから、『アレ』というのもさっき聞かされた話からのものに違いないんだ。 その度に付き合わされるのは俺のさだめというかなんというか……。 「なんだよ、そのウンザリしたような顔は!」 別に嫌じゃないけどメンドクサイこともままあるわけよ。 「いや、やっぱりなって思って……」 だけど、あいつもどうすれば俺が動くかをよく知ってるわけで、言葉巧みにその気にさせようとしてくる。 現に今も、 「やろうよ、昼メシ賭けてさ。ま、オレの勝ちだと思うけどね。楽勝で」 フフーン、なんてさも勝ち誇ったような顔をされては受けてたたないわけにはいかないだろう? 「ぜってぇ、勝つ!」 だからついつい、そんなことを口走ってる。 「よし、決まった」 ニマッと笑うと、対戦ルールを決めにはいる響だった。 結局、また乗せられてる俺……。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 事の発端は加藤達との会話だった。 響の周りに、いつものメンバーが集まってた中で、 『なんかさあ、マキから変な電話が掛かってきてさ。まるで連想ゲームみたいなわけ。で、結局、何がしたかったのかと言えば』 思わせぶりに途中途中で笑いを入れながら話されては、響が飛びつかないわけがない。 『なになに、何だったんだよ?』 案の定、その先を促すように、瞳をキラキラさせちゃってさ。 『あいしてる、ってどっちが早く言わせられるかの競争だったらしいんだよ。マキと舞ちゃんとで』 マキちゃんは、夏にキャンプに行ってから急接近した加藤の彼女で、舞ちゃんは、これまたキャンプがらみで加藤の兄貴の彼女になった子だ。 『ということはお前と兄貴とで? で、どっちが勝った?』 『俺に決まってんだろっ。兄貴なんてしどろもどろで時間切れだったらしいぞ』 筋肉系は口下手が多そうという響の偏見のもとに、『兄貴はそういうのダメそうだもんな』とまあ、失礼なことを言い放ち、 『好きだ、っていうのだって気合入れなきゃ言えない男なんだから。本人は硬派だと言い張ってるけどな』 加藤も大笑いしながらそう付け足していた。 それで、みんなも自分の彼女でやってみよう、なんて盛り上がったんだよな。 俺は彼女がいないことになってるし、響はいることになってるけど同性というのはもちろん内緒なわけだから、おおっぴらに一緒に盛り上がることも出来なくて、その場は笑って繕ってて。 でも、やっぱり響としてはやってみたかったのだろう。 そうなると必然的に相手は俺しかいなくて、しかも、ただでやるのはつまらないから賭けをしよう……、こうきたわけだ。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 昼休みに、とりあえず自分の好きなパンを買いに行き、勝ち負けを決めてから相手の掛かった金額を払う、そういうルールにした。 戦場と化す購買では、何を買ったか相手のものを調べることは出来ない。で、俺はいつものようにパン二つと紅茶缶、計三百円分を買って抜け出してきて、響が買ってくるのを待っていた。 大体パン一個が百円だから、普段食べる量からしてもそんな金額だ。響も似たようなものだろう。 「ピザパンと焼きそばパン。デザートにチョコパンも欲しかったかな……。ま、いいや。我慢我慢」 ニコニコとやってきたあいつも、パン二つとオレンジジュース缶を持っていた。 ふたりで屋上に行き、真っ青な空を見上げながら食べ……。 空き袋をくしゃりと潰す音が合図となる。 「じゃあ、勝負といきましょか! お前からやる?」 「お先にどうぞ」 ちょっとワクワクしてきた。 だって、日高さんと宮前さんだったら、どう考えても口数の多い日高さんが有利だと思うから。 それに愛してるなんて挨拶みたいに口にする人なんだよ、あの人。だから、ちょっと俺も余裕ぶちかましてみたり。 ちなみにNGワードは「愛してる?」のみで、その他はどんな誘導尋問もOKにした。愛してるか、って訊かれれば誰だって愛してるって答えるだろう? 脊髄反射みたいなもん。そうじゃないのは倦怠期を迎えたカプぐらい? そうはなりたくねえな……。 「では。いかせていただきます」 まるで格闘技の勝負のように、一礼をしてから響が携帯を取り出した。 計器は俺の時計。ストップウォッチ機能がついた優れもの。 全然使ったことがなくてただの飾りになってたものだけど、やっと日の目を見たって感じ。 微妙な緊張感を漂わせ、響が俺に頷く。開始の合図だ。 「もしもし? オレ」 とりあえず相手が出たのを確認して計測スタート。 「今、平気?」 宮前さんの声を聞くなり、ニコッと笑う響。 嬉しいんだろうな……。 そういうのがすごくよくわかる顔つきになる。 「あのね、ひとつ質問。オレのこと好き?」 そう言うと、小さくガッツポーズ。 え? もう??? 早すぎっ!!! まだ三十秒も経ってないのに。 「もう一回言って」 『ああ。愛してる』 ギャー!! 思わず叫びそうになったのは、響が携帯を俺の耳に当てたから。 さすがです、宮前さん。 貴方の低音が俺の鼓膜を震わせました。 ゾクッときちゃったよ。あんまりにも穏やかな声だったから。 つか、どんな場所でそんなことを恥ずかしげもなく言ってるのか、周りの状況が激しく気になるんですけど。 俺がストップウォッチを止めるのを確認して、 「よっしゃ! グッジョブ、忍!! ……え? 野々村とちょっとした賭けをしててさ、勝てそうだよ。ありがと。あ、近くに日高さんいる? 今の訊いてた? ……あ、そ。良かった。言わないでね。詳しいことは帰ってから話すから。じゃあね。あ、オレも」 愛してるからって照れた声が、聞こえてくる。 すごく小さな声のつもりなんだろうけどさ、音漏れしないように片手で囲ってるんだけどさ。 丸聞こえだよ……。 今更驚かないのは、大分、免疫のついた証拠だと思う。 「十五秒」 「好タイムが出ました! さて、これを超えられるでしょうか。ちなみに日高氏は忍と一緒ではないそうです。どこにいるのか知らないって」 「そですか。では次、いきます」 響に時計を渡し、俺も一礼をした。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 「もしもし」 これが合図で響が時間をスタートさせた。 『あ、のの君。今、掛けようと思ってたところだよ。どうしてわかった? ……って、そんなことはいいか。とにかく嬉しいよ。有難う』 いつものごとく、ミラクルハイテンション。 最近はこれに慣れてきてて、俺まで気分が高揚してくるようになってしまっていた。 「なんか声が聴きたくて」 そんなことも言ってみると。 『愛だね』 すごく嬉しそうな声。 ヤバイ。照れる。 「ん。そうだろう?」 『愛されてるって感じるね』 でも、惜しいっ! 俺の欲しい言葉はそれじゃない。 そこまできたらもう一息! 「そーじゃなくって」 愛してるって言ってくれ!!! 『うん? デートの誘いにしちゃ、ちょっと色気がないけど……。何か食べたいものがあるとか、どこか行きたいところがあるとかある? 俺、今日、早く帰るからどこかで待ち合わせしようか……。夕食、一緒に食べようよ』 うぅぅ。 なんて言えばいいのかな。 好きって訊けば?、そう響が囁いてくる。だけど二番煎じみたいでカッコ悪いよな。 でも、これは勝負なんだからそんな奇麗事も言ってられない、と自分を納得させていると、反応を探るように日高さんが問いかけてくる。 『君、なんか変だよ? 大丈夫?』 「ん。日高さん……、好き……」 微妙な沈黙。 「っ、あっ、違っ」 瞬間的に我に返った。 言って愕然。 何言っちゃってるんだよ俺! 好きって。 好きって。 疑問系にするつもりが乙女系になってるし! しかも響の前かよ。 急に心臓がバクバク鳴り始めて、このまま倒れるんじゃないかと思った。 「今、違う世界にトリップしてましたっ!!」 『……好きだよ。あいしてる。誰よりも、愛してる』 慌てる俺に、あの人の声が耳に優しい。ふわりと、包み込んでくれたみたいに。 ここにいないのに、いるかのような錯覚を起こしそうになる。 響はジュースを飲みながら、プカプカ浮かんでいる遠くの雲を眺めていた。 それが余計に。 恥ずかしい……。 「ま、また電話するっ。じゃあね」 電話を切った。 「お前、ちゃんと説明してあげないと日高さん可哀想じゃん。今頃、首ひねってるぞ? まあ、幸せには違いないだろうけど。愛の告白っつーか、目の前にいたら間違いなく押し倒されてると思う」 イヒヒと意地の悪い笑いでしっかりと茶化された俺。 それに、その手はなんなんだ? 時計を返され、見ると一分近く経っていた。 普通ならこれでも早いほうなのだろうけど……。加藤や兄貴に比べたら段違いの早さなんだけど……。 惨敗。 あーあ。 三百円……。 響の掌にパンの代金を乗せた。 「ごちそうさまでした。………………いろんな意味で」 いろんなって何だよ! これってまるでバカップルの片割れみたいじゃない……? 「あーあ」 その場に残ったのは、俺の溜息と響の笑顔だった。 SS No42(進捗にて 2005/04/28) |
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