NGワード(前)

 口がすべってしまった。
 言うつもりはなかったんだ。それなのに、最近の野々村は変なんだよなあ、なんて話をしているうちについつい。

『でさ〜。キスしてって言われちゃった』

 スルッと出ちゃったんだよ〜〜。
 うぅ。
 その瞬間、ピキッって忍の片眉があがったのがわかった。
 それからなんとも居心地の悪い思いをしている。
「でも、なんにもなかったし。お、そうそう! 何かあったのはあいつの方で……。佐藤にキスされたんだよ〜。ぶちゅ〜って」
 アハハハ……。
 自分の笑いはわざとらしいし、忍は無表情だし。
「よ、よ、よっぽど悩んでるみたい」
 噛みまくり。
 口が回らないよ。
 おかげでどんどんここの温度は下がっていった。
 外は夏のような暑さなのに、中はヒンヤリ……。
「あいつにも飼い主、見つけるべきだな……」
 やけに小さい呟き。それでも充分威力のある一言。
「あー、うー」
 ごめん、野々村……。
 心の中で手を合わせた。
「……まあ、何もなかったならいい。忘れてやるよ」
 口の端をあげる忍から不穏な空気が流れてくる。
 これからは話をする前にきちんと頭の中で組み立てよう。そう心に誓った。

 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 忘れてやるよ、のセリフ、絶対忘れてるよな?  それか、初めからそんな気はなかったかのどちらかだと思う。 さっきからオレは忍のキス攻撃の真っ只中にいた。
 忍とのキスは好きだけど……。でもそれよりもっと先に進みたい。
「……ねぇ、服、脱ぎたい」
 くちゅりと離れるキスの合間の言葉を、忍の微笑みが受け止め……、るつもりはないようだ。
 また唇を塞がれた。
「んんっ、ん」
 差し入れられた舌が奥深くをまさぐり、上あごや頬の内側を這う。口腔の感触を確かめるような愛撫。 誘うように絡めれば、きつく吸いあげられた。
 淫らな音に煽られる。
 くふっ、と喉が鳴った。だけど声が出せない。ふたりのキスに融けて消えてしまうから。
 交わる唾液も荒い息が邪魔してうまく飲み込めなくて、流れ落ちていくのを感じていた。
 どんどん感覚が鋭敏になっていくのがわかる。忍の息遣い、掌の熱さ、囁かれる言葉。 そのひとつひとつが、オレの欲望に火をつけていく。
「響……」
 キスだけで高め続けられている身体。もう疼き始めていた。
 反応しかけているオレの。
 あぁ、なんでこんな時にゆったりめのパンツにしなかったんだろう。ジーパンがきついんですけど。
 脱ぎたい!
 それなのに脱ごうとすると止められる。
 オレの唇の端を舐め上げて、くくっと忍が笑った。
「もっとキスして欲しい?」
 忍が耳元で囁く。脳直撃の甘い声。
 耳朶を甘噛みされたり。弄ぶように唇で挟み込んだり。
 ゾクリと肌が粟立った。
「はっ、ン、……しの」
「何……?」
「……服」
「こんなところで脱いで、もしも姉貴が帰ってきたらどうする?」
 梨佳ねえ……。
 今日どこに行ってるんだろう。
 出勤だったらシャワーと着替えに帰ってくるよな。いくら梨佳ねえでもこんな姿は見せられない。
 そんなことをぼんやりと考えている。
 唇のすぐ横に押し当てられる忍の唇。舌が下唇をなぞるように、左右に動いた。ゆっくりと、見せ付けるみたいに。
「しの……」
 もっと激しくして……。
 忍に抱かれている自分を想像して身体が熱くなった。
「部屋いこ? ここじゃ……。んッ」
 鎖骨に軽く歯を当てたかと思うと、くすぐるように舌先で弄られて。その度に、抑えられない声が漏れた。
 髪を梳く指、それさえ感じてしまう。
「嫌だ。行かない。俺はキスしたいだけだから……」
 信じられない言葉を聞いたような……。
 見つめられて、思考の止まりかけた頭で考える。
「え?」
「セックスしなくていい……。だからここで充分だろう?」
 笑みを浮かべている忍。その表情と言葉が一致しなくて、急激に胸を締め付けられるよう。
 キスだけ?
 なん、で?
 いつもはそんな風に言わないのに。
 いらなくなったんじゃないか、フとそんなことが片隅を過ぎった。
「キスだけ、なんて。オレ、したい……」
 オレ、はっきり言ったよ?
 こんなに高ぶってる。
 どうしてわかってくれないの?
 そんなに優しい顔して、どうしてそんなこと言うの?
「忍としたい」
 いらないなんて思わないでよ……。
 お願いだから……。
「しーちゃ」
「泣いても駄目……」
 オレの動きを封じるようにソファに押され、目元を拭われた。
 額にかかる髪をかきあげられて、そこにもキスが落ちてくる。目尻にも頬にも。
 だけど本当にそれ以上に進むつもりはないのか、いつもは触れてくれる部分には一向に触れてくれなかった。
 オレはこんなに感じてるのに、忍は全然変わらなくて。
 余裕の表情で見下ろされてて。
 自分だけ馬鹿みたいに欲情してる。
 悲しくて、情けなくて。
「……放してくれよ」
 声が震えた。
 駄目だ。
「忍のバカ」
 そんなこと口に出したら余計悲しくなって。
 涙が止まらない。
「忍なんて……。忍なんて、っ」
 身体を捻って抜け出そうとした。それでも放してくれない人を睨みつける。
「バカ、鈍感! しないなら放せ! オレひとりでやってくるから、っ! もう帰るから! 来なきゃいいんだろ! うぅ」
 こんなことで泣くオレもどうかしてる。だけど一度壊れた涙腺はそう簡単には元に戻らない。
「とうとうキレたか……。馬鹿で悪かったな……」
 耳元で紡がれる言葉はなんだか楽しそうで。
 いいように遊ばれてる感じがした。きっと忍の予想通りの反応を返してるのだろう。
「とうとうってな、だよ」
 肩口に顔を押し付けてそのままグシグシと拭う。汚れたって構うもんか。シャツに涙が吸い取られて、視界良好になった。
「……バカ」
 口を開けばそれしか出てこない。
「バカアホマヌケ」
 彼の手が髪を撫でる。
「カバ」
「好きだよ、響」
 反則だと思う。
 こんなに愛情たっぷりの優しそうな顔されたら、忍のわけわかんない行動も全部許せてしまうから……。
「オレ、も好き」
 条件反射のように返していた。
 やっぱり、好き。
 なんだか笑えてしまう。
 なんだったんだろう。今までのは。腫れてるのか瞼が重い。すごくみっともない顔してるかも。それでもいいと忍を見つめた。
「いらなくない?」
「……可愛い」
 こっちがうっとりするような表情で微笑まれた。
「ほんとわけわかんないよね、しーちゃん」
「俺はいつも自分の気持ちに正直だから。今はお前を泣かせてみたかった。それだけ。シャワー浴びるか。響、やりたいらしいから」
「自分勝手だし」
「自分勝手って……。いつもお前を先にイかせてやってるだろう?」
 オレは開いた口が塞がらなかった。顔だってきっとこれ以上ないくらい赤いだろう。 カーーッて身体中の血液が全部顔に集まった感じに、倒れるんじゃないかと思った。
 スー、ハー、スー、ハー、スー、ハー。
 吸って吐いての繰り返し。
 そんなことをしてたら手を引かれた。
 要領よく服を剥ぎ取られ、風呂場に放り込まれる。オレが何もするでもなく、忍に洗われて、シャワーソープまみれにされて、 流されて。タオルに包まれゴシゴシ拭かれ。 アッというまにベッドの上にいた。
 早業……。

「今からはじまる物語」五話の後ぐらいでしょうか。
後編へ続く
背後注意報発令中です
SS No30(2004/07/08)
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