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寂しい兎たち 1
「兎って、寂しいと死ぬんだよ……知ってる?」 バイト先であるクラブの閉店後。客のいなくなった広いフロアーにたった1人、うずくまるように床に座り込んでいたガキは、どう見ても普通の状態ではなかった。 どこかぼんやりとして焦点の定まらない瞳に、舌ッ足らずの幼い喋り方。 そして、寂しいと死ぬ兎の話。 このまま放っておいたら、死ぬのは兎じゃなくてこいつだな…… そう直感した俺は、その晩そいつを家に連れて帰ることにした。 別にそいつを救ってやろうとか、労わってやろうとか、そんな凄いことを考えた訳じゃない。 真冬なのに驚くほどの薄着で、抱き起こした体はろくに飯も食ってないような、痩せっぽっちのガリガリ。ふわふわとしたリアリティの無い言動から言っても、こいつがクスリをやっているのは多分間違いないだろう。 他のバイト仲間に言われるまでも無く、関わらない方が良いのは俺にも分かっていた。 けど、なんとなく……放っては置けなかった。 家に着いた途端、しがみついて来たそいつを振り払いもせず抱いたのも、後腐れがない方が良いのに携帯の番号を交換したのも、連絡が来る度に会ってそいつを抱くのも…… すべて、なんとなく……その時の俺には、そいつを抱く理由なんて必要なかった。 そのうちに俺達は互いの家の合鍵を持つようになり、半同棲のように行き来して暮らすようになったけれど、それでも2人の関係は曖昧なままだった。 あいつは相変わらず夜の街をフラついてクスリに手を出す事もしょっちゅうだったし、携帯の電源を切ったまま行方不明になるなんてことも珍しいことではなかった。 俺は俺でそんなあいつに何か文句を言う訳でもなく、かと言ってあいつが欲しがっているだろう優しい言葉をかける訳でもなく、ただ擦り寄ってくるあいつを何も言わずに抱き締めるだけ。 恋人ではないから、それぞれが抱えている寂しさや哀しみを癒しあうこともなく、友人でもないから悩みを打ち明け相談しあう訳でもなかった。 俺達はただ、自分以外の温もりを感じる為に抱き合うだけの関係。 ただ、それだけのはずだったのに…… たった今、目の前で他の男に抱かれているあいつを見て、俺は自分の気持ちを初めて知った。 『なんとなく……』 そんな適当な言葉を使って俺は今までずっと自分の気持ちを誤魔化してきたけれど、それは自分というものを他人に曝け出すのが怖かったから。 曝け出した挙句、拒絶されたら…… そう考えただけで臆病な俺は、あいつに自分の本当の気持ちを伝えることが出来ずにいた。 『自分のモノでなければ、失ったって哀しくはない』 そんな風に強がって……でも本当は、次に進むことに臆病になっていた俺。 だからいつまでたっても、2人の関係は変わらなかった。 いや……変わり様がなかったんだ。 だけど今、自分の中に湧き起こってきた怒りとも哀しみとも判別しにくいこの気持ちは、間違いなく嫉妬だ。 だからこそ、今ならはっきり言える。それは…… あの晩こいつを拾ったのは、本当は『なんとなく』なんかじゃなかった。 俺はあの時、寂しそうなこいつを抱き締めて、姿の見えない恐怖に怯えるこいつを守って、そして愛しんでやりたかったんだ。 だって、俺も同じだったから。 1人でいるのが辛くて、怖くて、苦しくて。 いつも受け入れてくれる誰かを求めながら、そんな自分の弱さを認めるのが嫌で他人を拒絶ばかりしてきたけれど、俺はいつも誰かに抱き締められたかった。 守られ、受け入れられ……唯一、絶対の存在として愛されたかったし、そうやって誰かを愛してみたかった。 素直に伝えること等したことはなかったけれど、俺はいつの間にかこいつの存在をそんな風に想っていたのかもしれない。 なのに…… 「客だぞ」 「ア……キ?」 俺に気付いた男が強引に体位を変え、キョウはやっと俺に気が付いた。 珍しくクスリはやっていないらしく、普通に戸惑う様が妙に新鮮だった。 「どーして……来るって電話……きてないのに……」 あぐらをかいた男に後ろから抱え込むように抱き締められながら、キョウは震える声で俺にそう尋ねてきた。 多分、酷く緊張しているんだろう。普段から青白い顔が、まるで紙のように真っ白になっている。 「どーして……電話……」 呆然とした表情で、壊れた人形のように同じ言葉を繰り返すキョウが哀れで、俺は慌ててその声を断ち切った。 「電話はしてない。するの、忘れた」 でも、キョウの口から零れ落ちる戸惑いは止まることがなかった。 「どーして……」 まるで魂が抜けてしまったようなキョウの、空ろな声に胸の奥がズキリと痛んだ。 そして俺は、今日に限って電話を入れ忘れた自分を、心の内でひっそりと責めた。 「ふっ……」 そんな俺達の沈黙を嘲笑うかのように聞こえた笑い声に、俺の意識がキョウの背後に向けられた。 そこにはショックに呆然としている俺達とは対照的に、1人不敵な笑みを浮べた男がいた。 年は多分、俺やキョウよりずっと上。服を着ていないからハッキリとしたことは言えないけれど、その男の持つ独特な雰囲気は、一見して堅気の人間には見えなかった。 「あんた、誰だよ!」 俺は男を睨みつけ思い切り不機嫌そうに叫んだけれど、男は俺の質問に答えるどころか逆に挑発するかのような視線を俺に投げかけ、抱き締めていたキョウの肩に音をたててキスをした。 「てめぇっ!」 その態度にぶち切れた俺が男に殴りかかろうとした、その瞬間! 男の手を振り解き、キョウが俺の前に飛び出してきた。 「ちがっ!やめ……」 この細い体の、一体どこにこんな力があったのだろう? そう思ってしまうくらいの力でキョウは俺を押しとどめ、必至の形相で背後の男を庇おうとする。 そんな仕草にショックを受けた俺は、行き場のない怒りの矛先をキョウに向けた。 「放せよ!」 俺に振り払われベッドの上に叩きつけられたキョウの顔が、今にも泣き出しそうに歪むのを見ながら、俺は後悔とも怒りともつかない感情に揺れ動いたまま立ち尽くした。 きっと……男も一緒になって動揺したり怒り出したりすれば、まだ状況は違ったのかもしれない。 そうすれば俺だって恋人の浮気を攻める役か、もしくは間抜けな間男の役ぐらい引き受けてやっても良かったんだ。 けど、現実は違う。 男は怒り出す代わりに優雅な仕草で煙草に火を付けると余裕の薄笑いを浮べ、間に挟まれているキョウは何も言わず、ただ悲しそうな顔で俺を見上げている。 そして俺はそんな2人を眺めているうちに、なんとなくこの奇妙な静寂の理由が解ったような気がした。 『男は、俺とキョウの関係を知っている』 それはあくまで憶測でしかなかったけれど、多分間違いないだろうと俺は直感した。 そしておそらくキョウは、俺と付き合う以前からこの男と関係をもっていたのだろう。 でなければこんな場面で、男がこんなにも冷静でいられるとは思えなかった。 「知らなかったのは、俺だけかよ……」 そう言葉にした途端、膝からガックリと力が抜け、俺はヨロヨロと彼らのいるベッドの端に腰を下ろした。 頭の中が真っ白になり、もう何も考えたくはなかった。 男が誰なのかも、キョウとどんな関係なのかも知りたくなかった。 願わくば……夢であって欲しかった。 Copyright(c)2003- Rin=Mayumi All rights reserved |
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