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いつも一緒に14 〜 理解 〜


 新緑が目に眩しく感じる頃、史朗は、自分の手がける北海道のスーパー開店を無事成功させ、我が家へと戻ってきていた。 それでも次の仕事が控えている。自宅の近くに事務所を借りている史朗は毎日缶詰状態で、単身赴任とほぼ変わりない生活だった。 その忙しい合間を縫って、理央は父の約束を取り付けたのだ。
 約束の日曜日。
 黙ったままの父を前に、ひたすら理央と和人は頭を下げ続けた。
「お願いします」
「駄目だ」
 やっと沈黙を破った言葉はやはり否定の言葉。
「考えてもみなさい。第一、男同士で何が結婚だ。しかもまだ高校生だろう? やるべきことはたくさんあるじゃないか! 世間的にも顔向け出来ない」
「勉強ならちゃんとやってる! 世間も関係ないっ。これはオレ達の問題だ! それなら」
 熱くなっている理央を和人が手で制した。
 それ以上言ってはダメだよ。瞳がそう語っている。理央はその後の言葉を目の前の日本茶で無理やり飲み込んだ。  実は、この家族会議が開かれる前に、理央は和人と約束をしたのだ。
 家を出るとか相手を厭う事は言わないと。
 これが他人なら、構わないだろう。ただ、理央の大事な父親だ。未来をふたりが笑って過ごす為には、認めてもらうしかない。
 和人は今日が駄目でも許して貰えるまで、何度でも父に会うつもりだった。
「自分達だけの問題ではないんだよ、理央。結婚というのは家と家の関係でもある。親戚だって関わってくるんだ」
 再び沈黙が場を支配する。
「それに……。いろんな問題があるだろう? 第一、お前はここを出て、霧生くんと一緒に住むのか?」
 頷く理央に向かい、
「父さんだって出張が多いんだ。母さんがひとりになってもいいのか?」
 それを聞いていた恵子が口を挟んだ。
「ちょっと待って、お父さん。私がひとりになるからって反対してるの? そんなの迷惑だわ! 子供に頼ろうなんて思ってないんだから。私はひとりで住めないほど弱虫でも年寄りでもありませんっ! まったく何よ、さっきから聞いてれば。 世間って何? 世間なんか関係ないの。私達が考えなきゃいけないのは、理央の幸せよ。一般的な尺度じゃ測れないものだってあるでしょう? 同性同士でもいいじゃないの。 嫌になったら別れればいいわよ。 その時、この子達は傷つくかもしれないわ。でもそれはそれ。 ね、 簡単なことでしょう? 親に反対されることが一番辛いのは、私も貴方も分かっていることじゃなかった?」
 話し始めたら、止まらない。そして史朗の弱点は恵子だった。 恵子が理央の味方についているのは大きい。苦々しく思いつつもひとまず史朗は引くことにした。 話が終わるまで口を挟めた試しがないからだ。
「家と家との関係? そりゃそうだけど、それならちゃんとご両親も交えて話せばいいじゃない?」
 そろそろかしらね、と時計に視線を向ける恵子のにまにました表情が物語っているもの。
 理央が訝しげな視線を向けた時、

 ピンポ〜〜ン

 三時五分前にインターフォンが鳴り、「はいは〜〜〜い」と恵子が軽やかに和室を出て行った。
「りおうちゃんママ、こんにちわ〜」
 真琴の元気な声が聞こえてくる。それに続いて、「いらっしゃい、真琴ちゃん。今日も可愛いわね〜」陽気な恵子の声。
 さあ、どうぞ、という声と共に姿を現したのは、和人の家族だった。
 黒に近いダークグレーのスーツに身を包んだ隼人、春らしいクリーム色のスーツのエリカ、ゆらゆら揺れるイヤリングとネックレスはお揃いのプラチナだ。 隼人もエリカもどちらも誂えたものだろう、身体にぴったりと合っていた。
「お父さん、どうして?」
 和人も知らされていなかったらしい。それは困惑の表情に見て取れた。
「清家さんから、和人達の事で話し合いたいと連絡を頂いてね。 そろそろ顔合わせもしないといけないと思っていたところだったし。 それに和人、こういう大事な話は大人を交えなければいけないね」
(さすが、母さん。やり手だ……)
 理央は母の様子を伺っていた。かなり満足げで、嬉々としてキッチンにお茶を入れに行っている。
 家族会議の行われている部屋、そこはリビング脇に設えられた八畳の和室で、真中に大きめの長方形の座卓が置いてある。 隼人等が来る前は、一番奥の座に史朗が座りその正面で和人と理央が話し合いをしていたのだが、 隼人とエリカが来たことで、理央と和人は端により正面座は和人両親の位置となった。
「はじめまして、清家さん。私、和人の父・霧生隼人といいます。こちらは妻・エリカ。そして弟の真琴です」
 丁寧な挨拶に、史朗も挨拶せざるをえなかった。真琴はキッチンに走り、恵子と一緒にお菓子の選択をしているようだ。
 楽しげな声が響いてくる。
「清家さんにまずお詫びしなければいけないことは、私どもが 既にふたりの話を聞いているということです。 わずかでも、貴方がその事を不快に感じているなら、どうか許していただきたい」
 座卓に手を付き、頭を下げる隼人を史朗が遮った。
「いや、そういうことはいいのです。ただ私は。……あなた方は、 高校生のしかも男同士の交際についてどのようにお考えですか?」
 本当は少しだけ、除け者にされたような気がしていた史朗だが、先に謝られては落ち着くしかない。 しかも北海道への出張だった。ここで臍を曲げるのは大人気ないことはわかっている。
「私は息子を信頼してますし。もちろん理央君もです。今までのふたりを見ていて、 困るようなことは起こっていないと思いますよ」
 ねぇ……、とエリカに視線を向けると、 それに微笑みながら、「そうですわ」と柔らかく答えた。
「ではあなた方は二人の関係を認めると?」
「もちろんですよ。私は理央君が好きですし、妻もです。素晴らしい息子さんですから。 ……もし、世間が後ろ指したとしても、彼らなら乗り越えていけると信じています。 それでもこの日本が住み難いというなら、妻の故郷に移住させてもいい。 ふたりが望むなら……。ただ闇雲に反対して別れさせるのではなく、 私達はどんなことしても、この子たちを守ってやりたいのです」
「一本吸っても構いませんか?」
 タバコを手にとり掲げて見せ隼人に了解を得ると、深く吸い込んだ。
 黙って一本吸い終わると、もみ消し、
「理央、お前はどうなんだ?」 数日前と同じ質問を繰り返す。
「オレは……。オレも一緒にいたい。もう友達とか言わないよ。大事な人だから。 ……ゴメンね、父さん。オレは父さんの望む結婚は出来ないんだ。 和人と一緒に居ることがオレの幸せだから。 他に恋人はいらない。和人だけいればそれでいい」
 和人の手が理央の膝の上の手に重なる。嬉しそうな恋人に柔らかな微笑みで返す理央。
 その様子を見た史朗は大きく息をつき、理央と和人を交互に見ながら口にした。
「そうか。わかった。ふたりの交際を認めよう」
「有難うございます」
 和人が大きく頭を下げ、理央もそれにならった。
「父さん、有難う」
 恥ずかしそうに礼を言った理央に史朗も頷き、「お前が幸せそうだからな」と小さく呟いた。
「清家さん、有難う御座います。理央君たちの今後はこれから話しあっていけば良いかと」

「さあ、話しはひとまず区切りましょうよ。コーヒーを入れましたからね、楽しいお茶の時間にしましょ!」
 人数分のカップを盆に乗せ、恵子が笑顔満開で姿を現した。 その後ろから真琴が、クッキーの盛り合わせを持って付いてくる。
 みなさんどうぞと可愛らしく薦め、
「りおうちゃんはにいちゃまのお嫁さんになれるの?」
 和人の首に纏わりつき、真琴が二人を交互に見て問いかけた。
「そうだよ、理央くんは僕の大事なお嫁さんだからね。真琴もうーんと甘えていいんだよ」
「……その嫁っていうのはやめろよ」
 そう、その言葉は正しくない。だが、脳が幸せ菌に冒されている和人に何を言っても無駄なのだ。
 理央の冷たい視線にもにこにこと嬉しいねーと連発している。
 そんな二人を史朗以外の3人は微笑ましそうに眺めていた。
 一方史朗は、
「ところで、今後のことだが。とりあえず、付き合いは認める。だが、一緒に住むのはまだだ。 いいな! 入籍もまだ。といっても養子になるんだろうが」
 爆弾投下。今までの気分が急降下だ。とたんにブーイングが起こる。
「なんだよー!」
「なんだじゃない。お前まだ十六だろ。高校二年になったばっかりで何言ってる。 とりあえず、一緒に住むのは大学に合格してからだ。だが、週末の外泊は許してやってもいい」
 これが史朗の思いっきりの譲歩案だった。
 許してもらった手前、これ以上ぶつぶつ言うわけにもいかず、渋々ながら了承するしかなく。 隼人もエリカもこの件に関しては、史朗の案に不平を言うこともなく聞き流していた。
 そんな時、
「りおうちゃんパパ、りおうちゃんをぼくのにいちゃまにしてくれてありがとう」
 真琴が史朗の隣にちょこんと座り、くりっとした瞳で見上げている。
 最終兵器登場だ。
「あ……そうだね。真琴くんが理央の弟になるのか……。そうか……」
 一撃。真琴の頭を撫で、すでにデレデレになっている。
 もしかしたら、はじめから真琴を使えば。そう思ったのは理央だけではなかったようだ。
 和人の「あ」という小さな呟きがそれを物語っていた。


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