クリスマスは誰と?〜1

 ここは緑と大地の国、アプリル王国。
 何百年と続いてきた国家です。
 国を治めるミヤ王は、代々受け継がれてきた王国の歴史の中でも最も外交手腕に優れていると言われています。 長年続いた隣国との諍いに終止符を打ったのがこの王でした。 王の決断がなければ、今、この瞬間も悲鳴や銃声が轟いていたかもしれませんし、子供たちも身近で流れる多くの血に身を震わせていたことでしょう。
  機知に富み、的確な判断を下せる人物で、国民はみなミヤ王を尊敬しています。 街が活気に溢れ、人々が平和に暮らしていけるのも彼のおかげだと。

 この王にはふたりの子供がおりました。ひとりはリカ、もうひとりをシノブといい、誰もが見惚れてしまうほどに見目麗しい王女様と王子様なのです。 王女様はいまだにおひとりでしたが、シノブ王子は半年ほど前に素敵なパートナーを見つけられました。
 本来ならばそれなりの家柄、例えば隣国の姫君との婚姻が望ましいことでしょう。 けれど王子様が見初めた人は、王家とは全く関係のない人物でした。
 ヒビキという名のふたつ年下の、どことなく少年っぽさを残した青年です。
 彼が王室に入ることになり、彼の親友であるノノムラもまた一緒に城にあがることになったのです。

 皆が望んだ結末を経て、時が刻まれ――。
 誰もが幸福に酔いしれておりました。

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「クリスマスって知ってる?」
「ああ、ノースライツ国の祭りだろう? なんか意味わかんねえけど楽しそうは楽しそうだよな」
「ちょっとこれ見てみろよ? シノブが貸してくれた」
 ヒビキが見せた本には写真が載っていました。
 見たこともない風景、生活環境、人々の姿。これが噂のノースライツかと、ピンときたノノムラです。 自分達はこうしてのんびりお茶なんかしてますが、周りはそれどころではないことも知っていました。
 ここ数週間の慌しさと緊迫感は城にいれば嫌でもわかることでしたから。
「いいのか? 大事な資料なんじゃねえの?」
 なんて言いながらも見てみたい誘惑には勝てずに。
「別に汚さないし」
「まあ、そうだよな」
 結局、魅入ってしまう暇なふたり。

 ノースライツ国というのは、アプリルよりもずっとずっと北にある氷に閉ざされた小国で、つい最近、友好関係が結ばれることとなった国のことです。
 一般庶民ならば単なるニュースで済むものが、王家とあれば他人事で済まされないのは当然のこと。 中でも多忙を極めているのがヒビキのパートナーであるシノブでした。指示を出す立場だからです。
 相手国への挨拶にはシノブの姉であり、かつ皇位第一継承者であるリカが行くことになっているのですが、その日にちや従者の選定、 その他もろもろ。 リカが不自由をしないように、かつ身辺警護は万全にと、決めなくてはならないことが山積みで、寝る暇もないほどに忙しいのも、やはり仕方がないことなのでしょう。
 大事なパートナーの苦労を知ってはいるものの、スキンシップの足りていないヒビキは面白くありません。
 そんな日が一週間ほど続き、そして今日も朝から執務室に篭ろうとするシノブに退屈光線を浴びせていた時のことでした。 そのじっとりとした視線に辟易したのか、シノブが手にしていた資料の中からひとつをヒビキに手渡してくれたのです。
 お前の好きそうのが載ってる。
 そう言いながらカラフルな表紙の冊子を。
『今日は早く戻る』
 ちゅっと口づけまでしてくれました。
 それだけでヒビキの心は明るくなります。
 凛とした後姿を見送り、すぐにヒビキはノノムラの部屋へと駆けてきたのです。

 そんなわけでその冊子のページをめくっているヒビキとノノムラ、めくるうちに気づいたのですが、 どうやらこれは月ごとの祭事を纏めている本のようです。
 アプリルしか知らないふたり。
 今まで国交がなかった国の様々な雰囲気が珍しくて仕方ありません。 そして、こうして目にする他国のお祭りはヒビキやノノムラにはとても魅力的なものに映ります。 その中でも最も目にとまったのが最後のページでした。
 十二月のページ。今月です。そして絵の下には踊るような文字で、
 クリスマスツリー。
 と注釈がありました。
 見るからに凍えそうな真っ白な大地に、赤や金色の飾りがしてある大きな円錐形の緑。
 どちらかというとアプリルでは自然のままが美しいとされていましたから、わざわざ樹に飾りつけをするなどという風習はなかったのです。
「綺麗だな」
「ほんとだ……。よし、こういうの作って飾りつけすっか」
「オリジナルのやつ作ろう!」
 こんな綺麗なものを大好きな人と一緒に見ることかできたら、なんだか幸せになれそうじゃありませんか。 今よりも、もっと、ずっーと。
 二十五日がクリスマス。
 その日まで、ひとつ楽しみの増えたヒビキとノノムラは笑顔で約束をかわしました。

◇ ------------------------------------ ◇


「明日、ノースライツに行くぞ」
 その話は急にもたらされたものでした。
「へ? シノブが?」
「お前も」
 普段ならばヤッターと両手を思い切り天に突き上げるところですが、今はそんなわけにもいきません。 なぜならその国に行くのはリカと決定していたことを、ヒビキも知っていたからです。
「リカ姉は?」
「氷の国なんて寒いから行きたくねえって」
 少し気まぐれなところのある王女のことです、『そんな長旅お肌に悪いでしょう?』と、きっとそんな風にも言ったのではないでしょうか。 これはただの推測ですが、かなり近いものがあるとヒビキには思えました。見目麗しい彼女の笑う顔がポッと浮かんでは、消えていきます。
 けれど本当にリカが行かないのならば、言っても良いでしょうか。
「シノブと旅行するの嬉しいかも」
 少し照れながら、けれど瞳をキラキラと輝かせて。
 そして、それを見たシノブは、小さく笑いました。
 なぜなら、去り際の姉の言葉を思い出したからです。
 新婚旅行がわりになるじゃない?
 アプリルとは正反対の幻想的な国。
 ヒビキがそこに興味を持っていることを、姉はどこからか耳に入れたに違いありません。 だから遠まわしな言い訳で「貴方が行きなさい」なんて高飛車な態度をとったのでしょう。
 次期王国を背負う素質を生まれながらに備えているともっぱらの評判で、本人もその意識は高く、だからこそ人に弱みは決して見せない姉。
 しかしその心根が本当は優しいことを知っていました。そしてヒビキを可愛く思っていることも。なんたって弟ですから。
「あとで姉貴のとこに行って土産何がいいか聞いて来い」
 穏やかな笑みのシノブにヒビキがうんうんと頷きます。
「サンタ一式とか言われたら困るな」
 朗らかにいうその内容はシノブには少し理解できないものでしたが、とりあえず、ヒビキの頭の中はあの本のことでいっぱいだということはなんとなく伝わりました。
「またわけわかんねえことを……」
 そのたったこひとつの溜息がいけなかったのでしょう。 どうやら、ヒビキの教えてあげる魂に火をつけてしまったようです。
「わけわかんなくないよ? あのね、サンタ一式はね、赤い服来た結構ダンディなおじさんとトナカイとでね、」
 ソリ乗ってね…、なんて延々、童話のごとく聞かされるシノブでした。

◇ ------------------------------------ ◇

 そんなわけで十二月二十日。
 シノブとヒビキは数人の従者とともに、野を越え山を越えの長い旅へと出発していきました。

◇ ------------------------------------ ◇

「さわやかだ」
 窓を開け放つと、すーっと待ちかねたように風が入ってきます。
 ノノムラはひとり、ヒビキとシノブの寝室に居ました。
 いない間、窓を閉め切っているのは嫌だとヒビキが呟いたせいで、シノブから毎朝毎晩の窓の開け閉めを命じられてしまったのです。 ヒビキとしてはノノムラにそんなことをさせるつもりはなかったのに、パートナーに聞かれたが最後、 ノノムラへと役目が回ってきたというわけです。
『別にいいからな? そんなことしなくて』
 つまらない雑用を押し付ける形になってしまったヒビキは申し訳なさそうに言いました。
『気にしないでいいから。適当にやるよ』
 ノノムラにとって、ヒビキもシノブもいない毎日は欠伸がでるぐらい暇なわけですから、これくらいの用事など大して気にも留めていないのです。
 ですが、あまりにも親友が気落ちしているようなので、ノノムラは笑って応えてやりました。
『お前がいない間にツリーも超本格的なの作っといてやるし。楽しみにしてろ』
『ん。楽しみにしてる……。じゃあ、オレも本場もんの土産買ってくるから』
 ノノムラの言葉にやっとヒビキ本来の笑顔が戻り、そして手を振って出かけて行ったのです。

 友の笑顔を思い出し、ノノムラの口元にも笑みが浮かびます。
「さてと、ここも綺麗にしといてやるか」
 彼がすべきことは窓を開けることだけ。
 しかしそこは根っからの気配り上手。ついでに掃除もしてやろうなんて考えて、掃除係の女の子から道具を借りてきていました。 ハタキを手にパタパタと窓枠を叩いてまわります。
「ノースライツってどんな国だろう……。あとでセイイチロウに聞いてみよっと」
 こんな時でも想い描くはやはり、博学で、優しい己の恋人。
 シノブの側近で本当ならば行動を共にする立場にある彼なのですが、どういうわけか今回の役から外れていました。
 ヒビキの配慮か、シノブの配慮か。 どちらにしても自分にとっては喜ばしいことに違いなく、主のいない四日間はのんびりと過ごせそうで。
「あとで買い物とか行けるかな」
 華やかな街をふたりで手を繋いで歩いてみよう。
「飾りつけのキラキラでも買おうか」
 そんな時間を思い浮かべれば、頬が綻ぶのを止めることができないノノムラ。
 ひとりニヤニヤしながらも掃除は続きます。

 ノースライツ国と友好関係になるということは早くも街で話題となっていました。
 その国に関する書籍は飛ぶように売れ、地元料理と称する食べ物屋が増えたのはなんとも商魂たくましいと言うほかはないでしょう。 クリスマスという言葉が流行りもののように人々の口の端に上ります。
 そんな街に感化されてか、このお城の人々もどこか浮かれ気味なようでした。 色とりどりの布地やら、クリスマス用の特別な食材を扱う商人がひっきりなしに出入りしています。
 普段ならば万全のチェック体制がとられるはずの警備も、シノブやヒビキがいないことで少し気が緩んだのかもしれません。 王、后、王女の部屋には目を光らせていたのに、その他はやはり甘かったのでしょう。 商人に混じって怪しい輩が忍び込んだ時も、誰も気づかないなんて。

 ベッドまわりを綺麗にして、
「今日もいい天気」
 窓から入る濃い緑の匂いに目を細め、呟き。
 少しだけここからの眺めを堪能している時でした。
 誰だ?
 気配を感じた時にはもう遅く。
 ノノムラは特殊な薬剤で眠らされた後だったのです。

2005/12/20
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