◆NGワード(前)◆
口がすべってしまった。 言うつもりはなかったんだ。それなのに、最近の野々村は変なんだよなあ、なんて話をしているうちについつい。 『でさ〜。キスしてって言われちゃった』 スルッと出ちゃったんだよ〜〜。 うぅ。 その瞬間、ピキッって忍の片眉があがったのがわかった。 それからなんとも居心地の悪い思いをしている。 「でも、なんにもなかったし。お、そうそう! 何かあったのはあいつの方で……。佐藤にキスされたんだよ〜。ぶちゅ〜って」 アハハハ……。 自分の笑いはわざとらしいし、忍は無表情だし。 「よ、よ、よっぽど悩んでるみたい」 噛みまくり。 口が回らないよ。 おかげでどんどんここの温度は下がっていった。 外は夏のような暑さなのに、中はヒンヤリ……。 「あいつにも飼い主、見つけるべきだな……」 やけに小さい呟き。それでも充分威力のある一言。 「あー、うー」 ごめん、野々村……。 心の中で手を合わせた。 「……まあ、何もなかったならいい。忘れてやるよ」 口の端をあげる忍から不穏な空気が流れてくる。 これからは話をする前にきちんと頭の中で組み立てよう。そう心に誓った。 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 忘れてやるよ、のセリフ、絶対忘れてるよな? それか、初めからそんな気はなかったかのどちらかだと思う。 さっきからオレは忍のキス攻撃の真っ只中にいた。忍とのキスは好きだけど……。でもそれよりもっと先に進みたい。 「……ねぇ、服、脱ぎたい」 くちゅりと離れるキスの合間の言葉を、忍の微笑みが受け止め……、るつもりはないようだ。 また唇を塞がれた。 「んんっ、ん」 差し入れられた舌が奥深くをまさぐり、上あごや頬の内側を這う。口腔の感触を確かめるような愛撫。 誘うように絡めれば、きつく吸いあげられた。 淫らな音に煽られる。 くふっ、と喉が鳴った。だけど声が出せない。ふたりのキスに融けて消えてしまうから。 交わる唾液も荒い息が邪魔してうまく飲み込めなくて、流れ落ちていくのを感じていた。 どんどん感覚が鋭敏になっていくのがわかる。忍の息遣い、掌の熱さ、囁かれる言葉。 そのひとつひとつが、オレの欲望に火をつけていく。 「響……」 キスだけで高め続けられている身体。もう疼き始めていた。 反応しかけているオレの。 あぁ、なんでこんな時にゆったりめのパンツにしなかったんだろう。ジーパンがきついんですけど。 脱ぎたい! それなのに脱ごうとすると止められる。 オレの唇の端を舐め上げて、くくっと忍が笑った。 「もっとキスして欲しい?」 忍が耳元で囁く。脳直撃の甘い声。 耳朶を甘噛みされたり。弄ぶように唇で挟み込んだり。 ゾクリと肌が粟立った。 「はっ、ン、……しの」 「何……?」 「……服」 「こんなところで脱いで、もしも姉貴が帰ってきたらどうする?」 梨佳ねえ……。 今日どこに行ってるんだろう。 出勤だったらシャワーと着替えに帰ってくるよな。いくら梨佳ねえでもこんな姿は見せられない。 そんなことをぼんやりと考えている。 唇のすぐ横に押し当てられる忍の唇。舌が下唇をなぞるように、左右に動いた。ゆっくりと、見せ付けるみたいに。 「しの……」 もっと激しくして……。 忍に抱かれている自分を想像して身体が熱くなった。 「部屋いこ? ここじゃ……。んッ」 鎖骨に軽く歯を当てたかと思うと、くすぐるように舌先で弄られて。その度に、抑えられない声が漏れた。 髪を梳く指、それさえ感じてしまう。 「嫌だ。行かない。俺はキスしたいだけだから……」 信じられない言葉を聞いたような……。 見つめられて、思考の止まりかけた頭で考える。 「え?」 「セックスしなくていい……。だからここで充分だろう?」 笑みを浮かべている忍。その表情と言葉が一致しなくて、急激に胸を締め付けられるよう。 キスだけ? なん、で? いつもはそんな風に言わないのに。 いらなくなったんじゃないか、フとそんなことが片隅を過ぎった。 「キスだけ、なんて。オレ、したい……」 オレ、はっきり言ったよ? こんなに高ぶってる。 どうしてわかってくれないの? そんなに優しい顔して、どうしてそんなこと言うの? 「忍としたい」 いらないなんて思わないでよ……。 お願いだから……。 「しーちゃ」 「泣いても駄目……」 オレの動きを封じるようにソファに押され、目元を拭われた。 額にかかる髪をかきあげられて、そこにもキスが落ちてくる。目尻にも頬にも。 だけど本当にそれ以上に進むつもりはないのか、いつもは触れてくれる部分には一向に触れてくれなかった。 オレはこんなに感じてるのに、忍は全然変わらなくて。 余裕の表情で見下ろされてて。 自分だけ馬鹿みたいに欲情してる。 悲しくて、情けなくて。 「……放してくれよ」 声が震えた。 駄目だ。 「忍のバカ」 そんなこと口に出したら余計悲しくなって。 涙が止まらない。 「忍なんて……。忍なんて、っ」 身体を捻って抜け出そうとした。それでも放してくれない人を睨みつける。 「バカ、鈍感! しないなら放せ! オレひとりでやってくるから、っ! もう帰るから! 来なきゃいいんだろ! うぅ」 こんなことで泣くオレもどうかしてる。だけど一度壊れた涙腺はそう簡単には元に戻らない。 「とうとうキレたか……。馬鹿で悪かったな……」 耳元で紡がれる言葉はなんだか楽しそうで。 いいように遊ばれてる感じがした。きっと忍の予想通りの反応を返してるのだろう。 「とうとうってな、だよ」 肩口に顔を押し付けてそのままグシグシと拭う。汚れたって構うもんか。シャツに涙が吸い取られて、視界良好になった。 「……バカ」 口を開けばそれしか出てこない。 「バカアホマヌケ」 彼の手が髪を撫でる。 「カバ」 「好きだよ、響」 反則だと思う。 こんなに愛情たっぷりの優しそうな顔されたら、忍のわけわかんない行動も全部許せてしまうから……。 「オレ、も好き」 条件反射のように返していた。 やっぱり、好き。 なんだか笑えてしまう。 なんだったんだろう。今までのは。腫れてるのか瞼が重い。すごくみっともない顔してるかも。それでもいいと忍を見つめた。 「いらなくない?」 「……可愛い」 こっちがうっとりするような表情で微笑まれた。 「ほんとわけわかんないよね、しーちゃん」 「俺はいつも自分の気持ちに正直だから。今はお前を泣かせてみたかった。それだけ。シャワー浴びるか。響、やりたいらしいから」 「自分勝手だし」 「自分勝手って……。いつもお前を先にイかせてやってるだろう?」 オレは開いた口が塞がらなかった。顔だってきっとこれ以上ないくらい赤いだろう。 カーーッて身体中の血液が全部顔に集まった感じに、倒れるんじゃないかと思った。 スー、ハー、スー、ハー、スー、ハー。 吸って吐いての繰り返し。 そんなことをしてたら手を引かれた。 要領よく服を剥ぎ取られ、風呂場に放り込まれる。オレが何もするでもなく、忍に洗われて、シャワーソープまみれにされて、 流されて。タオルに包まれゴシゴシ拭かれ。 アッというまにベッドの上にいた。 早業……。 |
「今からはじまる物語」五話の後ぐらいでしょうか。
後編へ続く
背後注意報発令中です
SS No30(2004/07/08)
トップページに戻る--NOVEL TOP |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||