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寂しい兎たち 2


このまま永遠に続くかと思えた沈黙を破ったのは、今度も男だった。
「キョウ」
その鋭い声に、細い肩がびくりと揺れた。
「こいつは何も知らないんだろう? なら、ちゃんと教えてやれよ」
俺の想像を裏付けるような男の声に、キョウはしばらくのあいだ戸惑うように男と俺の両方に視線を投げかけていたけれど、やがて諦めたようにおずおずと俺に近づいてきた。

「驚いた……よね?」

震える声に、上目遣いの怯えた顔。
今までなら守ってやりたくなった表情だけど、今なら泣かせてみたかった。
キョウのその表情に、俺の中で何かがガラガラと音を立てて崩れていくような気がした。

「なんであの時、俺を誘ったんだ? こいつがいるなら、寂しくなんかなかっただろう?
それとも俺は、こいつの身代わりだったのかよ!」
俺の問いにキョウは否定も肯定もせず、しばらくの間、ただ黙って俺をじっと見詰めていたけれど、やがて諦めたようにぽつりぽつりと話し出した。

「僕はこの……ユウジとは、もう長いこと一緒に暮らしていたんだけど……」

そんな語り口ではじまったキョウの話は、簡単に言うとこうだ。
1年程前から男の仕事が酷く忙しくなってきて、だんだんと一緒にいる時間が少なくなり、最近では会えるのは月に数度。しかも、それもほんの数時間のみとなってしまっていた。
そんな寂しさを埋めるために派手な夜遊びを繰り返したり、クスリに手を出してみたりしたけれど、空しさばかりが募っていった丁度その頃、キョウは俺と出会ったらしかった。
訳も聞かず何も言わず、ただ黙って自分を受け入れ、抱き締めてくれる俺のことをいつしか好きになり、一緒に暮らし始めてはみたもののやっぱり男のことが忘れられなくて、連絡が来る度会いに行ってしまい、結果、二股をかけるようなことになってしまっていた……

ということを、キョウは戸惑いながらも真剣に。そして、まるで祈るように両の指を組んだまま、慎重に言葉を選んで話した。
そして最後に、こう言って話を締めくくった。

「ふたりとも好きなんだ……どっちか一方だけなんて、僕には選べないよ」

真剣な顔で俺に向かってそう言ってからキョウはゆっくりと振り返り、今の発言の許しを請うように男をじっと見詰めた。

「何度も言っただろう? 俺は何があろうとキョウを手放す気はないよ」
男はそう言って何事もなかったかのように優しげに笑ったけれど、その目は決して笑ってなどいなかった。その証拠に俺に投げかけられた視線は、まるで氷のようだ。
なのに……
男のその言葉に、緊張に引き攣っていたキョウの口元が少しだけ綻んだ。

一緒にいるどころか会う事すらままならなくても、そのせいで寂しくなってクスリに手を出してボロボロになっても、キョウはこいつに惚れている。

なぜだ?

一緒にいるだけなら、俺にだって出来る。
抱き締めるだけなら、俺にだって出来る。

男と俺…… 一体、何が違うんだ?

男から視線を外したキョウが、怯えながらも答えを促すように今度は俺を見詰めた。
一緒にいてくれとでも言うようなその顔は、今までに何度も見てきた表情。
例え他の男に抱かれていても、今、目の前にいるのはまぎれもなく俺のキョウだった。

俺の大好きなキョウ……いつも大切に思っていたキョウと、俺は離れたくなんか無かった。
他の奴になんかに渡したくなかった。渡せるはずなど……最初から無かったんだ!

「キョウは俺のもんだ!」

思わずそう叫んだ俺をキョウは驚いたような顔でじっと見詰め、男は何故だか嬉しそうに喉奥で笑った。

「ならしょうがない。俺も手放す気はないから、今まで通りやるしかないな」

今まで通り……それって、キョウを2人で共有するってこと?

それを聞いた俺は男を無視して立ち上がり、キョウに向かって手を突き出した。
「一緒に帰ろう……ここから出よう」

「ごめん……行けない」
「なんで!」

薄暗い部屋にまた訪れた沈黙に、俺の中からふつふつと怒りが込み上げてきた。
そしてその怒りは男へと向けられ、睨みつけた男との間に否が応でも緊張が高まる。
そんな中、間に挟まれたキョウだけがオロオロと俺達に視線を投げかけていた。

「ねぇ……」

戸惑いを隠し切れなくなったキョウのその言葉が沈黙のバランスを崩し、俺は差し出していた手を握り締めたままふらりと男に近寄った。
ハッキリ言って、ケンカは先手必勝。
特にこの場合、相手は一矢纏わぬ丸裸。腹も急所も丸見えだ。
そんな攻撃的な気分の俺に、キョウはまた飛びついてきた。

「止めてよ! 悪いのは僕なんだ。ユウジのことも、アキのことも好きになっちゃった僕が1番悪いんだから、殴るんなら僕を殴ってよ!」

「だとさ、どーする?」
そう言った男の口調はふざけていたけれど、相変わらず目はマジだった。
キョウのこと、殴れるものなら殴ってみろ! だけど、ただじゃおかないぞ……そんな感じ。
でも、そんなことは余計なお節介だ。言われなくっても、俺にキョウが殴れるわけがない。

「うるせぇーな! ちくしょう……俺がオマエを、殴れるわけないだろう!」
「えっ?」
「だろーな……」

三者三様の言葉の後、再び訪れた沈黙。
気が付くと俺は、もう既に前にも後にも動けなくなっていた。

キョウと別れることも出来ず。
かといって、男とキョウを共有するなんてことを受け入れることも出来ず。
でも、キョウを見方にすることも出来ず……

なんともいえない嫌な空気に包まれて、俺は思わず逃げ出したい気持ちに駆られた。
取り敢えず、目の前の難題から逃げ出したい。1人きりになって冷静に考えたい。

「だからって、逃げんなよ」
まるで心の中を見透かされたようなその言葉に、俺は動揺しながらも男を睨みつけた。
「逃げねぇーよ! それにてめぇになんかに、キョウは渡さないからな!」
動揺しながらも俺がそんな憎まれ口を叩くことが出来たのは、俺の言葉に驚きながらもどこか嬉しそうな表情になったキョウのおかげだった。
二股を掛けていた奴に、まだ未練タラタラでいる自分をだらしないとは思う。
でも例え『2人とも』と前置きされても、キョウの口から初めて聞いた『好き』は、マジで嬉しかった。
だから、『渡さない』って言葉も、俺の口からすんなりと出た。

でも相変わらず男は薄笑いを浮べたまま。
よっぽど自分とキョウとの関係に自信があるのか、それとも……
そう俺がいぶかしんだその時、男が突然口を開いた。

「お前は俺の存在を知らなかったみたいに、まだまだキョウのことで知らない事が一杯あるかもしれないのに、それでもいいのか? いくら惚れてるって言っても、キョウの全てを知ってる訳じゃないだろう? 例えば……」
「ユウジ止めて! 僕、どこにもいかないから……アノコトだけは言わないで……」
突然割り込んできた声に、俺達2人の視線がキョウに集まる。
でも今度はその視線に怯えることもなく、キョウは俺達2人を冷静に見詰めた。

「僕が寂しくなると壊れちゃうのは、ユウジが1番良く知ってるじゃないか。 アキはただ……僕が寂しくて死んじゃわないように抱き締めてくれていただけなんだよ。さっきも言っただろう? 悪いのは僕なんだ。だから……罰を受けるなら、僕が受ける。ねぇ……そうでしょ? 罰せられるべきは僕なんでしょう?」
「キョウ……お前、なに言って……」
かける言葉を失う俺の横、男はイラだったように吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。

「お前が罰を受ける必要などない!」

男の今までにない強い口調に、俺は思わず固唾を飲んでその場に固まった。
けれどキョウは、そんな男にも臆することなく言葉を紡ぐ。

「でもユウジ……僕、あれからずっと辛いんだ。ユウジにも辛い思いさせちゃったのに、こんなこと言ってごめんなさい。でも、本当に悪いのは僕なのに、誰も僕を罰してくれないのはとっても辛い。
だから今、せめてこの罪だけでも償いたいんだ」

罪と罰。その聞きなれない言葉に、俺はもう既に何がなんだか解らなくなってきていて……
そんな俺の握り締めたままだった拳に、キョウはそっとキスをした。

「こんな僕のこと、大切に思ってくれてありがとう。僕もアキが大好きだよ。でもね、僕はユウジのことも大切なんだ」
キョウは俺にそう告げるとくるりと振り返り、
「それにずっと感謝してる。多分、死ぬまでずっと……」
そう男に告げた。

「感謝の気持ちなんてなんていらない。俺が欲しいのはお前自身だけだ」

そう言った男が寂しげに見えたのは一瞬の事で、男は次の瞬間にはキョウの腕を強く引き寄せ、体ごと膝の上に抱え込むとその脚を大きく割り開いた。
「やっ!!」
「嘘付くなよ。ここ触られるのは好きだろ?」
慌てて足を戻そうとするキョウと、男の間で小競り合いが始まる。
けれど男は慣れた仕草でキョウの動きを封じると、挑発するように俺に視線を投げかけてきた。

「いつまで突っ立ってる気だ? こいつが好きならオマエもこいよ!」

「ほら」と無防備な姿のまま差し出されたキョウの中心が、羞恥で小さく震えている。
けれど男の腕に囚われ生まれたままの姿をさらすキョウは、官能的以外の何者でもなかった。
羞恥に色づいた肌にも、戸惑うように向けられた視線にも、俺のオスが煽られる。

「なぁ……この場合、罰を受けるなら3人とも同罪だって思わないか?」
男はそう言うと、俺に向かってキョウの体をさらに誘うようにぐいと反らせた。

「アキ……」

キョウのその声は助けを求めるものだったのか、はたまた俺を誘う為のものだったのか。
俺はその時、すでに分からなくなっていた。
分かっていた事はただ1つ。キョウを抱きたいってことだけだった。




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