クリスマスは誰と?〜2

「いくらになるかな」
「5万ネイはくだらねえんじゃねえの? 大目に書いたけどよ」
「値切りゃしねぇだろ、さすがに」
「なんたって王子様だしな」

 忍び笑いにだんだんと意識が戻ってきます。
 ぼんやりと薄目を開けてみると、泥にまみれた薄汚い布地が見え、ひんやりとした空気に混じり土と埃の匂いがしました。
「うぅ」
 小さな呻き声に気づき、がさりと空気が動きます。
「お、気づいたみたいだ」
「どうだ? 具合はよ?」
 声からして男だとわかりました。
 確かに自分はシノブたちの寝室にいました。それが気づけば硬い床の上に寝転がされ、見知らぬ男に話しかけられているのです。こんなことがあるでしょうか、日常的に。
 なんだろう……。
 己の身に起こったことを必死に探るノノムラ。
 けれど薄暗さの中、覗きこんでくる人物からは酷い酒の匂いがして彼の思考を邪魔します。
 あー、なんなんだよコレは。
 起き上がろうとして、身体が動かないことに気づきました。手を後ろで縛られているのです。そして足も。 まるで虫のような扱いに眉を顰めると、目の前の男はどうやら笑ったようでした。
 どうしてそんなあやふやな表現なのかと言えば、まるで覆面のように口元を覆っているからです。ノノムラから見えるのは、目元だけ。
「口もききたくねえってか」
 フンッと鼻で笑われ、ムッとしました。
 それはそうです。誰とも知らない、しかもこんな手荒な真似をされて誰が礼儀正しくなどするものでしょうか。
「しっかし間抜けだよな、城の連中もアンタも。まさかこんなあっさりいくとは思わなかったぜ。なあ? 王子様よう?」
 そう言った別の人物がノノムラの背中を足でつつきました。
 首を回すと、その男もやはり同じ覆面姿でした。そしてもうひとりも。
 全部で三人。
 ここでやっと状況が飲み込めました。
 つまり、この粗末な格好の男たちに自分は攫われてしまったらしいということです。 話しかけられてる内容からしても、どうやら間違えられて。
 王子の寝室にいたのが、まさか別人だとは思わなかったのでしょう。
 ヒビキかシノブか。どちらにしても自分は彼らと取り違えられたことは疑いようもありませんでした。

◇ ------------------------------------ ◇


 目的は金だと言っていました。
 しかし要求されたとしても払える額など高が知れています。 もし用意できなければ殺されてしまうのでしょうか。
 ……と、そんなことを考えていて、まさに今。
 重要なことを思い出してしまいました。
 間違えられてるんだよな、俺?
 王子様と……
 てことは……?
 !!!!!!
 本当の王子たちは遠い異国で公務中。帰ってくるのは五日後の二十五日。
 もしもバレたら。
 いかに親密な間柄とは言え王族ではない自分は一般庶民、たかが下っ端、しかも相手のアジトまで連れてこられたノノムラを生かしておくわけがないことぐらい誰でも予想がつくでしょう。 お金の交渉の前に殺されるのは必至。
 なんとか自分が王子でないことを知られないようにしなければ……。
 とりあえず今日一日は様子を見る他はなさそうでした。
 夜になればヒダカが気付くはずだから。 それに、ヒビキたちが帰ってくれば一緒に何か策を練ってくれるはず。
 自分は親友なのだから。なくてはならない人物に違いないのだから。
 交渉させるのは、なんだかんだ引き伸ばして二十五日以降にすればいい。きっとうまくやってくれる。
 ……あの人たちを信じよう。
 そんな風に己を慰め、勇気づけていると、絶望的な一言が響きました。
「手紙置いてきたから。今頃、大騒ぎで金の工面中だろうな」
「だよなっ!」
 なっ!!!
 この瞬間に一気に寿命が縮んだ気がしました。
 大騒ぎよりも悪戯で済まされるでしょう。 いないはずの王子を攫うなどありえないのですから。 そんな手紙、調べる以前に捨てられるのがオチ。 ノノムラがいないことすら誰も気づいていないかもしれません。
 交わされる会話から感じ取れる、満足げな響きに目の前が真っ暗になるノノムラ。
 こんな気分はシノブの隠れ家を吹き飛ばして、喉に剣先を突きつけられて以来かもしれません。 思い出してもゾッとする、ともかく、ガーンという音が頭の中で鳴ったのは確かでした。
 交渉期日がいつなのか彼にはわかりません。今夜かもしれないし、明日かもしれません。音沙汰がなければそこで自分の人生は……。The end……?
 高笑いで布が揺れる口元を呆然と見て。
 待つより逃げろと、警告が鳴り響きます。

◇ ------------------------------------ ◇


「キョウ? キョウ??」
 いるはずの人がいないことに気づいたのは、やはりこの人。ノノムラの恋人であるヒダカでした。 一緒に夕食をとることになってたのですが、彼はヒダカの部屋には来なかったのです。
 彼の部屋はおろか、家族の部屋、広い庭園、お気に入りの書庫、どこを探してもいない愛しい人。
 約束は七時。こんな風に探し回って既に一時間が経過していました。
 どこに行ったんだ?
 不思議に思いながらヒダカは、シノブ達の寝室の前まで来てみました。 窓開けを言いつけられたということは聞いていましたから。
 それでもここに来るのが一番最後になったのは、なんだか人の生活に踏み込むようで、しかも己の主人ともいうべき人物のプライベート空間ということがヒダカに二の足を踏ませたからです。
 けれど、ここが最後の砦。
 仕方ありません。
 小さく深呼吸をして、ノックは三回。
「失礼いたします」
 主はいないとわかっていても礼儀正しさは抜けません。
 いつものように恭しく一礼をして、そっと顔をあげました。
 開け放たれた窓、翻るカーテン。物音しない部屋。そこに人の気配はなく、なんだか嫌な予感に苛まれながらも足を踏み入れました。
 部屋を一巡し、そしてやっとベッドの上にある紙切れに目を留めました。
 薄汚い色のソレをつまみあげ、裏を返すと。

 おおじさまはあづかった
 帰してほしくば50000000

 思わず添削してやりたくなるような間違いはこの際、置いとくべきでしょう。
 見るべきはその内容。
 みみずの這いつくばった文字というよりは、ただの線と円の交差のようなそれにヒダカは瞳を眇めました。
 誰かの悪戯にしてもそんな人物も思い当たらずに。 ましてやノノムラはこんな学の無いことはしません。何よりもはっきりと感じ取れる悪意。
 それは経験則とでも言うべきものかもしれません。
「王子様は預かっただと?」
 ふざけやがって。
 この世でもっとも大切にしているものを奪うなど、なんと命知らずな輩なのでしょう。
 草の根わけても探し出す。
 瞳には、確かな怒りが宿っていました。

2005/12/21
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