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貴方しか見えない6

『到着時刻、間違えないようにね。
一番に君に逢いたいから……

愛してるよ、悟――……』



 終業式も終わり、いよいよ明日が帰国の日。
 昨日のメールでは、もうレストランの予約は無理だろうねとか、ケーキは大きいの買おうねとか。 客観的にみて誰にも見せられないような内容がつらつらと。 それを無理だろうとか、食いきれるのかとか、突っ込みを入れながら読んだ。 最近のオレ、彼のせいで独り言が多くなってしまった気がする……。
 考えてみればこんな生活も二ヶ月をゆうに超えていた。だけどそれももう終わり。相川さんがいない日はとても長かったよ。
「楽しみだなあ」
 はじめて彼と過ごすクリスマス。 今までは普通の日にちょっと陽気さが加わるぐらいの日だった。 だけど次からは特別になる。 毎年毎年がきっと特別になるんだ。昼間スーパーで聴いたジングルベルが知らず口をついて出た。
 ちゃんとプレゼントも用意して準備万端。誕生日に引き続きネクタイシリーズで、今回は少し渋めにしてみました。パッと見のインスピレーション。絶対似合うと思うんだ。 何をつけてもいい男には変わりないんだけど……。
 あーあ、今のオレはきっとにやけていて嬉しそうな顔をしているね。
 時計を見ると午後八時だから、相川さんは朝の六時。すっかり時差も一発変換できるようになってしまった。
「何時に空港に行くんだろう……。今はまだベッドの中かな」
 むこうを経つ便は十一時のはず。ということはこっちの時間だと真夜中のフライトとなる。眠って起きたら貴方に逢える。
 後一時間したらチェックしてみよう。出かける前にメールをくれるかもしれないから。

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

 待ちきれなくて速攻で風呂に入り、濡れた髪のままパソコンの前に座っている。
「メッセージ、来てますよ〜に」
 ポンポンと手を合わせ、送受信ボタンを押した。
『到着時刻、間違えないようにね。
 一番に君に逢いたいから……』
 そんな文句を期待していた。こんな恥ずかしい文章も平気な顔して送ってくる人だから。
 それなのに。
 件名には不吉な文字が並んでいる。
『ごめん』
 その三文字が、オレから次の行動を奪っていた。クリックできない、メッセージ。
「ごめんって何だよ……。アメリカンジョークでも覚えてきたのか……? ごめん、なんて書いてくんな」
 とてつもなく、嫌な予感がした。

『悟
 すまない。二十三日の機はキャンセルした。
 日本から社長が来ることになり、二十四日に会議が入ってしまった。
 どうしてもはずせないんだ。
 次はいつ予約がとれるかわからないから、確実に帰れる場合に連絡する。

 どうか、わかってほしい。』

 何かの冗談だろ?
 ほんとは帰ってくるんだろ?
 次のメールで、びっくりした? って。嘘だよって。書いてくるんだよな?
 それから何度も何度も送受信をかけて、次のメールが来ないかどうか確かめる。
 だけど、
 それきり配信されてこなかった。
「もう……。あと少しで二十四日になっちゃうのに。一緒に過ごせると思ったのに」
 吐いて出る言葉はなじるようなものばかり。
 そんな自分が嫌になる。
「仕事だから……。仕方ない」
 溜息だけはどうしようもなく零れたけど涙は不思議と流れなかった。焦がれる想いが薄れてしまっているのだろうか。彼を忘れてしまう予兆なのかもしれない。
 パソコンを閉じテレビをつける。 お笑い芸人が何かを喋って客が笑って。だけどオレには彼等が何を言っているのかさっぱり理解出来なくて。 それでも、ただ、ぼんやりと人が動く様子に焦点をあわせていた。

 ピピピピピピピピ!
「んん?」
 それが携帯の着信音だと気づかないほどボーッとしてて。いつの間にか番組が違うものに変わっている。
 テーブルの隅っこに追いやられていたそれを手にした。
 液晶に映る番号に見覚えはない。
 誰だよ、これ。知らねえぞ?
「もしもし?」
 …………………………。
 反応なし。
 つーか、無言?
 悪戯?
 耳から外そうとした時、頼りない声がした。『切らないで、桐山君』 と。急いで持ち直す。
「誰?」
『植木です』
 またまた驚いた。意表をつかれた、ってこういうことだろうか。
「植木さん? どうしたの? ってオレの番号?」
『あの、ね。明日のクリスマスって予定どうかな、って。あの、勉強、あるだろうけど。あの、少しぐらいなら、時間、とってもらえるかな、って。 ちょっとだけでいいんだけど、逢えないかな、って。あ、の……』
 逢えないかな、って。ふたりってことだろ?
 とりようによっては、これって告白にとれる、よな? でも、誰に?
「え、オレ???」
 プチパニック。
『うん。駄目なら、いいの……』
 俯いて喋っているのか、だんだんと声が小さくなっていく。
 あの人と過ごす予定だった明日のクリスマス。
 現実は独りぼっちの。
 それなら誘われるまま。
 だけど……。
 やっぱり――……。
「ゴメン。オレ、行けない。好きな人、いるから」
 仲間同士で盛り上がるならそれもいい。だけど、この空気はどう考えても違うもので。嘘はつけない。 少しだけ間があって『そう、よね。うん、わかった。ごめんね』 とさっきよりトーンの上がった明るい声がして切れた。

 沈みかけていた心が、完全に沈んだ。撃沈。ダメージでかすぎ。
 彼女の、多分精一杯集めたであろう、勇気を打ち砕いたようで、複雑な心境になった。
 相川さんに初めて電話をした時のことを思い出す。震えるくらいドキドキして。拒否されるのが怖くて。 だけど掛けずにはいられなかった。
 彼はオレに応えてくれた。でもオレは彼女には応えられない。
「あー、もうっ!」
 なんでオレなんかに告白してくるんだよ。
 ソファにおいてあるクッションにガシガシと拳をいれ八つ当たりをしてみる。
 勇気と努力と根性……。
 今のオレにはあるのだろうか?
 幸せを守る為にしなくてはならないことを惜しんではいないだろうか?

〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

「はぁ……」
 またしても溜息。ポスッとクッションに顔を埋めて、そんな溜息を止める。
 帰ってこいって言うほうが無理なんだよな。仕事だし。待つのは長い……。
 待つ、ぐらいなら?
 一瞬浮かんだ考えに首を振る。出来るわけない。そこまでチャレンジャーではない。無理無理無理、絶対、ムリ!
 それでもあの人の吃驚した後の嬉しそうな顔が浮かんで。
 ただそれだけのことだけど、前に進みたいと思った。完全に前方を塞がれるまでは。
「よしっ!」
 自分自身を奮い立たせるようにソファから勢いよく飛び上がり、自室に向かう。 クローゼットを開け、金属製の箱を取り出した。中に入っているのは通帳とか印鑑とか。 まあオレにとっての金庫みたいなものかな。その中の、あるものを確認すると取り出し、また元通りにクローゼットを閉じた。
 リビングに戻り受話器を上げる。
 番号を押して相手が出るのを待った。
「桐山といいますが、宮前さんをお願いします」



『明日って言うのはねえ……。第一、悟君? パスポートは持ってるの?』
 オレの話に梨佳さんが言う。 その声はほんとに困ったという声で、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 だけど梨佳さんしか相談できる人はいない。
 アメリカに行きたい。明日飛べれば、待たなくてもすぐに逢える。短絡的だと思う。そこまでする必要があるのかとも思う。 それでも……。彼の為というより、自分の為に行動してみたい。
「それはあるよ。母さん達が家族だけで海外挙式をしたいって言った時にとったんだ。有効期限もまだ残ってる。どうしても行きたいんだ。 オレ、今度帰国が伸びたら待たないって言った。だから、待たない。オレの方から、行ってやる。その日の航空券って取れないの?」
 手にしているのは、その時のパスポート。もういらないと思っていた。
『当日って。時期が時期だし。空いてる席なんてあるのかしら……』
 長い間があった。切るに切れない、そんな感じに受け取れる。オレから切らないと。
「……うん」
 やっぱり無謀だよね。現実はこんなものだ。せめて国内だったなら良かったのに。
 残念……?
 悔しいとか残念とか、そういう気持ちに混じって共に浮かんだのは、安堵感にも似たものだった。なんだろう。本当は行きたくなかったのだろうか。 心が不安定で、ゆらゆら揺れている。それを考える余裕もないまま、受話器を握り締めていた。
「仕事、邪魔してすみませんでした」 
『待って……。本当に行きたいのね?』
「はい」
『わかったわ。手配してあげる。貴方は荷造りしてちょうだい。二泊ぐらいの予定で。それで逢えなかったらすぐに帰ってくること。いいわね? 相川さんの電話番号も控えさせてもらうわ』
 ふふふ、と電話の向こうで楽しそうな声がした。
 彼の現地宿泊先の番号と会社の番号を伝えると、
『折り返し電話するから、一度切るわよ。あ、寒いからコートは厚手のものを。じゃあね』
 切れた。
 どうなるのかわからない。けど、言われるまま荷造りにかかる。部活の合宿の時に使ってた大きめのバッグを出し、着替えなど必要最小限のものを押し込めた。
 そこで気になるのは、綺麗に包装されたプレゼント。だけど税関で引っかかったら嫌だよな。
ブランドものだし。帰ってから渡すことにしよう。
 大事なパスポートを忘れないように、財布と定期とまとめてテーブルの上に置いた。
 そのタイミングで電話が鳴る。
『夕方の便、一席用意できました。航空券は空港で受け渡しね。明日は昼過ぎに迎えに行くわ』
「オレ、ひとりで行けるよ」
『駄目よ。迷子になったら大変ですからね。ちゃんとコーディネーターの言うことは聞くこと』
「わかった。有難う、梨佳さん」
『相川さんには私から連絡しておくから貴方はもう寝なさい。明日逢いましょう。おやすみ、悟君』
 おやすみなさい、静かに受話器を置く。
 一歩進んだ。いや、進んでしまった。これはオレの本意なのだろうか?
 無理矢理手を引かれて歩かされているような感覚は気のせいなのだろうか?
 それでも前に進めることに満足感みたいなものも感じているのも事実で。
 不安、満足、恐怖。ごちゃまぜな心のままベッドに入り、彼の笑顔を思い浮かべた。その日は、なかなか寝付けなかった。

2003.12.18


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