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貴方しか見えない7
後五分で着くからと言われてマンション前で待っていた。 目の前に止まったのはシルバーの外車。後ろのドアから降りてきた梨佳さんの姿にしばし呆然。 くるぶし丈のサテン地の真っ赤なドレスには裾の部分にラインストーンが散りばめられていて、どう見ても昼間の格好とは思えないんですけど。 何かの賞にノミネートされたんだろうか? シルバーのファーを優雅に肩に巻きつけ、堂々とオレの前に立つ。 にっこりとした微笑みで、一言、寒いわね、だって。 「梨佳さん、パーティ?」 思わず声もひっくり返ってしまった。そんなオレに、『あら、普段着よ』 と笑う。 「ちょっと紹介しておくわ」 車を覗き込み、中のふたりに声を掛けていた。それに応えるように、助手席から降りてきたのはオレより年下くらいの子。 仕方なさそうに運転席から降りてきたのはオレより年上っぽい人だ。 オレの視線に、一人がにこりと笑って頭を下げ、もう一人は、違う方向を見ている。 それにしてもとんでもない美形三人組だよな。一気にこの場が華やかになった気がする。 「そっちの無愛想なのが弟で忍、こっちの可愛いのが、私の恋人で響」 うふふと微笑む彼女に、肩を竦めて困ったなあとその表情が言う。 「誰が恋人だ」 ムッとした表情で弟と紹介された人が梨佳さんを睨むと、恋人と紹介された彼が表情を綻ばせた。 ああ、恋人同士はこのふたりなんだ。 ……、なんだか親近感。 「桐山悟、です」 「こんにちは」 改めて向けられた笑顔にドキドキしてしまった。曇りがないっていうか迷いがないっていうか、眩しいんだよな。 「悟君、忘れ物はない? 荷物はトランクに入れましょう」 「あ、はい」 ぼーっとしてたところに声を掛けられて、慌ててトランクに荷物を入れ後部座席の梨佳さんの隣に座る。 車の中では、忍さんは無口で、梨佳さんと響君がほとんど喋っていた。 「梨佳ねえ。泊まるところ、言ったの? 野々村には連絡しておいたよ。迎えに来てくれるって」 響君が助手席から身体を捻り、顔を覗かせて。なめる?、と飴を梨佳さんとオレに渡しながら言った。 「大事なこと忘れてたわね。相川さんなんだけど、一日ずっと会議らしいのよ。だから空港まで来られないし、夜も会食があるって言ってたわ。 だからといってホテルっていうのも心細いでしょう? だからね……」 冬休みに入ってすぐに響君の友人がNYに行ってるということで、彼にオレのことを頼んでくれたらしい。 「だけど、知らない人に迷惑はかけられないよ」 「大丈夫だって。いい奴なんだ。なんたって、オレの親友だから。それに知らない場所で、好き好んで寂しい思いをすることもないじゃん」 そこまで甘えていいものだろうか? 「こいつ、時々、突っ走るからな。迷惑でなければの話だろう? 独りがいい場合もある」 信号で車は止まり、淡々とした声。 「め、迷惑なんて! ただ、そこまで甘えてもいいのかって。オレの為に……。自分じゃ何もしていない……」 「それなら、悩むことはない。響の言うことももっともだと思う。使えるものは使っとけ。確かに野々村なら面倒見がいいからな」 再び走り出す車。それでも喋りのリズムは変わらない。 「待ってれば帰ってくる人間にわざわざ逢いに行くという。そういうのに感動してるんだよ、響も姉貴も。 幸いにもそれをサポートする力も持ってる。 ……お膳立てされて、お前は操り人形になった気分か? だけどな、周りが動くのはそれだけお前のことを思ってるからだろう? 頼まれても、断る事だって出来るんだから……。少なくとも姉貴が、お前の為に動いたってことは、それだけお前を認めてるってことだ。だから響もおせっかいを焼きたがる」 「しーちゃんの分析はパーフェクトね」 おせっかいって何だよと響君がムッとした声を出すと、忍さんがフッと笑う。一時間近く車に乗っていて初めて彼の楽しそうな声を聞いたような……。 帰ってこないなら行けばいい、と思いついた時は確かにハイテンションだった。だけど、頭の隅には冷静な自分もいて……。 彼女に無理だと言われたら、諦めがつく、と。 これが昨日感じたあやふやな安堵感の正体だと思った。必ず迎えに行く、という絶対的な信念があったわけじゃない。 ほらやっぱり無理だったって。だから仕方ないって。 そうすることで自分を正当化できる。やれることはしたじゃないかと。逃げ道を用意していた。今までと同じように。 「……オレ、彼にばかり頼っていて。もっと強くなりたくて。突拍子もない無謀な事でも、それが出来たら少しは自信になるかな、なんて……。何かしなくちゃって焦ってて」 臆病なオレが欲しいのは、自分に対する強さ。正直なところ、変わらなければと焦っている。 「姉貴に電話した時点で、強くなってるよ。少しだけど、な」 その言葉が心に染み込んでいく。不思議な力を与えられたような気がした。 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 「梨佳ちゃん!」空港に着くと、手を振りながら走ってくる男性。それに片手をあげて梨佳さんが応えている。 響君の「梨佳ねえの彼氏だよ。どっかのホテル王の御曹司で大学の時の同級生」 という小声に、忍さんが 「大勢の中の一人だろう?」 と興味なさそうに呟いた。 「はい、これ航空券。さすがにきつかったよ」 梨佳さんの彼が爽やかに笑った。 彼女に合わせるように、ビシッとしたスーツなんだけど、ネクタイは可愛らしい雪だるま模様。 面白い人だな……。 「有難う。お礼に今日は奢られてあげるわ。お迎えの車は何かしら?」 「ロールスロイスで来たんだけど……。駄目だったかな?」 「ふぅん、まあまあね」 なんか変な会話だと思うんだけど……。 聞き間違いかな? 「梨佳ねえ、奢られるの?」 「ええ、そうよ。当たり前じゃない?」 「そうなんだ。いつも彼女、自分の分は自分で払うってきかないんだ。それは恋人としては、ちょっとね……。だから今日はとても嬉しくてね」 目尻を下げ、本当に嬉しそうで。 「さあ、悟君はチェックインしてしまいましょう。貴方にも付き合ってもらうわよ。機が飛び立つまでは行けませんからね」 結局、オレが何もしなくても、彼が全て手続きをしてくれた。 ゲートに向かうオレの見送りは華やかな四人組。「行ってらっしゃ〜い」って手を振るものだから、 みんなの視線がオレに集まって妙に恥ずかしかった。 『御搭乗、有難うございました。当機はまもなく〜』 ドキドキする胸。 来てしまった。とうとう、来てしまった……。 無事、着陸し、ザワザワとした声とともに皆が席を立つ。オレも気合をいれ、立ち上がった。 「よし!」 ひとつだけのバッグを肩にかけ、人の群れに並んだ。 ゲートを出ると、迎えの人々でごった返していた。さすがNY。人種のルツボというのは本当なんだな。 いろんな人がいる。 しかもクリスマスだいつもより余計に人が出ているのだろう。 「野々村君って言ったな……。どこかな」 迎えに来てくれるはずの姿を探す。 響君から聞いた、NYにいるという友人の名前。背格好も教えてもらった。それに近い姿を探して視線を流した。 その中から見つけたのは目立つ一群。大きめの画用紙に『桐山悟様』と書かれていて。 「あれだ」 思わず笑ってしまった。 兄弟で出迎えてくれたようだ。良く似ている三人がいた。 その方向に歩いていくと、向こうもオレに気づいたみたい。笑顔で手を振ってくれた。 「野々村君ですか?」 「桐山さん、ですね。はじめまして、響から聞いてます」 年が近いのに敬語だから、お互いにまた照れたように笑った。 「普通に喋っていい?」 「そうだね」 にこにこしている弟達を紹介してもらって、夕闇迫る中、地下鉄で彼の家へと向かった。 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 ミッドタウンと呼ばれるこの地域は日系企業が多く進出し治安もいいという。 普段は父親の独り住まいだからアパートなんだ、と申し訳なさそうに言ってたのだが……。案内されたアパートメントに来て吃驚。日本で言うところの超高級マンションじゃないか。 それも格式が感じられるレンガ造りの趣のあるマンション。 スゴスギル……。 ぼーっとしてしまった。 「こっちだよ」 見上げたまま呆然としていたオレの肩を突付き、振り向くと苦笑気味の野々村君と目があった。 「かっこいいね」 「まあ、悪くはない、かな。ここは便利だし、気に入ってる。ただ部屋数はないから俺と一緒の部屋でいい?」 「うん。泊めてくれるだけでもありがたいんだから。どこでもいいよ」 会話の途中で、弟達が『僕達のところでもいいよ〜』と言ってくれたけど、『調べものがあるから駄目』と優しい口調で諭されてた。 兄弟っていいなあ。 学校のことを話しながら階段を上る。立ち止まったのは三階の端の部屋。どうぞと促され、入る。 優しそうなお母さんに挨拶をし、とりあえず彼の部屋へと通された。 飲み物が用意され、少し休んだ後、 「さて、と。響に、メール打っとくか……」 つけっぱなしだったパソコンを操作する。それを横で見ていた。すごい早業であっという間に送信。年季はいってるよな。 「響が死んでても宮前さんから返信はあると思うし。 さて、これからのこと決めようか。まずはその逢いたい人に連絡つけないとね」 回転椅子をグルリとオレの方に向けて、整った表情を崩さずに口にした。 「梨佳さんが連絡してくれてると思うんだけど……」 確かそう言ってた。だから昨日、メールは打たずに出てきちゃったんだけど。 「プレゼントが届く、とだけ言ったらしいよ。二十四日の夜に配達時間を知らせるから二十五日は確実に受け取ってって」 「えっ?」 梨佳さんの子供っぽい笑顔が浮かんだ。 「だから、桐山君は、配達員の役目もプレゼントの役目もしなくちゃいけないんだ。……ということで、電話しましょう」 怒涛の展開で頭が追いつかないんだけど。 彼はオレが来ることを知らなくて。 プレゼントがオレで? ………………………… ……………ベタだよな。 「リボン、巻いてく?」 「っ! 巻くかー!」 すかさず反論すると「プレゼントにリボンは必須」と楽しそうに笑う。「馬鹿じゃん」とオレも笑って。 しばらくそんな風に騒いでいた。 「あ、連絡しなくちゃ」 自分でやるべきことがあって嬉しい。 電話を借りて彼のアパートの番号にかける。もし居なくても留守番電話になってれば、メッセージをいれることが出来るから。 なんて入れようか。 ドキドキしながら、コール音を聞いていた。 駆け引きなんてしないで、伝えよう。 今、ニューヨークにいるんだって。 貴方に逢いに来たって。 みんなの力を借りて逢いにきたんだ。 いつも迎えにきてもらうばっかりだったけど今度はオレが行くから。 カチャ―― 『Hello, this is Hiroyuki Aikawa. I'm not here right now, but if you leave your name,〜』 「うわっ! あ、えー????」 パニくってしまった。思わず切る。 「どうしたの?」 不思議そうな顔で覗き込まれた。 「英語だった……」 「ここ、アメリカ」 「相川さん、日本人」 「だけど、ここ、アメリカなんで」 それはそうです。でも吃驚したんだよ〜。 頭に入れてるはずの英単語が何一つ浮かばなかった。 うぅ、何年英語やってても喋れないわけだよ。 「はい、もう一度、どうぞ」 にっこり顔が有無を言わせないって感じ。 そういえばちゃんと『Aikawa』って言ってたよな。英語だと雰囲気が違うけど彼の声だったことは確かだ。 「今度は、大丈夫だから」 うんうんって頷いて、「俺も、初めて人のうちに電話した時は、すごく焦ったよ」 って慰めてくれた。 再び同じメッセージが流れる。 発信音の後、真似して英語風に自分の名前を吹き込んだ。 それから野々村君のうちの電話番号を言って、電話をくれるようにメッセージを残した。 「後は、連絡を待てば良し! メールも確認してみるか……」 夕食の時間になり、賑やかな食卓でご馳走になった。 久々のひとりじゃない食事はとても楽しかったけど、やっぱりどんなにわびしくてもオレは彼との食事が一番、嬉しい。 それを実感してしまった。早く逢いたいなあ……。 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 電話が鳴る度にオレは緊張した。 だけどここに来る前から寝不足だったのと突然日本を発ったことで、神経も体力もかなり消耗してたらしい。 十四時間の時差はきつかった。 野々村君のベッドに座っていたつもりが、いつのまにか寝ていたようだ。「…きて。起きて。桐山君。電話、電話〜」 揺り動かされ、耳障りのよい声がふわふわしたオレの状態を現実へと引っ張ってくる。 電話……? そう確かに待ってたんだ……。 あの人からの、 「電話!!」 突然飛び起きたオレに驚いたように目を丸く開き、それでも電話来たよと教えてくれた。 「オレに、電話?」 「そ。相川ですが、うちの悟がお世話になってますか? って」 「うちの? そんなこと言うわけ」 ニヤって口の端が上がる。指でリビング方向を指し、 「早く、出たら?」 おちょくられたのかな。でもそれどころではなかったから、 ありがと、と言って部屋を飛び出す。リビングでは子供達が両親と一緒にテレビを見ていた。 「もしもし」 『もしもし、悟君? ほんとに、君? なんで?』 懐かしい彼の声に胸が詰まって言葉がでない。 だけどこれだけは言わなくちゃいけない 「貴方に……。貴方に逢いたくて――……」 ――だから、逢いにきたんだ…… すぐにでも逢いに行きたかったけど、夜も遅いし出歩くのは止めた方がいいということで、明日の昼間に約束をした。 迎えに行く、その言葉も断った。 だってオレが貴方を迎えにきたんだから。 それを言ったら、嬉しいよ、と笑ってくれた。 その日の夜、明日を夢見て眠った。 2003.12.19 |
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