◆吸血鬼の住む館〜5◆
どこに行かれたんだ……。 まったく、と溜息をひとつついたのは王子の側近である青年でした。 本来、国政関係の書類に目を通しているはずの執務室はもぬけの殻。 そういえば…、と、 隣国であるメイ国の第一皇女アキ姫の誕生パーティ出席の為に出かけた昨日も、朝から酷く機嫌が悪かったことを思い出しました。 おかげでお祝いどころの騒ぎではなかったのです。 禍々しいまでのオーラは華々しい席を空々しいものにし、相手国の王様にまで気を使われるという緊張感漂う場にしてしまったのですから。 一緒にいた青年は王子のそういう姿には慣れていたし、 姫君も幼い頃より知っているので面白そうに見ていましたが、初めての人々にはさぞや恐ろしい人物と映ったに違いありません。 重厚なデスクに近寄り、書類を置くと、空いたままの椅子を眺めました。 心当たりがないわけではないのです。王子の動向を知らずして何が側近と呼べましょう。 しかし、その王子に心惹かれている人物がいることまではわかりませんでしたが。 またあそこか……。 と、ヒダカは顎に指を当て、考えます。 すぐにでも承認の必要な案件がいくつかあり、このままでは窓口である自分が周りから煩くせっつかれてしまうと思うと。 迎えに行くしかなさそう……。 主の不機嫌な顔を思い浮かべ、それを消し去るように小さく二度三度と首を振ると、もと来た廊下を戻っていったのでした。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 館。 ヒビキが時間通りに館のドアノブを回すと、ちょうどシノブが二階から降りてくるところでした。 いつものようにランプが灯されており、ほのかに揺れる光がシノブの姿を照らします。 今日も黒主体のスタイルに変わりありませんが、袖口や襟元に金刺繍の縫い取りがされていました。 その盛装といった趣に、純粋に恰好いいと見惚れてしまい、それからハタと気づくのは自分の身なりが質素だということ。 ボロではありません。不潔でもありません。 ただ、シノブとは明らかに違うのです。動きやすさを重視した、シンプルな生成りのシャツにカーキ色に染められた普通のズボンでしたから。 「シノブ、かっこいい」 へへへ、と笑顔を見せても、視線は落ち着きなく彷徨わせていて。そんな彼の様子にシノブが手を差し出しました。 「おいで」 近づくとふわりと抱き込まれました。そして彼の体温がヒビキの心を宥めてくれるのです。 シノブにはどんな恰好でも関係ないと言われたようで少し嬉しくなってしまいました。 「すぐに出かけるが、いいな」 「ピクニックというより舞踏会…って感じだね」 背中に腕を回し、己の額を首筋にぐりぐりと押し付ける甘ったれた仕草にシノブがフッと笑いました。喉の振動や低音が心地よく響いてきます。 このまま出かけたくないと思いましたが、そうもいかないようでシノブが言いました。 「逢わせたい人がいるから。……まともな格好じゃないと周りが煩い」 まともな服がそれならば自分のはどうなのでしょう。そのあたりが気になって、シノブを見上げて、口を開こうとした、まさにその時。 「覚悟しろっ! 吸血鬼っ!!!」 バタンと壊れんばかりのドアの音、それに続く腹の底から振り絞ったと思われる大きな声。 声にならない悲鳴をあげ、ビクッと身体を強張らせたヒビキの前にシノブが庇うように立ちふさがります。 ヒビキから見えるのはシノブの背中。しかし声は確かに聞き覚えがありました。 「ノノムラ?!」 「ヒビキ! こっちに来い!」 殺気立つノノムラにはいつもの穏やかさはありません。 「落ち着けよ! 何してんだよ? ビックリするじゃん」 ノノムラの方へと歩いて行こうとしたヒビキの腕をシノブが掴みました。引き寄せ、左腕で抱えるように抱きしめて。 それを見てノノムラはまた気色ばみます。 「そいつを放してもらおうか」 「誰の許可を得て入ってきてる……?」 フンとノノムラは鼻を鳴らすと、吸血鬼の分際でほざくな、と声高に言い放ちます。 片眉をあげたシノブ、右手が剣にかかりました。 「やめろよっ!」 親友と大好きな人との間に立ち上る剣呑な雰囲気に、ヒビキが叫びました。ノノムラを説得しなくては……、その一心で。 「な? ノノムラ……やめよう。オレ言ったよな? オレの気持ち、お前に言ったよな! だったらわかれよ! こんなことするなよ!!」 「煩せえ。人間なら考えてやる。だけどお前が妖怪に、なんて考えただけでゾッとするんだよ。だったら傷の浅いうちにそいつを消す!」 「オレ、もうなっちゃってるからっ! 覚醒してないけど、仲間だから!」 言い返せば言い返され。 「仲間なんかじゃないっ!」 「きっと次の満月でオレも…。だから消すとか言うなよっ」 当人同士としてはごく真面目な、真剣な言い合いが続き…。 しかしそれに終止符を打ったのはノノムラでした。 「あー、もうっ。お前と話してても埒が明かないんだよっ! おい、吸血鬼! 覚悟しろっ!!」 言うや否や、用意してきたリュックから大きな十字架を取り出したのです。吸血鬼必殺アイテム。ひっ、小さく息を飲んだ音は誰のものなのでしょう。 ぐっと力を込めて神聖な十字架を突き出すノノムラ。 息を止め、全精神を傾けて。 力尽きてしまえ! 呪いの言葉も念じつつ。 そんな時間の過ぎること、 一秒、二秒、三秒……。 誰もが、え?と思った時、 「何の覚悟をしろ……と?」 思い切りクロスを翳されていたシノブの低音が響き渡りました。 彼の射る様な眼差しに、足が竦んでしまい……。それでも親友の為、腰を抜かすわけにはいかずに踏ん張りました。 「こ、これならどうだ!」 苦手とされるニンニクを投げつけました。それを面倒くさそうに軽くキャッチしたシノブは、眉根を寄せて足元に落しました。 「じゃ、これだっ!」 極めつけの聖水も浴びせかけましたが、これも効果なし。全く。 変化は、といえば。服に水を掛けられた相手の怒りが、ここに踏み込んできた比ではないように思えました。 なぜ効かない?! 冷汗が背筋を流れ、額にブワッと浮き出てきては、もはや平常心を保つことも難しく。 「いい加減にしろよぅ」 巻き添えを食っているヒビキの声も聞こえません。 ヤバイ、やられるっ! 落ち着け、俺!! ヒビキが言っていた目からビームが出るというのは本当かもしれない、 この威圧感は普通の人間が持っているとは到底思えませんでしたから。ノノムラは震えそうになる身体に力を込めます。 だけど! 負けてたまるか! 「………………あとは杭で心臓を打つのか?」 すっかりお見通し。 これでは近づく前にやられてしまうのが関の山。剣に手を掛けたまま口の端を上げるシノブに、ノノムラは気丈にも睨み返しました。 その前に相手の息の根を止めてやる。 奥の手があるのです。 寝ないで調合し、組み立てたもの。それをセットしてから踏み込んだのですから。絶対の自信を持って。 「まっ、まだまだ、これならどうだっ!!」 最後の手段。 ズボンの後ろポケットに右手を差し入れ、掌に納まるほどの小さな機械を取り出しました。 見ればずーーーっと彼の後ろにそれは続いていて。 「神に厭われし闇の者よ! 真っ白な灰となり、果てのない闇の世界へと消えうせろっ!」 カチリ。 押されるスイッチ。 寝ないで考えたキメ台詞。 満足げな微笑みがノノムラの頬に浮かびます。 一秒、二秒……。 バーンッという激しい音とともに、天窓と思われる天井が、そしてホールに面していた大きな窓全てが吹き飛んだのでした。 |
2005/04/01
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