酷い男 18
「好き……大好き……ハル……」 今まで伝えられなかった想いが一気に溢れてしまったかのように、口づけの合間に章正の言葉はとめどなく流れる。 「ハル……」 今日一日でいったい何度、この名を口にしただろう。 「ハル……」 こんなにも己の声は優しい声をしていただろうか? こんなにも己の声は慈しみ溢れる声をしていただろうか? そして思い知る。 どれほど彼に恋焦がれていたか。 どれほどこんな風に想いをこめて呼びたかったのか。 胸を締め付けてくるのは、長い間、自分の心と向き合うことが出来なくて偽り続けていた想い。 愛しい……。 この人が……。 こんなにも愛しくてたまらない。 「ヤバイ……。キスだけじゃ物足りねえ……」 章正に強く抱きしめられ、春久は瞳を閉じて身を委ねた。いいよ、という承諾の印。 拒むことなど出来るわけがなかった。 忘れたはずの彼の匂い。忘れたはずの彼の温もり。忘れたはずの全て……。それが、いとも簡単に蘇ってしまうのに。 熱い吐息まじりに囁かれれば、身体が、心が歓喜に震えてしまう。 「ふぁっ……、あ」 耳朶を弄り、甘噛みされ。くちゅり、と耳の中に入る舌先にたまらずに声が漏れる。 「ここ、弱いんだよな……」 そういいながら、耳の後ろから項に鼻先をすりつけ何度も往復した。そして同じ道を舌先が辿る。 首を竦め逃れようとするが、力強い腕に拘束された状態ではそれも敵わずに。 息を吹きかけられ、舌が這う。 「く……ふっ……ぁ」 その度にゾワゾワと皮膚が粟立ち、春久は身悶えた。 濡れた皮膚が空気に触れ、ひんやりとした冷たさを帯びた。それすら気持ちいいと感じてしまう。 真冬の室内で、暖房もつけ忘れるほど今していることに夢中になっている。寒さなど感じなかった。燃えるような熱さしか。 手際よくシャツをはだけられ、舌が肩から鎖骨の下あたりを舐め、指先は胸の敏感な部分を摘む。そして捏ねるように動かされた。 思考にもやが掛かっていく。 「あ、あ……」 再び、春久が震えた。 「春久、抱きたい……。いい?」 今までこんな風に確認をとることなどなかった章正である。冷たい態度をとることしか出来なかった。 その反省も込めて、覗き込む。 春久の返事を待つ間、無性に落ち着かない。それでも急かしたりはせず、じっと待つ。 一点の曇りもない澄んだ瞳に見つめられ、 「……章正がすることなら嫌じゃない……」 小さい声ではあったが、強い意思が告げられた。 今はただ、抱き合って。温もりを分かち合っていたい。きっとそれは春久も章正も同じなのだろう。 だからそれ以上は、もう何も言わせないように唇で相手のそれを塞いだ。 ちゅっちゅっと触れ合うだけの軽いキスを交わすふたり。 けれど、すぐに深いものへと変わり。 唾液を飲み込み、舌を絡め、吸いあう。淫らな音を響かせれば、もう欲望に身を任せるしかこの火照りを止める術はない。 春久の滑らかな白い肌が行為の時には、ほのかに色づくことを知っている。 そこに今、己のものではない印がついていた。 章正は胸の奥がジリジリと妬けつく感覚を覚えながらも、強く吸い付き己の新たな証を刻みこんだ。 まだ春久が気づいていないから。そしてこれからも気づいて欲しくないからだ。 この肌に赤い痕をつけられるのは、ただひとり。自分だけでいい。 「あぁ……ん…っ」 小さく立ち上がった突起を舌先で弄り、わき腹に上へ下へと這わせる掌はむき出しの腿へと移動して、春久を煽る。 足の付け根までは擦るけれど、触れて欲しいだろうソコには手を触れない。 もどかしく揺れる腰。 甘く零れる吐息。 「ふぅ……ぁ……っ、アキ」 この先を強請るように、春久の両手が強く章正を引き寄せた。 張り詰めたものが当たる。 「勃ってる……、待ちきれない?」 「ねえ、さわっ……」 羞恥に頬が赤みを帯び、切なく潤む瞳も艶やかしい。 それが可愛くて、少し苛めてみたくもなるのだが、感極まったような濡れた声にもそそられて、 くそっ、可愛すぎるじゃねえかよ……。 そんなことを小さく毒づきながらも己と春久の着ていたものを全て取り去った。 充分に育ったモノに手を添えた。ビクンと震える身体と、彼自身。先端から滲み出る液を塗りこむように指の腹で広げてやると、堪えきれずに声が上がる。 「あ……っ……、あぁっ」 「可愛いよ、ハル」 耳元で囁けば背がしなる。ぽろぽろと涙が零れていく。 「アキ…好き……好き」 熱に浮かされたようにそればかりを繰り返す春久。それが切なくて、宥めるように口づけをした。 「俺も、好きだよ」 腰を押し付けあいながら、息を荒げながらの告白は、なんとも甘酸っぱい気分にさせる。セックス覚えたてのような。まるで青春まっさかり。 それでも、今までが苦すぎたのだからこれもいいかな、と章正は思い直した。 「そろそろいく?」 こくこくと頷く春久はもういっぱいいっぱいのようだ。 顎を微かにあげ、快感を追うように眉を寄せ、少し開いた唇からは甘い吐息とともに声が漏れ出る。 掌で作った筒の中で擦り上げて。 「アキマサ……あぁ」 「やべ。色っぽすぎ……。俺もいっちゃいそう」 キスを落せば、潤んだ瞳に見返される。ゾクッときた。 春久がいない時にこの表情を思い出せば、すぐにでもいけそうな、扇情的な光景。 今も充分に危ない状態だったが、なんとか耐え、春久を高めることを優先する。 「ふ……っ、く……ああっ……も」 滑るそれを、強弱をつけ上下した途端、春久のものが弾けた。 〜 〜 〜 〜 「すごく気持ち良さそうだった」くくっと笑うと、まだ呼吸の整わない春久が睨みつけてくる。 「そんなこと言うな」 「なあ、俺も……」 「ひぁ……」 そんな少し色気とは程遠い声を出したのは、ここ、と章正の指が密やかな部分をつついたからだ。 フッと章正が笑う。 放った液を指先にすくいとり、縁の部分をゆるりと撫で回して。かと思えば、つぷつぷと差し入れたり。 片手が春久を解そうとしている間も、キスは欠かさず、もう片方の手で感じるポイントを撫で擦る。 それらは決して性急な動作ではなく、繋がるための作業をどこか楽しんでいるようだった。時間をかけるのも厭わないというように。 行為の時にはいつも使用していた潤滑剤も、使われなかった。 「あ……あの。アレ、使わないの?」 その方が手っ取り早いし、気の短い彼ならすぐに出してきてもおかしくはないのに。 不思議に思った春久は、おずおずと問いかけてみる。 買い置きがあることは知っていた。 今日の記憶ではなく、以前に掃除をしていた時に見つけ、素知らぬ振りをしたことがあったからだ。 自分と切れた後でもそんなものがあることに、呆れと、いいようのない感情が胸に渦巻いたこと覚えていた。 しかし章正は首を振った。 章正にしてみたら、今は浅岡を思い出させるようなものはこの部屋にいれたくないの一言に尽きた。 春久には、まだ納得のいかないような顔を返されたが、それでいいと思う。知らせる必要はない。 「だから少し辛いかもしれないけど……。嫌か?」 「……ううん。だけど」 辛いのは章正の方ではないか、春久はそう思いながらも曖昧に頷いた。 「じゃあ、いいよな?」 肌を重ねれば、その温かさに心までほんわかと明りが灯る。がっついていたのが嘘のように、目を合わせて微笑みあった。 そのうちうつ伏せにされ、根気よく解される。 舌先で唾液を塗りこめられると、思わずといった声がでるのを止められなかった。 それがまた章正を喜ばせていたとは知らずに。 「ふっ、あっ……ああっ」 指をひくつく場所へ埋め込み、弱い部分を押すように行き来すると、堪らないという風に春久も身体をくねらせ応える。 「は――っ、アキ、アキッ、」 「うん。ここにいる」 確認すると、安心したように笑う春久。 愛しさがこみあげる。 「ハル、愛してる」 鼻にかかる声が悩ましく、きゅっと締め付けてくる強さに、章正は己のものにも血流が集まるのを感じて唇を噛んでやりごす。 腰を高くひきあげ、己のものをあてがった。初めは悪戯のように、先走りに濡れた先端でつつくだけ。 慣らしたときと同じようにゆっくりと時間をかけ、押し開く。 春久自身に快感を与えると僅かに緩む、その隙にぐいと埋め込んだ。 「っ……くっ、キツ」 「はっ……」 あまりにのキツさに呻く章正。春久もしきりに呼吸を繰り返し、受け入れようとしていた。 ひとつになって、しばらくそのままでいた。互いの呼吸を合わせるように静かな時間が流れた。 そうしてるうちに、馴染んでいくのがわかる。自分の形そのままを覚えているかのように。 章正は涙が滲みそうになった。快感……、というわけではなく、この人が自分だけのものだとわかるからだ。 久しぶりのそこは、章正のそれを熱く包み込んでくれた。 「俺、すぐに駄目かも。……気持ちいい」 感無量とはこういうことをいうのだろうか。今までにない昂揚感を得ていた。 そしてそれは春久も同じだったのかもしれない。 背筋に沿ってキスを落されると、章正を迎えている圧迫感の他に確かな疼きを感じて。 「……ぁっ……あ、あ……どうしようっ……、気持ちいい」 困惑ぎみに春久は表情を歪め、髪を振る。 「いいよ、いっぱい感じて」 章正の声に応えるように、内壁がうねる。歓迎するように、奥へ奥へと誘う。 「動いていい?」 小さく頷く春久を視界に認め、少し動いてみた。もちろん春久のポイントを掠めることは忘れない。 腰を回したり、小刻みに動かしたり。そうするのが好きだと知っているから。 滑らかな肌が少し汗ばんでいる。しっとりと掌が吸いつくような感覚が好きだった。とても気持ちいい。 「ああっ……や、……っ」 「どうして欲しい? 教えて、ハル」 腰を打ちつけながら、春久のわき腹に指を這わせた。擽ったそうに身を捩る春久だが、嫌なわけじゃないのだ。それどころか、より甘い刺激となり。 「ああ、あ、あ、もっと……深くっ」 「こう?」 「アァ――ッ!」 言われるままに、ギリギリまで引き抜き、深く突き上げた。途端に上がる嬌声。横顔からは流れる涙が見えた。 何かが、理性とか常識とか、おそらくそんな類のものがプツリと切れたのを感じる。脳の一部が麻痺してしまったのだろうか。 もう止められない。あとは抜き差しを繰り返すだけ。 章正の荒い息と、うわ言のように上がる高い声。身体のぶつかりあう音に混じる淫らな音。それらは次第に激しさを増していく。 春久の中は熱く、蕩けそうな快感。昂りすぎて眩暈を起こしそうなほどに。 「アキッ……、もっと突いて、激しくして!」 淫らに求める春久に、章正は戸惑う。 こんな彼は新鮮で。いつもは委ねられるだけだった。どちらかというとマグロ状態に近く、されるがままだった。 それが今は激しく揺さぶり、もっともっとと熱に浮かされるように誘われているのだ。 くちづけを交わし、差し入れた舌で口内を嘗め回す。からませ、吸い上げ、甘く噛み。 「後悔するなよ」 犯すかのごとく、激しく突き上げる。 まるでただの動物のように、ひたすらグラインドを繰り返す。 汗が滴り落ちた。 「あぁ、あ、あ……、っん、……もう、や……んぅっ! イっ!」 縋るものは枕しかない春久が、両腕で抱え込みながら、顔を埋めて快感に全てを委ねる。 すでに限界だった。どちらも。 目の前の細い肢体が震える。 噛み殺せない呻きが章正の口元から零れ落ち。 それからすぐに華奢な身体を抱きしめながら己を解放した。 |
2005/06/04
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