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幸せの行き先 2

 そろそろ本気でプレゼントを買わなくては。誕生日まであと三日しかないんだから。
「あと三日」
 壁に掛かるカレンダーの前で日にちを確認した。
 そしてまた思い出す。今まで何度も思い出した数日前の出来事を。
「相川さん、どうしてるのかな。って何、言ってんだ!」
 頭に浮かんだ相手を追い出すように頭を振った。何であんな人が浮かぶんだよ。 人のこと、からかって楽しむような悪趣味な奴なのに。
 でも一度考えてしまうと、もう駄目なんだ。あの人が頭から離れない。 忘れたいと思えば思うほど、鮮明に甦ってくる。  シャープな眉も、すっきりした鼻筋も。頭が良さそうな鋭い色を放つ瞳も。ちょっと困ったような笑顔の時に、瞳から強い色が消えたことさえも覚えてる。
 たった数分しか逢ってないのに、どうしてこんなにはっきりと思い出せるのだろう。
 頭の中のあの人は、すっごくいい男で。こんな人いるわけねーだろ? っていう位、かっこよくて。
 自分で都合のいいように着色してるのか?  記憶が薄れてるから、薄れたところを自分で足してるのか?
 だってこんなにかっこいい人存在すること自体、神の領域だよ。
 きっと性格なんか最悪で、もしかしたら女たらしで酒癖も悪いかもしれない。
 そうだ、そうに違いない!
 思い出したら、また塗り替えてしまえばいい。そうすれば忘れられる。いつかその名前さえ思い出さなくなるから。
 満足いく対処法を見つけ、オレの心は少し軽くなった。
 これでやっと目の前のプレゼントに集中できる。

 やっぱりネックレスとかイヤリングとか指輪とか、そういう身に着けるものの方がいいよな。光物好きだし。
 目は肥えてるだろうけど、オレからのプレゼントなんだから、きっとすごく喜ぶはずだ。
 贈る相手は、うちの母さん。
 独身だといっても通用しそうなほど綺麗だし、美人なんだ。 今は銀座の高級クラブで働いてる。政財界御用達なんだって。一般人には縁の無い超高級クラスらしい。 でもその仕事ももうすぐ辞めるって言ってたな。 誕生日の後、結婚が決まってるからね。相手は、弁護士。クラブに来て猛アタックをしかけられたんだと。

 相手の人に、初めて会ったのはもう半年以上前になるかな。その時には二人の心も決まってたようで、オレへの報告みたいなものだった。  母さんに付き合ってる人がいることさえ知らなかったから最初は吃驚したけど、実際会ったその人は、優しそうで、頼りがいもありそうだった。
『ねえ、悟、この人と結婚するわ。三人で一緒に幸せになりましょうね』
『新婚の邪魔するなんて嫌だし。この際、一人暮らしするから』
 それが本心だった。こんなでかいコブなんて普通いらないだろ? なのに母は、オレの言葉に黙り込んで、結婚しないと言い出した。
『悟が一緒に来ないなら、お母さん、結婚は止めるわ。みんなで幸せになりたいんだもの』
 大きな瞳を潤ませて、オレの心変わりを待っている。
『そうだよ、悟君。私達、三人で新しい家族になるんだから。一人で住むなんて言わないで、一緒に暮らそう』
 母の肩を労わるように抱き寄せ、穏やかな瞳がオレに向けられていた。
 その時、思ったんだ。この人なら母を幸せにしてくれるって。 包み込むような暖かさで守ってくれるに違いないって。 それに、二人から三人になるのも悪くなさそうだし。
 だから、首を縦に振った。その時の母の笑顔が眩しくて、『有難うね』と言われた言葉が嬉しくて、絶対幸せになろうって誓ったんだ。

「父さん、いいよな?」
 誰もいない部屋で、一度も呼んだ事の無い人に問い掛けた。
 テレビの上の写真立ての中で、かつての家族が笑っている。父と母と赤ん坊の自分。 といってもオレには父の記憶がないから、写真を見ても何の実感もわかないけど。 父はオレが二才の時に事故で死んだらしい。 この頃は、誰かが欠けるなんて考えもしなかっただろうな。 それからずっと母が女手ひとつで育ててくれた。
「父さんも母さんが笑って過ごせる方が嬉しいよな?」
 だから、誰よりもその幸せを願っている。

「さて、買い物に行くか」
 手に取った写真立てを元に戻し、戸締りの確認する。
 まずは駅ビルにでも行ってみよう。確か、あの中に有名店が入ってたはずだ。 行き先の候補をいくつか整理し、マンションを出た。 足取り軽く。あくまでも軽やかに。



 目の前の光景さえ目に入らなければ、気分爽快で今日のスケジュールは楽々終了だっただろう。
 悪夢だ――
 ……疲れてがたまってるに違いない。
 何度も自分を洗脳し、記憶の彼方に葬ろうとしていた人がマンション玄関に横付けされた車から顔を出している。 もちろん、あの作られた笑顔付きだ。
 そしてその顔は、頭の中のその人より遥かに完璧だった。
「悟君!」
 無視することに決めた。オレだってやられたんだ。それくらいやり返しても罰は当たらないだろう。
「おーい、悟君! 俺のこと、忘れちゃった?」
 只今、忘れる努力中ー。邪魔するな。
 振りむきもせず、送信完了。オレの強い思念を受け取れ!
「ちょっと待てってば!」
 届かなかったらしい。当たり前だが。車のドアが閉まる音がしたと思ったら、腕を強い力で掴まれた。
「何だよ! アンタ誰? オレに何の用?! 腕、離せよ!!」
 立て続けに言葉を浴びせた。オレに構わないでくれ。これ以上、入り込むなよ。
「ほんとに忘れた?」
 悲しそうな声音に、笑顔の消えた表情。少し寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。 そんな顔されたら、こっちが辛くなる。
 なんでこの人の表情に、こんなにも心が動かされなきゃいけないんだ。
 くそっ、いらいらする。
「ほんとに何なんだよ! アンタだって忘れてただろっ!」
 言葉にするとまるで子供の仕返しみたいだ。なんならここで、『思い知ったか、ばぁか』と走り去るか。
「この間は悪かったね。ちょっとした冗談だったんだよ。電話もらったの嬉しかったから」
「嬉しかったって?」
 待ってたっていうのか? 思わず怪訝そうな声が出た。
「そうそう。待ってたんだ。俺、君の番号知らないし。また逢いたいなと思って」
 ほんとに嬉しそうに笑ってる。こんな弾けた笑顔は初めてだ。なんだろ、ちょっと胸が苦しい。 理由が知りたい。教えて欲しい。どうして逢いたいと思ったのか。
「な……なんで?」
 何か考えてるのか、少し間があいた。オレの目をじっと見て、心の中を探ろうとしている。
 そして笑顔を見せた。がっくりくるようなあの笑顔を。
「お母さんのプレゼント買うって言ってただろ? 店に案内するよ」
 ああ、そうか。思い出した。
「オレはアンタの客なわけか。わざわざお迎え付きとはね。でもほんとに安物しか買えねえけど」
 そうだ、あの時、店の女の人も紹介するって言ったんだっけ。
 ほんとにバカだなあ、オレ。
 危く騙されるとこだった。オレの後ろにいる金の匂いを嗅ぎつけただけだったとはね。
「そんなに営業成績上げたいとは驚きだね。よっぽど売れないの?  ちょっと笑ってやればダイヤ何十個と買う女なんて、そこらへんにいるんじゃねえ?」
 そして相手の顔を見ずに、足早に車に戻り助手席に身体を沈める。
 オレの後を追うように相川さんが運転席に乗り込み、アクセルを踏むと滑るように動き出した。
「どうかしてる……」
 堪えきれない苦笑が漏れる。
 どんな言葉を期待してたんだよ。『君が好きになった』とでも? ただ、宝石を売りたいだけで、眼中になんてないのに。
「まったく、お笑いだ」
 聞かせるつもりのない言葉が再び零れた。
 ちらっと隣を盗み見ると、気づいてないのか、運転手の横顔は無表情のまま変わらない。 だから、オレも無表情を装う。これからは客と営業の関係だ。

 本当はわかってた。
 相川さんの言葉や表情にドキドキしたり苦しかったりする意味も。
 心の奥から湧き上がる切なさの正体も。
 気づかない振りをしていただけだって、本当はわかってたんだ。
 それが、恋心だってことぐらい。

2003.03.10


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