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MISSION 〜テディベアを救出せよ〜



         清家 理央 様

                          』
 消印のない手紙。

 直接ポストに投函されたものだ。裏に『from K』の文字。
 悩まずともそれが誰なのか、とっくにお見通しだ。理央は、手紙を片手に、はぁ、と幾度目かの溜息をついた。
「理央?! さっき、和人君来たわよ。一時間ぐらい前だったかしら。またいつものようにお茶でもと思ったんだけど、用があるってすぐに帰って行ったわ」
 もうつまんないの、と理央の母は、リビングに立ったまま眉を顰め、手紙を見詰めている息子に話しかけた。

 今、理央が見ているもの。それは写真だった。そこに写っているのは、理央の部屋に置いてあったテディベア。
 かと言って、彼がテディ好きかというとそうではなく、 母が趣味で買い集めているものだ。可愛い物好きの母は、通販雑誌に載っていたこのヌイグルミが気に入り、即購入。
 しかし置き場に困り、勝手に理央の部屋をテディ部屋にしているのだ。
 もちろん、黙って置かしている訳は無い。理央にはそんな少女趣味など無いのだから。
 だが、部屋から何度放り出しても、次の日にはまたちゃっかりと一番見栄えのするテレビの上に鎮座しているテディを見つけるのだった。
 すっかり諦めムードに入った理央は、追い出し作戦を変更し、テディの居候費用として月千円の小遣いアップ権を手に入れたのだった。

 そのテディベアが ───

 何処かの椅子にグルグル巻きにされ、手紙には丁寧な地図と『MISSION テディを救出せよ!』 の文字、タイムリミットは午後五時。後一時間だ。

「和人のやろー、また何か企んでやがる。拉致りやがって。オレの小遣いどうしてくれるんだよっ」

 テディ誘拐の犯人は、本人も判っている通り、霧生和人。
 中高一貫教育の扇学園の中等部からの持ち上がりで高等部に上がった和人と、市立中学から難関を突破し外部入学した理央。
 同じ高校に通う同級生である、そしてまだキスさえしたことのない彼の恋人。
 時々、彼は、こうして理央を退屈しのぎのゲームに付き合わせるのだ。
 次期生徒会会長と噂の高い、成績優秀、眉目秀麗の和人にダメもとで告白したのが、一ヶ月前。
『付き合って欲しい』と。
 それが少し吃驚した表情をした程度で、あっさり「いいよ」の返事を貰ったのだ。
 それから、家が反対方向にも拘らず、学校帰りや休日の買い物帰りなど頻繁に寄るようになり、美しいもの大好きの母親のお気に入りの一つに加わったという訳で。
 理央のいない時でも、帰ったら母と二人でお茶してたという場面も数回あったほどだ。
(兎に角、何とかしなければ!)
 同封されていた地図を頼りに、『ココ』と赤い印の付いた場所を目指して家を出た。



「それにしても細かい地図だな……。『バカにしてんのかあー』 とか怒れない所が辛いところだぜ」

 それは住宅地図を正確に写し取った物らしかった。もちろん彼が迷わない様に。この驚異的な方向音痴にラフ書きのものなど渡したら、それこそ何時間待っても目的地には着けないだろう。
 それは本人も承知済みの事。ふんっと鼻を鳴らし、印地点に向かう。
 着いた場所は、理央の家から二十分歩く隣駅。どうやら、その駅のキオスクを指しているようだった。
 普段、この駅を使う事が無い為、初めての場所だ。
「この印ってココ?」
 一坪程の駅の売店を前に立ち尽くしていると、中から店員の女性が声を掛けてきた。
「貴方、りおうくん?」
 見知らぬ人に『りおうくん』 と呼ばれる筋合いはないが、手にひらひらさせているのは封筒だろう。だとすれば明らかに自分の事だ。
「はい? まあ、そうですけど……」
「これ預かってるわよ。背がスラッとして、綺麗な人から。『りおうくんに渡して下さい』って」 思い出したのか、ふふっと笑った頬が色づいている。
「あ、ども」

(くそっ、また色目使いやがったな。許せねーッ!) 怒りのベクトルが、ややずれたせいで、危うく手の中の新たな手紙を握りつぶすところだった。 くしゃっという音に、慌てて封を切り、中身を確認する。そこには新たな地図と、メッセージ。

『MISSION 早く助けて〜! byテディ』

(あほ……) 脱力しながらも、指令通り次の目的地に向けて足早に売店を後にした。
「今度は何処だよ。この分だと、いろんな人を巻き込んでる可能性があるよな?!」
 同じ様に、赤く印が付き『ココ』と矢印が書かれている。
「ここを曲がって……三軒目の隣? ……おっ、ここだっ!! 待ってろよー、かずとぉぉ!」



 勢いよく走りこんだのは、小さな児童公園。まだ五時とは言っても、二月の空はもうほとんど真っ暗だ。 街灯が五基、園内をほの暗く照らしていた。その中の片隅、三人掛けベンチにいる人影が和人だろう。長い足を組み座っている。
仄かな灯りが顔に陰影を作り、表情まではわからないが、楽しげな声からすると表情も柔らかいに違いない。

「遅かったね。あんなに正確な地図なのに。僕が思ってた時間より十分も遅れてるよ」
 ふふっと笑いを漏らしながら席を立ち、理央の目の前で足を止めた。
 ちょうど光の当たる外灯の下。嬉しそうな和人の顔を見上げると、理央は睨みつけ、
「何してんだよ! バカにしてんのか?! 人を駒みたいに扱って楽しいか? えぇ!? もう、テディ返してもらってすぐに帰るからなっ!」
 怒りの余り、肩が震え、声が小さな公園に響いている。和人は何も言わずに長い指先でまっすぐ自分が座っていたベンチの方向を指した。 指された上には何やら小さな塊が置いてある。
 テディの体に巻きついているもの。写真ではロープだったものが、今は青いリボンが二重に巻かれていた。
「あ」
 テディを手にした時、気が付いたのだ。何か背負っている。綺麗にラッピングされた小さな箱。
「これ?!」
「今日、何の日? 理央くん」
「何ってバレンタインだろ? 駅で貰って下さいとか言われた。断ったけどな。……って……えっ?」
「僕が何も考えずに、こんな事してると思った? ───初めてのバレンタインだよ。記憶に残るものにしたかったのに」
 少しだけ笑った和人。だが、その表情は寂しげで。

 お祭り好きの人々は、とかく何々デーやらで盛り上がるが、その中でいくつ心に残ったものがあるだろうか。 たまにはいつもと違うシチュエーションを楽しんで見るのもいいのかもしれない。

「ごめん――……。オレ、そう言うのあんまり興味なかったから。まさか和人がくれるなんて思わなくて……」
 俯いてしまった理央の顎をそっと持ち上げ、瞳を合わせる。
「僕がそうしたかっただけだから――。でもあんなに怒らせるなんて。ごめんね」
(そうだ。オレなんであんなに怒ってたんだろう。今までだって不意打ちなんてしょっちゅうだったのに)
(あぁ……そうだ……)
「そうだ!! お前、色目使っただろう! あの売店のねーちゃんに! ヤなんだよ、そういうの……」
 最後の方はほとんど呟きのようだったが、和人を喜ばせるには十分で、
「色目? ただ渡して下さいって言っただけだけど ─── 理央くん、妬いてたんだ?」
 ふわっと笑った笑顔がやけに綺麗で、理央はいつもは即座に出る『違う』という否定の言葉を発せずに飲み込んだ。
 じっとその瞳を見詰めていると、だんだんと瞳の中の自分が大きくなっていく。吸い込まれていく感覚に動けない。あと十センチまで近づいたところで我に返り、
「わっ! あんまり近づくな! 吃驚するだろ!」
「どうして? 可愛くない事言うね? 僕達、恋人なんだろ? 付き合ってるんだろ?」
 恋愛に疎い理央は、今まで人と付き合った事が無い。これが初恋といっても言いぐらいのものだった。 勢いで告白したが、ただ友達の延長ぐらいにしか考えてなかったのだ。
 これまで和人もそんな素振りは見せなかったから。
 それがこんなに至近距離にいる。友達の距離を越えてしまうぐらいに。
── もしかして『我慢』とかさせてた?
── 普通の恋人みたいにオレに触れたい?
「恋人……だよ……」 思わず赤くなった頬。
「可愛いねぇ。理央くんは」
 和人の喉元に唇が当たる位、引き寄せられ彼の発する声がちょうど耳元で振動している。
 暖かくて、安らぎを感じる。瞳を瞑ったまま、心地よさに委ねていった。だけど、出るのは憎まれ口ばかりで、
「お前の目は腐ってる……」
 ふふふと柔らかな声。
「可愛いよ、ほんとに」
「節穴だ」
 その時、暖かかった身体の間にすっと隙間が出来、その余りの冷ややかさに思わず和人を見上げる。 和人の真剣な表情がすぐ目の前にあった。
 それがゆっくり近づいてきて ─── 
 瞬きの瞬間、唇に暖かいものが触れた。

「初キスは ──── 
     バレンタインデーと一緒だから。忘れないでしょ?」

 んん……と恥かしそうに答えた理央に、頬が緩み、優しげな瞳には、外灯の光が映り込みゆらゆらと揺れている。
 理央は、その光の中に自分が居ることを見つけ、再び腕の中に潜り込むと自分から和人の背中に腕を回した。

── いたずら好きのオレの恋人
── それはそれで楽しい毎日
── 今度はどんな仕掛けが待ち受けているのか
── だけど……

「頼むから他人は巻き込むなよ!?」
 抱きしめられたままの理央には、ニヤリと口の端に笑みを乗せた和人の表情は見えなかった……。
Happy Valentine!!

BxB Search様 2003年バレンタイン企画作品です(このページのみ)

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