◆クリスマスは誰と?〜4◆
「失礼しますっ!」 一礼とともに姿を見せたのはタカノでした。 「西の果ての森に入ったのを確認しました。足音で気づかれるのはマズイのでそこまでしか追いませんでしたが……」 「西の森と言うと……その向こうはメイ国」 「メイ国にも応援要請した方がいいかもしれませんね」 リオウの神妙な声にヒダカも頷きます。しかしそれは自分ひとりでは動かせないこと。 もっと大きな権限がなければ。 「殿下から連絡が入ってます」 ヒダカが通信機器の前に座ると、すぐにシノブが映し出されました。 『何かわかったか?』 「西の果ての森にいるようです。ちょうど国境にある深い森です」 『そうか……。メイ国にはこちらから連絡しておく。それで? 策は?』 「いえ。まだ……」 しばらく考えていたシノブ。フと顔を上げると、 『火を放つか…。焼いてしまえ』 後ろからエーッというヒビキの叫びが被さってきて、立体画像を歪めました。 『煩い、少し黙っとけ』 賑やかなやりとりが右から左へと抜けていくヒダカです。なぜならシノブの言葉を考えていたからです。 確かに火が出れば大慌てで逃げるでしょう。そこを捕まえるのは思いのほか、簡単かもしれません。 しばらく雨も降っていませんし、乾燥した空気は火の勢いもあげてくれそうです。 しかし一歩間違えれば、大きな被害を招くかもしれない策。アプリルにとっても、隣国にとっても。 何よりもノノムラに被害が及ばないこと、これが大前提で、それをする方法を考えていました。 様々な文献から得た知識は幅広いと、自信があります。けれど、こんな時に役立たなくては意味がなく。俗に言う、宝の持ち腐れだと思うのです。 しばらく沈黙が流れ。 そして。 ヒダカがフッと笑いました。 「わかりました。決行は明日の晩に」 少なくとも用意が必要で、すぐにというわけにもいかないのです。 『いい知らせを待ってる』 「はい。必ず」 ◇ ------------------------------------ ◇ 翌日の二十三日。 ノノムラのいる小屋。 朝からガツンガツンと音がしていました。 遠くから聞こえるそれは機械が動いている音も混じっているようでした。 何の音だろう……。 ぼんやりした頭で考えます。 もう三日。 それが何かと言えば、ここにこうして転がっている日数と、何も食べていない日数です。 与えられる果物は一切口にしないノノムラ、それなら水はと言うとそれも同じ。 しかし王子を生かしておきたい向こうの思惑のせいか、水だけは無理やりに飲ませられていました。 そんなわけで、すぐに命がどうこうというのはなさそうですが、気分的にすっかり参っているのは仕方のないことでしょう。 空腹を通り越して、なんだか痛みすら感じます。 そのうち幻覚でも見れそうだ、なんて。 自嘲気味な笑いまででる始末。 「なんか音がしねえか?」 ひょろっとした男が小柄な男に言いました。 「ああ。するよな」 「お前、見てこい」 すかさず大男が小柄に命令します。 「気味悪ィもんな」 逆らうことを知らない小柄が頷き、小屋を出て行きました。 「木ィ、倒してたぞ」 数分後、走って帰ってきた小柄がそう報告しているのを、ノノムラは聞いていました。 「なんでもクリスマスってやつだから、お城に飾るんだと……」 作業していた男に聞いたんだと誇らしげに言い、話題はクリスマスに移っていきます。 「ああ、あれだろ? 木にいろんなものをぶらさげて、来年一年の無事を祈るっていう……。街でもちっこいのが売っててよ、これがまたすげェ売れ行き」 へえ、クリスマスって来年の無事を祈る行事なのか……。 なんか違うような気もするけど…… なんたって今年が初めてですから、ノノムラも知識が薄いのです。知っていることといったら樹を飾り付けることぐらい。そこにある意味なんてたいして興味もありませんでしたから。 ただ、好きなひとと一緒に過ごせることを望んでいるだけ。 幸せな気分に浸りたいだけ。 こんな奴らと過ごすのだけは嫌だよ……セイイチロ……。 彼の願いは叶うのでしょうか。 「なんか変な宗教じみてねェか?」 「馬鹿だなお前ら、相変わらず。そんな祭りが出来てくれたから俺達も金持ちになれるんじゃねえか」 「そんな日に目をつけるなんてさすがだな!」 しんみりとしているノノムラには気づかずに、ワハハと笑いながら酒を酌み交わす、三人。 「じゃあ、あれだ。俺たちもクリスマスにはでっかい木を用意してよ、金貨ぶらさげようじゃねえか! 来年はもっと大金持ちになれますようにって、な!」 「うまいもん食い放題、いい女抱き放題。そんな生活してェよな」 「もう目の前だぜ! な?」 「二十五日は気合いいれっぞ!」 「おうよ」 そんな夢のような話にすっかり上機嫌のようです。 「ちょっと」 ノノムラが声をかけると、 「ああ?」 大男が振り向きました。 「……したいんだけど」 もぞもぞと足を動かし生理現象を訴えるノノムラ。相手もすぐに気づいたようです。 「そこでしろ」 「嫌だ」 「たく、仕方ねえな」 こういう時は毅然とした態度が必要でしょう。分が悪いのは自分の方なのに、大男が折れました。 「お前、見張ってこい」 「はいよ」 ひょろりです。 「手、」 後ろ手に縛られたままでは当然ひとりでは出来ません。なので用がある時だけ前で結び直すのです。 そしてそれがノノムラにとっての数少ないチャンス。 もしかしたら何度も結び直しているうちに緩まるかもしれないと考えたのです。 今までは小柄が付き添い役でしたが、どうやら酔っ払って眠っているようです。 人が違えば結び方も違うはず。中でもこの男が一番ぼんやりとしてそうでしたから、隙が出来るかもしれません。 ノノムラはひょろりに向かい身体を捩り、早くしろとアピールしました。 「めんどくさい」 「じゃあ、アンタが俺の持ってくれるのかよ!」 「も、持つって……」 言葉を濁したひょろりに、すかさず強く攻めてでるノノムラ。 「俺は別にかまわないけど? 手にかかるかもしれないよな〜」 ここで望むところだなど言われたら困るのですが、変態でも無い限りそれはないでしょう。 「俺、それは嫌だな……」 案の定、否定です。 「絶対に逃げられないようにしろ。夜は暗いから逃げようがねえだろうが、明るいうちはどこへでもいけるからな」 捕らえられてから三日も経つのに、未だに初日と同じことを注意する大男に、ノノムラがいらいらと早くしろと怒鳴りました。 けれど誰も聞いていないようです。 ひょろりがへらっと笑い、頷きながら。 「逃げようとしたらぶっとばす。自慢じゃねェが、俺は素手で熊を仕留めたことがあるからな」 力こぶを見せ付けてくるのです。 本気で相手をすると少なくなった体力と気力を余計に消耗しそうで。溜息が漏れそうなところを堪え、訴えました。 「早くしてくれ。漏れる」 イライラしたらきっとそこで負ける。 本当はそんなに切羽詰っているわけではありませんでしたが、早く外に出たいのです。 ゴロゴロ転がされっぱなしでは身体もキツく、気も滅入るばかり。まずは気分転換が必要です。 それに、今までは心に余裕もなく周りを見る事をしなかったので、 今日はじっくり見てやろうという気になっていました。ガラスの破片でもいい、小さな刃でもいい、役立つものが落ちてるかもしれませんし、 何よりこの難局を打ち破る妙案が浮かぶかもしれないですから。 ◇ ------------------------------------ ◇ 小屋から十歩ほど歩いた場所にトイレが設置されていました。 両足の縄は解かれていないので、ぴょこぴょこと飛びながらいかなければならないのがなんとも面倒です。 疲れた……。 用を足すのも一苦労。 ノノムラはとりあえず用を済ませた後も、体力が戻ってくるまで少しその場に留まっていました。 「おーい、まだか?」 ひょろりの声が背中から聞こえます。 「もう少し」 なんていいながら。 「長いなあ。キレが悪いのか?」 クククッと、自分の言葉に受けるひょろりに、ノノムラの眉が不快そうに寄りました。 下品すぎ。 品のない振る舞いは嫌いなのです。 しかしそれを口にしたところで現状打開には程遠そうなので、下品な男は放っておくに限ると思いました。 「水かけてよ」 手に水をかけてもらい、己の服で拭き。 それからもすぐに小屋に戻ることはせずに、空を見上げたり、新鮮な空気を吸い込んだりしました。 人間らしさを取り戻すように。 「あー、空が青い……」 呟けば、ひょろりがつられ空を見上げ、雲が白いな、なんて意外にも見惚れているようで。 その隙にそっと視線をあちこちに流してみました。 光るものを探し、けれど見つけられず。 己の立つ周辺を見渡せば、全く見覚えのない森。 ここがどこだからわかりません。 もしかしてアプリルから出てしまったのでしょうか? そうなれば自分を見つけられる確立は果てしなく低くなってしまうでしょう。 このままヒダカに逢えなくなんてなることも――。 嫌だ、嫌。それは嫌。 空気の冷たさとは違う冷たさを感じました。身体がブルリと震えます。 思わず俯き、それでも。 そんなことは考えたくない。 考えるのはよそう。 頑張ろう。 よし、と顔をあげた時、木の陰からこちらを伺っている視線とぶつかりました。 |
2005/12/23
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