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いつも一緒に7 〜子供の虐め〜


 事件が起きたのは、理央が和人の家族と会った数日後だった。
「理央くん、ちょっとちょっと」
 教室の入り口で手招きしているのは、恋人から婚約者に格上げされそうな勢いの和人。 和人は、用も無いのによく理央の教室に来るようになった。 本人に言わせると「もちろん理央くんに逢う為だよ」ということになるのだが。  クラスも違う。部活も違う。しかも理央は外部入学だ。
 そんな接点のない二人だったが共通の友人・相模がいるおかげで特に不思議に思われずに済んでいた。
「んだよ?! あんまりくっついてくんなよ。変に思われるだろ?」
「いいじゃない。別に。やましいことなんて無いんだから」
(思いっきりやましいだろ?)
 言ったところで、このマイペース男の考えが変わるものでもないのは学習済みだ。
 すかさず話題転換する。
「――で? 何?」
「真琴がね。虐められたんだ」
「何! あの可愛い真琴がか?!」
 思わず大声になる程、既に『真琴バカ』 になっていた。
 すぐに理央に懐いた真琴は、理央を「りおうちゃん」 と呼び、たまに「にいちゃま」 とも言うようになった。
 ひとりっこの理央にはそれが新鮮で。
 和人もそうだが、躾には厳しい家庭環境に育っているこの兄弟。
 六才にしては純粋培養の真琴は擦れたところが無く、文句無く可愛いいのだ。
 まだ母には逢わせていない。なぜなら「天使のような真琴が餌食になるから」だ。 この時点で既に母の『可愛いもの好き〜』 DNAも理央に受け継がれているのだが、本人は気づいていない。
「名前の前に『可愛い』 を付けるのはどうかと思うよ?」
 やや嫉妬まじりに和人が睨んでいる。
 お前に言われたくねーよ、とそんな事はどうでもいいのだ。
「兎に角、どうして虐められてるんだよ?」
「あの時、僕が言ったでしょ。お嫁さんって。学校で言ったらしいんだ。にいちゃまにお嫁さんが来るんだって。誰って言われて、りおうちゃんだよって」
「名前だけならわからないだろ? 女みたいな名前だし」
「うん……。それがね。言っちゃったんだよ。もう一人、にいちゃまが出来るんだって」
 そこまで聞いて、手で制した。それ以上言われなくても想像はつく。それが世間一般の反応ってもんだ。 理央は頭痛がして、くらくらするコメカミを指で押さえた。
 子供は残酷だ。虐めの対象を見つけたらとことんやるだろう。しかもその陰湿さは年々酷くなると聞く。
「今日、おまえの家、行っていいか?」
「いいよ。じゃあ、部活が終わったら待ってて」
 いい案など浮かばなかったが、当事者の一人として放っておくわけにはいかない。 (何かいい方法を見つけなければ) 理央は和人と約束して席に戻った。



 放課後、部活を終えた二人は携帯で連絡を取りながら、校門で待ち合わせをした。
「ところでその虐めてる奴って誰だかわかってるのか?」
 歩道の道路側を歩く和人の横顔を見上げながら問いかける。
「ん。実は近所の子なんだよ。所謂、幼馴染っていうのかな。 ガキ大将風でね、クラスのリーダー的存在らしい。幼稚園までは仲良かったのに」
「おまえ、会った事ある?」
「うん。よく家にも遊びに来てたから」
「なんで急に?」
「真琴にもわからないって」
 これはやっかいだな ─── と、理央は思った。
 リーダー的人間が率先すれば、面白半分に乗ってくる奴が多いからだ。 しかもまだ六才の子供のこと。自分の意思などほとんど関係ないだろう。 『子供の喧嘩に……』とは、もはや昔の事。今や虐めは大きな事件になりうる問題なのだから。 早く解決してやらなければ、後々大きなシコリとなって真琴を悩ませるかもしれない。
「お父さん、お母さんは知ってるのかよ?」
「まだ言ってないよ。とりあえず僕らが関係してるからね。両方から話しを聞いたほうがいいだろうと思って」
 その後、電車に乗り込み、いつもは何かと話しかけてくる和人も考え事をしているようで、沈黙のままだった。



 エリカへの挨拶もそこそこに、和人と理央は真琴の部屋の前にいた。
「真琴?! 入るよ」
 ドアをノックし、返事の無い主を無視してノブを回す。
 白が基調の部屋の中、ベッドの上に膝を抱え、蹲っている真琴がいた。 小さい身体がより一層小さく見える。その姿が、痛々しくて理央は眉を顰めた。
 真琴?……、理央の問いかけに顔を上げ、 和人と理央を交互に見、ベッドから降りると理央の足元に走り寄ってくる。
 その頬には、涙の痕が筋となって浮かんでいた。
「虐められてるのか?」
 その問いには答えず、ホモってなあに? と逆に質問された。
 顔に困惑の色を貼り付けたまま、答えられずにいると、
「たまきくんが、『お前の兄ちゃんホモなんだろう』って言ったんだ。
何って聞いても、男と男は結婚なんて出来ないんだゾって。お前の家は変態だって……。 ぼく、ちゃんと違うって言ったんだよ。変じゃないって。にいちゃまも、りおうちゃんもかっこいいんだからって……。 それなのに……みんな、バカにするんだ……っ」
 大きな茶色の瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちている。
 理央は何も言えなかった。小さな身体を抱きしめることしか。
 自分達のせいで巻き込んでしまっている。
――ごめんな……
 そんな中、真琴と理央の様子を黙って見ていた和人が口を開いた。
「理央くん、次の試合はいつ?」
 あまりにも場違いな質問に、はぁ? と間抜けな声。
「いいから! 次の試合は?」
「今度の日曜日。県内の高校対抗戦があるけど」
 そ、頑張ってね、と笑顔の和人に腹が立たしく口調も荒くなる。
「何、言ってんだよ、こんな時に。オレの事なんてどうでもいいだろっ! この天使のような真琴が泣かされてるんだぞっ!」
「だぁかぁらぁーー。名前の前の修飾語はどうにかしてよ。それより、理央くんは優勝してくれればいいんだから。きっとうまくいくから。 真琴も、もう泣かないで」
 真琴の涙を拭き、やけに自信満々な和人に、理央も真琴も頷く他なく、
(何考えてんだろ)
 でもこの策士のこと。何かいい手を打つに違いない。
「わかった。優勝してみせるから」
 キラッと瞳に強い光が宿る。
 それを見て和人が微笑み、『理央くん、かわいい〜』と抱きついた。「なにすんだ、バカ!」 すぐに蹴り飛ばされたが。



 そして日曜日。
 県内の高校対抗戦が三会場に分かれ催される。
 その中の会場のひとつ、扇学園には、約二十校、五名ずつの参加者が集まり熱気が溢れていた。 理央と相模ももちろん扇学園の代表として選ばれている。そして先輩達を押しのけ優勝候補の二人だ。
「よしっ、行くか!」
 控え室としてあてがわれている教室から出ようとしたその時、和人に声を掛けられた。
「おーい!」
「お前、観覧席で見るのか?」
 嬉しそうに頷く和人に、相模が途端に嫌な顔をした。というのも、和人が来ると騒々しくなるからだ。 秀麗な容姿に惹きつけられない人はいないだろう。そこに居るだけで目立つ存在。 その和人に向けられる黄色い声に集中力が欠け、理央に負けた苦い経験がある。
「帰れ」
 無情な相模の一言。
「僕は理央くんの応援に来たんだよ。ヒロなんかどうでもいいんだから」
 どいてよ、と相模を押しのけ、理央の前に立つ。
 既に集中し始めている理央には相模と和人のやりとりなど気にならない。
「頑張るんだよ。じゃあ、僕は観覧席にいるからね」
 理央の肩に手を置き、顔を覗き込んだ。
「おう!」 何だかわからないが、今日は優勝しなければならない。 妙な使命感に燃え、眩しい日差しの中、気合を入れて弓道場へと颯爽と歩を進めた。


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