◆クリスマスは誰と?〜5◆
「ノノムラさんを発見しました」 「間違いないな」 「はい。怪我などはなさそうでした」 ノノムラと森で目があったのは、ヒヨシでした。 怪しげな小屋を見つけ、中を確認しようとしたところでドアが開き、慌てて木の陰に隠れたのです。 そして幸いにも出てきた人物がノノムラで。 彼にもヒヨシだということがわかったのでしょう、俯きながらも口元に笑みが浮かぶのを確かに見せてくれたのですから。 「それで。準備の方は?」 樹の切り倒し作業を指示しているタカノに顔を向けて。 「後二時間あれば、ほぼ作業は終わりです」 「風向きは?」 「西へ向いてます」 間髪いれずにリオウが答え。 「川から水は引いてあるな」 万全です、とこれにも声が続きました。 「メイ国との境にはキリュウが行ってくれ。向こうの援軍と協力して。決行は夜六時」 「わかりました」 一礼して出て行く後姿を見送り、ヒダカは通信機器の前に座りました。 事前に伝えられているシノブのスケジュールによれば、まだこの時間は相手国王との謁見時間ではないはず。一刻も早く知らせたかったのです。 ジージージーと独特の音がしばらく続き、主が映りました。 不機嫌そうに見えますが、そう見えるだけで実はそうでもないことは、付いて半年ほどして気づいたこと。 「おはようございます」 『見つけたか?』 「はい。怪我もなさそうとのことです」 見つかった? 見つかったの? 相変わらずヒビキの声が紛れてきて、 『もう! 少しあっち行ってろよ。……何か飲み物を頼んできてくれないか?』 シノブの面倒くさそうな声との調和にもつい頬が綻ぶヒダカです。 ヒビキがいなくなったのを見計らって、再び声を出しました。 「今夕、火を放ちます」 『そうか。攫った奴らの処遇はどうする? 焼くか? 土に埋めるか? それとも海に流すか?』 「どれもいい案ですね。血を流すと後々面倒ですし。さて、時間までどうするか考えましょうか」 交わす内容とはかけ離れた穏やかな声音は、聞いてるものに冗談だと思わせるでしょう。 たとえ本心だとしても。 心の内を映した残忍な面は、その場にいなくなったヒビキにはわからないでしょうし、 ここにいるリオウ、ヒヨシ、タカノ、それぞれにも見えない角度でした。 もちろんノノムラにも見せたことはありません。 誰も知らない表情を知っているのは、己の仕える主ただひとりだけのようです。 『ノノムラが戻ったらすぐに連絡してくれ。ヒビキが待ってるからな』 「わかっております」 そして心は愛しい人を想い、冷えた心が戻ってきます。 もう少し。 あともう少しで、抱きしめてあげるから。 待っていて、と。 ◇ ------------------------------------ ◇ 決行は六時。 「火を放て」 ヒダカの合図で、前面の樹に次々と火が点けられました。 風が火を煽ります。 瞬く間に燃え広がる炎。 この先にノノムラがいる。 そう思えば、もはや己をこの場に留めておくのは困難でした。 「行くぞ。タカノは火の調節を!」 「はい」 歩き出すヒダカを追って、ヒヨシが続きます。 「それを辿ってください」 ノノムラを確認した後、彼のいる小屋から戻る途中で樹に括りつけてきた細い紐。そこを辿れば簡単に目的地に着く為の目印。 それは日の沈んだ森で、迷わないようにするには非常に効果的でした。 ◇ ------------------------------------ ◇ 窓から入ってくる風にきな臭さを感じたのは、ノノムラだけでした。三人は酔っているのであまり感じなかったのです。 「焦げた匂いがする……。なあ、アンタら、なんか燃やしてんの?」 珍しいノノムラの問いかけに、酔っぱらった赤い目が向けられました。 「そういえば臭エよな?」 くんくんと鼻を鳴らし、部屋を嗅いで回る大男。 「だから外だって、外!」 うろうろする男にノノムラが声を荒げ、やっと小柄が腰をあげました。 緩慢な動作でドアを開け、振り返る仕草のなんと素早いこと。 「燃えてる! おい、森が燃えてるぞ! なんでだっ!」 あわあわと手振りまでつけて、皆を呼びます。それにひょろりが飛び上がるように外に出て、大男までが俊敏に続きました。 そして叫ぶ言葉は皆同じ。 燃えてる!、と。 「逃げなきゃ駄目だろ、コレは!」 「この火の勢いだとすぐにここも飲み込まれるぞ」 大慌ての三人はノノムラのことなど忘れてしまったかのように、逃げ出してしまいました。 そして取り残されてしまったノノムラ。 外の状況は見えなくても感じることは出来ます。 火事? 火事! 既に走り去り、ここにいない残像に、 「おいっ、この縄、解いてけよっ! おいっ、おいってば!」 叫べども、答えはなく。 「つか、残してくなよ、普通に燃えちまうだろがっ!!」 それでも言わずにはいられません。 まだやり残していることがたくさんある。 こんなところで終わりたくない。 あの人のいないところでなんか、絶対に死にたくないっ! ノノムラが思うのは、ただそれだけで。 早鐘のように打ちまくりまくる心臓が痛くてたまりませんでした。 「セイイチロ、セイイチローッ、セイイチローッ!!」 がむしゃらに叫び、呼びます。 信じてる。 きっと届くはずだから。 きっと助けに来て、抱きしめてくれるはずだから。 だから助けて。 「早く、助けに来ないと灰になっちまうんだぞっ、セイイチロッ!」 ゲホゲホとむせながらも呼ぶことをやめません。 「セイイチロ! いやだ、嫌だよ、セイイチロ」 涙が頬を濡らしても、手が自由にならないので拭うことも出来ません。 霞む視界も、震える身体も。 どうにもならないのです。 心が折れてしまいそうで。だから折れてしまわないように、ただひたすら彼の名を口にしました。 「セイイチロ……ッ」 キョウ! キョウ! 聞こえたのは確かにヒダカの声。 幻聴ではありません。 自分が呼ぶだけ答えてくれている、この声が幻など思いたくもありませんでした。 「セイイチロ……ッ!」 「キョウ――ッ!!」 力の限り声をあげた時、涙の向こうにヒダカが姿を現しました。 ◇ ------------------------------------ ◇ 息が出来ないほどにしっかりと抱きしめられ、ノノムラはやっと彼を実感することができたのです。 「っ、ほんとに来てくれたんだ……」 「当たり前だ」 やっぱり彼の腕の中がいい……、なんてホッと一息ついたのも束の間。 今度はさっきから鼻についていた焦げ臭さが気になって仕方なくなってきました。 「は、早く逃げないとっ! 奴ら、森が燃えてるって言ってた!」 解いて解いてと、早口で捲くし立てても、ヒダカは慌てる様子がありません。それどころか、なんと笑っているではありませんか。 「大丈夫。ここまで火は回らないようにしてあるから」 言いながら、ナイフで手首と足首の縄を切ってくれました。 「……てアレ、セイイチロがやったの?」 「うん、そう。とりあえず帰ろうか。早く殿下に報告しなくちゃいけないから」 頷き、立ち上がろうとして、 「わっ」 よろけたノノムラは再びヒダカの腕の中へ。 ずっと横になっていたことと、安堵したこと、そしてもっとも大きな要因は空腹のせいでしょうか。思うように力が入らないのです。 「大丈夫? ……じゃないよね。ハイ、じゃあちゃんとつかまって」 「は? いいよ、肩貸してくれれば歩けるし」 赤くなるノノムラ。 なぜなら、ヒダカが屈みこんで背中を向けているからです。しかも嬉しそうに。おぶる気満々のその笑みがノノムラを照れさせているのだとは……、おそらくヒダカの計算どおりなのでしょうけれど。 「じゃあ抱っこがいい? どっちかだよ」 「……究極。じゃあ背中借りる」 「了解。どうぞ」 かっこわり〜、と呟きながら肩に両手をちょこんと掛けて。 ん、とおぶさってみました。 自分とて、細いといえども立派な青年なのです。なのにそれを軽々と腰をあげたヒダカに少しだけ嫉妬のような、複雑な気持ちは否定できないのですが。 ま、いっか。 今はただこの温かさを感じようと思いました。 「セイイチロ?」 「ん?」 「探しに来てくれて有難う」 「君の為ならどこまでだって行くよ」 背中から回される腕がぎゅっとヒダカの胸前に降ろされて。 ヒダカの口元に笑みが浮かびます。一目みただけで愛しいとわかる、それはとてもとても優しい表情でした。 ◇ ------------------------------------ ◇ 既に開きっぱなしのドアを出た途端、 「っ!!!!!」 思わずしがみつき、声をなくしたノノムラ。 彼の目に飛び込んできた光景はなんとも衝撃的なものでした。 なぜならそれは、本当に森が焼けていると思うほどの炎だったからです。これならば奴らが慌てて逃げ出したのも頷けます。 驚いているノノムラの気配を感じたのか、 「煙はすごいけどね。燃え広がるだけの樹はないから」 穏やかな声音が告げました。 「……んとに、平気?」 「よく見てみるといいよ」 白く煙る樹木を縫うように見れば、確かに火が近づいてくる様子はないようです。 「落ち着いた?」 「な、なんとか」 それでもしがみつく腕は緩めませんでしたけれども。 「さて、と」 ヒダカは迷うことなく森の中を進んでいきます。 ある地点まできた時、もう少しで森を抜けるという場所まで来たときにわかったことは――。 一定量の樹が切られていたということ。 森というからには、樹木は密集していたはずなのですが、切り取られている部分があるのです。樹と樹の間隔をあけるように。 そしてそこでノノムラは火事の正体を見ました。 「ここ、全部切って、コレ作った?」 「そう。だから燃えてたのはいわば積み木の一番上だね。別に森が燃えてるわけじゃない」 木々の間、広く作られた空間に樹を組み上げ、それを燃やしていたのです。火の粉が飛び散る危険性はありますが、そこは万全の体制をもって挑んでいるわけですから、万に一つも燃え広がる可能性はなかったと、恋人が胸を張りました。 樹の隙間から見える炎、立ち上る白煙。火の気の無い場所で、このふたつが合わさった時、確かに人は火事だと思うでしょう。そして夜の闇が炎の赤さを際立たせたのは言うまでもありません。 わずかな火で森が燃えているように錯覚させるには……、以前読んだ文献を参考にヒダカがとった手法がそれだったのです。 自信満々に説明されて、ノノムラが目を丸くしました。 延焼しないとは言うものの、森を焼くとは。 こんなにたくさんの樹を切り取るとは。 しかもそれが自分の為だとは。 大規模すぎる……。 しかしそれだけ愛されてるということなのでしょう。 「でも俺、すっげビビッたんだけど」 「まさか君まで燃やさないよ」 燃えてたら呪ってでてやったよ!、背中でバタバタ暴れる彼は少しだけ元気になったようです。 ある意味ほのぼのした光景に、消火活動に勤しんでいた者が振り返りました。そして駆け寄ってきます。 「ヒダカさんっ!」 タカノが男らしい端整な表情を綻ばせ、ノノムラに無事でよかったと言い、それからヒダカへと続けました。 「キリュウから連絡が入ってますよ。彼を攫った輩三名をメイ国との境で捕まえたとのことです。地下にでも繋いでおきますか?」 「ああ。それでいい……。お疲れ。先に戻るから。燻りが残らないように、後のことは頼むな」 「了解です」 歩き始めたヒダカに背中から問いかけます。奴らをどうするのか、と。 「それなりに……」 首を回す恋人はにこっと笑って、それ以上は答えてはくれませんでした。 彼らの行く末を決めるのはヒダカでしょうか、シノブでしょうか。少なくとも、この先ノノムラの知るところではないでしょう。 「早く帰ろうね」 「うん」 親友への無事の報告が待っています。 ヒビキが、もちろんシノブも彼の姿を心待ちにしていることでしょう。 |
2005/12/24
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