クリスマスは誰と?〜3

 シノブの渋い表情にヒビキが気づいたのは、ノースライツ国についてまもなくのことでした。
 十時間にも及ぶ長旅のせいでしょうか。
「疲れた?」
 静かに見つめ返すシノブに、黙って言葉を待つヒビキ。
「ノノムラが攫われた」
 一息で聞かされた内容に、ヒビキの表情が追いつきません。脳が理解することを拒否しているのでしょう。信じられないと大きく瞳を見開くまで数秒がかかるほどでした。
 ヒダカと連絡をとっていたことは知っていました。けれど、まさかそんな重大なことだったとは。
「…………嘘」
 小さく呟き、縋る瞳で見上げます。
「俺かお前か……どちらかと間違えたんだろう」
「……なんで」
 青い顔で震える愛しい人の頬をシノブの温かな掌が包みこみました。
 ヒビキにとってノノムラという存在がどれほどの位置にいるか、充分わかっているのです。 その彼が己の代わりとなれば、その身が切られるほどに辛いに違いありません。
 ですが……。
「ねえ、帰ろ? オレ達も帰って探そう?」
 国がらみでなければそうしたでしょう。しかし立場がそれを許さないのです。
「まだ……、帰れないんだよ……」
 今ここで帰ることは、単なる我侭。シノブとしても大きな交渉なのです。 ノースライツの技術力はアプリルにはないものでした。おそらく今現存する世界で一番科学の発達した国。 その国との交流が自国にとって意味があるから、ここまで来たのです。手ぶらで帰るということは、アプリルの今後を左右することにもなるのですから。
「でもっ! じゃあオレだけでもっ!」
 用意された豪華な部屋にヒビキの願いが響きわたります。それが大きかったのでしょう。すぐにドアがノックされ、何かございましたか?と部屋の外で待機している側近の心配そうな声がしました。
「いや。なんでもない」
 すぐにシノブが返事をし、
「ヒビキ」
 諭す声音に、ヒビキも黙り込みました。
「向こうにはヒダカがいる」
 シノブの視線を辿るようにヒビキも目を落とします。
 そこにはてのひら大の小さな機械がありました。ノースライツの科学者達が開発した機器で、友好の証に十台が贈られたのです。 そのうちの一台がこれで、城に残してきたヒダカにも一台を持たせていました。
 じっと見つめる先で、シノブがボタンのひとつを押しました。
 ジジジと電波が放たれる音がしてポワッと明るくなったかと思うと、相手の顔だけが立体画像として浮かび上がりました。
「あれから経過は?」
『まだ見つかりません』
 普段穏やかなヒダカの苦悶の表情に、ヒビキは胸がつまってしまいます。
『宿屋はもちろん、一般の家でも家族以外のものを泊めていないか、調べていますが……』
 城に住んでいるとはいえ、ノノムラも一般人。全兵力をあげて捜索といかないのが、なかなかはかどらない理由かもしれません。
「森、湖の小屋、廃屋……。絞り込めるか?」
『やってみます』
「また連絡する」
『はい。それでは失礼します』
「ヒダカさんっ!」
 淡々とした会話。
 たまらず声を掛けて。
「ノノムラを……頼みます」
 悲壮感漂うヒビキにヒダカは穏やかに、はい、と返しました。
 アプリルでは既に夜の十二時を回っている頃です、捜索も限界でしょう。
 しかしヒダカは僅かに口元に笑みを浮かべ、続けます。
『……必ず助け出してみせますよ。無傷でね』

◇ ------------------------------------ ◇


 一日が経ちました。
「お城じゃ大騒ぎだっただろ?」
「それが相変わらず祭りムードだったぞ」
「誰も気づいてなさそうだった」
「はあ? なんじゃそりゃ! だって王子様がいなくなったら騒ぐだろ?」
 こっそりと偵察にでも行ったのでしょう。ノノムラが耳をそばだてているとそんな会話が聞こえてきます。
「変だな」
 こちらを見ている気配が背中からビシビシと伝わってきます。
 だから王子様じゃねえんだって。
 それが言えたらどんなにいいでしょう。
 しかし口にすれば自分の命の危険性が高まることにもなるのです。 ギュッと唇を噛み締め、全身を固くするしかありませんでした。
 そうしながらノノムラは周りの様子にも耳を澄ませます。感じるのは風、樹、鳥の声。
 どこかの森でしょう。しかしどこの?
 小屋に見覚えはありません。
「実は厄介者でいなくなって良かったとかいうオチじゃねえだろうな……」
 声が近づいてきます。
 肩に手を掛けられたと思ったら、ゴロンと上向きにされ。
 相手の目がじっと自分を見つめてくるのを、ただ強く見返すのみの青年。
「まあ、まだ一日だしよ。慌てなくてもいいじゃねーか。りんごでも食う?」
 三人の中でも小柄な男がノノムラに向かって少し青いりんごを差し出しました。
「手、解いてくれないか」
 振り絞るようなノノムラの声に、男が隣の男を見上げます。彼の肩に手をかけた人物、一番体格のいい大男です。
「駄目だ」
「駄目だって。悪いな」
 発せられた言葉には、どこにも迷いがありませんでした。
 そして小柄も反論することなくあっさりと受け入れたのは、大男がきっとここのリーダーだからなのでしょう。
 コロンと目の前に転がされた果物。
 丸一日、何も食べておらず空腹だったのですが、齧りつくのはやめにしました。視線を感じていたからです。 王子としての振る舞いを見ているのかも、ノノムラはそう思いました。とりあえず希望を捨てずに、王子の振りを続けることにしていたのです。
 ヒビキは別ですが、シノブならば決して口にしないだろう、それは断言できました。 だからプイと顔を背け視界から果物を消し、代わりに小屋の壁を睨みつけました。 
 そうでもしなければ引き寄せられてしまいそうだったからです。けれども、幸いにもそうした行動がリーダーには気高く映ったようでした。
「明日また、城の様子を見に行ってこい」
 大男が三番目の男、ひょろっとした背の人物に命令し、
「わかった」
 頷くのを目の端に留め、
「あーっ!」
 そして続けざまに、声をあげるのを聞きました。
「俺、受け渡し場所書くの忘れたかもしんね」
 素っ頓狂な声を、はあ?!!、とこれまた間の抜けた声が二人分、追いかけます。
「んだと!」
「あと、いつまでに、つーの?」
 忘れちまったアハハ、と。
「アホかテメェ!」
 ごちゃごちゃと怒鳴りあう声はノノムラには誰が誰やら……。
 ただ、ひょろりが脅迫文を作り、それに不備があったと。そのせいで現在、不穏な空気が流れていることはわかります。
「お前らだって言わなかったじゃねェかよ!!! ていうか、そういうの俺に押し付けるお前等が悪い!」
「ああ?」
「表に出ろっ!」
「おう、上等だ!」
 バタンとドアが開き、ノノムラが頭を回します。
 揉み合う男たちの背中越し、しかしその位置からはここがどこだか特定するような物は何も見えませんでした。

◇ ------------------------------------ ◇

「今のうちに……ッ」
 なんとか縄が解けないかとノノムラはひとりになった小屋の中、必死で手を動かしました。しかし、なかなかきつく縛ってあるのでそれもままならず。
 焦りと緊張から、額に汗が浮かびます。
「切れろよっ」
 ナイフでも見つかればいいのでしょうが、見回しても鋭いものなどはなく、己の力だけでどうにかする他はないようです。
「早くっ、頼むからっ」
 そんな風に祈りながら。
 縄さえ解ければ、あるいは逃げられる可能性もあったかもしれません。けれども、無情にも時間ばかりが過ぎてゆき。
 五分、十分と。
 とうとう、何の変化もないまま、男たちが戻ってきてしまったのです。

「――ったく、仕方ねえからもう一度行って置いて来い」
 戻ってきた男たちはただでさえボロボロの服をもっとボロボロにし、隠していたはずの顔の覆面もとれるという有様で、 皆それぞれにあざを作っていました。二対一だったはずなのに、殴り合ううちにわからなくなったのでしょう。 野蛮な輩にはよくあることです。
「で、いつにするんだ?」
 ボソボソと喋っているせいで肝心の日にちが聞こえてこないのですが、
「そんな先かよ!」
 少なくとも今日明日ではないようです。
「馬鹿かお前。それがいいんだって。なんたって……」
 ノノムラに顔を晒しているということも忘れているようで、誰一人指摘するものはいません。
 思ったよりも小物なのかも……。
 誘拐なんてことも初めてで、普段はコソ泥ぐらいのものなのでしょう。きっとこれが初めての大仕事なんだ、なんてことも思うのですが、 そんな間抜け一派に囚われている自分はさらに間抜けなわけで。
 笑い話にもならないではありませんか。
 それにしても一番の大男ですら痛そうな傷があるのが驚きでした。小柄だから、ひょろっとしてるからと、一見弱そうに見える奴らも案外強いのかもしれません。そして……。
 そういうのに限って凶暴だったりして。
 人は見掛けに寄らないと誰かが言いました。まさにその通りの人選に、背筋に冷たいものが流れます。
 せっかく、ひょろりの不備のおかげで日数が稼げてるわけですから、ここはあまり刺激しないことにしました。
 最悪の事態だけは避けたいからです。
 どうなっちゃうの、俺。
 セイイチロウ!
 早く来てくれよ!
 こんな時は神様ならぬ恋人だけが頼りです。必死に祈り続ける青年でした。

◇ ------------------------------------ ◇


「ヒダカさん、こんなものが……」
 ノノムラが連れ去られて二日。
 ヒダカのもとに届けられたのは一通の手紙。封筒の中には紙切れが入っていました。シノブの寝室で見たものと紙質も筆跡も同じものだとわかります。
「リオウ、これを持ってきたのはどんな奴だ?」
「はい。背の高い男だそうです。王子様の付き人に渡してくれと言付けた後、走り去ったと……。で、その後をタカノが追いかけてます」
 門番から、たまたま通りかかったリオウが受け取り、こうしてすぐにヒダカのところへとやってきたのです。
 もちろんノノムラがいなくなったことは知っていましたし、ちょうど手がかりを探している最中のことでしたから。そしてタカノもまた、話を聞いてまわっているところだったようです。
 運が味方についているのでしょうか。
 そうなれば心強いと、ヒダカは思いました。
 リオウやタカノの他にもキリュウ、ヒヨシといった信頼できる面々には伝えてあります。 こういったことは組織的に動いた方が早く解決することは、過去の出来事からも明らかなのです。
「他には?」
「汚い身なりで顔には殴りあいのような痣があったそうです」
 向こうもひとりではない……。
 そんな連中の中にいると思えば、ますます恋人の安否が気遣われます。 もどかしい気持ちを隠し、ヒダカは手元の紙に視線を落しました。
 紙には受け渡し場所と日時が書いてありました。相変わらずに誤字だらけで。

 受け渡し日は明々後日。
 指定場所は、街の大きな時計台の下。

 解読すればそんなところでした。

「何か騒ぎでも起こすつもりだろう」
 三日後といえば、二十五日。
 ちょうど街の賑わいがピークになる頃です。 しかも場所は、多くの人が行き交う真昼間の、ど真ん中。 クリスマスと言う初めてのお祭りに人々は浮かれているはずで、ひとたび何か起これば大騒ぎとなるのは目に見えています。 その隙に金を持って逃げる、そんな算段に違いありません。
「あと三日か。彼の体力が心配ですね」
 リオウが呟くように口にしました。
「待つつもりはない」
 そう。ヒダカはそれまで待つつもりはありませんでした。
 その日をノノムラがどんなに心待ちにしているのか知っているからです。
 ヒビキとオリジナルのツリー作ってパーティって約束した……。
 セイイチロウも一緒だよ。
 笑顔で報告に来たのはもう何日も前だけれど、あの時の嬉しそうな顔ははっきりと思い出せました。
 その彼の楽しみを奪うことはもちろん、 何よりも、この自分との貴重な時間を奪っている輩に殺意を覚えるヒダカです。
 彼の為に、己の為に。
 なんとしても終わりにしなければならないのです。一分一秒でも早く。

2005/12/22
←back  next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送