酷い男 5


 次の日、早速、浅岡からオーダーが入る。
 ちょうど春久がバイト先に顔を出した時に電話があり、春久を確認してのご指名だった。
 指名制度はないけれど、店としては売り上げ第一。春久は新規顧客開拓に一役買ったことになり、満足感が込み上げる。
 ついでにその近所にポスティングしてこよう……。
 数十枚のチラシを持ち、声も明るく配達に出る。
 浅岡の家は配達圏ギリギリの場所。三十分掛からずに届けた。



 それからほぼ毎日のように注文があった。
 いつも春久を指名してくるから今じゃ章正に続いて有名人のよう。 高木は彼をアサオカちゃんと何の捻りもなく呼んでいたりする。アッキーとどっちがいい男かと訊かれた春久、 即座に章正と応えたが、よくよく考えると浅岡も女性に人気がありそうだと思った。



 十日ほど連続で注文があっただろうか。ある日、映画の券を見せられ行こうと誘われた。
 ちょうど見たいと思っていたものだったから、迷いながらも頷いた。章正の友人ということも、見ず知らずの他人ではないという安堵感をもたらせていた。
 出かけたのはバイト終わりでも間に合うレイトショー。
 無理に誘ってごめんと恐縮され、欠伸でもしようものなら飽きさせまいとしているのか、芸人の物まねまで披露されて。
 そんな優しさが心に沁みてくる。
 それからも度々誘われるようになり、春久も初めの堅苦しさはどこへやら。よく一緒に出かけるようになっていた。

〜 〜 〜 〜 

 章正のアパートに行くのは週一回。掃除や洗濯、食事の支度などをして過ごす。十時まで待ち、帰ってくれば一緒に食べるし、帰ってこなければそのまま帰る。 それ以外はたまに足として使われることはあるけれど、ほとんどが部屋と学校とバイトの往復の日々。
 虚しいとか寂しいと感じないわけではないけれど、深く考えることをとうにやめていた。
 いつか元に戻れる……、淡い期待が彼を支える。
 いつも壊されていても。たとえその繰り返しでも。
 そしてその度に己に無理に言い聞かせるのだ。ただの習慣と考えればいいと。章正の為の。春久の想いは全てそこにかえってしまう。
 そんな中で浅岡とのひと時は、安らぎといえるものだったのかもしれない。



 そしてまた二週間ほどが過ぎ。
 本格的に寒さが増してくる季節のある日、欲しいDVDがあるということで一緒に買いに出かけた。
 とは言ってもいつものようにバイト帰りの春久である。 既に十時を回り、明日に響くような遊び方は出来ない。当然彼らの時間は限られてくるが、浅岡はそれも気にならないらしい。
 都心のショップに出かけ目的のものをさっさと買うと、ふたりは春久の最寄り駅まで戻ってきた。
「あそこのつくねが一番美味しいと思うんだよな。まだ時間平気だろう? もう少し付き合ってよ」
 自分の住んでいる場所とは正反対の浅岡が、こうして春久の家近くまで戻ってきたのは彼自分がそう言ったから。
 移動時間も楽しんでいるような素振りに、春久もまあいいかと思う。家に帰る距離は遠くより近い方がいい。 そんな単純な考えが頭を掠める。

 彼が言った「つくねのうまい店」は駅からすぐの小さな焼き鳥屋だった。章正の家に来ると時々ここに来るのだそうだ。
 浅岡は話術が巧みで春久が話しやすいようにうまく誘導してくれた。そのせいか春久も構えることなく喋ることができる。
 それは章正とでは叶えられない時間。
 少し悲しくなった。
 だけどそんな思いなど吐き出せるはずもなく、春久はビールとともに一気に飲み込んで、浅岡の話に耳を傾ける。
「でさー、今度どっか行かない? 水嶋の好きなところでいいよ。休みあるんだろう?」
「休みなんてないよ。ほとんどバイト入れてるから」
「えー。でも、一日ぐらい……」
 不服そうに言い、俯いた。
 まるでデートを断られた男のような肩の落し方に、春久は不思議に思う。
 章正の持つ刺々しさがない。甘さが際立つ彼ならば特定の彼女がいてもおかしくはない。
 なぜ自分なのだろうと。
 彼女がいないにしても、誘うならば女の子の方がいいのではないか?  ……章正がそうであるように。
「変なの。僕じゃなくてもいいだろう? 女の子いないの?」
「癒しオーラが出てるから、こっちの方がいい」
 すかさず返される。
 わけがわからず小首を傾げると、
「いまの刺さった」
 胸を押さえ苦しげに彼が呻いてみせる。
 過大な演技に春久が笑う。すると、彼も弾けた笑みを零した。
「浅岡さんっていい人だよね。格好いいし面白いし」
「俺をいい人なんて言うと後から後悔するぞ? でもカッコイイのは当たってる」
 モデルのようにポーズをつけてみせる。
 穏やかな時間だと思う。
 心は軋まない。痛くもないし辛くもない。だけど少しだけ違うと感じてしまうのは、彼が章正じゃないから。
 そう、彼じゃないから。

〜 〜 〜 〜 

 十二時近くの路地裏は暗く、人がいない。心細いけれど走れば十分と掛からないで部屋までつけるだろう。
 口に出さずにそう考えていると浅岡が、
「送ってく」
 言った。
「いい。電車なくなるから君も早く行ったほうがいいよ?」
「なーんだ。つまんないな。……じゃあ、ここで。バイバイ」
「さようなら」
 笑顔で、さようならと……。
 背を向けようとする春久の腕が急に取られ、身体が傾いだところを胸に引き込まれた。
 見上げる。
 外灯が暗いせいだろうか?
 浅岡の表情に暗い影が映りこんだように見えたのは。
「どうしたの?」
 口を開けば、そんなことを訊いていた。
 彼の手が春久の頬に触れて。
「好きだ」
「何、言って……? 僕は……」
 強張る身体はその先を否定する。
 けれど、優しさに飢えた心は……。
「男だろうと関係ない。それとも章正のことが忘れられない? 便利に使われてるんだろう?」
 言い難そうに告げる言葉が身を震わせる。
「章正が言ってた。あいつ便利だからって」
 春久を傍に置くのは、例えるなら彼が便利グッズと同レベルに過ぎないからだろう。
 そんなこと知ってる。
 だけど言葉にされるのは残酷だと思った。
 幸せだった思い出まで崩れてしまうから……。
「僕と章正はただの友人だから。章正の名前が出るのがよくわからないな。今日は楽しかった。有難う」
 動揺を見せないように、声が震えないように。強く目を見て、少し笑って春久は心を今に留める。
 そうでなければきっと立っていられない。
 自分の足元が崩れ落ちる感覚に漏れ出る悲鳴を、きっと止められない。

2005/01/14

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