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いつも一緒に9 〜和人の気持ち〜


 理央との生活を手に入れる為、周りを固め始める和人。
 理央の母恵子はなんなく陥落、和人の父隼人、母エリカ、弟真琴も諸手を上げての大賛成。
 特に和人の母は理央の袴姿にハートを射抜かれたらしい。
 残るは理央の父史朗である。
「君のお父さんはいつ帰ってくるの?」

 いつものように理央の家で寛いでいる和人である。 この家のキッチン状況はすっかり把握済みだ。 どこにどんな皿が仕舞ってあるかなど、理央より知っているに違いない。
 恵子と理央の分も含め、三人分のコーヒーを手にテーブルについた和人は、 次のターゲットに狙いを絞るべく情報集めに余念が無かった。
 ありがと――、とカップに手を伸ばし、恵子が答える。
「まだ先になると思うわ。少なくともココ一ヶ月は帰らないんじゃないかしら。忙しいみたいだし」
 史朗は、独立してコンサルティングの仕事をしている。主に扱うのは流通系の経営コンサルティング業務だ。 現在手がけているのが、北海道の大手スーパーの新規店舗の開店準備である。 土地の見定めから始まり実地調査、取り扱い商品の選定等、仕事に追われ三ヶ月間一度も戻ってきてはいない。
「そうですか」
 がっかりした様子の和人に、
「いいじゃん。そんなに焦らなくっても」 暢気に理央がクッキーに手をのばしながら言った。
「理央くんは僕と暮らしたくないんだ?」
 ジロリと横目で睨まれ、否定も肯定も出来ない。
(うぅぅぅぅ。困った。……とりあえず)
「そんなことないよ」とだけ、かろうじて口にした。
 その答えでも満足がいったのか、和人がにっこり笑い、そうだよねと上機嫌だ。 そんな彼を複雑な表情で見ていた。 理央にだって、一緒に暮らしたいのか暮らしたくないのかなんてわからなかったのだから。 ただ、和人の性格上、決めたら突っ走ることはわかっていた。 だからどっかにぶつかって止まるまで待つしかないのだ。
(落ち着くまで走らせとこ)
 しばらく静観することにした。



 それから学校のある日は時々一緒に帰ってきたり、 休みの日は買い物に出かけたり、お互いの家を行ったり来たりと過ごしていた。
 初めて、真琴を連れてきた時の母の硬直ぶりは、和人との初対面の比ではなく、 じっと見詰めたままの恵子を怖がって泣きそうになったぐらいだ。
 だが、素直な性格の真琴のこと。
すぐに慣れ「りおうちゃんママ」と可愛い声で呼び、恵子は相好を崩しっぱなしだった。

 それから、真琴も和人にくっついて理央の家に来るようになり、 今も、母と二人、和室でゲームに夢中になっている。
 理央と和人はリビングのソファに並んで座っていた。 目の前のテレビの中ではアイドル歌手が歌っている。
 理央はこんな生活でいいと思い始めていた。
(そうだよ、何も結婚なんて言い出さなくても)
「なあ、和人?」
 なに? と振り向く和人は、いつもと同じように嬉しそうで、幸せそうで。
 その顔を見ると何も言えなくなってしまう。
「楽しいか?」
「うん、楽しいよ。理央くんがいると幸せなんだよ」
「そか……。よかった」
 不思議そうな顔の和人に微かに微笑むと、横から抱えるように、頭にあごが乗せられた。
 抱きしめられるのは大分慣れた。
 心地いいとさえ思う。瞳を閉じて、そのまま温もりを求めた。
「理央くん…… 理央……りおう……」
 耳元で振動する囁くような声。
 いつもと違う呼び方。
 感じたことのないほどドキドキして、腕から抜け出した。
 和人の瞳には、普段は見せない「熱」が浮かんでいる。
 そっと顔が近づけられ、唇が触れた。
 かずと ─── 言葉は唇の中へ。
 幾度目かのキスの後、開放された。
「どうした?」
 それには答えず、理央の心配げな瞳に自分を映し、また強く抱きしめた。
『しばらくこのままでいて』
 和人の呟く声が響く。
 テレビから聞こえる流行の曲が終わり、次の曲が流れ ───
 それが終わる頃、やっと身体が離れ、和人の表情はいつもの穏やかなものだった。
「そろそろ帰るよ。暗くなると真琴が怖がるから……。真琴ーっ!」
 呼ぶと栗色の髪をふわふわなびかせ走ってくる。
「じゃあね、理央くん。明日は逢えないけど、電話するから」
「オレ練習あるし。どっちみち逢えないだろ? ……電話、待ってる」
 つれない恋人から出たその言葉に、和人は眼を瞠る。
 感動で吼えそうになるのを押さえ再び強く抱きしめると、『じゃあね』とドアに向かった。 その後ろを真琴がぴょこぴょこ跳ねながら付いていき、 途中で振り返ると、
「りおうちゃん、りおうちゃんママ、さようなら」 と礼儀正しくお辞儀をして後に続いた。
 その姿に二人してデレデレになったことは言うまでも無い。

 理央と別れた和人は、考えに耽っていた。
(明日……)
「にいちゃま?」 くりくりとした瞳で真琴が見上げている。立ち止まったまま真剣な表情の和人を心配したのだろう。
「なんでもないよ。早く帰ろうね」
 優しい微笑みを浮かべ、真琴の手をとり家へと急いだ。



 日曜日、理央が的を射ている頃、和人は機内にいた。北海道行きの便。 今朝早くネット予約をしたのだ。日曜日といえども春休みだ。キャンセル待ちも覚悟したが、幸いすんなりと確保できた。  昨日までは和人も父史朗の帰りを待つつもりだった。
 それから話しをしても遅くはない、と。
 だが、昨日、理央を抱きしめて感じたのだ。限界を。鉄壁の理性が崩れるのもそう遠くはない。理央を抱きしめる度、既に軋み始めている。
(逢ってくれるだろうか?)
 史朗の居場所は、予め、恵子に確認済みだ。
 アポも取らずに空港に降り立った。タクシーに開店準備で忙しいであろうスーパーの場所を告げる。 空港から走ること二十分。 外観は出来ているようだが、まだ工事車両が動き回っていた。
「ここでいいですか?」
 止まった所は、スーパーから少し離れた道路の隅。料金を払い、目的の人物を探す為、近づいていった。
(あの人かな?)
 大きな声を出し現場に指示を出している、がっしりとした体格の人物に目を止める。 史朗は四十五才の働き盛りだ。恵子とは十才の年の差があり、和人の両親のような友達感覚の夫婦というより、大きな包容力を感じさせた。 史朗を前に、理央は恵子似だと改めて思う。 若々しい恵子と理央は姉弟のように見えるほど仲がいいせいかも知れない。
「あの?! 清家さんですか?」
「そうだけど。君は?」
 鋭い眼光は理央が時に見せるソレとよく似ていた。
「少しお話があるのですが。お時間ありませんか?」
「話? 無理無理。危ないから帰ってくれるか」
 にべも無く断られ、じゃあと携帯の番号を紙に書いて渡した。『十八時の便で帰るから、それまでに』と。 受け取った紙をポケットにくしゃっと仕舞い、背中を向け、また指示を飛ばし始めた。
「お願いします」と後ろ姿に丁寧に頭を下げ、和人もその場を後にした。
 スーパーの近くで時間をつぶしながら、出るのは溜息ばかり。
(難関だ……)
 厳しそうな人だった。世間の常識っていうやつが行く手を阻むかもしれない。 本日何度目かわからない溜息が漏れる。

 あっと言う間に時間は過ぎ、時計を見ると既に五時をまわっていた。
 そろそろ行かないと飛行機に乗り遅れてしまう。 力なく、立ち上がりタクシーを捕まえると、空港へと向かった。 搭乗アナウンスが響き、そう多くは無い乗客に続いて、和人もゲートに入る。 握り締めたままの携帯の電源を落として。


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