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幸せの行き先 9

 目の前には、瞳を瞑り、眉を寄せ、必死に耐えている愛しい人。
 小さな呼吸を繰り返し、俺の腕を掴んだ指が力の入れ過ぎで細かく震えている。 いくら時間をかけて解しても繋がる時の負担はかなりのものなのだと思う。
「ごめんね……大丈夫?」
「へーき」
 上気した頬で微笑んで俺の頬を撫でる温かな手。その掌に舌を這わすと、繋がっているところがキュッときつく締まっていく。
「すごく締まったよ、今」
「いちいち報告しなくていい……からっ…ぁあ!」
 涙目で睨むからゆっくり動いてポイントを掠めると、語尾が変な風に上がった。

「んんっ……っ……はぁっ…んっ……」
 胸の突起を唇と舌で弄ぶ。軽く歯を立て舌で舐る。散々刺激を受けて鋭敏になっている心と身体。 慣れた感触にその先の期待感は身体が覚えているのだろう、途端に漏れてくる甘い声。 抑えようと噛み締められた唇。少し仰け反る白い喉。全てが俺を煽っていく。
「聞かせて……。教えてよ……。君が感じてるって」
 口元に指を這わせ、緩んだところで人差し指を唇に当てるように口内に進入させた。
「声、抑えないで……。指、噛んでいいから」
 うっすらと瞼があがり、潤んだ瞳が覗く。小さく首を振ると指に吸い付いた。 ちゅっ、と静かな部屋に音が響き、無防備に晒された喉が上下する。閉じきれない唇の端から唾液が流れ落ちた。
 無意識だとしても、目の当たりにした卑猥な光景に溜息とともに苦笑が漏れる。 口の端に唇を寄せ、流れた一筋を追い舐め上げた。
「刺激強すぎ」
 耳元で囁き、耳朶を甘噛みすると、ピクッと身体が跳ね上がり、何か言いたげに口元が動く。 だけどそれさえ音に出来ずに小さな吐息に変わっていった。悩ましいまでの甘さの溜息にも似た吐息。
 高まる熱を抑えきれない。
 色っぽいと感じるのは変なのだろうか。でもその表現しか思い浮かばない。 紛れも無く男子高校生なのに、普段はぶっきらぼうに話すこの少年が、どんな女よりも艶やかな声を零すことを知っている。 囚われている。虜、といった方が似合いかもしれない。
「さとる……」
 自分の声が掠れているのさえ、どうでもいいように思えてしまう。 負担がかかる行為だから暴走しそうな気持ちを押さえ込んでいた。
 身体を重ねることさえ躊躇われる、生々しい傷跡。優しくしてあげたい。 労わるように抱いてあげたい。
 それなのに湧き上がってくる感情は反対のこと。
 激しく喘がせてみたい。もうやめてと懇願されるほどに突き上げてみたい。感じて欲しい。もっと強く!  相反する感情がせめぎあっていた。
 この感情を鎮めなければ傷つけてしまう。だから動きを止めて、ただ抱きしめた。
「相川さん?」
 急な行動に瞳が揺れる。不安の色を帯びていた。
「酷くしてしまいそうだから。少し落ち着くまで……」
「大丈夫だから。そんなに弱くないから。感じさせてよ、貴方を」
 穏やかに微笑み、抱き返してくる細い腕。その腕の柔らかな部分を強く吸い、赤い印をつけた。所有者は俺。
「好きだ……悟」
 些細な刺激も快感に変わるのだろう。指が辿る小さな刺激にも唇から声が漏れる。 その度に内壁が俺に絡み付いてくる。あまりの反応の良さに、油断したら……。眉を顰め息を詰めて快感をやり過ごした。
 もう、もたないかも……。
 情けなくもそう思う。それほど刺激的で官能的で。愛するという気持ちの相乗効果なのかもしれない。
「一緒にイく?」
 主張して張り詰めた彼自身に指を絡めた途端、ピクリと震えた。 溢れる雫を先端に塗り広げるように円を描く。次から次へと溢れる透明な液体が指を濡らした。 それを全体に絡め、ゆるゆると扱いていくと、身体が跳ね上がり、全身に力が入るのがわかる。
「……あぁ……っ!!」
 くちゅと響く淫靡な音にまで犯された彼は俺を激しく締め付ける。
「感じて 俺をっ!」
 彼の一番感じるポイントを突いて刺激を与えるたびに漏れる声。 自分ではどうにも制御できないのだろう。生理的な涙が零れ落ちる。 手の中のものを強めに上下した。
「っ……ね……もうっ!……あいかわさ…んっ……やっ!……」
 途切れ途切れの言葉が限界を知らせている。
 ギリギリまで引き抜いて一気に貫く。意味をなさない嬌声。イきたいと訴える潤んだ瞳。 快感を追おうとしてか、俺の動きに合わせて腰が揺らめく。こんな姿を見せられては……。 俺も限界だった。 激しく打ちつけ、快楽を貪りたい、身を委ねたい。キレた、のかもしれない。
「愛してるっ! 悟!」
 言葉の引き金を引くと共に彼が放ち、俺も最奥に叩きつけ自分自身を解放した。



 隣で眠る人の髪を梳くと気持ち良さそうに、そのしなやかな身体を摺り寄せてくる。

 何故俺はこんなにも彼に惹かれるのだろう。
 女なら掃いて捨てるほど寄ってきた。それこそ日替わり替えられるくらいに。 たまたまその中のひとりが婚約者になっただけだ。 それでも構わなかった。結婚しても何も変わらない、そう思っていた。
 後ろ盾が欲しいだけというのはわかっていたから。 俺自身が縛られるわけじゃない。誰もこの自由を奪えない。
 本当はそうではないと、本当は俺も誰かに必要とされていたいのだと感じたのは、 彼と出会ってからだった。
 初めて逢ったとき、飛ぶように走っていく躍動感あふれる姿に釘付けになった。
 何故かその場で終らせたくなくて、彼をファーストフード店に連れて行ったんだ。 居心地悪そうにしていた彼が急に楽しそうに話すようになって、 まるで懐いたような笑顔に心が温かくなったのを覚えている。
 それからもずっと頭の片隅に彼がいて、電話があったときはすごく嬉しくて。
 彼も同じような気持ちを抱いてくれたのかと、受話器を手に知らずに微笑んでいたのは、周りに指摘されてわかったことだ。

 そのうち、どんどん大きくなる存在を否定できなくなった。そんな自分に戸惑いもあって。でも心に染み入る暖かさが心地いい。
『君が男じゃなかったらよかったのに……』
 自分勝手ながらそんなことも思っていた。女だったらもっと自然に気持ちを受け入れられたのに、と。 押し付けることも出来ない。それでも自分の気持ちは膨らんでいく。ぶつけられない想いを持て余していた。
 あの日、銀座の店で、酔った彼の小さな呟きを耳にしなければ、もう少し穏やかに時が進んでいたのかもしれない。
 『好き』だと、でも『人のもの』だからと、だから『さよなら』だと。
 自分専用の部屋に連れ帰って、抱きしめて、キスをしたのは、試したかったから。 本気で拒否されたらそのまま眠るつもりだった。 だけど彼が心でいくらそう思っても、身体は素直な反応を示していた。 俺を好きだと、全身が語っている。その時は、歓喜の叫びを上げそうなくらいに嬉しくて。
 でも俺は彼の望みをすぐには与えてやらなかった。瞳の中に宿る問いかけ。『好き』かと。
 心では何度も囁いていた、その一言が言えなくて、苦しめている、それを知らなかったわけじゃない。 痛いくらいにわかっていたつもりだ。
 だけど俺は言えなかった。彼女がいたから。たとえ見せ掛けの婚約者でもそんな資格さえない。
 それなのに泣きそうな顔で彼は俺の口から聞き出そうとする。
『アンタにとってオレは何?』『女の方がいいよね』
 無性にいらついて夜中にも関わらず飛び出した。 はっきりと口にするには、関係を白紙に戻さなければ、そう思った。
 彼女に土下座も厭わず一晩かけて謝り続けた。 安易な行為の代償として慰謝料を請求され、それで全て済んだと勘違いしていた。
 これで迎えに行ける。言葉を届けられる。心は浮き立っていた。

 それなのに結局は彼を傷つけてしまった。俺の浅はかな考えで。
 間に人を立てるべきだったのだ。それをしなかった俺のミス。彼女の行動を予測できなかった俺の責任だ。
 警察から電話が来た時には震えが止まらなくて。 いなくなってしまうかもしれないという恐怖に、生まれて初めて神に祈り、懺悔した。
 彼がいなくなったら狂ってしまう、本気でそう思う。



「愛してる」
 手の動きを止め、耳元に囁き、瞼の上にキスを落とす。すると身動ぎし、少し微笑む。
 何か夢でも見てるのかな。俺の夢?
 耳にふうーっと息を吹きかけると微笑みが不満に変わり、煩いなあというように身体の向きを変えようとした。
「駄目だよ、こっち向いてなきゃ」
 押さえつけて移動させない。ゆっくり瞼が上がっていく。眉は顰めたままだ。
「……にしてんだよ。窮屈」
「あっち向いたら君の顔が見れない」
「邪魔する奴はどっかいけ」
 とろんとした瞳で言うには酷すぎないか?
「もっと色っぽいこと思いつかないかなあ」
 余程眠いのか再び瞼が下りていく。 眠りに落ちる最後の力を振り絞ったのか「バカ」と微かな声が聞こえた。
 大人しく規則的な寝息を立てる身体を引き寄せ、抱きしめる。
「おやすみ」
 窓からは温かな日差し。穏やかな休日。なによりも代えがたい大事な人。
 全てが平穏でと願わずにはいられない。
 この幸せがいつまでも続きますように、と。

2003.06.05


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