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貴方しか見えない5
落ち込んだ。 それでも毎日のメールではそんな雰囲気を出さないように注意を払う。きっと彼だって帰りたいに違いないから。だから弱音をはいちゃいけないんだ。 だけど。 わかっていても、そうしたいとは思っていても。 待ちに待った一ヶ月がやっと経ち、ウキウキしていた心に受けた衝撃は思った以上に大きく、切り替えようとしても自然と出る溜息を抑えられなかった。 そんなとき、友人達からカラオケに誘われ、参加することにした。 クラスの仲間で、男五人に女が五人。なんだか仕組まれたような割合の人数だが、その辺はやはり思惑があったようだ。 「いいか、佐藤さんには手を出すなよ!」 幹事役の鈴木が男連中に向かってこそこそと耳打ちしはじめると、別の奴が『俺が狙うのはねえ』 と違う子の名前を言った。 この集まりは女を落とす集まりだったのか? 誰と誰がくっつこうが全然構わないけど。 「出さねえよ」 興味のないオレが呆れたように言うと『約束だぞ』 と念を押される。 「指きり、すっか?」 冗談で言ったのに思い切り絡められた小指。『指きりげんまん、嘘ついたら〜』 高らかに歌われ苦笑が漏れた。 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 二時間もすると、鈴木達の熱意が実を結んだのか、それとも女達にも元々その気があったのか、なんとなく三組のカップルが出来始めている。「悟、元気ねえの。こんな時は……、って、お前アルコール弱いもんな。まあいいや。今日ぐらいは酔ってしまえ! ホラ、飲め!」 彼女ゲットで上機嫌の鈴木がニッと笑ってオレの隣に座った。 その手には、並々と注がれたビールのグラス。それをオレが持っていたグラスと取り替える。 飲むのは嫌いじゃない。だけどすぐに顔に出るし、ふわふわしちゃうからあの人と一緒の時ぐらいしか飲まないことにしていた。 こんなとこで赤い顔するのも、かっこわるいし。 だからさりげなくウーロン茶できりぬけようとしてたのに。 しかも、知ってて、勧めるなよ。 「飲めよ〜。飲めってばよ〜」 お前は駄々っ子か! くねくねと身体をくねらせて、迫ってくる。 「絡むんじゃねえよ。うっとーしい」 凭れてくる身体を、ぐいっと押しやった。 この状態を見ていて、フと思う。 もしかしてオレも酔うとこんな感じで相川さんに絡んでるのか? 人の振り見てわが振り直せ。 …………気をつけよ。 が、今の問題はこいつだ。 「わーった。飲むから……」 目の前の得体の知れない軟体動物をとりあえず満足させるべく、一気飲みしてやった。 うげ。 駄目だ、これが限界……。 「おぉ、いい飲みっぷり!」 目的を達成したらしく、歌ってる奴のマイクを横取りし、「悟君が一気しました〜〜」 と館内放送のように報告する。 そこで沸き起こる歓声と拍手。 酔っ払いの集団って怖い……。 とりあえず次をつがれないように注意を逸らす。 「彼女、付き合ってもいいって?」 興味はないけど、訊いてやる。 「そうなんだよ。困っちまうよな〜」 困るのは、そんなにやけた面を見せられてるオレの方だよ。 「よかったじゃん」 「お前だって彼女いないんだろ? この際だ、つくっちまえよ。勉強にも張りが出るっつーもんだ」 彼氏ならいます。 恋人がいるって宣言したらどうなるんだろう? 少しだけそんなことを考えた。こんな席でカムアウトしたら大騒ぎだろう。 相手が男で、しかも一緒に住んでるのがわかったら、好奇心旺盛な奴等のことだ。 押しかけてくるに違いない。それは避けたい。いや、避けたいじゃなくて、避けねば! 絶対、死守!! つくづく酔ってなくてよかったよ。 もしも理性が飛ぶくらいに酔ってたら……? きっと寂しさも手伝って、それが現実になっていた可能性大だもんな。 うー、ブルブル。 「考えただけで、酔いも醒めるって……」 「何々? 酔いが醒めるぐらいの考えって何だよ? イヤラシイ事、想像してたんじゃないの、桐山君〜」 彼女の隣に戻っていった鈴木と入れ替わるように座った高田がニヤリと笑う。 大音量で音楽がかかり、タンバリンやらマラカスの生演奏がついてるこの中で、ポツリともらしたオレの独り言を拾うとは。 お前の耳は地獄耳だな……。 「みなさーん、桐山悟が、エッチな事を考えてました〜〜」 今度もまたマイクを使っての報告だ。キャーと騒々しさが一段と増した。 「うっせーよ!」 マイクを奪い取り、そいつの頭を叩くとスピーカーからゴンッゴンッと鈍い、いかにも痛そうな音が響く。 それなのに本人含めて何故か大爆笑で。 「あ、オレの番」 次の音楽がかかり、我に返る。 「悟くん〜〜!! 素敵〜〜!!」 高田の彼女もどきの伊藤さんから声援を受け、大喝采の中、そのまま大熱唱となった。 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 「はーい、ゲームターイームッ!!」ひとまず歌ったあとでやることといったら、お手軽定番ゲーム。王様になった奴が命令を出すという、あれだ。女の子がいる分、それほど下品にならなくてすんでいる。 せいぜい誰かの物まねをするとか頬にちゅ〜、ぐらいの、ね。 これが男ばっかりだったらどんな指令が下されるのか。ハイリスクなゲームになること間違いなし。 それにしても、ドキドキしたりホッとしたり、心臓に悪いよな、これ。 幸いにも、指令する側にはなっても指令されることはなく、ラストの声が掛かる。 しかし、最後にして当てられてしまったのがオレだった。 「二番が八番にキス。唇にしてくださ〜い」 しかも、大酔っ払いの鈴木が王様だ。渋々と手をあげたオレと、相手はいつも大人しい植木今日子さん。 「悟が今日子ちゃんに唇にキス」 「でも……」 植木さんは俯いている。 自分から騒ぎたてる人じゃない。だからうまく否定できないんだろう。 「可哀相じゃないかよ。そういうのは彼氏にとっておくもんだろ?」 オレの一言に、ブーイングの嵐。酒が入ってかなりの盛り上がりを見せていたから、みんなブーブー煩かった。 「なーにお堅いこと言っちゃってるのよ、悟クン。今時キスなんて挨拶だろ」 そーだそーだ、と回りもはやし立てる。 キスが挨拶……。たかがキス。こういう時に決まっていう台詞だよな。 「そういうのを馬鹿の一つ覚えっていうんだろ?」 「そ〜んな、ムキになんなくってもいいじゃないよ〜」 他の奴がヘラッと笑う。 「や……。出来ない」 やっと小さな声で植木さんが口にした。僅かに潤んだ瞳を上げて、指令した奴を見上げている。 否定されたオレの立場はこの際どうだっていい。 そりゃそうだよ。好きでもない同じクラスの男と無理やりキスだもんな。 彼女の為にも、半分ぐらいは自分の為に抗議する。 「ほらみろ。ゲームなんだから後味が悪かったら最悪だって」 鈴木が、チッと悪そうに舌打ちして、『じゃあ肩組んで写真でいいよ』、とつまらなそうに言った。 彼女の携帯とオレの携帯で一回ずつ、写真を撮る。 恥ずかしそうに微笑む彼女は純真な感じで、出来上がりはなかなか良かった。 その写り具合を見て、また連中は盛り上る。あちこちで撮影会が始まり、ちょっと下がった空気がまた陽気なものに変わっていった。 この辺が所詮、酒の席って感じ。 さて、これはどうしようか……。 自分の携帯に写る不思議なツーショットを見る。 すぐに消すのも悪い気がして。 後で削除すればいいよな。そのままにしておくことにした。 帰り際に、植木さんが『有難う』 と小声で言う。 ふふ、と頬を染めて笑う彼女は小柄で小動物っぽい可愛さがある。 「桐山君って意外と男らしいね」 「そんなことないよ」 笑いかけると、 「あ、あのね……」 表情がほんのりと上気しているのはアルコールのせいなのだろう。何か言いたそうに見上げてくる。 声も小さくてよく聞き取れない。 「何?」 女の子ってこんなにちっちゃかったっけ。 普段、意識しないから、改めてみると新鮮だよなあ。 「ううん、いいの。じゃあね、バイバイ」 言いかけていたことを途中で止め、手を振って走っていった。 なんだかわかんないけど良しとしよう。 でも危なかったよな。よりによってキスが当たるなんて。冗談じゃねえ。 相川さん以外とキスなんてしたくなかった……。 彼女が清楚なタイプで助かったのはオレの方だったとは伏せておく。 帰ったら九時過ぎていた。久々に大声を出し、笑った気がする。内にこめていたモヤモヤの分量が無くなったわけじゃないけど、減ってる。 行ってよかったと思った。 「さーて、今日もメール〜」 接続すると、早速、五通の『何かあった?』メール。時間に送らないとすぐこれだ。 その心配が嬉しい。だから気になってたけどこんな時間まで外にいたんだ。子供じみてると思われてもいい。 明日からまた頑張るから今日だけは許して欲しい。 友人達とカラオケに行って発散して帰ってきたと書いて送信した。 接続を切り、風呂に入る。 出る頃には多分、届いているから。 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 頭を拭きながらパソコンの前に座った。本文とは別に添付ファイルも一緒に受信。ファイルは後であけるとして、まずは中身だ。 『外でお酒は駄目だよ。 アルコールが入ると、君は、より一層、可愛くなっちゃうからね。 俺の前だけにしておきなさい!』 一行目がコレだ。 「何書いてんの? 相川さん」 笑った。 真面目な顔して書いてるあの人を想像して腹がよじれた。 「特殊フィルターだよ、それ」 時々、彼の目、そのものを疑ってしまう。 まあ、見えてることは確かなんだけど、もしかして普通の人とモノの見え方が違うのではないかと真剣に思うんだよね。 そうでなければ、綺麗だとか可愛いとかのハードルがものすごく低いとか。 でもそのおかげで近くにいられるのなら、そのまま変わらないで欲しいと、そう思う。 『前にイルミネーションがとても綺麗と書いたよね。 やっと写真が撮れたので添付しました。 夜になると、君にも見せてあげたいくらい幻想的です。』 十二月に入ってすぐに、『こっちはもうクリスマスの飾りつけがされている』 というメールがあった。 写真を撮って送るよ、と。 写真は三枚、添付されている。だけどそれを見る前にオレの目を釘付けにしたのは最後の行……。 『飛行機の予約をしました。 12月24日 15時着。 出来れば、迎えに来て欲しい』 早く、逢いたい。逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい……! 「逢いたい……」 決してメールには書かない言葉を、呟く。 同じ空の下に居るはずなのに、ここにいない彼に届くように願いを込めて。 柔らかい微笑みが見たい。鼓膜を振るわせる声を聴きたい。温もりを感じたい。 抱しめて、キスして、それから、それから……。 写真には、オフィスロビーに飾られている大きなツリーと落ち着いた色のイルミネーション。 雰囲気がいかにもクリスマスないきつけのカフェが写っていた 十二月二十四日まで、あとわずか――……。 2003.12.04 |
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