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いつも一緒に10 〜理央の気持ち〜
月曜日、理央の機嫌はすこぶる悪かった。 春休みだが部活がある為、次の日も朝から学校に来ていたが、 ちょうど同じ時間に校門で会った和人に声も掛けない。 「おはよう。どうしたの?」 爽やかな笑顔の和人に、 (この能天気ヤロー)心の中で毒づく。 ふんっ、と思いきり方向転換し、ひたすら無視して自分の部室に向かった。 「昨日から無視されてばっかり」 理央の後ろ姿を眺めながら、苦笑が漏れる。 (なんで怒ってるんだろう。何か約束したっけ?) そこで、やっと不機嫌の訳に辿り着いた。 「約束! ……あ、電話!!」 追いかけようとして、部の仲間に「早くしろよ」と名前を呼ばれた。携帯を取り出し、素早くメールを打つ。 とりあえず謝るのが先決だ。 機嫌を損ねたままだと、もう、あの『電話待ってる』の素直な理央に会えないかもしれないから。 ごめんなさいを十回書き連ねて、送信した。 休憩時間中、謝り倒した甲斐あって何度目かのメールの後返事が戻ってきた。 許してやる、と。 よかったーと安堵の息をついたのも束の間、その直後に来たメールに青くなった。 『今度約束破ったら別れる』 このメールをにやにやしながら打ってるとは露程も思わず、何が何でも理央との約束は守ろうと心に誓っていた。 「なんで折角の土曜に試合なんてやるんだよ」 朝からぶつぶつとチームメイトに不平不満をぶちまけているのは和人。 二人とも部活が忙しく平日は会えない日が続いているのだ。 そして久々の土曜も他校との練習試合の為、潰れている。 「あんなに応援団がいるんだから、もっと機嫌よく試合しろよ?!」 先輩レギュラーが羨ましそうに顎で指した先に見えるのは、カラフルな衣装のチアリーダーらしき軍団。 「別にああいうのいらないから、休みを下さい……」 レギュラー降りれば休めるかもよ? という先輩の言葉に大きく首を振り、慌てて否定した。 子供の頃からボールを蹴ってきた。ボールコントロールには自信があし、MFとして試合を組み立てるのは楽しい。 何より、名門扇学園でレギュラーの座にいるのは誇りなのだ。 和人は気分を入れ替え、アップを開始した。 そんな会話がなされた数分後、 「和人はどこだ?」 理央は真琴と環を連れて、こっそり試合を見に来ている。 環と真琴はすっかり仲良しに戻り、クラスでの虐めも無くなったというが、今度は、いかに真琴の兄達がかっこいいかが噂になっているらしく、それはそれで話題の中心に居ることに変わりないようだ。 ただそれについて答えるのは環の役目で、大人しい真琴は自分から話を振る事はない。 どうやら、環は真琴のマネージャー的役割に活路を見出したらしい。 二人の子供を従え、着いたサッカー場は人で溢れかえっていた。 9割が女性である。しかも横断幕まで掲げられている始末だ。 そこにある文字はもちろん和人を応援するもので。 (何が『和人様』だよ、ばーか) 知らずに表情が曇る。 「あ、りおうちゃんいたよ、にいちゃま〜〜〜!!!」 真琴の視線の先に、校庭の隅で柔軟をしている和人が見える。 真琴の声に和人も気づき、吃驚した様子で走ってきた。 「驚いた。理央くん、来てくれたの?」 「ああ、真琴が行こうっていうから。ところでオレ、サッカーってわかんないんだけど」 「ルールなんか知らなくてもいいよ。僕を見ててくれれば。僕だけを応援してね」 『だけ』を強調し、にこにこと答えを待っている。 「はいはいはい、わかったから早く行けよ」 しっしっと追い払うような手の仕草。 そんな理央に微笑みを残し真琴と環の頭を撫でながら、じゃあねと再び走って戻っていった。 和人が来たことで、皆の視線を一身に浴びていたがそんなことは気にならず、むしろ誇らしい気分だった。 優しい微笑みも、穏やかな口調も、暖かい抱擁も、全て自分のもの。 羨むほど美しい人が恋人なんだから。公表は出来ないけど。 センターサークル付近で両校選手が並んで審判から注意を聞いている。 「和人ぉー、頑張れよ〜!」 出来る限りの大声で叫び、それに真琴も環も続く。 思ってもみなかったその声援に和人は嬉しそうに手を振り返し、自分のポジションへと走って行った。 試合自体は、ゲームメークをしている和人の的確なパスとセンスで、常に相手陣内で攻め続けるという有利な展開だった。 驚異的なスタミナで縦横無尽に走り回る和人。 普段の穏やかな表情は消え、厳しい顔つきで各ポジションに指示を出している。 その姿は野生動物を思い起こさせた。 (かっこいい) 改めてそう思った。 初めて見た違う一面に胸がキュっとなった。 キスされて、ぎゅっと抱きしめられた時に感じた時と一緒の感覚。 今になって思えば、勢いで告白した時はたいして思い入れはなかった。ただあまりにも頻繁に逢うから『赤い糸』を想像してしまっただけで。 その時には感じなかった全く別の新しい気持ち。 見てるだけで、苦しくて 呼ばれる度に、嬉しくて 見詰められると、ドキドキして いつの間にか、学校でもその姿を探してしまう理央がいた。 (オレどうしちゃったわけ?) コレが恋人に対する感情なのだろうか? 深い思いに取り込まれそうになるのを無理やり心の隅に押しやり、ゲームに集中した。 「和人! 決めろーーーっ!」 その言葉に後押しされるように、放ったシュートは見事ゴールの片隅に決まり、結局、対抗試合は三対〇の扇学園勝利で終わった。 その間、会場は異常に盛り上がり、黄色い声援が途絶えることはなかった。 その後、興奮気味の理央他子供二人と一緒に霧生邸に戻ってきた四人。 エリカが用意してくれた夕食を共にし、和人と理央は環を送りがてら、理央の家前まで来ていた。 「ごめんな、疲れてるのに送らせて」 「一人で帰らせたら何時になるかわからないでしょ?」 にこやかな和人。 いい加減、もう道は覚えていたが反論するのは止めにした。 言い争うほどのことでもない。 じゃあ帰るねという和人の腕を掴んだ。 だがそれは無意識で。すぐに手を離した。 「今日は抱きしめなくていいのか?」 俯き加減にぼそぼそと喋る理央に苦笑し、 「理央くんは僕を試してるの?」 「えっ?」 「僕はいつだって君に触れていたいよ。その先にも進みたい。でも君もそう望んでくれないとダメなんだ」 彼に抱きしめられるのは嫌いじゃない。 いや、好きなほうだと思う。 最近は自分から胸の中に入っていきたいぐらいだ。だが、そう考える自分にいつも戸惑いを覚えていた。 (この先って……? この先ってぇーーーー。セセセセセセック……ってことだよな) その言葉を脳内変換するのも厭われる程恥ずかしい。恋人になるということはそういう行為も含むものだ。 その時が来たら、自然と出来るのだろうか? 妄想が膨らめば膨らむほど顔は真っ赤に、無口になってしまう。 辛うじて出た「ごめん」という小さな呟きに、 はぁっと溜息が聞こえ、「焦らなくてもいいから」と優しく抱きしめられた。 次の日も和人は北海道に飛んだ。 今度は前の日に清家に連絡済みだ。 会ってくれるように三十分だけ時間を貰ったのだ。 理央との事を許してもらうために。 一緒になりたいと。 じっと和人の話しを聞いていた史朗は、一言だけ尋ねた。 「理央も同じ気持ちなのか」 理央のはっきりとした答えは貰っていなかった。だけど同じ気持ちの筈だ。和人はきっぱりと言った。 「はい」 「来週の日曜日に一度戻る。その時に理央も含めて話しをしよう」 「有難うございます」 深くお辞儀をして、明るい気持ちでその場を離れた。 (やったよ、理央くん!) 早くも勝利のファンファーレが高らかに鳴っていた。
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