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いつも一緒に11 〜もつれた糸〜


 史朗はここ数日ずっと悩んでいた。
 毎夜、繰り返される悩みの原因。もちろん彼が愛する家族のことだ。
 単身赴任中の小さなアパートの一室て、イライラとタバコを手に取り、落ち着かせるようにふぅーーっと大きく吸い込んだ煙を吐き出した。
「理央と一緒になりたいだと?!」
 誰もいない部屋に史朗の低い声が木霊する。
 しかしよく二度もこんなところに来たものだ。北海道まで来た和人が脳裏に浮かぶ。
 柔らかな雰囲気の礼儀正しい少年だった。ただの友達なら、一も二も無く「仲良くしてやってくれ」というところだろう。
 だが、内容が内容だ。はいそうですかという訳にはいかない。
 もう一つ煙を吐き出し、史朗は自分の人生を振り返ってみた。
 結構、真面目に生きてきたと思う。学生時代も不良じみたこともせず、親が喜ぶように勉強もした。社会に出てからもギャンブルに打ち込むことなく、 家族を守る為にがむしゃらに仕事に打ち込み、養ってきた。 人から後ろ指さされるような事や自分自身でも後ろめたい事など何一つないのだ。
 ただひとつ無茶をしたのは、未成年だった恵子と一緒になったことぐらいだ。
(そういえば、あの時も恵子の両親には反対されたな)
 親に心配をさせるのも遺伝してしまったのだろうか。昔に思いを馳せ、ふっと苦笑した。
 それにしても。
(よりによってなんで相手が男なんだ)
 親の欲目であっても理央は可愛いし、相手などいくらでもいる筈だ。和人も然り。
 何故わざわざ後ろ指を指されるような真似をするのか、史朗には理解出来ない。
 出来れば、可愛い女性と恋に落ちて子供をつくり幸せな家庭を築いて貰いたい。自分のように。
 それが父の思い描く幸せの構図だった。
 幸せの定義とはどういうことを言うのだろう。
 人それぞれ違うのではないだろうか。
 一般的な尺度で測れないものもある。それが恋というものだ。
 だが世間の常識が史朗を囚えていた。



 約束通り、日曜日に戻ってきた史朗の前にきちんとスーツを来た和人が座っている。
 その隣には普段着で仏頂面の理央。
 和人が理央の家に来る前に、父親から北海道での出来事を聞いたのだ。
 彼は北海道に行くなど、一言も言っていなかった。
 『自分に内緒で、事を進めようとした』 それがどうにも気に入らない。
 和人の気持ちなどこの際お構いなしだ。
 まるで子供のように、そのことだけが理央の頭の中を占めていた。
「理央、おまえはどうなんだ?」
「オレは結婚なんて。別に今のままの友達でも」
 投げやりなその言葉に『友達?』 小さく呟く声が聞こえ、ハッとして横を見ると、和人の表情にはいつもの優しげなそれではなく、呆然とした表情が浮かんでいた。
「君と理央とはだいぶ感情の温度差があるようだが」
 和人は黙ったままで。
「友情と愛情を勘違いしただけじゃないのか?」
 やっと出てきた言葉は「わかりました」の一言だった。
「失礼します。今日はお時間を取っていただき有難う御座いました」
 常に礼儀正しいのは厳しい家の躾だ。席を立ち丁寧にお辞儀をすると、リビングのドアに向かう。
「かず……と?」
 理央の声に一瞬躊躇したようだったが、振り向くと小さく微笑んで「さよなら」と。
──さよなら? ってどういうことだよ。いつもそんなこと言わないのに。
──じゃあねって笑って行くだろ?
 いつもと違う和人。不安で押し潰されそうになる。
 理央はこのとき自分が言ってはいけない事を言ってしまったと初めて気がついたのだ。
「和人っ!!」
 追いかけようとした理央を父の声が引き止める。
「待ちなさい!!! 男を追いかけるのか?! 友達ならまた明日あえるだろう、学校で」 
(和人は……和人は……友達なんかじゃない!)
「アイツはオレの恋人だ。だから追いかける。手を掴まないとどっかに行ってしまうっ! そんな後悔はしたくない。だから追いかける!」
 この言葉を一番聞かせたい人は既に出て行ってしまった。
 早く伝えなければ、手遅れになりそうな気がする。

「和人!」
 玄関を飛び出し、走る。走る。走る。
 だが、一足先に出たその姿を見つけることは出来ずに。
 ケイタイの電源も切られている。
 明日学校で直接話すしかなかった。きっとわかってくれる。そう信じていた。


その日、夢を見た。
前を歩く和人。
『和人!』
振り向いた和人は力なく微笑んで、どうしたの? と首をかしげ、理央が走ってくるのを立ち止まって待っている。
『僕は、友達としてよろしく……なんて言えないんだ。だから理央くんが友達って言うならもう逢えない。 いつも一緒に居たいんだよ。でも理央くんはそうじゃないでしょ?』
もう、さよならなんだよ ──

その言葉が耳の奥でこだました。
──何故そんなに焦る? 結婚しようなんて
──付き合ってくれって言い出したのはオレの方。なのにそこまでオレに固執するのは何故?

『さよなら』
感情の篭らない言葉が突き刺さる。
『待って……! ちがっ……どうしてそんな――』
飛び起きた理央の瞳からは止めど無く涙が溢れ、引き攣るような嗚咽が静かな部屋に響き渡っていた。
──いなくなってしまう
──イヤだ!
 いつも理央の傍にいて、微笑んでくれていた人。彼の傍は暖かくて心地よくて。
 既に心の大半を占めてしまっている優しい和人。

 普通の友達に戻りたいわけじゃない。
   ただ、今のままでいいと思っただけだ。
 それが「友達」という言葉を使っただけでこじれてしまった。
 たったその一言で幸せから突き落とされる。

 恋するものには一番残酷な言葉。あまりに普通の言葉だったから――。気づくのが遅すぎた。



次の日下駄箱にいる和人に声を掛けた。
「和人!」
 振り向いた和人はいつもの笑顔だった。
 嬉しくなった理央はすぐに走り寄り、「おはよう」と。
 いつもの和人に見えた。
 だけど。
 おはようと答えた和人は理央を待たずにそのまま自分の教室に向かう。
「待てよ!」
 慌てて後を追いかけ、右腕を掴んだ。
 振り向いた和人からは小さな溜息がもれ、
「なに?」
「何って。 あ、あの、昨日のことだけど」
「友達のこと?」
 頷く理央に、和人が続けた。それは夢の中と一緒で。
「僕は君と『お友達付き合い』は出来ないよ。わかって欲しい。 僕は好きな人に振られて『ハイそうですか。これからはいい友達で』なんて出来るほど、 いい人じゃないんだ。
 それに理央くんは僕といつも一緒にいたいとは思わないんでしょ? 君のお父さんの言う通り、 温度差があるのかもしれないね。だから───。もう一緒にはいられない」
「でもっ!」
その時、
「霧生くん! 英語でわからないところがあるの。教えてくれる?」
 声をかけてきたのは和人と同じクラスの女子生徒。
 和人は穏やかな微笑みで彼女にいいよと答え、理央に向き直ると、
「腕、離してくれる? 変に思われるよ?」
 表情を変えずに告げた。
 その言葉は表情とは正反対に冷たくて、理央の手には、より力が篭る。離すまいという意思の表れ。
「離して……」
 和人はその手の上にそっと左手を添え、一つずつ指を解いていく。
 理央の瞳に最後の指が離れる瞬間がスローモーションのようにぼんやりと映っていた。
――さよなら

 顔を上げると和人と女子生徒が並んで教室に向かうところで。
 一度も振り返らない和人。
 その後ろ姿が拒絶を示しているようで、胸がキリキリと締め付けられる。
 もう、あの暖かい温もりや優しいキスを受けることはないのだ。自分だけの和人はいなくなってしまった。
 今や大勢の中のヒトリだ。そう思うと叫び出しそうで。
 ぐっと噛み締めた唇から血の味がした。


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