◆吸血鬼の住む館〜4◆
「オレ、吸血鬼と逢っちゃった」 なあなあ、ノノムラ……、そう呼びかけられ、いつものように何?、と相手の言葉を待っていたノノムラはそれに続いた言葉に呆気にとられてしまいました。 「友達になったんだ」 「……誰と?」 「吸血鬼」 「きゅうけつき?」 「ん。そう!」 一拍遅れて口にされたノノムラの鸚鵡返しにヒビキが満面の笑みを浮かべました。 ヒビキの笑顔は好きです。輝くばかりの笑顔は見るものを虜にし、幸せな気分にしてくれるのですから。 だからと言って。 吸血鬼……。 ここは「へぇー!」と大袈裟に驚いた振りをすべきなのでしょうが、しかし話の内容と照らし合わせてみてもそのノリに付き合うのは無理と判断しました。 なんといっても信憑性に欠けています。狼少年真っ青です。 ありえねえ……。 これなら隣のアイカワさんちでライオンを飼い始めたという方が驚き甲斐もあるというものです。ありそうでなさそうな感じが必要なのだと、ノノムラ的には力説したい気分でした。 「そんなこと言ってる暇があったら数式のひとつも解いたら? ていうか、俺が休みの間のノート、ちゃんと取ってくれてるんだろうな?」 サラリとかわしたノノムラに不服そうにヒビキが口を尖らせます。 「あー、信じてないって感じ?」 「信じろという方が無理です。ホラ、ノート貸せ」 流行性ウイルスにかかっていたノノムラはずっと家に閉じ込められていた為、ここしばらくヒビキとは顔を合わせていませんでした。 アカデミーへと来るのも一週間ぶりなのです。そこでいきなりの話題がこれでは……。はっきり言って、彼が欲しいのは輝く瞳で聞かされるおとぎ話ではなく、一週間分のノートなのです。 「すっごい綺麗なんだ。やっぱ、人とは違うなー」 自分の世界に入ってしまったヒビキは、遥か遠い彼方を見つめています。 「それって架空の生き物だろう?」 仕方がないので相手をすることに決めました。 気がすむまで話をさせて。それからでないと親友の話すら聞きそうもないからです。いつものパターンに嵌ってる自分に、苦く笑ってしまうノノムラです。 「そ、れ、が、さっ! いるんだって。本物。目なんかビームが出そうなぐらい怖くて、睨まれると固まっちまうんだから。間違いなく石になるな、アレを受けたら」 つか、睨まれた本人はこうして生身で生きてんじゃねーか。 彼の独り言は届きません。 変わりにはぁと溜息を零し、 「そりゃ髪の毛が蛇ってヤツだと思う」 やんわりと諭すに留めました。 それも想像上の産物でしかないのですが、ヒビキにあわせるとどうも話がとんでもない方向へと向いてしまうようです。 「いや、だからそうじゃなくて。吸血鬼だって言ってるじゃん。何度言わせるんだよ、ノノムラぁ〜」 「いるわけねーし」 「だってオレ、見たし。触ったし、……あんなことまで、……」 ポーッと頬まで赤くしたヒビキにノノムラが眉を顰めました。 今の今まで冗談だと思っていたのです。 ただの作り話につき合わされているだけだと。 それなのに……。 「お前、行ったのか…? 吸血鬼の館」 ノノムラの声音が変わりました。 誰も近づかない不気味な屋敷。 吸血鬼が住んでいる……。 その噂をノノムラだって知らないわけではありません。そこにヒビキがどういう経緯で行ったのか……、そこが気になりました。 好奇心に満ちているとは言っても冒険や探検に憧れるほどには子供ではなく、 むしろ危険な場所には近づかないという慎重さを持つ友人だからこそ、何故という疑問がグルグル回ってしまうのです。 打って変わった真剣な瞳に、しかしヒビキは様子を変えません。 「ホラ、お前だって吸血鬼って言った」 無邪気な親友の揚げ足取りに、手にしていた教科書が彼の頭に炸裂しました。 「っ痛ーっ!!」 「アホかー。吸血鬼の館ってのは名称だろっ」 心配なのです。 どうしようもなく、胸騒ぎがしたのです。 そんなことを知りもしない親友は少しぐらいの痛い思いは我慢すべきだと、ノノムラは思いました。 暴力ではなく愛のムチなのですから。 「つか、なんでお前そんなところに行ったの?」 「うぅ。お前が熱出したから、お見舞いに行こうと思って」 「でもその日、お前来なかったじゃん」 ノノムラが知りえた事実に彼は言葉を失くしました。 即ち、彼が休んでいた時、お見舞いに来ようとしたヒビキが近道としてあの森を通ったこと、 そこで館の主と出逢い、言葉を交わす間柄になったこと。 結局、夜遅くまで一緒に過ごしていてノノムラの家には寄ることが出来なかったこと。 それ以来、屋敷に出入りしていること……。 全てを聞き終え、 「もう行くな……」 その一言だけを告げました。 「嫌だ」 「行くな!」 取り殺されるぞ。 さすがに言葉にはしませんでしたが、そんな気がしてならないのです。 吸血鬼の存在など信じてるわけではありません。しかし不気味な館なのは確かですし、人が住んでいると聞いたこともないのです。 確か、空き屋になっていたはずなのですから。 なんとなく血色が悪いのは? 病み上がりは自分の方なのに、まるでヒビキがそうであるかのように、疲れがみえるのは? 吸血鬼だと言うのは本当なのか……? そんなことを考えながら、じっと見つめてくるノノムラにヒビキが首を傾げます。 その首のあたりに、赤い痣。 これは牙の痕というより、 キスマーク……? ますます怒りが湧いてきます。この怒りの根源がなんなのか、ノノムラにもわからないところですが。 「これからだって絶対に行かせねえ」 低い声音で断言するノノムラにヒビキがポツリと言いました。 「だってオレ、恋してる……」 あの人が好きだと。 ノノムラにはわかってほしいと、ヒビキはそう言いました。 だからと言って何事もなかったかのように振舞えというのでしょうか。 「っ、馬鹿なこと言ってんじゃねえよっ!」 思わず荒げた声にヒビキがビクッと首を竦めました。 ヒビキが遊びでそんなことを言わないことぐらい、彼にだってわかっているのです。 本気だからこそ、そして目の前にいるのがノノムラだからこそ、ヒビキは好きという言葉を口にしたのでしょう。 同性同士の恋愛が珍しい世の中ではありません。 法でも認められているし、現に彼の恋人は男性で、しかも恋愛真っ最中の甘い時を過ごしていたりするわけですから。 しかしそれとこれとは別問題。 ノノムラの彼氏は数ヶ国語に通じ、外交に長けた、とても優秀な人物なのです。 中身は少々難アリかもしれませんが、それでもうまくやっていて、相思相愛の仲で。 だからヒビキに言いたいのも男だからということではなく、また地位がどうのというのでもなく、ただ相手が誠実であるかどうか、そこに尽きるのです。 第一、人間かどうかもわからないなんて。 吸血鬼なんだと平然と笑うヒビキの神経も疑ってしまいます。 俺がいない間、逢ってたって言ったな……。 変なクスリとか盛られてるんじゃねーだろうな……? そんな最悪なことは考えたくもありませんが、相手が得体の知れない不気味さだけが漂う、あの館の主人と聞いては――。 それでも認めて、頑張れよ、と笑ってやるべきでしょうか……。 答えは――? 「今日も行く気か?」 「今日は行かないよ。あの人、いないし……。出かけててまだ帰ってこない」 「どこに……?」 「そんなのいちいち聞かないよ」 聞けよ! そういうのはさりげなく探りを入れるもんだろっ! お前、浮気されるタイプだな! 立て続けにツッコミを入れるノノムラ。しかし口にすれば、逆につっこまれそうだったので黙っていました。 ちなみに自分の場合は、問うよりも先に相手が全て話してくるので聞いたことはありません。 そこに嘘は紛れていないと信じているから、 そんな信頼関係が築かれているから、彼はとても大事な人だと胸を張って言えるのです。 そしてまた、対極にいる親友への想いも恋人と同じぐらい強いものなのだと、ノノムラ自身気づいていました。 例えるなら放っておけない弟のような感じ。 だからこそ心配で。 「まっすぐ帰るんだな? 一歩も外に出ないな……」 「帰るよ……。あ、久々にチョコパン食べながら帰ろっか?」 彼の煩いまでの念押しにも意を害することなく、ヒビキが明るく答え。その微笑に、ノノムラも厳しかった口元を緩めました。 一緒に帰り、家まで送り届け、ノノムラは図書館へと向かいました。 相手が吸血鬼なら……。 初めは信じていなかった吸血鬼が恋人説ですが、ヒビキの一週間前とは明らかに違う様子を目の当たりにしてしまえば、 いくら現実ばなれしているとはいえ信じないわけにはいきません。 疲れがとれないのも、血色が悪くなったのも、痩せてきているのも。 全て血を吸われているから、そう考えれば合点がいきました。そしてそんなことが出来るのは吸血鬼だけ。 あの人に恋してる……。 そう言って目を伏せたヒビキの顔が浮かびました。 ヒビキに、あんなに切ない表情をさせる男を認めてやれと? 答えは、 否。 消す……。 ノノムラはギリッと奥歯を噛み締めました。 自分がやらずに誰がやる。どんなことをしても、この親友を救ってみせる。 まずはどうやったら倒せるのか……、だな。 決心を新たに、目の前に積まれた数十冊という文献の一冊を開き調べ始めたのでした。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 「ヒビキ、いますか?」 「あら、ノノムラ君。ヒビキね、出かけてるの。熱っぽいから寝てなさいって言ったのに、知らない間に出かけちゃったのよ。どこに行ったか知ってるかしら……。そうしたら帰るように伝えて欲しいんだけど」 母親が心配そうに瞳を曇らせるのを見て、ノノムラはいよいよ決行する意思を固めました。 今日はアカデミーが休みなので見張るつもりでヒビキの家まで来たのです。それなのに先を越されたとは……。 「俺、連れ戻してきますから」 固い口調で宣言すると、ヒビキ母の頷きも目に入れず足早に背を向けました。 まずは家へと取って返し、準備をしなくてはならないからです。 ニンニク、十字架、刺さったら確実に死に至らしめるだろう長い釘。 加えて、忘れてならないのが聖水。一番大きな教会で聖水を瓶に詰めました。 その他にもノノムラ的小道具を麻のリュックに詰め込み、いざ出発。 晴やかな空。 穏やかな日差しが降り注いでいます。 こんな日に吸血鬼がその生涯を終えるのです。 それがなんだか相手に情けをかけているようで、少しいい気分のノノムラです。 悪人にも五分の魂……。感謝しろよ? 意気揚々と歩き、 「正義は勝つ!」 高らかに宣言し、仁王立ちしたノノムラの前には、噂の館がそびえ立っていました。 |
2005/04/01
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