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貴方しか見えない4

 月曜になり、『ちゃんと食べるんだよ』とか『夜更かしはいけない』とか、煩いくらいにオレの身の回りの事に気を配る相川さん。 昼の飛行機だから、家を出るのがオレと同じぐらいの時間になった。
 オレは……。休みたいけど休まない。特別な日ではないと自分に言い聞かせる。
 エントランスまで一緒に降りていった。
 既に車が到着している。以前、銀座のクラブに行く時に迎えに来てくれた黒塗りの車。てっきりハイヤーだと思ってたら役員専用の車だった。 あの時と同じように、運転手さんが降りて頭を下げている。彼は「よろしく」と短く応え、後部座席に乗り込んだ。
 ウィンドウを下ろし、中から差し出された手。突っ立ってたオレは、反射的にその手を取った。
 指が絡められ、胸がキュッと鳴った。
「メール、ちゃんと送るんだよ」
「わかってる……。毎日、送る」
「忘れたら駄目だからね」
 こんな時、憎まれ口の一つも叩いた方が彼を安心させてあげられるのだろうか……。
 だけどオレは頷く事しか出来なくて。ただ、ただ、頷いていた。
「……行きたくないけど」
 拗ねたような言葉で、堅苦しい雰囲気が少し緩んだ、気がした。
「仕事だろ? ぐだぐだしてると乗り遅れちまう。早く行けよ」
 声に力を込めて、彼を真っ直ぐに見る。笑顔で。
「仕方ないね。行ってきます。いい子にしてるんだよ?」
 いつもと変わらない。そう錯覚を起しそうな、会話をしてる。
「行ってらっしゃい」
 手を振る。
 ゆっくりと走り出す車。
 ハザードが三回光って。
 曲がり角でスピードを緩めて。
 見えなくなってからもその場から動けなかった。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 朝が来る。
 どんなに来て欲しくないと願っても、叶わないんだ。でも、行ってしまった後では、早く次の日にならないかな、なんて思ってるんだから、勝手だよな。
 彼が行ってからのオレは忙しかった。
 一応、進学クラスにいるから、オレの周りはみなピリピリした状態だ。 そんなに進学校でもない普通の公立高校なんだけどね。 でもノンビリムードが漂ってるより、そういう方が今のオレには有難かった。
 いない時こそメソメソしてちゃいけないし、そうする暇もないんだから。
 今日も授業が終わった後、軽く買い物して帰ってきてから受験用の問題集を解いていたところで。
 気づけば、七時を回っている。
「飯、つくろ……」
 息抜きが、料理とほんのちょっとのパソコンゲーム、それと彼宛のメールとなっていた。
 テレビをつけると、やっと部屋に温もりみたいなものが沸いてくる気がする。 といっても、前みたいにつけっぱなしにはしてないから、きっと今月の電気代は安いだろうなあ、と思う。
「あ、その分、パソコン開いてるんだっけ」
 独り言の後、テレビから笑い声が響いた。
 ビーフシチューをつくり、米を炊く。煮込んでる間に日課になっているパソコンを開いた。
「来てるかな?」
 まずは確認。
 既に何度もやってる作業をすんなりとこなす。サーバーに接続すると、メールが配信されてくる。
『Dear Satoru』
 必ず、この出だしなんだ。気分はアメリカン、なのかもしれない。これはいい突込みどころだろう。 頬が緩んでるよ、オレ。 それから、今の仕事の様子とか、どんな人と会ったとか、可愛らしいカフェを見つけたとか。簡単な日常を教えてくれる。
『今日、入ったレストランは、不味かったよ。日本人好みじゃないんだね。
 高級らしいんだけど、前に行ったシーサイドレストランの方が何倍も美味しかった…。
 帰ったら、また行こうね』
 今日は写真が付いていた。相川さんのいるオフィスだろうか、そのビルから見える風景が映っていた。
 そして最後にはオレに対する気持ちで締めくくられる。 本当は逢って直接言って貰いたいものなんだけど。
 ご飯の炊き上がりの合図が聞えて、時計を見る。
 夜の七時半。ってことは向こうはまだ五時半で。寝てるんだ。不思議だよな、時差って。 でも同じ時を過ごしてるのは違いないわけで……。ややこしい。
「元気そうで良かった良かった」
 田舎のじいちゃんみたいなだけど、こうして離れてると、やっぱりそういう言葉が出ちゃって。言った後で恥ずかしさが増してくる。
「じじくせえな……。さて、と。返信、返信〜」
 初めてのメールから一週間が経ち、だいぶ慣れたとは言っても、まだまだ文字入力は大変なんだよね。
 キーボードにかなが振ってあるだろ?
 だからそれを見ながら打ってるんだ。かな入力ってやつ。 今でも一文字探すのに、五分はかからないにしても、たまーーーーに、三分ぐらいはかかっちゃうこともあったりして。
 たとえば伸ばす文字。「ー」こういうやつ。あれは曲者だよ。これがどこにあるのか分からなくてさ、入れられなくて、かなり詰まった文になってたなあ。
 オレは今日の夕食の献立と息抜きにちょこっとやったパソコンゲームの成果を書いて送った。
 締めには、『オレも。』 とだけ書いて。



 オレはほとんどカレンダーを見ない。もちろん、意図的に。
 だって待ってるとほんとに時間が流れるのが遅くてがっかりするから。いつの間にか、でいい。
 それでもテレビのニュースとか、友人達の話とかに必ず日付って出てくるもので。 だけど意識して目で追わない限りはそれほど気にならないって気づいた。
 そんな風に過ごし、フと見た日付はもうすぐ一ヶ月が経とうというところだった。
「やった!」
 ガッツポーズも出るってもんだよ。
「いない生活も慣れればたいしたことねえな」
 フンフンフーン、とカレンダーを前に、鼻歌も軽やかだ。
「あ、メール。メール〜〜。帰ってくる日のこと、なんか書いてあるかも……」
 パソコンの電源を入れる。
 起動されるまで、そのままにしてオレはコーヒーを入れに行った。
「さーて」
 …………………………。
「あれ?」
 画面がなんか変?
 アイコンが出てない。真っ暗ってわけではなく、かといって青くもない。なんにも映ってない状態。カラカラって音がするってことは、起動されてるってことだろ?
 マウスを動かすも、反応なし。
「うあ! 壊れたのか? 頼むよ、動いてくれよ〜〜」
 いったんノートのフタを閉め、『動け!』 と念じて開けてみる。
「どうだ!!」
 駄目だった。
 電源ボタンを押してみたが切れる様子もない。カラカラ音がするばかり。
 初心者泣かせの奴……。
 どうすりゃいいんだ。
 マニュアルを見たけど、こんな症状は載ってないぞ?
「サポートセンターの番号だ、これ」
 助けが必要な時は……、なんて電話番号が載ってる。でも時間外じゃーん。今、夜の九時。この役立たずが。
 友人の中でも、パソコンオタクっぽい奴に電話をかけてみた。 症状を話しても、オレの説明が悪いのかいまひとつピンとこないらしく、明日なら見てやると言われた。 ちなみに明日は土曜日で、学校はない。でもオレはそれまで待てないんだよぉ。直してくれるならどこにでも行くぞ。
「今日がいいんだ!! 頼む。頼みます〜」
 われながら切羽詰った声だと思う。それにほだされたのか、頼むの連呼が効いたのか、相手が折れてくれた。
『待って……。電源が切れないって言ったよね? それノートだろ? ちょっとさ、電源ボタンをずっと押してみてくれる? それで切れると思う』
「電源ボタンは押したんだよぉ」
『だから押し続けるって言ってるだろ! 言われた通りにする!』
 なんだよ、怒鳴るなよ。気が短けえな……
「わーったよ」
 いーち、にぃ、さーん、し〜、ごぉ、ろ〜〜。
 プチッ。
「……あ、切れた」
『だろ?』
 うわっ、すっげ、誇らしげ。でも、これからなんだよ。起動が問題なんだから。
『じゃあ、もう一度、立ち上げてみて』
 ドキドキしながら慎重にボタンを押してみる。祈りだ……。祈る気持ちで。
 いつものロゴが出て、見慣れた画面が現れた。ちゃんとアイコンもあるよ〜。
「出た〜。いつもの画面まで出たよ……。よかった〜。オレ、感無量〜」
『原因はわからないけど。よかったね。サポート料五千円ね』
「金、取んのかよ!?」
『当たり前だろ。何時だと思ってんだよ。もう十時過ぎじゃねえか。通常料金プラス時間外手数料でーす。はい、よろしく〜』
 楽しそうに笑って、電話が切れた。
 こんなバイトやってんのか、あいつ?
 ぜってー、払わねえからな。たかが五、六秒の押し続けを教えたぐらいで暴利だっての。
「とにかく……。よかったね、パソコン君。また逢えて嬉しいよ」
 なんか口調が相川さんみたいになっちまった。
 さて、気を取り直して、メールメール〜。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

「ななな、なんだこの量は?!」
 二十通近くのメールが配達されてきた。 いつも同じような時間に送ってるからそれに合わせたのか、八時から始まり、最後の一通はたった今。 今十時半だから、大体十分置きぐらいに来たということになる。
 時差が十四時間だろ?
「っつーことは、朝の……、げっ! 六時からかよ?」
 内容はというと、『どうした?』『何かあった?』のオンパレード。
 あの人の心配そうな顔が浮かんで――……。
 呆れるというより、なんか……。
 胸が熱くなった。
「馬鹿だ……。心配すんなよ」
 それを誤魔化す必要なんてないのかもしれない。だけど、そうでも言わないと感情が溢れてしまう。 すぐに返信する。 とりあえず時間が掛かりそうだから、「なんでもないよ」 この一言だけ書いて、送る。
 それからゆっくり遅れてしまった経緯を書いて、また送信した。
 それと入れ違いに、また届くメール。
『何かあったと心配したよ。すぐに帰りたい』
 いつもの、『Dear』を付け忘れるぐらいに慌てさせてしまったようで、なんの飾りもない、純粋にホッとしたことを知らせる内容だった。
「相川さん……」
 その帰りたいの文字から目が離せない。いつ帰ってくるの? もうすぐ一ヶ月、経つのに……。
 寝る前に、もう一度、メールのチェックをした。
 オレの書いた手紙に返信があるかもしれない。

 予想どおり届いたメール。

『まだ片付きそうにない。
 あと一ヶ月、もしかしたらそれ以上かかるかもしれない。
 クリスマスには間に合うように調整してる』

 振り出しに戻る……。
 そんなフレーズが頭の中をぐるぐる回っていた。

「帰ってこないんだ……」
 呟きがやけに大きく耳に届く。
 あの人の気配がないのが寂しい。
「大丈夫。平気だ。あと一ヶ月ぐらい……。だけど! クリスマスまでしか待たないからな!」
 声は震えてない。
 まだ、言える。
 これが強がりだとしても。
 ベッドに入り目を瞑った。少しでも早く時を進めたかった。

2003.11.19


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